第8話 深淵への第一歩
本日2回目の更新にお付き合いくださり、ありがとうございます!
今回は、ノヴァと村の子どもたちとの交流を通して、
「家族」以外とのつながり――“世界の広がり”が描かれます。
ほのぼのとした日常の中に、小さな冒険と気づきが詰まっています。
ゆったりとした気持ちでお楽しみください。
ミルウェン王国、国境の村ステラ。夜のとばりが降りた宿屋『星導庵』の二階。ノヴァは、その日の出来事を反芻しながら、自身の掌を見つめていた。
光属性の「ルーメン」と火属性の「ルクシオ」はすでに完璧な制御下にある。
指先から放たれる青白い光は、瞬時に空間を照らし、また指先から揺らめく小さな炎は、彼の意志1つでその形を変えそして霧散する。
二度目の誕生日を迎え、周囲が彼の賢さに驚きを隠せない中、ノヴァ自身は、前世の記憶があるが故に、己の異質な成長速度を誰よりも明確に自覚していた。
(大人の前では、できるだけ普通の子供を装っているが……本当は、もっとずっと話せるし、理解もしている。下手に喋れば、ただの“変な子”に見られてしまうだけだ。)
そして今、彼の心は、アルスから聞いた水属性の希少性、そして母親が日常的に操るその魔法へと向けられていた。
台所で見た母親の姿が、鮮明に脳裏に焼き付いている。掌から溢れ出す水が、野菜を洗い清め、さらには料理で使った炎をいとも簡単に消し去った光景。あの時、ノヴァの心に電流が走った。
(土属性の探求は一旦置いて、まずは母さんから水魔法のコツを教えてもらおう。そうすれば、火魔法の制御もさらに完璧になるはず……!)
土属性への興味は依然としてあったものの、身近に水魔法の使い手がいるという絶好の機会を逃す手はない。彼の知識への飽くなき探求心は、常に最も効率的で確実な学びの道を選ばせた。
翌日、ノヴァは食堂で朝食を摂っているアルスを見つけた。アルスはいつものように分厚い古文書を広げ、その中に顔を埋めている。
「アルスさん、おはようございます」
ノヴァが声をかけると、アルスはゆっくりと顔を上げ、彼の小さな顔に優しい笑みを向けた。
「おお、ノヴァ坊か。今日も元気じゃのぉ。何か知りたいことでもあるかの?」
ノヴァは迷わず切り出した。
「はい。アルスさんは以前、水魔法は使い手が少なく、希少だと仰っていましたよね?」
アルスは目を細め、興味深そうにノヴァを見つめる。
「うむ、そうじゃな。水属性は癒しの力を持ち、故に、使い手となるには人を思いやる優しい心が必要だと言われておる。そう簡単に習得できるものではないのじゃ。」
ノヴァは母親のことを頭に浮かべながら、さらに質問を続けた。
「水魔法の呪文は何て言うんですか? そして、どうすれば水を操れるようになるんですか?」
アルスは驚きに目を見開いた。その問いは、単なる好奇心からくるものではない、確かな探求の意欲が込められていることを感じ取ったのだろう。
「ほう……お主、水魔法に興味があるのか。それは珍しい。呪文は『アクア』じゃ。だが、呪文を唱えるだけでは水は出んぞ。水そのものの性質、流れること、形を変えること、そして清めることを深く理解し、自身の心と一体化させる必要がある。特に、人を癒したい、守りたいという強い願いが、水魔法の源となることが多いと聞く。だが、なぜ水魔法に?」
ノヴァは、母親が水魔法を日常的に使っていること、そして自身が火魔法の制御を完璧にするためには水魔法が必要だと考えていることを正直に話した。
アルスはノヴァの話を黙って聞き、時折感心したように頷いていた。
「なるほど……お主の母親殿は、やはり並々ならぬ資質の持ち主じゃったか。そして、お主の考えも理にかなっておる。火と水、相反する属性を極めることは、魔法使いとして大いなる飛躍となるじゃろう。ただし、焦りは禁物じゃぞ。心と向き合う魔法故、無理に力を引き出そうとすれば、かえって危険を伴うこともあるからのぉ。」
アルスの言葉は、ノヴァの探求心にさらなる火をつけた。彼が目指す「全属性魔法使い」への道は、ただ魔法を覚えるだけでなく、その根源にある「心」を理解することでもあるのだと、改めて認識させられた。
