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第80話 予言と決意の帰還

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、精霊郷での修行を終え、ついにノヴァたちがグロリアス辺境伯邸へ帰還します。仲間たちの成長の証、そして訪れる闇の予兆――。彼らが見た「予言」は、王国全体の運命を揺るがすものとなるでしょう。静かな朝に始まる決意の物語、どうぞお楽しみください。

 過酷な修行を終え、グロリアス辺境伯邸へと帰還したノヴァたちは、心身ともに驚くべき成長を遂げていた。辺境伯邸での温かい夕食を終え、安らかな一夜を過ごした翌朝、ノヴァたちは辺境伯エルネストとギュンター卿、そしてライナスに、精霊郷で得た新たな力の一端を披露することになった。辺境伯領の訓練場は、普段の静けさとは打って変わり、朝から緊張と期待に満ちた空気に包まれている。


「まさか、一晩でこれほどまでに気配が変わるとはな」


 エルネスト辺境伯が周りの気配に気づき呟いた。彼の隣に立つギュンター卿は、無言でノヴァたちをじっと見つめている。その瞳には彼らの成長に対する期待の色が浮かんでいた。


「では、ノヴァ。まずは君の魔法を見せてもらおうか。」


 エルネストの声に、ノヴァは静かに頷く。彼は一歩前に進み出ると、右手を空に掲げた。次の瞬間、ノヴァの周囲を虹色の光が包み込み、まるでオーロラのように揺らめき始めた。それは、あらゆる属性の精霊たちがノヴァの呼びかけに応じ、彼の周りに集まっている証だった。


「……な、なんだ、この魔力は……!?」


 ライナスが息を呑んだ。ノヴァの魔力は以前とは比べ物にならないほど密度が高く、それでいて驚くほど自然に周囲の空気に溶け込んでいる。ノヴァはその光をあらかじめ借りていたギュンター卿の愛剣へと向けた。すると剣は七色の輝きを放ち、その切れ味と重量を何倍にも増しているのが、離れていても感じられた。


「……信じられん。私の剣の特性を完全に理解し、それを補強する一時付与魔法だと……?」


 剣聖であるギュンター卿ですら、その一時付与魔法の精緻さに目を見開いた。次に、ノヴァはユーリとカイルを促す。二人は前に進み出たが、ユーリはげんなりした表情で、肩の関節をゴリゴリと鳴らした。


「お。出番かよ! しかしマジで二度とあの修行はゴメンだぜ! 全身の筋肉が、なんかおかしくなっちまってる気がするぜ……」


 ユーリがブツブツと文句を言う隣で、カイルは微笑みながら優雅に両手を合わせた。その手から溢れ出す柔らかな光は、訓練場に咲く花々を優しく癒していく。枯れかけていた花が生き返り、蕾が膨らみ、瞬く間に満開となった。


「……まったく、修行の成果を披露する場なんだから、もう少し態度を改めたらどうだい?」

 

 カイルが小声でユーリに注意する。


「うるせぇな、これでも緊張してるんだよ!」


 だがユーリは、落ち着きのない口調で返した。


 その瞬間、ユーリの体から、カイルとは異なる、まるで生命力そのものが爆発するような力強い光が迸った。その光は大地に根を張り、花々の生命力を無理やり引き上げるかのように、訓練場の地面を這い岩にさえ新たな命を宿らせていく。


「これが……天理の術か!魔力が塊となって感じられる。ユーリ、カイル、君たちは精霊と完全に心を通わせることができたのだな……。」


 ライナスが感動したように呟く。


「これは……本当に素晴らしい。君たちは我々の想像をはるかに超える成長を遂げたようだ。」


 エルネスト辺境伯は、心からの笑みを浮かべた。


「ノヴァ、これで君は騎士団長として、いや、この国の未来を担う者として、胸を張って王都へ戻れるだろう。しかし……」


 その言葉の先に、エルネストの表情にわずかな影が差した。その日の午後、ノヴァたちはギュンター卿の屋敷へと戻っていた。ヴァルターが、ノヴァたちの無事を心から喜んで迎えてくれる。


「ノヴァ殿、ご無事のご帰還、何よりです。」


 ヴァルターはノヴァの手を両手で包み込んだ。

 

「ヴァルター卿。そちらこそ、無事でよかった。」


 ノヴァはヴァルターの肩にそっと手を置いた。その日の夕方、ノヴァとギュンター卿、そしてヴァルターの三人で、屋敷の応接室に集まっていた。ヴァルターの顔は、以前より晴れやかになっていたが、それでも緊張した面持ちで話を切り出した。


