第81話 運命の歯車が回るとき
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今回は王都編の幕開け――。ノヴァたちは辺境を離れ、王国の中枢であるヴァイスブルク侯爵邸、そして王宮へと向かいます。精霊郷で得た真実を胸に、彼らは権謀と信念の狭間に立ち、王国の未来を左右する決断を迫られることに。運命の歯車が静かに回り始めます。
王都の大通りを馬車が静かに進む。窓の外には壮麗な王都の景色が広がるが、ノヴァたちの心は落ち着かない。隣に座るエルネスト・フォン・グロリアス辺境伯の威厳ある横顔が、この先に待ち受ける事態の重大さを物語っていた。
「ノヴァ君、君たちは以前、ヴァイスブルク侯爵とアルマ侯爵には会っているが、今回は違う。王国の未来をかけた、真剣な話し合いの場だ。心して臨むように」
エルネストが穏やかながらも厳しい口調で言った。ノヴァは小さく頷く。
「はい。前回、侯爵様方には付与魔法具のことや、僕たちの能力についてご理解いただきましたが、今回はそれとは比べ物にならないほど深刻な話ですから……」
レオンハルトが静かに続けた。「父上は一度納得したことに対しては、揺るがない方です。しかしアルマ侯爵は穏健派とはいえ、その裏には鋭い洞察力をお持ちだ。今回の話二人とも容易には信じないでしょう」
馬車がヴァイスブルク侯爵の広大な邸宅に到着する。重厚な扉が開き、一行は謁見の間へと通された。そこにいたのは、威厳に満ちた佇まいのアルブレヒト・フォン・ヴァイスブルク侯爵と、穏やかな眼差しを向けるアラステア・フォン・アルマ侯爵だった。二人はノヴァたちの姿を見ると、静かに頷いた。
「星辰魔導騎士団の皆。よく来てくれた」
ヴァイスブルク侯爵が口火を切る。その声には、以前のような親しげな響きはなく、厳格な貴族としての威厳に満ちていた。
「早速だが辺境伯から話は聞いている。君たちが精霊郷での修行を終え、精霊に愛された存在になったと。その真偽を確かめるため、話を聞かせてもらおうか」
ノヴァは一歩前に進み出た。
「はい。ヴァイスブルク侯爵様、アルマ侯爵様。信じがたい話かもしれませんが、これはこの王国全体の存亡に関わることです」
ノヴァはヴァルター男爵から託された手帳の内容、そして精霊郷の大樹が発した悲痛な叫びについて話し始めた。
「……信じられん。精霊の大樹というのは耳にはしていたがその様な物が存在し、ましてや悲鳴を上げているだと? そしてその原因がクライン公爵家とノルレア自由都市群の結託だというのか」
ヴァイスブルク侯爵の厳格な顔が、初めて動揺に歪んだ。アルマ侯爵も深く息を吐き、神妙な面持ちでノヴァたちの話を聞いていた。
「ノヴァ君、君の言葉は以前、君の力が人々の希望になると言った私の言葉を裏付けるものだ。しかしこれほどまでに深刻な事態だとは……」
アルマ侯爵が静かに呟く。話し合いが続く中ヴァイスブルク侯爵は1つの提案を口にした。
「クライン公爵家に対抗するためには、第三の勢力を引き入れる必要がある。我々侯爵家が動いても、彼らは我々を反逆者と見なすだろう。そこで私はシルバーグロウ公爵家を味方につけるべきだと考える」
「シルバーグロウ公爵家をですか?」
ノヴァは驚いて尋ねた。
「そうだ。彼らは錬金術の研究に特化した家柄。君たちの持つ『天理の術』と精霊の力に、強い興味を示すだろう。彼らの力を借りれば、クライン公爵家に対抗する大きな力となる」
しかしその提案にアルマ侯爵が静かに異を唱える。
「ヴァイスブルク侯爵、シルバーグロウ公爵は、錬金術の研究のためなら手段を選ばない人物。以前、我々がノヴァ君の付与魔法具を『国を守るための切り札』として管理すべきだと結論付けた時、あなたはノヴァ君を信頼するとおっしゃった。だがシルバーグロウ公爵は、ノヴァ君を『研究対象』としてしか見ないだろう」
「だが他に手はない。背に腹は代えられん。それに君たちの力は、単なる錬金術の知識では解明できないはずだ」
ヴァイスブルク侯爵の言葉に、アルマ侯爵も黙り込む。そして、対談は明日、ノヴァたちが王家に旅の報告をすることでいったん締めくくられる。
