第89話 運命を切り拓く刃
今回の戦いは、ノヴァがこれまで積み上げてきた全てを懸ける決戦です。
師ギュンター卿、仲間たちとの連携、そして父の教え。
それらが一つに重なり、「運命を切り拓く」瞬間が描かれます。
少し長めの話ですが、最後までお付き合いください。
物語はついに、次の章へと繋がっていきます――。
夜が更けたブラッド・ハーバーの広場。石畳に響く戦斧と剣の激突音が、まるで雷鳴のように街中に轟いていた。空気は火薬と血の匂いを孕み、観衆の誰一人として息をすることさえ忘れたかのようだった。
「師匠……! もう一度だけ、この私に任せてください!」
ノヴァの瞳に宿る光を見て、ギュンター卿はわずかに目を細めた。彼はバッシュの巨体を体当たりで弾き飛ばすと、その隙に剣を収め、弟子に道を託すように頷いた。
弾き飛ばされたバッシュは石畳を抉りながら転がり、立ち上がると、憤怒に血走った眼で二人を睨み据えた。
「お前の相手は、俺だ!」
バッシュの戦斧が唸りを上げてノヴァに迫る。しかし、ノヴァの動きは以前とは明らかに違っていた。ギュンター卿の言葉が脳裏に響く。ノヴァの瞳に確かな光が宿った。父の志と師の教えを胸に、水霊剣術 動麗流の真髄が全身に甦る。
「怖くて師匠の影に隠れていた坊主が、何言ってやがる!」
ノヴァは剣を構え直した。今度は迷いがない。観衆となった仲間たちが見守る中、ノヴァの剣筋が変わる。これまでの力任せな攻撃ではなく、水のように流れるような動きで、バッシュの圧倒的な力を受け流していく。
「なんだこりゃあ!? さっきまでとは別人じゃねぇか!」
驚愕するバッシュ。その瞬間、閃光が走った。
「『閃光絶命剣』!」
残像もなく放たれた一撃が、戦斧を宙へ弾き飛ばす。続けて踏み込み、剣が大地を震わせるように振り下ろされる。
「がはっ!」
続けざまにノヴァが踏み込む。
「『不動重力斬』!」
見えぬ重圧が広場を覆い、バッシュの巨体を石畳に叩きつけた。大地が割れ、破片が周囲に降り注ぐ。
「すげぇ……」
ユーリが呟き、レオンハルトは言葉を失う。
「これが剣聖直伝の奥義か……」
だが、倒れたバッシュはなお立ち上がった。血に濡れた口元に狂気の笑みを浮かべ、懐から黒いクリスタルを取り出す。
「ふざけるなよ……ちくしょうがあああああ!絶対許さねーぞ!!許さねー!」
バッシュが懐から黒いクリスタルを取り出す。それは不気味に脈動し、見ているだけで嫌悪感を催すような代物だった。バッシュの目は血走り、口元はゆがんだ笑顔を見せていた。
「これを使えば……もっと強くなれるって言ってたぜ!」
「やめろ!」
あまりに禍々しいクリスタルのため違和感を感じたノヴァの叫びも虚しく、クリスタルが叩き割られた。黒煙が奔流のように広がり、バッシュの肉体を呑み込む。骨の軋み、肉の裂ける音、そして断末魔の叫び。やがて靄が晴れた時、そこにいたのは人ではなく、禍々しい魔人だった。膨れ上がった筋肉、漆黒に染まる皮膚、血のような赤い瞳。
「うお!?なんだこの黒い靄は!ギャアアアアア!」
バッシュの絶叫が広場に響く。骨の軋む音、肉の裂ける音。黒い靄の中で何かが蠢いている。 靄が晴れると、そこにいたのはもはや人ではなかった。筋肉が異様に膨れ上がり、皮膚は黒ずみ、瞳は血のように真っ赤に染まっている。
「これは……魔人か」
ギュンター卿が低く呟き、剣を抜く。
「グオオオオオ!」
魔人と化したバッシュが咆哮する。咆哮が響くたびに空気が震え、瓦屋根の瓦が崩れ落ちた。
「みんな、下がって!」
ノヴァが前に出て仲間を庇うが、その力は圧倒的だった。戦斧が振るわれるたびに石畳が抉れ、広場全体が揺れる。
「くっ!」
ノヴァとギュンター卿の二人で応戦するも、防戦一方。その時――。
「ノヴァ!」
ユーリが駆け込んでくる。全身に風と雷を纏い、拳が閃光と化した。
「精霊憑依・風雷の型!」
ユーリの拳に風と雷の力が宿る。稲妻を帯びた拳が魔人バッシュの側面を打ち抜き、巨体を痙攣させて動きを止める。
「よし!見たか雷のせいで身動きが取れないだろう?」