「ノヴァ殿、お伝えしなければならないことがある。実は……先日、クライン公爵家が放った刺客に襲撃された。」


 ヴァルターの言葉に、ノヴァは息を呑んだ。ギュンター卿が静かに頷き補足する。


「刺客はノルレア自由都市群の傭兵だった。彼らの目的は、ヴァルター殿と、そしてお前の命だった。クライン公爵家は、ノルレアと手を結び、我々に牙を剥こうとしている。」


 ノヴァの顔から血の気が引いた。ステラ村での悲劇が脳裏をよぎる。ノルレア自由都市群。あの忌まわしい無法者たちが、王国の中枢を蝕もうとしているというのか。


「クライン公爵家……まさか、そこまで腐敗していたとは……。」


 ノヴァは震える声で呟いた。ギュンター卿とヴァルターは、ノヴァの表情から、彼が事態の重大さを理解したことを感じ取った。


「ノヴァ殿、どうか、この手帳を見てほしい。これには、クライン公爵家と当家が裏で行った取引の全てと、私がクライン公爵家の人間と接した時に得た情報がすべて記されている。」


 ヴァルターが差し出した手帳を受け取り、ノヴァは中をめくった。そこに記された内容は、ヴァルターの告白が真実であることを物語っていた。王国の秩序を揺るがす、恐るべき陰謀が、今まさに動き出そうとしているのだ。


 ノヴァが手帳を読み終え、沈黙が応接室を支配したその時。

 

「……っぐ……!?」


 ノヴァは突然、頭を抱え苦悶の表情を浮かべた。まるで、何かが彼の意識に直接、流れ込んでくるかのように。


『ノヴァよ……』


 精霊郷で聞いた神霊の長老の声が、心の中に直接響く。その声は、かつてないほど悲痛で、焦燥に満ちていた。ノヴァは、精霊たちの悲鳴のようなささやきを感じ取った。それはこの辺境伯領だけではない。ミルウェン王国全体から聞こえてくる、悲痛な叫びだった。


『大樹が、悲鳴を上げている……! 闇が、我らの故郷を覆い尽くそうとしている……!』


 隣の部屋にいたユーリも、突然、頭を押さえた。

 

「……う、うわっ! なんだこれ!? 全身の筋肉が、千切れるような感覚だ……! 風の精霊たちが、すごい勢いで悲鳴を上げてる……! まるで、竜巻の中にいるみたいだ!」


 続いて、セシリアが、カイルが、そしてレオンハルトやセレスティアまでもが、それぞれの属性の精霊たちの悲痛な叫びを感じ取っていた。


「火の精霊が……燃えている……! でも、熱くない……悲しみで燃えているみたい……」

 

 セレスティアが涙を流しながら呟く。

 

「水の精霊が……、泣いている……!」

 

 カイルが顔を歪ませる。

 

「土の精霊も悲鳴を上げている。こんなの初めてだ!」


 セシリアは冷静を保とうとしたが、その表情には明らかな動揺が見られた。

 

「ノヴァ、これは……一体……」


 ギュンター卿が異変を感じノヴァに尋ねるが、ノヴァは目を閉じ、神霊の長老の声に意識を集中させた。

 

『……大樹からの啓示だ。闇の力を持つ者たちが、この地に災いをもたらそうとしている。その闇は、単なる魔力ではない……この世界の根源を蝕む、深い悪意だ。2つの大きな悪意が結びついたときその悪意が形を成し、大樹の根を蝕み始める……』


 精霊郷の大樹が、この世界の真実を映し出す鏡だということを、ノヴァは精霊たちとの交流を通じて知っていた。その大樹が悲鳴を上げているということは、ミルウェン王国全体が、根源的な危機に瀕していることを意味する。


 ノヴァは目を開き、立ち上がった。その瞳にはかつてないほどの強い光が宿っていた。リビングに仲間を呼び集めるとノヴァは全員に確認する。

 

「みんな……聞いたか?」


 ノヴァの言葉に、皆が頷く。

 

「ああ。これはただの政治的な問題じゃない。世界そのものが危機に瀕しているんだ。」

 

 ユーリが顔を青ざめながら言った。


「ノヴァ、俺たちはどうすればいい? 精霊の悲鳴を無視するわけにはいかない。」


 レオンハルトがノヴァに尋ねる。ノヴァは迷いなく答えた。


「僕たちは……精霊郷の民の代表として、この情報を即座に王家に報告する。ヴァルター殿とギュンター卿から聞いた情報と、僕たちが精霊たちから感じ取った啓示……この2つを合わせれば、王家もきっと事態の重大さを理解してくれるはずだ。」


