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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第二章:陽だまりにほどける、蕾たち

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「……んっ……」

「おはようございます、お姉様」


 何度か瞬きをして、ようやく状況を思い出した私は、はっとして彼の手を放した。

「残念……」と、小さな声が聞こえた気がしたが――きっと、気のせいだろう。


「ノア、熱は……!」

「お姉様のおかげで、すっかり良くなりました」


 顔色は悪くない。

 額に手を当ててみると、確かに先ほどまで感じていた熱は、すっかり引いているようだった。

 元気そうな様子に、思わず胸を撫で下ろす。


「お姉様がそばにいてくださったおかげです」

「またそんな、お世辞を……」

「本当ですよ。いつもなら、もっと長引いていましたから」


 たしかに、原作のノアならもっと寝込んでいたはずだ。

 話の流れが変わったから、身体にも変化があったのだろうか?

 けれどノア自身が“いつもなら”と言ったのなら、今回だけが特別なのかもしれない。


 そんなことを考えていたとき、ふと昨夜の言葉を思い出した。


「ねぇ、ノア。“助けられてばかり”って、どういうこと?」


 あれは、彼が眠りにつく直前に口にした言葉だった。

 心当たりはなかった。そもそも出会って間もないのに、彼の発言に齟齬があるのだ。


「……ああ、えっと。お姉様は、覚えていないかもしれませんが……」


 ノアは少しだけ視線を伏せると、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 自分が“アルシェリア”出身であること。

 かつて、私が譲った本で、知識と作法を学んだこと。


 そして――私に恩を返したかったということ。


「……貴方だったのね」


 私は、ずっと前に出会っていた。

 忘れるわけがない。ぶどう畑を必死に守ろうとする、あの健気な少年の姿を。


「でも、ノア……その……見た目が……」

「ふふ、がっしりとまでは言いませんが、少しは体格良くなったでしょう? あの頃は本当にガリガリでしたから」

「……ええ、こんなにも立派になって……嬉しいです」

「お姉様にそう言っていただけるなら、何よりです」


 ふっと笑う彼の声は穏やかだったが、その奥には何か――焦がれるような感情が潜んでいるように見えた。


「……できれば、お姉様には、“今”の俺を見ていてほしいんです」

「え? もちろん、見てますよ? ちゃんと、成長を感じています」

「……ありがとうございます。……でも、お姉様って……よく、ルーク様のことを見ていますから」

「……ルーク様?」


 ぽかんとして聞き返すと、ノアはすぐに微笑み直して、首を横に振った。


「いえ、俺って独り言多いんです。気にしないでください」


 その笑みは、どこか自嘲気味だった。

 私はその理由が分からず、ただ彼の変化に胸を温かくさせた。


 ――懐かしい記憶をひと通り語り合ったあと、私は椅子から立ち上がりかけて、ふとノアの顔を見下ろした。

 そして、どうしても伝えておきたい言葉を口にする。


「ノア、ごめんなさい」


 少なからず、私は彼を疑っていた。

 彼は、ただ純粋に私を慕ってくれていただけだったのに――

 その気持ちに影を差したことが、悔しくて、申し訳なかった。


「謝らないでください、お姉様」


 ノアはやわらかく微笑む。けれど、その目だけが、まっすぐで強かった。


「俺が同じ立場だったら、きっと同じように感じたと思います。……お姉様は、誰よりも“守る”ことに敏感な方だから」

「ただ……もし、それでも罪悪感があるなら」


 ノアは一呼吸おいて、静かに、けれど真剣なまなざしで私を見つめる。


「――また、俺に時間をください」


 その言葉は、優しく響いたのに、どこか切実だった。


「……引き継ぎが終わったら、ルーク様のところへ行ってしまうのでしょう?

 毎日とは言いません。だけど、時間がある時でいい。――また、俺と話してくれませんか?」

「そんなの、当然です。可愛い弟に会いに行きますわ」

「……弟に、ですか」


 ぽつりとこぼされた言葉は、掠れたように小さかった。

 それでもノアはすぐに笑って、いつもの調子に戻る。


「ありがとうございます。でも、ほんの少しだけ……違う呼び方だったら、嬉しかったかもしれません」

「え……?」


 聞き返す私に、ノアは困ったように笑って、首を振った。


「気にしないでください。お姉様が、俺のことを忘れずにいてくれるなら、それだけで嬉しいです」


 そう言って見せた笑顔には、やっぱりどこか名残惜しさが残っていた。

 けれど私は、その理由を掴みきれず――ただ、彼のまっすぐな眼差しがまぶしく思えた。


***


「あら。ルーク様から、もうお手紙が」


 封蝋は真っ直ぐに押され、丁寧に結ばれていた。

 私はゆっくりと封を開き、書かれた文字を目で追う。


《リネット様へ

 お元気でしょうか。こうして手紙を交わしているのに、なんだかとても寂しいです。


 今日は、ライアンに紹介してもらい、庭師の方とお話をしました。

 リネット様とライアン以外と話すのは、本当に久しぶりで……緊張してしまい、習った作法がすっかり頭から抜けてしまいました。

 それでも庭師は、「植物好きに悪い人はいない。あなたが花を大切にしていることは、私にも伝わっていますよ」と、優しく声をかけてくれました。


 本当に嬉しかったです。

 リネット様と出会うまでは、人とこんなふうに話せる日が来るなんて、思いもしませんでした。

 それと同時に、無性にリネット様に会いたくなりました。


 リネット様……早くお会いしたいです。》


「……っ……」


 ああ、私も早く彼に会いたい。

 会って、その頭を撫でて、「素晴らしい」と何度でも伝えたい。

 彼の成長が、こんなにも眩しくて、胸が苦しくなる。


「今日は二枚目もあるのね……」


《僕は、自分がこんなに欲深い人間だったとは、知りませんでした。

 リネット様に出会えて、本当に良かったです。


 今日は少し長くなってしまい、申し訳ありません。

 最後にもう一つだけ、お願いがあります。


 国政や歴史を学ぶなかで、僕は気づいたのです。

 ――自分は、この国の“今”を、まだ何も知らないのだと。

 そこで、もしよろしければ……

 リネット様と一緒に、街へ行ってもらえませんか。

 王子として、この国の人々の姿を、自分の目で見てみたいのです。


 突然のお願いで申し訳ありません。お返事、お待ちしております。》


 ――街へ。

 それは、彼が「王子」として、この国を見つめようとする最初の一歩。

 同時に、“彼が自分の未来を選び始めた”という何よりの証だった。


 手紙を読み終えた私は、窓の外を見やった。

 そこには、王宮とは違う広い世界が広がっている。


「ええ、行きましょう。あなたと一緒に、この国を見ていくために」

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