第75話 旅の再開と精霊郷の結界
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、重苦しい政治の場を離れ、ノヴァたちが再び旅立つ回です。懐かしい家族との再会、そして精霊郷を目指す中での戦闘――。しかし、その先でノヴァが出会うのは、彼の“運命”を告げる存在でした。物語はいよいよ、世界と魂の真実へと歩みを進めます。
侯爵たちの重々しい会議室を出ると、ノヴァたちは安堵の息をついた。レオンハルトは肩を回しながら心底うんざりした表情でノヴァに話しかける。
「いやぁ、まさかこんな形で貴族の政治に巻き込まれるとはな。頭が痛くなる。剣を振るうか魔法を使う方がよっぽど気が楽だ」
「同感です、先輩! 僕なんて頭痛が痛いなんて考えてましたよ。あの重圧感、魔法でどうにかできませんかね?」
カイルが冗談めかして言ったが、彼の顔は緊張で少し青ざめている。ノヴァはにこやかに笑い、二人の肩を軽く叩いた。
「大丈夫ですよ。僕も同じ気持ちでしたから。さて気を取り直して出発の準備をしましょう! いざ精霊郷へ、です!」
一行は、ヴァルター男爵とリヒトをギュンター卿に任せ、東部密林の奥深くにある精霊郷へと向かうための準備を進めるため、ギュンター邸へ一度戻った。
「お兄さま。私に断りもなくまたどこに行こうというのですか?会いに来てもくれませんし、どう言う事なのです?」
ギュンター邸に戻ると妹のエリスが待ち構えていた。久しぶりに見る妹は背も伸び、一段とかわいらしくなっていた。しかし何やらほほを膨らませ怒っているようだ。ノヴァはうれしさのあまりエリスを抱きかかえる。
「エリス!なんとかわいらしくなって!!本当に久しぶりだね?僕がいない間はどうしていたんだい!このまま僕もしばらく屋敷にいてエリスと……」
「ノヴァちょっと待て、落ち着け!さっき準備を整え、精霊郷へすぐに出発する話をしたばかりじゃないか。」
レオンハルトはまた始まったとばかりにノヴァを制止する。仲間もまたかという顔をする。前回の修行の時もそうだったが、ノヴァはエリスのこととなると少し頭のねじが飛んでしまう。
「今回こそはエリスも連れて行ってください!もう待つのは……」
「エリス!何してるのかしら?ノヴァは遊びに行くのではないですよ。邪魔をしてはいきません。ましてや、ついていくなど絶対許しませんよ!!」
エリスが話してる途中で母親のエレノアが屋敷からでてきた。一同は少し安堵して事の成り行きを見守る。
「ノヴァたちは今からお役目を果たすため、旅に赴かなければならないのですよ。そっれを邪魔するのは淑女とは言えないわ。」
「むー。わかった。」
母エリスの説得でアリスは不服ながら納得したようで、その後はアリスもおとなしくなり、ノヴァたちは旅に出る準備を進める。準備をする進めているとノヴァは母に旅の向かう方角を説明すると母エリスが懐かしく話し出す。
「あら、私が子供のころ住んでいた村の方角ね。懐かしいわ。村は今でも健在かしら?もし寄ることがあるならいつか村の様子も教えてね。」
話が終わり、ノヴァたちは準備が完了すると挨拶もそこそこにギュンター邸をあとにした。途中まで旅は順調に進んだが、道中森の奥深くから現れた魔物が一行に襲いかかった。馬車の従者席にいてユーリと一緒に見張りをしていたセシリアは腕にけがしてしまう。
「くっ! 油断した! みんな、構えろ!」
ユーリの叫び声と共に森の静寂が破られる。ノヴァはすかさず「炎の槍」を放ち、魔物の一体を撃ち抜いた。カイルは治癒魔法で怪我を負ったセシリアを癒し、セレスティアは「炎の渦」で複数の魔物をまとめて焼き払う。レオンハルトは剣で襲ってくる魔物を数頭切りつけ、ユーリは風魔法で敵の動きを翻弄した。
「よし! このくらいならまだ余裕だな!」
ユーリが自信満々に胸を張ると、レオンハルトが冷ややかに言い放つ。
「油断するな。ここは魔素が濃ゆく、魔物も狂暴化している。それに……」
レオンハルトが言葉を止める。その視線の先には、まるで巨大な植物の根が絡み合ったような、異様な形をした魔物こちらに向かい動いていた。
「うわぁ、こいつはデカいわね!思いっ切って 燃やしてしまいましょうか?」
セレスティアが魔力を練り上げ詠唱を開始する。
「燃やしては駄目だ。ほかの木々が延焼する。土の壁で動きを止めてくれ、セシリア!」
「は、はい!ムールス (Murus)!!」
セシリアの土魔法で、巨大な植物の前に土壁を作り進路を妨害する。レオンハルトも水と風の混合魔法で動きを阻害しようとする。
「アクア……ヴェントゥス……フリゴール!」
巨大な植物は全身が凍ると動きが極端に鈍くなり、そしてノヴァの剣術が連携し、巨大な植物に一撃を加える。
「不動重力斬!!」。
重力をもねじ曲げるかのような、重く、避けることのできない一撃を放つ。その一撃は凍った巨大な植物を粉砕した。ユーリが歓声を上げる。
「やったな!!図体がでかいわりにあっさり討伐っと!」
「喜ぶのは早いぞ!みんなほかに魔物がいないかよく確認しろ!!」
一行は周囲に脅威がないことを確認すると魔物の魔石を回収し旅を続ける。数日後一行は樹海を抜け、目的地の結界にたどり着いた。辺りには澄んだ空気が満ち、神秘的な雰囲気が漂っている。ユーリが意気揚々と光る膜のような結界に手を伸ばすが、彼の身体は弾かれるように後ずさりする。