その日の午後、ノヴァは宿屋の裏手にある小さな庭で、母親の姿を追った。母親は洗濯物を干したり、植木に水をやったりと、忙しく立ち働いている。
ノヴァは、母親の動き、水の出し方、その際の表情や気配を注意深く観察した。夕食の準備中、母親が台所で水を使うたびに、ノヴァは熱心に質問を投げかけた。
「ママ、いま、どうやって水を出したの?」
「ママ、そのお水、どうしてそんなにきれいに流れるの?」
母親は最初こそ少し戸惑った様子を見せたが、ノヴァの真剣な瞳を見て、根気強く答えてくれた。
彼女は、魔法を使うというよりも、まるで水と会話するように自然に操っているように見えた。その姿は、ノヴァにとって何よりも雄弁な教えだった。
ある日、母親はノヴァの手を取り、その掌に少量の水を溢れさせて見せた。水は、母親の掌の上で淡い光を放ち、まるで生き物のように揺らめいている。
「ノヴァ、お水はね、気持ちを込めるのが大切なの。人を思いやる心、そして全てを洗い流す清らかな気持ち。そうすれば、お水もママの言うことを聞いてくれるわ。」
母親の言葉に込められた温かさと、水から伝わる柔らかな感触。アルスが語っていた「人を思いやる優しい心」が、まさにこのことなのだとノヴァは理解した。
ノヴァは目を閉じ、これから生まれてくる弟か妹の姿を思い描いた。守りたい、清らかな水で洗い流したい……そんな未来への強い願いが、彼の心に満ちていく。
そして、その想いを込めて、小さく、しかしはっきりと口に出した。「アクア」
次の瞬間、ノヴァの手のひらに、微かな水の膜が形成された。それはすぐに消えてしまうほど不安定なものだったが、確かに、彼の意志が水に届いた証だった。
ノヴァは諦めずに、来る日も来る日も水魔法の練習に没頭した。時には、水が彼の意思に反して暴れ、服を濡らしたり、小さな水たまりを作ったりすることもあった。しかし、彼はその度に水を観察し、自身のイメージを修正し、そして心に込められた感情を研ぎ澄ませていった。
母親は、ノヴァの小さな奮闘をそっと見守り、時折、優しく助言を与えてくれた。
数週間後、ノヴァはついに、母親のように掌から少量の水を出せるようになり、それを自在に操ることができるようになった。
水は彼の意思に呼応するように形を変え、流れ、時には霧散し彼の指先で踊るように動き出した。
(水魔法、これで三属性目だ……!)
ノヴァの心に、新たな力が宿った喜びと、さらなる探求への意欲が満ちていく。光、火、水。着実に増えていく自身の能力に、確かな手応えを感じていた。
夜、両親が眠りについた後、ノヴァは再び窓辺に立った。月明かりの下、彼の指先から、青白いルーメンの光が力強く輝いている。
アルスとの会話で、この世界の根源にある魔物の存在と、それを封じる全属性魔法使いの重要性を知ったことは、ノヴァの目標をより具体的なものへと昇華させた。
無能なヴァルター男爵の存在が、もしこの村に危機が訪れた際に、誰が人々を守るのかという重い問いを彼に突きつけている。
そして、新たな家族の存在も、彼の胸に温かい光を灯していた。母親の身体も、少しずつふっくらとしてきている。出産までにはまだ数ヶ月あるようだが、家族の間に新しい風が吹くのを肌で感じていた。
(この世界には、まだまだ知らないことがたくさんある。そして、俺はまだ、自分の足で自由に歩き、この世界の全てを探索できるほどの力と知識がない。必ずこの世界の全てを知り尽くしてやる。そして、その知識と力を、誰かのために使えるように……。)
小さな賢者の心に、知識への飽くなき探求心と、守るべきものへの漠然とした責任感が、一層深く芽生え始めていた。彼は来るべき未来のために、静かに、しかし確実に、その力を磨き続けていく。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ノヴァにとって、家の外で初めて「仲間」と呼べる存在ができたことで、
世界との距離が少し縮まりました。
これからも、家族・仲間・師匠……大切な人たちとの関係が、
彼の人生を優しく変えていきます。
続きは明日更新予定です。次回もぜひお立ち寄りください!