得意げにポーズを取るユーリに、ノヴァが思わず叫ぶ。
「ユーリなんだよその技は!いつの間に身に付けたんだ?」
「精霊卿で教官からみっちりしごかれて身に付けた技だ!一時的にすべての力が飛躍的に向上する。ただし、この技は……五分しか持たない!」
汗を滲ませながらユーリが答える。
「なら短期決戦だ! みんな、総力戦で行くぞ!」
ノヴァの号令に仲間たちが応じた。氷壁、紅蓮、土鎖、治癒の光輪――。
「了解!『氷壁結界』!」
レオンハルトが防御魔法を展開。
「『紅蓮爆炎』!」
セレスティアの炎魔法が魔人を包み込む。
「『大地縛鎖』!」
セシリアの土魔法が魔人の動きを封じる。
「『治癒の光輪』!」
カイルの回復魔法がノヴァ、ユーリ、ギュンター卿の三人の体力を回復させる。
「これでユーリの戦闘時間が3分は延びるはずだ!」
魔法と剣技が重なり、連携の刃となって魔人を追い詰めていく。しかし……。
「グルルル……」
魔人バッシュが本能的に危険を察知したのか、突然後退を始めた。
「逃がすか!」
ユーリが追撃しようとするが……。
「プッシュ――!時間切れ――!」
ユーリの精霊憑依が切れると同時に、雷の鎧が弾け飛び、まるで電池が切れたかのように彼はその場に倒れ込んだ。そこへ、魔人バッシュの一撃が容赦なく襲いかかる。レオンハルトが咄嗟に防御魔法を展開するが、力不足であっさりと破られ、ユーリはそのまま一撃をまともに受けてしまう。血を吐きながら、彼は地面に崩れ落ちるしかなかった。
「ユーリ!」
カイルの治癒が光を放つが、戦場の空気は絶望に覆われていく。
「大丈夫だ……まだ動ける……」
ユーリが血を吐きながら立ち上がろうとする。魔人バッシュが再び咆哮を上げる。もはや人としての理性は完全に失われていた。
「もはや人ではない……。ノヴァよ、こやつは人類の敵だ。必ず倒さねばならん」
ギュンター卿が呟く。
「分かっています」
ノヴァの瞳に強い決意が宿る。父の仇への個人的な復讐ではない。世界を守るための戦いとして。
「でも、どうやって?」
セレスティアが焦ってつぶやく。
「あれだけの攻撃を受けても、まだ……」
レオンハルトも困惑している。その時、ノヴァの脳裏に精霊郷での修行が甦った。精霊の長老との対話、天理の術の真髄……。魔人バッシュが両腕を広げ、燃え盛る炎を渦と化す。
「『魔獄業火・終焉の咆哮』!」
広場全体を焼き尽くさんとする炎の嵐。このままでは全員が……。
「みんな、僕の後ろに!」
カイルが水の結界を張るが、とても防ぎきれない。
「ありえませんわ!こんなところで!」
セレスティアが悔しがる。絶体絶命の危機。周りの仲間は皆、絶望の色に彩られていた。しかしその混乱の中ノヴァひとりだけは冷静だった。
「精霊よ……我に力を貸してくれ」
ノヴァが父の剣を天に向け、自分自身の気配を消し去る。剣に込められた想いと気の力、精霊郷で学んだ精霊との結びつきが浄化の力と共鳴し光の奔流となる。
「ノヴァ?」
仲間たちが驚く。
「これは……『不動重力斬』に精霊の力を……」
ギュンター卿が目を見開く。
「行くぞ……『聖霊重力斬・浄罪の閃光』!」
ノヴァの新たな奥義が炸裂する。重力を操る力に精霊の力と剣の思いの力そして浄化の力が響き合い融合していく、放たれた一閃が炎を切り裂き、邪悪を討ち払った。闇を纏った巨躯が震え、咆哮が人の声へと変わっていく。
「グオオオオ……アアアア……」
魔人の咆哮が、次第に人の声に変わっていく。
「お……俺は……何を……」
黒い皮膚が元に戻り、異様に膨れ上がった筋肉が縮んでいく。バッシュは人としての意識を取り戻していた。しかし元に戻った体は闇に染まり、最後には黒くなって指先から燃えカスのように風に舞い散る。
「剣聖……ギデオン……」
崩壊していく体で、バッシュが最後の言葉を紡ぐ。
「俺は……ずっと憧れてたんだ……あの人みたいに、強く……誇り高く……でも……俺には……才能が……」
その声には、もはや狂気はない。ただ、一人の男の後悔だけがあった。
「俺は……間違ってた……あの人の……『仲間』という言葉の意味を……理解してなかった……」
