12
「こちら名付けて、“王子育成計画”でございますわ!」
「そのまんま、だな」
それは、ルーク様と出会ってから私がこっそり書き続けてきたノート。
一つひとつの課題に優先順位をつけ、成長のステップを記した。
まさに“未来の設計図”だ。
◆ルーク様の現在の課題点◆
Ⅰ.マナー・礼儀作法の取得
所作は“王子様”というより、庶民寄り。最優先で改善すべき点。
Ⅱ.知識の向上
マニアックな知識には明るいが、一般常識が欠けている。
Ⅲ.体力づくり
長年、引き篭もっていたこともあり、持続性があまりない。
[補足]先日の外出では、少し歩いただけで息が上がり、足をもつれさせていた。
Ⅳ.外見の印象を変える
服装は改善されつつあるが、髪や肌のケアは手つかず。継続的なサポートが必要。
Ⅴ.人間関係と環境の改善
王弟の妨害、国王との不和、王妃との距離――この壁を越えなければ、“立派な国王”への道は遠い。
「……本当に、たくさんありますね……」
ルーク様が不安そうに、ぽつりと呟く。
「大丈夫です。一つずつ、一緒に取り組んでいきましょう」
私はノートを閉じると、ふいに問いかけた。
「では、ここで問題です。“人から信頼を得るため”に、一番大切なことは何だと思いますか?」
「えっと……嘘をつかないこと、でしょうか?」
「残念。不正解ですわ」
控えめに答えるルーク様に、私は微笑んで首を振る。
「この世界は嘘で満ちています。正直者なんて、今や絶滅危惧種でしょう」
けれど、ルーク様は違う。
どこまでも不器用で、まっすぐで、嘘を重ねることが苦手な人。
だからこそ、出た答えなのだろう。
「私も嘘を使うことはありますし――必要ならば、これからも使いこなしていくつもりです。
ですが、それは誰かを守るために、です」
たとえば、ライアン様が王弟の報告内容を操作しているように――
ちらりとライアン様を見る。
その視線に気がついたのか、彼は顔を赤くし、ふいと顔を逸らしてしまった。
「それじゃあ、えっと……正しい教養を付けること、でしょうか?」
「それも大事ですが、もっと根本的なことですわ」
私はウインクして、指を一本立てる。
「ヒントは――ライアン様です!」
「え、俺!?」
唐突に名指しされ、ライアン様が目を丸くして振り向く。
「ルーク様、よく観察してみてください。ライアン様が信頼される理由、なんだと思いますか?」
「えっと……優しいから、ですか?」
「それもあると思います。でも、もう一歩踏み込んでみてください」
彼の普段の立ち振る舞い。言葉遣い。ちょっとした気配り――
「彼の“所作”に注目してください」
ルーク様はしばらく考えたあと、はっと息を呑んだように目を開いた。
「……あ。いつも、姿勢がいいです! それに、ちゃんと相手の目を見て話してる、かも……!」
「正解です!」
私は笑顔で拍手をした。
「信頼は、“言葉”よりも先に、“態度”で築かれるのです。
姿勢や目線、ちょっとした笑顔――ほんの少しの所作が、相手の心を開くきっかけになるんですよ」
「……そんなことで、信頼って得られるんですか?」
「“そんなこと”さえできない人の方が、世の中には多いんですの――だからこそ、できる人は目立つのです」
ルーク様が小さくうなずく。
「例えば、どんなに作法が完璧でも、背中をまるめて話す人って、どう見えますか?」
「自信がなさそう、です……」
「素晴らしい提案をしているのに、視線は他所を向いている方、いかがです?」
「失礼、かも……軽く扱われてる、って感じます」
「そういうことです」
私は微笑んで言った。
「まずは、“ありがとう”を、目を見て一日一回言うことから始めましょうか」
「は、はい、やってみます!」
その横で、ライアン様が妙にそわそわし始める。
「……おい、なんか俺が照れるんだけど……」
「ふふ、照れているライアン様も素敵ですわ」
「~~っ、やめろ、リネット! 俺まで育成対象にされそうで怖いんだけど!」
「……? 最初からその予定でしたけれど?」
「ちょっと待て! 俺は補佐役のはずだろ! そんな話は聞いてないぞ!?」
