第86話 闇に呑まれし剣聖
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闇の根源へと踏み込むノヴァたち。地下に潜む魔族と黒い魔法陣、そして魔力封印という絶望的な状況の中、仲間の絆と父の想いが光をもたらします。さらに明かされる「剣聖ギデオン」の名が、ノヴァの過去と未来を大きく揺るがすことに――。運命の歯車が再び動き出す第86話、どうぞお楽しみください。
夜が深まった「翼ある竜亭」の一室に、星辰魔導騎士団の全団員とギュンター卿が集結していた。テーブルには整理された情報と地下水道の見取り図が広げられている。
「まず、各班の報告を総合すると、クライン公爵の勢力がこの地に組織的に浸透していることは間違いない。そして地下には強大な魔力源がある」
ノヴァが地図に印をつけながら説明する。
「魔力の流れも異常だね」
アルフレッドが杖で地図を指す。
「都市全体の魔力循環が不自然に歪められているね。それに闇魔法で人心を操る技術も使われているか……」
セシリアが眉をひそめる。
「街で闇にむしばまれた人たちの姿を見てその恐ろしさを実感しました」
ギュンター卿が重々しく口を開く。
「では、用心に越したことはないな。だがこの闇を放置すれば被害はさらに拡大するだろう。見過ごしては置けないな」
レオンハルトが慎重に切り出す。
「突入部隊の人選についてですが、全員で行くべきか、少数精鋭にするべきか……」
「俺は行くぜ!敵のアジトか腕が鳴るてもんだぜ」
ユーリが身を乗り出す。袖をまくり鍛えられた腕っぷしを見せながら強気な発言をする。
「当然僕も参加するよ。けが人が出たら治癒魔法で支援したいからね」
カイルが穏やかに言う。そうするとユーリが脳筋気味にみんなに話しかけた。
「じゃあ、全員で強襲を掛けよう!一気に殲滅だ!」
「ちょっと、待って!」
セレスティアが立ち上がる。
「人数が多すぎれば潜入は困難になりますわ。それに全員が地下で足止めを食えば、地上の警戒も手薄になります」
議論が白熱する中、ギュンター卿がゆっくりと立ち上がった。
「ノヴァよ、お前はどう考える?」
全員の視線がノヴァに注がれる。彼は目を閉じしばらく黙り込み深く考える。
「...六名で行く」
ノヴァが決然と答える。
「私を含め、レオンハルト、セレスティア、カイル、ユーリ、そしてジェイソンだ。残りの皆には地上での警戒と、万が一の場合の救出作戦を担当してもらいたい」
「なるほど、バランスの取れた構成だな」
ギュンター卿がうなずく。
「師匠には残り部隊の指揮をお願いします」
ノヴァが仲間たちを見回す。
「残留部隊のみんなもよろしくお願いします。皆の支えがあってこそ、僕たちは戦える」
準備に取り掛かる一行。ノヴァは父の形見の剣を手に取り、魔力で中心の核を見定め、その刀身に新たな付与を施していく。「護」「破」「浄」の漢字が淡く光る。
「これは...」
セレスティアが驚愕する。
「三重複合付与ですね!!」
セシリアが感嘆の声を上げる。
レオンハルトは盾に「守」の文字を、ジェイソンは剣に「斬」の文字を刻み込んでもらう。ユーリは拳に巻く魔獣の皮に「硬」「疾」の文字を付与してもらった。
「さあ、行こう」
ノヴァが仲間たちに声をかける。
「この闇を終わらせるために」
地下水道の入り口は予想以上に不気味な雰囲気を放っていた。石造りの古い構造物からは、じめじめとした空気と何か邪悪なものの気配が漂ってくる。
「闇の気配が強くなってきたな」
ジェイソンが剣の柄を握り締める。
「ここからは静かに行こう」
ノヴァが先頭に立ち、一行は慎重に地下へと足を向ける。
通路は複雑に入り組み、まるで迷路のようだった。ノヴァの魔力感知を頼りに進んでいくと、やがて広い空間に出た。そこには……。
「何だ、あれは...」
レオンハルトが息を呑む。十数名の傭兵たちが警護に当たり、その中央で黒いローブの魔術師が何やら呪文を唱えていた。床に描かれた魔法陣からは、禍々しい紫の光が放たれている。
「あの紋章……」
ユーリが小声でつぶやく。
「間違いなくクライン公爵の手の者だ」