バッシュの体が黒い粒子となり、風に散った。
「バッシュ……。闇の力の崩壊は止められない。せめて安らかに眠れ」
ノヴァが剣を収める。戦いの後、先ほどまでの喧騒が嘘のように広場に静寂が戻る。近くにいた住民はすでに遠くに逃げ出し、バッシュの部下の死体さえも燃え尽き、残されたのは灰と焦げ跡、そして仲間の荒い息遣いだけだった。
そのとき、闇の中からふたつの人影が歩み出た。
「見事だったな」
ゼオンとリリアの影が広場に浮かぶ。戦いの余韻が残る中、ノヴァたちは自然と身構えた。だが二人の表情に敵意はなく、むしろ静かな怒りと諦念が漂っていた。
「お前たち……何者なんだ?」
レオンハルトが声を張る。剣の柄を握る手に力が入り、まだ緊張が解けない。
「私たちは……ギデオン団長の直属の幹部。だが今は彼の真実を伝える者に過ぎない」
リリアの声は低く、しかし鋭さを含んでいた。その瞳は、戦いの傷跡を見つめる仲間たちを一瞬で射抜くようだった。
「バッシュの最後の言葉……あれを聞いて、何を思った?」
ゼオンが口を開く。声には静かな憤りと悲しみが混じる。
「……団長は、ずっと苦しんでいた。表向きは冷徹でも、心の奥でみんなを守ろうとしていた」
リリアが続ける。戦いで灰と化した広場の中心に立つノヴァの姿を見つめながら、過去の重みを語るように言葉を紡いだ。
「我々は知っていた。カルザン帝国がギデオンを貶めるために、どれだけの策略を巡らせていたかを、そしてそれに対抗するためにクライン公爵の手を取るしかなかったことを」
ゼオンの指先が空中でかすかに震える。広場の静寂が一層緊張感を増した。
「陰謀……それが、バッシュを動かしたのか?」
ノヴァの声は低く怒りと困惑が混ざっていた。
「そうだ。彼は才能を認められず、歪んだ強さを追い求めるしかなかった。クライン家の干渉が、あの黒いクリスタル――闇の力――へ手を伸ばさせたんだ」
リリアが言葉を選びながら続ける。ノヴァの瞳に光が宿る。父の復讐だけではない、世界を守る戦いの先にある真実。それを今、目の前で示された。
「つまり……私たちの戦いは、まだ終わっていないということか」
ノヴァが呟く。剣を地面に軽く突き立て、静かに呼吸を整える。仲間たちもそれぞれ戦闘後の疲労を押し込み、次の決意を固める。
「我々の団長は、ただ力を振るうだけの存在ではない。知恵と心を持ち、人々を守るために戦う。その意志を理解する者は限られている」
リリアが微笑む。戦いの後の静かな空気にかすかな温もりを添えるように。
「まずはバッシュを浄化した勇気を讃えよう。だが、この戦いで見たものは、氷山の一角に過ぎない」
ゼオンの声が広場に響く。
「帝国の暗躍、クライン公爵家の陰謀……私たちは、どこから手をつければ……?」
セレスティアが焦ったように問いかける。
「まずは情報を集めることだ。そして……団長の意思を理解すること」
リリアが答える。瞳に決意が宿り夜空に瞬く星のように冷たくも強い光を放った。
ノヴァは剣を肩に担ぎ仲間たちを見渡す。戦いで得た経験、父や師から受け継いだ力、そして仲間たちの信頼――すべてが、これからの戦いの礎となる。
「よし、行こう。次の一手を、みんなで」
ノヴァの声に、仲間たちが一斉に頷く。
夜風が広場を吹き抜け、燃え尽きた跡に新たな希望の香りが漂っていた。遠くの星が瞬くその瞬間、運命の歯車が再び回り出す。戦いは終わったのか、あるいはこれからが本番なのか――それを知る者はいなかった。ただ、仲間たちの胸には確かな覚悟が芽生えていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
バッシュ編、ついに決着です。
彼が最後に見せた「後悔」と「誇り」は、ノヴァにとっても大きな転機になりました。
そして、ギデオン団長の真実――。物語はさらに深い陰謀の層へと進んでいきます。
ノヴァたちの新たな旅路を、ぜひこれからも見守ってください。
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