第77話 精霊郷と天理の継承者
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今回はついに、精霊郷の扉が開かれます。ノヴァたちは結界を越え、幻と伝えられたエルフの里へ――。そこで明かされるのは、ノヴァの血に流れる“天理の術”の真実。そして彼の先祖と、この世界を救った転生者の物語。過去と現在をつなぐ魂の記憶が、今、静かに蘇ります。
ノヴァの力によって精霊郷を覆う結界の一部が変質しそこから中に入れるようになった。東部密林の薄暗い木々の間から差し込む光は、不思議な輝きを放っている。木々の葉は虹色にきらめき、足元の草花は見る見るうちに色を変えた。
「うわ……なんだここ、すげぇ!」
ユーリが歓声を上げる。森の空気は、これまで感じたことのないほど澄んでいて、吸い込むだけで心が洗われるようだ。
「ここが精霊郷……。すごい魔力の密度だわ」
セシリアがうっとりとした表情で、魔力探知を試みる。その瞬間、彼女の顔が驚きに歪んだ。
「すごい……! 魔力溜まりの数が、王都の比じゃない! しかも、まるで生きているようこれが精霊……!」
「精霊郷は、精霊と人間が共に暮らす幻の郷と聞いていましたが、これは……想像をはるかに超えていますね」
カイルが静かに呟いた。そのとき、木々の間から、透き通った肌と尖った耳を持つ人影が現れた。それは精霊郷に住むエルフたちだった。彼らは警戒するどころか、温かい笑みを浮かべ、ノヴァたちを友好的に迎えた。
「ああ、よく来てくれた。神霊様からお前たちが来ると聞いていた。歓迎するぞ、異世界からの来訪者よ」
エルフたちは、ノヴァの放った魔力波長を精霊から受け取ったらしく、一行を友好的に迎え入れた。
「え、精霊さんたち、言葉を話すんだ!?」
ユーリが目を丸くして尋ねる。彼の足元を、小さな光の蝶のような精霊が飛び回っていた。ユーリが思わず手を伸ばすと、蝶は彼の指先でくるくると踊り、くすぐったそうに笑っているように見えた。
「言葉は話さないが、彼らの想いは我々に伝わる。そしてそこの少年の放つ魔力の光は、我々にとって特別な意味を持つ。それは、精霊と深く関わりのある血族の証だ」
エルフの一人がそう言うと、ノヴァを指さす。ノヴァは自分の母親エレノアのことを思い出した。彼女は、不思議なほどに高位の水魔法を生活魔法として使用し、本能的に魔法を操るすべを持っていた。
「血族……ですって?」
セレスティアが鋭い眼差しでエルフを見つめた。
「ノヴァのことでしょうけど、それはどういうことなの?」
「我々は精霊と共に生き、この地を護る者。人間がこの地を訪れるのは久方ぶりだ」
エルフはそう答える。その視線は再びノヴァに向けられた。
「特に、お前の魔力は我々にとって懐かしいものだ。まるで、遠い昔にこの地を訪れた、ある男のようだ」
「遠い昔……ですか?」
ノヴァの胸が高鳴った。もしかして、先の転生者である加藤のことだろうか?