「仕掛けるぞ」
ノヴァが剣を抜こうとした瞬間、異変が起きた。
『グアアアアアア!』
魔法陣から響く咆哮と共に、異世界の魔族が次々と召喚される。牙を剥き出しにした獣のような姿、燃える赤い目、そして全身から発する圧倒的な殺気。
「魔族だと!?」
セレスティアが後ずさりする。
「ククク……よく来たな王国の犬どもが。だがここで終わりだ」
黒ローブの魔術師が嘲笑する。魔族は身近にいる傭兵を襲い数人がその命を散らしていた。
「異端の者たちよ契約により命ずる。奴らを八つ裂きにしろ!」
魔術師は魔族に命令すると同時に、魔法陣に闇の魔力を注ぐ途端に魔法陣は黒い光を放ち起動する。
「な、何だ!?」
魔力がまったく流れない。体内の魔力が鉛のように沈み込み、魔力の流れが堰き止められた様だった。
「ノヴァ!」
セレスティアが叫ぶ。
「私の魔法も使えませんわ!」
「この空間全体に……魔力封印の術が張られているのか」
レオンハルトの顔が青ざめる。魔族の爪がノヴァめがけて振り下ろされる――絶体絶命の瞬間。
「させるかよ!」
ユーリが疾風のごとく割って入った。その動きは、以前の彼とは明らかに違っていた。
「『疾風連打』!」
風の精霊と完全に同調したユーリの拳が、音速を超える勢いで魔族を穿つ。一撃ごとに魔法具の効果もあり、硬い皮膚を易々と打ち破っていた。
「すげぇじゃん、ユーリ!」
ジェイソンが息を呑む。
「精霊郷で学んだ格闘術と気闘技法、そして精霊魔法の融合だ!」
ユーリは魔族を蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「ノヴァの背中は、俺が守る!」
その言葉はどこまでも熱く。幼馴染の成長した姿に、ノヴァの目頭が熱くなる。
「ユーリ……ありがとう」
ノヴァは父の形見の剣を強く握り直した。魔法は使えない。だが、この剣には父の想いが宿っている。
……父さん、みんなを守りたい。どうか見ていてくれ。
意識を剣へ注ぐと、不思議な温もりが手に広がった。それは魔力ではなく、家族を愛し、守ろうと願った父の心そのもの。
「そうか……これが父さんの残した力か」
剣が淡い光を帯び始める。それは魔法ではなく、想いが形となった輝きだった。
「『光の浄化・改』!」
父の想いと自らの決意が重なり合い、剣から放たれる光が魔族たちを包み込む。付与魔法で込められた浄の文字、異形の存在は根源から浄化され、次々と消滅していった。
「ば、馬鹿な……!」
黒ローブの魔術師が後ずさる。
「魔力封印の中で、なぜ……」
「これは魔法じゃない」
ノヴァの声は静かだが、力強かった。
「想いの力だ。父と母から受け継いだ、理と心が融合した真の力だ」
最後の魔族が光に呑まれて霧散する。黒ローブの魔術師は慌てて逃走の呪文を紡ぎ始めた。
「逃がすか!」
セレスティアが追撃に移ろうとするが、ノヴァが手を伸ばして制した。
「待て」
「まだ生きている者たちがいる。……まずは彼らを救おう」
戦闘が終わり、気絶している傭兵数名を確保した一行は、慎重に地下の隠れ家全体を浄化していく。ノヴァの光の力により、空間に充満していた闇の魔力は完全に払拭された。
「この傭兵たち、闇魔法の影響を受けていますね」
セシリアが魔力を感知しながら報告する。
「洗脳状態のようですわ」
「拘束をして一度宿に連れ帰ろう。正気に戻して情報を吐き出させよう。全員撤収!」
ノヴァは気絶している傭兵を拘束し担ぎ上げた。レオンハルト、ユーリ、ジェイソンが同じように担ぎ上げ全員で宿に戻った。
宿に帰るとノヴァはギュンター卿と残留組の仲間に地下であったことの説明をした。ロランドの残した剣の話を聞いたとき、ギュンター卿の顔に一瞬影が差した。しかし彼は無言で最後まで耳を傾けていた。
地下での情報共有が終わるとノヴァは捕らえていた傭兵の一人に手をかざし、浄化の力を注ぐ。男の目から虚ろな光が消え、正常な意識が戻ってくる。
「うっ……ここは……」
傭兵がゆっくりと目を開ける。
「お前たちは何者だ?」
レオンハルトが慎重に問いかける。男は困惑しながらも答える。
「俺は……『黒鴉』傭兵団の団員だ。団長はギデオン……」
