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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第一章:はじまりは、一つの花から

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「彼を傷つけて、平然としていられる貴方たちを――私は、決して許しません」


 いつもは冷静な彼女が、声を震わせながら――怒りとも、悲しみともつかぬ激情を込めて言い放った。

 その姿は、胸の奥を締めつけられるように、痛々しかった。

 でも――俺は、何もできなかった。ただ、そこに立ち尽くすだけ。


「……リネット様って、あんなに感情的な方だったんですね」


 誰かが、ぽつりと呟く。

 それを皮切りに、令嬢たちの毒が次々と口をついて漏れ出す。


 “ブサメン王子になんであそこまで?”

 “きっとお金狙いよ”

 “公爵令嬢だからって、何様かしら”


「空気が読めないのね」


 ああ、誰か――誰でもいい、俺の耳を塞いでくれ。

 聞きたくなんてない。こんな醜い言葉。

 けれど、そんな願いも虚しく、毒のような言葉が、じわじわと心に染み込んでいく。


(……俺に、彼女たちを止める資格なんてない)


 そう、俺は――ただ見ているだけだった。

 リネットやルークと一緒にいることで、自分が変われた気になっていた。

 過去の自分を赦されたような気分になって――でも、それはただの幻想だった。


(……俺は、他の奴らと違う)


 そう思っていた。

 俺はルークを無視したり、笑い者にしたりしない。

 ――そんな、くだらない自己満足で、勝手に許されたつもりでいた。


 でも違う。

 実際は、何一つしていなかった。

 リネットのように、言葉を発することもできず、ただ傍観して、自分を守っていただけ。


 ――それが、何よりも卑怯だ。


「まぁまぁ、皆さまその辺にしましょう。せっかくライアン様がいらっしゃるんですし、私ライアン様のお話を聞きたいですわ!」


 場を仕切るように口を開いたのは、意外にもオリビアだった。

 甘く澄ました声は、演技じみていて、胸がざらつく。


(……気持ち悪い)


 彼女は、さっきの発言をなんとも思っていない。

 ルークに浴びせた言葉すら、忘れたような顔をして。

 まるで、この場の中心にいるのが当然かのように振る舞っている。


「ライアン様……?」

「え……ああ、わりぃ。これから剣術の鍛錬があるんだ」


 咄嗟についた嘘。

 そんな予定なんてない。

 だけど、この場にはもう居たく無かった。


「あら、残念……今度はゆっくりお話ししましょうね」


 微笑みは完璧だった。けれどその瞳には、感情のひとかけらさえ感じられない。


(……吐きそうだ)


 込み上げてくる胃の不快感を抑えて、俺は踵を返す。

 早く、この空間から逃げたかった。

 ここは息が詰まる。この空気そのものが、まとわりつくような不快さで満ちていた。


 逃げ出したのに――それでも胸の奥は落ち着かない。


(……どこに行きたい?)


 誰も責めない。誰も否定しない場所。

 言葉があたたかく、心がほどけるような時間。


「……あいつらの、側にいたい」


 気づけば、そう呟いていた。


 ルークと、リネット。

 あの二人と過ごす時間が、俺にとって唯一“まとも”でいられる場所だった。


(せめて……今だけでも、俺の意思で動きたい)


 ――後悔のないように。


 そう思った、そのときだった。


「ライアン様」


 背筋がピンと伸びる、よく通る声。

 振り返るまでもなく、それが誰の声か分かった。


(……父の従者、レイモンド)


 細身で神経質そうな男。父の側近の中でも、とくに口うるさいタイプだ。


「これ以上の関わりは、あの方の望みではありません」

「はっ……、俺にスパイまがいな事をさせといて、“もう関わるな”って?」


 その問いに、彼は沈黙で応える。

 つまり、肯定だ。


「これ以上、彼らに深入りすべきではないかと」


 静かに数歩、俺の前に出て、道を塞ぐ。

 目を細め、まるで子供を諭すような口調で告げた。


 ――だが、もう聞く気はなかった。


 その言葉を無視して、ルークの自室へ向かう。


「後悔するのは貴方様ですよ」


 後悔?


「そんなもん、とっくにしているよ……」


 ルークの優しさに気が付いておきながら何もしなかった。

 今もまだ、こうやって裏切るような立場にいる。

 でも、もう決めたんだ――


「あいつらに、もう嘘はつきたくない」


 例え軽蔑の目を向けられても。

 俺は、俺の気持ちを否定しない。

 それが例え、父の命を無視することになったとしても。


「父上に伝えといてくれ。ルークもリネットも、心配するような相手じゃないってな」


 だけど、父が与えてくれたこの立場は感謝する。

 この知識、技術、信頼を利用して――俺はルークを救ってみせる。

 レイモンドの気配が背後で遠ざかっていくのを感じながら、俺は歩みを進めた。


***


(……あいつら、今、どう思ってるだろうか)


 扉の前に立った瞬間、胸の奥がひどく騒いだ。


 もし、拒絶されたら?