「ああ。彼は我々と心を通わせ、病んだ精霊たちを癒してくれた。彼は我々にとって、精霊の祝福を受けた存在だった」
その言葉に、セシリアが興奮したようにノヴァの袖を掴んだ。
「ノヴァさん、もしかして、あなたの血筋って……!」
「ま、なんだかよく分かんねぇけど、精霊さんたちと仲良くなれるってことだろ! なあ、俺も精霊さんと話したい!」
ユーリが光の蝶を追いかけながら無邪気に叫んだ。
「ユーリ、落ち着いて。精霊は……」
カイルが止めようとするが、ユーリはすでにエルフに駆け寄っていた。
「なぁ、どうやったら精霊さんとおしゃべりできるんだ? 俺の風魔法じゃダメなのか?」
ユーリの言葉に、エルフたちは穏やかに笑った。
「精霊と話すのに魔法は必要ない。ただ心を開くことだ」
エルフはそう言うと、ユーリの頭を優しく撫でた。すると、ユーリの周りを飛び回っていた光の蝶が、彼の指先に止まった。
「うお! 止まった!」
ユーリは驚きと喜びに満ちた表情で、その小さな精霊を見つめる。
「さて、ここは森の外れにある小さい村だ。我々の本拠地『本村』は、ここから少し離れている。まずは本村で、長老たちにお前たちの話を聞いてもらおう」
「ありがとうございます。ぜひ、お話させてください」
ノヴァは感謝を述べた。一行はエルフたちに導かれ、精霊郷の奥へと足を踏み入れた。エルフの指示通り光る不思議な道を通り、森の奥へ進むと、数日はかかると思われた道のりが気が付けば、目の前に驚くべき光景が広がった。
「な、なんだあれは……」
ユーリが呆然と呟いた。そこには、村というにはあまりにも巨大な、王都ほどの規模を持つ集落が広がっていた。その中央には、天を突き刺すような巨大な幹を持つ大樹がそびえ立ち、その枝葉は集落全体を覆っている。大樹の幹には、エルフたちの生活する家々が巧みに彫り込まれており、その光景はまるでおとぎ話の世界のようだ。
「これが……本村……。まるで1つの国みたいだわ」
セレスティアが珍しく感嘆の声を漏らす。集落の中央には、実体化した精霊たちが数多く行き交い、エルフたちと共に生活を営んでいる。
「おそらくこの大樹は、精霊郷の生命の源だ。全ての精霊たちが、ここから生まれるんだ」
ノヴァは、その圧倒的な生命力を肌で感じた。一行は、大樹の根元にあるエルフの長の館へと招かれた。館の中には、年老いたエルフが数名とその中央にノヴァが結界に触れた時に現れた、耳の長い老人がほのかに光を放ちながら静かに座っていた。
「待っていたぞ、若き来訪者たちよ」
老人はノヴァの顔を見ると、懐かしむような眼差しを向けた。
「わしは1つの存在ではない。この大樹と、そして精霊郷の歴史そのものだ。お前の前にいるのは、わしの魂の一片にすぎん」
老人の言葉に、ノヴァたちは息をのむ。神話の存在に会っているのだ。
「私たちは……失われた付与魔法の力について、そして過去に何があったのかを調べています。精霊郷の力をお借りしたく、ここにやってきました」
ノヴァが、これまでの経緯と、天理の術、そして加藤雄介の足跡を追ってこの地にたどり着いたことを語る。老人は静かに耳を傾け、話が終わると微笑んだ。
「なるほど……。お前は、確かに『天理の術』を継ぐ者。そして、精霊に愛されし者。よくぞこの地までたどり着いた。お前たちの力、ぜひ見せてもらいたい」
ノヴァたちの実演の場は、本村の片隅にある鍛冶屋へと移された。そこには、ノヴァが求める高度な付与魔法具を作るための、質の良いミスリルやアダマンタイトなどの鉱石が所狭しと並んでいた。
「よし。じゃあまずは付与魔法を実演します。僕が作る付与魔法具は、精神を安定させ体調を回復させるものです」
ノヴァは用意されたミスリル板に静かに集中する。そしてミスリル板の核に、、ある漢字を刻み始めた。その文字は、この世界には存在しない独特な形をしていた。 セレスティアが食い入るように見つめる。
「これは……! なんて複雑な魔力の流れなの……」
セシリアが、その魔力の緻密さに驚嘆の声を上げる。するとノヴァが刻み始めた文字が完成した。それは、「癒」という漢字だった。
「癒」の文字は、一瞬にしてミスリル板に吸い込まれ、板全体が淡い光を放ち始める。その光はノヴァの周囲にいた仲間たちを優しく包み込み、日々の疲労と精神的な緊張を癒していく。
「すごい!身体が軽くなったわ!」
セシリアが嬉しそうに叫んだ。エルフたちと実体化した精霊たちは、ノヴァの術を見て顔を見合わせる。