「あら、私の説明不足でしたわ。“王子様を支える男”を育てるのも“育成計画の一つ”です」
「いや、どんな拡大解釈だよそれ!!」
勉強でも運動でも、一人よりふたりのほうがずっと続く。
なにより――ふたりで分かち合う達成感は、何にも代えがたいものだから。
今後、ライアン様には体力づくりの面。そして、王政や人間関係の改善で、その力を貸していただくことになるだろう――もちろん、本人にはまだ何も話していないけれど。
私はくすっと笑いながら、ノートの新しいページを開いた。
「あと、もう一言だけ!」
「まだあんのかよ!」
ライアン様のうんざりした声をよそに、私は真剣なまなざしでふたりを見つめた。
「見た目を美しく整えるのも大切ですが、人は礼儀に礼儀で返します。
ならば――」
私は微笑み、
「無礼だった相手には“最高級の礼儀”で応じましょう!」
そこには、私なりの意地が込められていた。
ルーク様を馬鹿にした者たち。
見下し、笑い、存在すら否定しようとした人々。
彼らはきっと、後悔することになるだろう。
ルーク様は変わる。
私たちが、変えてみせる。
私の言葉を受け、ルーク様がぎゅっと拳を握る。
「……っ、頑張ります……!」
決意がこもったその声に、私は心からの拍手を送った。
「ええ、その意気ですわ! まずは“ありがとう”の実践から始めましょう!」
「え……い、今ですか……?」
「おい、なんか嫌な予感……」
「はい、今です! ライアン様、ご協力を」
「だと思ったよ!!」
「ルーク様、ライアン様に“ありがとう”と目を見て言ってください」
「え、えっと……あ、ありが……と……」
頑張って声に出したものの、ルーク様は照れくささに耐えきれず、すぐに目を逸らしてしまった。
「……惜しかったですわね。あと一秒、目が合っていれば満点でしたよ」
「……なんだか、恥ずかしくて……」
照れているルーク様に、私が微笑ましく笑った。
確かに、急に“お礼を伝えましょう”と言われても、照れくさい気持ちもわかる。
「んー……なにか、きっかけがあれば良いのですが」
口元を抑え、その手段を考える。
良いアイディアが無いか、周り見回すと、視線を伏せているライアン様の姿が目に入った。そして彼は、意を決したかのように、拳をぐっと握りしめ――、
「あ〜……なんだ……おい、ルーク。お前、ずいぶん肌乾燥してんな……」
「え? な、なに急に?」
「きゅ、急だけど、そう思った、んだ!」
確かに、ルーク様の肌はかなり乾燥している。皮脂が多い理由もそれが要因なのだろう。
もちろん、その問題も追々改善していかなければと思ってはいたが、なぜ急に……?
あまりにも唐突なライアン様の指摘に、ルーク様も、私も思わずきょとんとしてしまった。
「だから、さ……。こ、これ、俺が使ってるやつ、持ってきた! ……肌に合わなかったら捨てていいからな」
ポケットから取り出されたのは、液体の入った小瓶――それは、化粧水だった。
ルーク様の目が、ふるふると揺れる。
そして、今度こそ――ちゃんと、まっすぐにライアン様の瞳を見据えた。
「ありがとう、ライアン!」
さっきよりも、ずっと強くて、きちんと届く声だった。
「……おう。どういたしまして」
ぶっきらぼうで、口の悪い彼だけど、ルーク様をしっかりと導いてくれる。その姿は、補佐なんかじゃない。
“友人からの気遣い”だった。
「あら、ルーク様もライアン様も、お顔が赤いですわよ?」
「だ、だまれ!」
「……なんだが、胸が温かいです……」
「ふふふ、その気持ち。大切にしてください」
私はくすっと笑いながら、ノートにさらさらと書き込む。
【育成記録】
・ルーク様、目を見て感謝できた → 成果あり。
・ライアン様、照れながらもフォロー → 信頼関係、順調に構築中。
「さあ、それでは気を取り直して――“姿勢訓練”も頑張っていきましょうか!」
ルーク様は真っ赤な顔のまま、それでもしっかりと頷いた。
今日の出来事。それはきっと――未来へと続く、最初の「ありがとう」だった。