「うわっ! なんだこれ!? 変な壁があるぞ!」
「僕も試してみましょう」
続いてレオンハルトが手を伸ばすが、彼もまた結界に阻まれる。
「ふむ……魔力の流れが完全に遮断されているな。物理的な障壁ではない」
「じゃあ、僕が!」
カイルが手を伸ばすがやはり駄目だった。
「やっぱりこの中に入るのは無理そうだね。どういう原理で障壁が機能しているのかな?……」
ノヴァは静かに結界に触れた瞬間、結界はまばゆい光を放ち、ノヴァを包み込む。周囲の仲間たちが驚愕の声を上げる中、ノヴァの意識は別の世界へと引き込まれていった。
ノヴァが意識を取り戻すと、そこは緑豊かな森だった。足元には苔が生え、頭上には葉が繁っている。そして目の前には耳の長い老人が一人、静かにたたずんでいた。
「ようこそ、転生者よ」
老人はノヴァに話しかける。彼の声はまるで、風と木々の囁きが混ざり合ったようだった。
「あなたは……精霊なのですか?」
「我は精霊郷を統べる者。お前をこの世界に招き入れた者だ。さて、転生者ノヴァよ。聞きたいことがある」
老人はノヴァの心を見透かすように、静かに尋ねる。
「前世での経験から、この世に生を受け、今では人生をどのように尊んでいるか?」
ノヴァは、前世の記憶を思い出した。大きな絶望、そして失意の中での突然の死。しかし、この世界で得た家族や仲間、そして魔法の力。
「前世では、ただ流されるままに生きていました。でもこの世界に来て、僕は初めて『生きている』と実感しました。亡くなった父親、ギュンター卿や母さん、リアム、エリス……そして、かけがえのない仲間たち。彼らとの出会いが、僕の人生を彩ってくれています。だから僕は今を大切にしたい。過去と同じ轍を踏まないように彼らと共に、未来を生きていきたいです」
「そうか。では、もう1つ。今後この世界にどのような気持ちを持ち生きていくつもりか?」
「この世界は、まだまだ僕の知らないことばかりです。だからもっともっとこの世界を知りたい。そして僕にできることで、この世界をより良い場所にしたいです。困っている人がいたら、手を差し伸べたい。笑顔を増やしたい。それが僕の願いです」
老人は静かに頷き、ノヴァの言葉に満足したようだった。そして、彼はついにノヴァに真実を語り始めた。
「お前をこの世界に転生させたのは、我ら精霊の集合体の意志である。お前は『天理の術』を編み出した、加藤雄介の魂を受け継いぐ者。我らはその才能をこの世界に蘇らせたかったのだ」
ノヴァは驚きを隠せない。加藤雄介とは、手記に記されていた、謎の転生者だ。
「加藤雄介は、付与魔法の可能性を探求し、いくつかの術式を確立した。しかし、彼はこの世界の発生した闇の魔力に抗えず、生の途中で命を落とした。彼の遺志を継ぎその研究を完成させてくれる者が、お前なのだ」
老人は、加藤が残した手記の一節をノヴァに提示した。
「彼は、魔法の付与に成功したが、魔力の制御に苦労していた。しかし彼は気づかなかった。彼の生み出した『付与魔法』は、この世界の思考とは全く異なる、彼の故郷の概念に基づくものだと」
老人はノヴァの心の奥底に眠る、前世の記憶を呼び覚ます。前世の知識とこの世界の魔法の融合。そして闇の力への対抗それが、ノヴァに課せられた使命だった。
「結界を通り抜けるためには、試練を受けなければならない。それは、お前が自らの魂に刻まれた『天理の術』を解放するための試練。お前が自らの使命を受け入れることができれば、結界は開かれ、お前は我々の元へとたどり着くだろう」
話が終わると、ノヴァは元の場所に自分がいることに気が付いた。結界は光を失い、静かにそこに存在している。レオンハルトやカイル、セレスティアたちが心配そうにノヴァに駆け寄る。
「ノヴァ先輩! 大丈夫ですか!?」
「何が起こったんですか!?」
ノヴァは、彼らの問いかけに微笑みながら答えた。
「心配かけて悪かった。僕は精霊郷を統べる神霊と話していました」
ノヴァは神霊から託された試練についてみんなに話した。
「僕の母親が『天理の術』を継承する一族の出身だったことも分かりました」
ノヴァの言葉にレオンハルトは驚きを隠せない。
「ノヴァのお母さんが……まさか、そんな血筋だったとは。道理でノヴァの魔力が規格外なわけだ」
「 僕の母親も何か隠してるのかな?!」
カイルが真剣な顔でノヴァに尋ねる。
「それはカイル先輩のご両親に聞いてみないと分からないですね」
一同の笑い声が森に響き渡る。ノヴァは自分自身の秘密「転生者」だということを仲間のみんなに打ち明けるべきだつ強く考えた。ノヴァの隠された力が解放され始め、彼の瞳はかつてないほど強く輝いていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
精霊郷で明かされた「転生者ノヴァ」の真実、そして“天理の術”の継承――。これまで断片的だった謎が一つの線で結ばれました。ノヴァが受け継いだ意志は、世界を揺るがす力となるのか。次回、いよいよ試練の扉が開き、魂の覚醒が始まります。どうぞお楽しみに。
執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。
 