「精霊郷の大樹からの予言の内容は、国王陛下に報告して問題ない。だが、クライン公爵家とヴァルター男爵の件は伏せておくように。軽率な行動は、かえって彼らを刺激し事態を悪化させる」
ヴァイスブルク侯爵とアルマ侯爵、そしてエルネスト辺境伯からの厳重な忠告に、ノヴァたちは深く頷いた。
「では我々が王家へ報告する際は、どうやって伝えれば……」
レオンハルトが尋ねる。
「心配するな。私が国王陛下に一言、二言、先に話しておこう。だが君たちの言葉で精霊の啓示を陛下に伝えなさい。それこそが、君たちにしかできないことだ」
エルネストの言葉に、ノヴァたちは決意を新たにした。対談を終え、ノヴァたちは学園の自分たちの寮へ戻ってきた。明日の王宮での報告に備え、ゆっくり休むことにした。王宮にはノヴァ、レオンハルト、カイルの三人が代表として向かうことになった。
「うっわー、マジかよ……。侯爵様方と話しただけでぐったりだよ……。俺、こういう堅苦しい場所、大っ嫌いなんだよ……」
ユーリが肩を落としながら愚痴をこぼす。セシリアは微笑みながら、彼の肩をポンと叩いた。
「大丈夫よ。ユーリは留守番だから。カイルとレオンハルトが一緒だから、ノヴァも安心でしょ?」
「いやいや、カイルとレオンハルトもいるから緊張するんだって!」
「そんなこと言うなよ、ユーリ。僕たちはノヴァを支えるためにいるんだから」
カイルが優しく微笑み、レオンハルトはフンと鼻を鳴らした。
「心配するなノヴァ。私の父上ほど堅苦しい人間はそうはいない。国王陛下はもっと寛大な方だ。ただし言葉遣いと礼儀作法だけは忘れるな。万が一にも粗相をしたら、星辰魔導騎士団の恥だ」
「レオンハルト……それって僕のことディスってる?」
ノヴァが呆れたように言うと、レオンハルトはすっと真顔に戻る。
「ディス?まあいい。だが君は言葉遣いがなっていないから、せいぜい気をつけろ」
ノヴァは苦笑いを浮かべながら、レオンハルトの肩を小突いた。その日の夜ノヴァは精霊たちと対話し、心の準備を整えた。そして翌日ノヴァたちは王宮へ向かい、国王ラファエル・リオン・アストレア陛下に謁見した。
「よくぞ戻ったノヴァ団長。それに、レオンハルト騎士とカイル騎士も。精霊郷での旅、大変だったと聞いている。さあ、報告を聞かせてもらおうか」
国王陛下は温かくノヴァたちを迎え入れた。ノヴァは、精霊郷での修行の成果と、『天理の術』について話し始める。その話を聞くうちに国王の顔色が変わっていく。
「ふむ……精霊郷の大樹が……。なるほど、君たちが精霊に愛された存在だというのは、どうやら本当のようだ」
国王が頷く。ノヴァは、精霊の啓示と『聖なる獅子』、そして王家に伝わる秘術について話そうと口を開いたその時、レオンハルトがすかさず国王にそれとなく確認を取った。
「陛下、この話は、我々三名と陛下、そして陛下が信頼するお方とで話すべき内容かと」
レオンハルトの言葉に、国王は一瞬、目を見張ったが、すぐにその意図を察した。国王は深く頷くと、近衛騎士団長と王国宰相のエルドリッジ公爵以外の全員に、人払いをするよう命じた。
「ノヴァ団長、君の話を聞こう」
国王の言葉にノヴァは精霊郷の神霊の長老から聞いた、『聖なる獅子』、王家に伝わる秘術についてとルミナ王女の血みゅくの件、大樹の予言について語り始めた。大樹が悲鳴を上げていること、闇の力がこの世界に災いをもたらすこと。そしてその闇の力がクライン公爵家とノルレア自由都市群の結びつきによって形を成そうとしていること。国王とエルドリッジ公爵は、その話を真剣な表情で聞き入っていた。
話し合いが終わると、国王は深く頷き、エルドリッジ公爵に視線を送った。エルドリッジ公爵は静かに立ち上がり、ノヴァたちに向き直る。
「ノヴァ君、そしてレオンハルト君、カイル君。この度はご苦労だった。そしていままで我々の監視下に置いていたことを深くお詫びする。だが、これも王国の安全のためだ」
エルドリッジ公爵の言葉に、ノヴァたちは目を見開いた。
「……エルドリッジ公爵、どういうことですか?」
ノヴァが困惑したように尋ねる。