その言葉にギュンター卿は激しく動揺を見せた。
「ギデオンだと!ノルレア自由都市群の剣聖ギデオン・バルドゥスの事か!!」
ノヴァはギュンター卿の突然な反応に驚き声をかけた。
「師匠。その人物の事をご存じなのですか?」
ギュンター卿は大きくうなずきギデオンのことについて話し出す。
「うむ。ギデオン、正式にはギデオン・バルドゥスと言う。もともと凄腕の傭兵だった男だ。その剣技もさることながら、組織的な戦闘において神がかった指揮を執る男だ。私もノルレア自由都市群との数度の戦いで相見えたことがある。直接対決したことこそなかったがその指揮は老練にして華麗、幾度となく王国の戦略を読み破り、名将や猛将と呼ばれる者たちが、彼とその指揮する部隊の働きのために戦場で散っていった。」
ギュンター卿はノヴァの目を見据え、衝撃的な一言を告げた。
「そしてノルレア自由都市群で認められた唯一の剣聖であり、ステラ村を襲撃した傭兵団の団長だ。」
「な!ステラ村を襲った襲撃者が『黒鴉』傭兵団だというのですか!」
ノヴァは衝撃的な話に大きく動揺した。傭兵の男は思い出したようにつぶやく。
「そういえばバッシュのやつが以前、王国のお偉い人の依頼で小さな村を襲いその功績で副団長になれたと聞いたな。」
その名前を聞いた瞬間ノヴァの体が硬直する。バッシュ、それは父を殺した仇の名前だった。
「バッシュ……」
ノヴァの声が震える。傭兵はノヴァの言葉に反応する。
「ああ?、知ってるのか?奴なら副団長になってるぜ。なんでも小さな村を襲撃して、そこの凄腕の剣士をぶっ殺したって自慢げに……」
「やめろ!」
ノヴァが怒号を上げ、傭兵の胸倉を掴み上げる。
「その村で何をした!何人殺した!」
「団長、落ち着け!」
ジェイソンが慌てて仲裁に入る。
「父さんを...父さんを殺したのはお前たちか!」
ノヴァの目に怒りの炎が宿る。剣を抜こうとした瞬間。
「ノヴァよ」
ギュンター卿の静かだが威厳に満ちた声が室内に響く。
「その怒り、よく分かる。だが今この場で復讐に身を任せれば、お前はロランドの息子ではなくなってしまう」
ノヴァの手が震える。復讐心と理性の間で激しく葛藤していた。
「お前の父は怒りではなく勇気と大切なものを守りぬくという理性で戦った男だった。その息子であるお前も、同じ道を歩むべきだ」
ギュンター卿の言葉にノヴァはゆっくりと手を剣から離す。深く息を吸い感情を制御していく。
「すみません。思わず我を失ってしまったようです」
ノヴァが傭兵に向き直る。
「君はいろいろと他にも情報を持っているようだ。」
ノヴァは以前開発した光と風の複合魔法を使って傭兵から詳しい話を聞き出す。魔法により、傭兵の隠された記憶も徐々に蘇ってくる。
「団長……は最近様子がおかしくなった。昔は仲間思いの男だったのに、黒いローブの男と接触してから人が変わったようになった……団員の人数も国で一番多くなったのに……最近では副団長のバッシュが幅を利かせてきて……他の幹部たちも……」
「剣聖と言われる人がなぜこんなことを……」
セシリアが呟く。
父の仇であるバッシュ、そして闇に堕ちた剣聖ギデオン。この地で待ち受ける戦いが、想像以上に困難なものであることを悟っていた。
「師匠」
ノヴァが静かに言う。
「私は必ずこの闇を終わらせます。父の想いと、この世界の平和のために」
「ああ。私も同じく剣聖と呼ばれるものだ同類の過ちは正さなければな。」
ギュンター卿がうなずく。そしてノヴァの目を見つめると口を開く。
「だが決して一人で背負うな。お前は一人ではない、我々がついている」
窓の外では夜が明け始めていた。新たな戦いの始まりを告げる朝日が、彼らの決意を照らし出している。
闇に呑まれし剣聖ギデオン――その名が意味するものは、ノヴァにとって避けられぬ宿命の始まりでした。怒りと悲しみの狭間で揺れる彼の心に、ギュンター卿が語った言葉はどんな影響を残したのか。そして父の仇・バッシュとの対決は目前に迫ります。
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