 あの時、黙っていた俺を、責められたら?


 ……それでもいい。

 もう、自分を偽るつもりはなかった。

 ただ――ちゃんと、あいつらの顔が見たかった。


「……ルーク。リネット。いるか?」


 控えめにノックする。

 間を置いて、扉の向こうからリネットの声が返ってきた。


「ライアン様?」

「入っても、いいか」


 しばしの沈黙のあと、カチャと扉が開く。

 開いた扉の向こうには、少し涙の跡が残るリネットと、どこか晴れやかな顔をしたルーク。

 しかし、二人とも不思議そうな顔を浮かべていた。


「どうしたの、ライアン……いつも勝手に入るのに……」

「え、いやぁ~……その……」


 ちゃんと話そう。そう決めて来たはずなのに、いざふたりを前にすると、喉が詰まって言葉が出ない。

 無意識に拳に力が入る。

 その様子に気づいたのか、リネットが小さく眉を寄せて――


「ライアン様、ごめんなさい!」


 なぜか謝ってきた。


「……は?」

「私、無我夢中で……あの場にライアン様を一人にしてしまい……」


 その言葉にルークも顔を青くして、


「ご、ごめん。ライアン!」


 なんで謝られてるんだ、俺が。

 まるで、俺が傷ついた被害者みたいな扱いしやがって。


 だけど――、


(こいつらは、こういう奴らだったな……)


 人の痛みに気づき、寄り添える。

 優しすぎて、ときに不器用なほどに。

 ――だから、俺はこのふたりが、好きなんだ。


「……っ、ははっ」


 情けなくて、笑いがこみ上げた。

 笑う姿を“怒っている”と勘違いしたふたりが、「やっぱり嫌だったよね」「あの後、何かありましたか?」と焦り始める。


 その空気を止めるように、俺はゆっくりと口を開いた。


「実はさ……――」


 自分のこと。

 父の命令でふたりに近づいたこと。

 ずっと黙っていたこと。

 あの場で、何も言えなかったこと。


 ――すべてを話した。


(……やっぱり、嫌われるかな)


 沈黙が落ちる。

 重い、胸が痛くなるほどの沈黙。

 その空気に耐えられず、頭を下げた。


「本当に、今までごめん……」


 こんな薄っぺらい謝罪、受け入れてもらえるはずがない。

 怒鳴られても、殴られても、構わない。

 ――泣かれるのは……ちょっと嫌だな。


「だけど……俺、お前らともっと一緒にいたいんだ」


 人から否定されることが、こんなに怖いだなんて知らなかった。

 恐怖からふたりの顔を見ることができず、顔を伏せ続けた。

 

「そんなの、当たり前じゃないですか」


 優しい声が降ってきた。

 驚いて顔を上げると、リネットがにこりと笑いながら、当然のように言った。


「ねぇ、ルーク様?」

「う、うん……ライアンは友達だし。今まで通り、好きなときに来てよ……」

「……は? え……?」


 自分でも驚くほど情けない声が出て、顔が熱くなる。

 しかし、当の本人たちの表情は、“なんでそんなことを改めて言うの?”と言いたげだった。


「だって俺、今まで酷いこと……」

「言いましたか?」


 リネットが真っ直ぐに俺を見る。


「ライアン様は、ルーク様に酷い言葉を、ひとつでも言いましたか?」


 その言葉にルークなんて何度も首を振る。


「まぁ、たしかにライアン様は見てみぬふりはしていましたけど……それは、ご状況的にも仕方ないでしょう」

「うん……ぼくも、父上には逆らえないよ……」

「それに、ライアン様はずっと、ルーク様に優しくしてくれていました。

 あれが偽りだったとは、私――思えませんでしたから」


 胸が熱くなった。

 その言葉だけで、今までの迷いや後悔が少しずつほぐれていくようだった。


「むしろ、なぜルーク様が煙たがられているのか、その理由が分かって、ありがたいですわ!

 今後の対策が練れますもの!」


 “ふふふ……”と、悪役すぎるその笑い方にルークも苦笑する。

 その笑いに、俺もつられて笑ってしまった。


「……っははは! 俺、やっぱりお前らが好きだ」


 だからこそ、もう裏切らない。


「俺にも手伝わせてくれ。ルークを一人前の国王に――いや、どうせなら史上最強の国王にしてやるよ!」

「まぁ、頼もしいですこと!」

「……張り切りすぎて、空回りしないでね」


 そんなふたりの言葉に、俺は満面の笑みを浮かべながら、ぐっと拳を握った。



***



「つまんないなぁ……もうバレちゃった」


 誰もいない廊下。そのはずの空間に、子供のような声がひとつ、こだまする。


「はやく、“あの方”に伝えなきゃ」


 そして、足音ひとつ響くこともなく、その気配は霧のように消えていった――

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