 セレスティアがふっと笑った。

 

「相変わらず、バカ正直ね。でも、それでこそノヴァよ。」

 

 カイルが穏やかに微笑む。

 

「ノヴァがそう決めたなら、僕たちは一緒だ。精霊たちの悲鳴を僕たちの声で王都に届けよう。」


 皆の顔に、決意の色が浮かんだ。ノヴァは、彼らがもはやただの友人ではなく、同じ使命を背負う仲間であることを確信した。翌朝、ノヴァたちは、エルネスト辺境伯の執務室を訪れた。王都へ戻り、王家へ即座に報告することを伝えるためだ。


「辺境伯様。僕たちは今からすぐ王都へ戻り、クライン公爵家とノルレア自由都市群の結託に関する情報を王家へ報告しようと思います。」


 ノヴァの言葉に、エルネスト辺境伯は静かに首を振った。

 

「待ちなさい、ノヴァ君。その気持ちはよくわかる。しかしそれはあまりにも性急すぎる。政治的な要素が強すぎるため、今すぐの報告は控えるべきだ。」


「ですが、精霊たちが……! このままでは、王国全体が……!」


 ノヴァは食い下がる。するとエルネスト辺境伯は深くため息をついた。


「ノヴァ君。君が精霊から受け取った啓示……それは、確かにこの事態の重大さを示している。だが、君たちの言葉だけでは、王家は動かないだろう。いや、動けないのだ。クライン公爵家は王家に次ぐ権力を持つ。下手をすれば、我々が反逆者として扱われる。」


 エルネスト辺境伯は先達としてノヴァを説得する。

 

「王宮には、格式と秩序を重んじるヴァイスブルク侯爵、そして穏健派のアルマ侯爵が控えている。まずは彼らと密談しこの情報を共有した上で、どのように動くべきかを見定める必要がある。」


 ノヴァは絶句した。確かに辺境伯の言う通り、貴族社会のしきたりや政治的な駆け引きは、彼の知らない複雑なものだった。しかしこの危機に対してそれは悠長に構えすぎている。


「……では、このまま世界が滅びるまで待てと?」


「いや、待てとは言わない。私も共に王都へ赴き、ヴァイスブルク侯爵、アルマ侯爵にこの件を相談する。そしてその席には、君たち星辰魔導騎士団の団員も同席させる。精霊の啓示を直接伝えることができるのは君たちだけだ。彼らの前で君たちの力を証明しこの事態の真実を伝えなさい。」


 エルネスト辺境伯の提案は、ノヴァたちが思ってもなかった方法だった。それは、ただの報告ではなく、王国の未来を左右する重大な政治的会談だった。


「お、わたくしたちが、侯爵様方と直接お会いするのですか……!?」


 ユーリが目を見開いて叫んだ。レオンハルトですら、その表情は驚きに満ちている。


「そんな大物たちを前に、私たちが喋れるかな……」

 

 セシリアが弱気な声で呟く。

 

「バカ言わないで! こんなチャンス、二度とないわよ!ここは存在をアピールしなくちゃ!!」


 セレスティアがセシリアの背中を叩く。

 

「や、やめて、セレスティア! まだ心の準備が……!」

 

「心の準備なんていらないわ。行くわよ!」


 セレスティアの言葉に、皆が笑いを堪える。ノヴァは、そんな彼らのやり取りを見て、エルネスト辺境伯に深々と頭を下げた。


「辺境伯様……ありがとうございます。僕たちの言葉を信じ、この機会を与えてくださって……。」

 

「君たちは、私が見出した希望だ。この国の未来は、君たちの手にかかっている。」


 エルネスト辺境伯の言葉に、ノヴァの胸に熱いものが込み上げてきた。かくしてノヴァたちの王都への旅は、王国全体の未来を守るという大きな使命へと変わった。その日の午後、一行はエルネスト辺境伯と共に、王都へと向かう馬車に乗り込んだ。ノヴァは窓の外を眺め、風の精霊たちに語りかける。

 

「みんな……これから、僕たちの本当の戦いが始まる。この国の未来を、僕たちの手で守ってみせる。」


 彼の心には希望と、来るべき戦いへの静かなる決意が満ちていた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ノヴァたちは修行を終えて新たな力を得ましたが、それと同時に世界を覆う「闇の啓示」を知ることになりました。

次回、ついに王都編が幕を開けます。政治と陰謀、そして精霊の運命が交錯する舞台へ――ノヴァたちの戦いは、ここからが本番です。どうぞ次話もお楽しみに。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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