「その術……まさしく『付与魔法』! 我らが祖先が、加藤とともに編み出し、かつてこの世にもたらした奇跡の術だ!」
「その文字は……加藤が残した書物にある文字と同じですわ!」
セシリアがノヴァの持っていたノートと、精霊郷に伝わる文献を照らし合わせ叫んだ。
「その血筋……その術……ああ、間違いない。お前は天理の術を継ぐ一族の血筋だ。古のころ人間と精霊族は、共にこの地で暮らしていた。そのなかにエルフと同じように精霊と心を通わせる一族がいた」
老人がノヴァに問いかける。ノヴァは頷いた。
「一族の長のリナリアという娘が、加藤と交流をもち娘は加藤雄介の子をその身に宿し、生まれた子は天理の術と付与魔法を継承した。」
老人が腕を何かをまくかのようにふるうと、ノヴァや仲間の脳裏に映像のようなものが映し出される。
「しかしその頃、この世の果てで異質な魔力が発生していた。それは精霊たちの力を弱め、精霊郷の大樹に『魔力の病』をもたらした。我らと加藤やリナリア一族は手を取り、何とか異質な魔力に対抗しようとした。しかし異質な魔力は、この世界に本来存在しない魔物を呼び寄せ、大いなる災厄がこの世界を襲った」
そこに映し出された魔物は、かつてのノヴァたちが学院の地下で遭遇した闇の魔法で召喚された”魔族”の姿だった。思わずレオンハルトは叫んだ。
「あれは我々が倒した魔族と同じ魔物だ!」
「加藤は命を懸け付与魔法で”封滅”の文字を刻み、災厄の原因となる異質な魔力を滅しようとしたができなかった。しかし大部分は封じることができた。多くの犠牲者が出る中リナリアもまだ小さい赤子を残して命果てた。”闇”はのちに人間の欲望の気が集まり魔力と化していたのがわかったが……」
老人は静かに語り続ける。
「残されたその子は、言葉を介さず、ただ優しい心で精霊たちに寄り添い、その魂の『歌』を聞いた。そしてその歌に合わせて自らの魔力を流し込むことで、傷ついた精霊たちや精霊郷の大樹を癒していったのだ。それはこの地の歴史に深く刻まれた」
老人は懐かしむように語り、ノヴァを優しい眼差しで見つめる。
「お前の『癒』の術は、あの頃のその子の魔力に似ている。だが、その子の癒しが純粋な愛によるものだったのに対し、お前の術には、そこに『理』と『法則』が加わっている。その力は、まさに『付与魔法』を継ぐ者だけのものだ。お前は、リナリアの『心』と、加藤の『理』を両方とも受け継いでいるのだな」
ノヴァは、自分の知らないところで、先祖が精霊郷の救世主となっていたことを知り素直に驚いた。
「先祖は……そんなにすごい人だったんですね……」
それから老人は、静かに続きを語り始めた。それ以降人間とエルフは袂を分かちエルフと『天理の術』の一族はこの精霊郷の中で暮らし始める。しかし、精霊郷の大樹は本来の力を取り戻すのに長い時を要した。千年ほどが経ち「聖なる獅子」の起源だと。
さらに、驚くべき事実が明かされる。
「そして、現ミルウェン王国の王家には、『天理の術』の血を引いた王妃がいた。若くして亡くなったが、その一粒種が今の国王の子、ルミナ王女じゃ」
老人の言葉に、ノヴァたちは息をのんだ。
「つまり……この国の王族も、ノヴァと同じ転生者の子孫……ってことですか?」
カイルが信じられないといった様子で尋ねる。
「正確には違う。その王妃はリナリアの妹だった人間の子孫だ。だが精霊と深く関わりを持つお前と同じく、精霊に愛され特別な力を受け継いでいた。そしてルミナ王女もまたその血筋を受け継いでいる」
「な、なんだって……!?」
レオンハルトが驚愕の声を上げた。ノヴァは、自身の血筋が、王家の運命と深く結びついていることを知った。自身の存在がこの国の歴史そのものに深く関わっている。その事実にノヴァの心は震えた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
精霊郷の長老との邂逅によって、ノヴァの血筋に秘められた真実が明らかになりました。
“癒”の術、リナリアの心、加藤雄介の理――二つの魂が一つに溶け合う瞬間。
そして、王家にも受け継がれた天理の血。
運命の糸が再び結ばれ、物語は王国と精霊郷を巻き込む新たな段階へ――次回もどうぞお楽しみに。
執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。
 