「ノヴァ団長。我々エルドリッジ公爵家は、長年にわたり王国の情報収集と諜報活動を専門としてきた。君たちが辺境伯領に向かった時から、その行動はすべて把握していた。しかし君たちの持つ特別な力が、王国に何をもたらすか、判断がつかなかった」
エルドリッジ公爵は淡々と話す。
「君たちの行動は、我々にとって想定外だった。精霊郷へ向かい、そこで精霊たちと心を通わせる。そしてクライン公爵家の陰謀を突き止める。我々が知る前に、君たちは自らの力で真実にたどり着いた」
そう言うと、エルドリッジ公爵は優しく微笑んだ。
「驚かせてしまってすまない。だがこれで我々はお互いの正体を明かすことができた。クライン公爵家とヴァルター男爵の件も、我々は把握している。君たちの持つ力は、王国の未来を救う光だ。どうか我々に協力させてほしい」
エルドリッジ公爵の言葉は、ノヴァたちにとって、これまでの苦労が報われた瞬間だった。
国王との会談を終え、ノヴァたちは王宮内に与えられた星辰魔導騎士団の執務室へ一旦寄ることにした。宮廷侍女が淹れてくれた温かい紅茶を片手に、安堵の息を吐く。
「まいった……。我々は、監視されてたのか」
レオンハルトがテーブルに突っ伏しながら、げんなりした声で言った。
「ああ。まさか、エルドリッジ公爵家が裏で動いていたとはね。正直、心臓が止まるかと思った」
カイルも珍しく動揺を隠しきれない様子だった。
「でもよかったじゃないか。彼らが僕たちの味方になってくれたんだから」
ノヴァはそう言って窓の外に広がる王宮の庭園に目を向けた。その時、ノヴァの心に精霊たちの優しい導きが響き渡る。
『ノヴァよ、こちらへ……。貴方が探している光は、ここに……』
ノヴァは精霊の導きに従い執務室を抜け出した。レオンハルトとカイルが、ノヴァの様子に気づき、慌てて後を追う。
「ノヴァ、どこへ行くんだ!?」
「待ってよ、ノヴァ!」
二人の声にも気づかず、ノヴァはひたすら精霊の導きに身を任せた。中庭に出るとそこには光り輝く少女が、花に優しく語りかけていた。
「まあ……あなたも、精霊と話ができるのね?」
ノヴァが驚いて見つめていると、少女は優しく微笑み、話しかけてきた。
「え?まあはい……君も、ですか?」
まだ幼い少女だがかなり高位の人間に見える。ノヴァは精霊と話せる人間が、自分たち以外にもいることに驚きを隠せない。その時後を追ってきたレオンハルトとカイルが、ノヴァの姿を見つけた。
「ノヴァ! いきなりどこへ……」
レオンハルトが言葉を続ける前に、少女の姿に気づき、急に言葉を飲み込んだ。カイルもまた少女の姿を見た瞬間、驚きに目を見開く。二人は顔を見合わせると、一瞬で真剣な表情になり、少女に向かって宮廷儀礼に沿った完璧な挨拶を行った。
「……ミルウェン王国第一王女、ルミナ・リオン・アストレア殿下におかれましては、ご健勝にていらっしゃいますでしょうか。星辰魔導騎士団団長ノヴァ・ヴァルシュタイン、副団長レオンハルト・フォン・ヴァイスブルク、そして団員カイル・アルマ、謹んでご挨拶申し上げます」
レオンハルトの言葉にノヴァは雷に打たれたような衝撃を受けた。目の前の少女が、精霊郷で神霊の長老から聞いた、王家の秘術『聖なる獅子』を継ぐルミナ王女だったのだ。
ルミナ王女は、二人の完璧な挨拶に微笑むと、ノヴァの顔をじっと見つめ、静かに言った。
「あなた……精霊郷の大樹に愛されているのね。あなたの周りから、精霊たちの温かい鼓動が聞こえてくるわ」
ルミナ王女の言葉は、ノヴァの心を震わせた。彼女もまた自分たちと同じ、精霊に選ばれし者なのだと、ノヴァは直感的に理解した。この出会いは、単なる偶然ではない。精霊たちの導きによって、運命の歯車が今、大きく動き出したのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ノヴァたちはついに国王陛下へ真実を報告し、王国の闇に立ち向かう覚悟を固めます。
そして運命に導かれるように現れたのは、精霊の力を感じさせるひとりの少女――ルミナ王女。
精霊と人の絆、そして王国の未来が交わる新たな章が始まります。次回もぜひお楽しみに。
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