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第73話 偽りの星、真実の剣

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、ノヴァたちが精霊郷への近道を目指す中で、巧妙な罠と対峙します。偽りの遺跡に隠された魔術の罠、そして父の過ちに直面するヴァルター。ノヴァの剣と仲間たちの絆が試される、一行にとって極めて重要な局面が描かれます。

 馬車は森の奥深く、地図が示す場所へと進んでいく。木々の間から、朽ち果てた石造りの建物が姿を現した。それは、一見すると古代の遺跡のようだが、ノヴァの視覚には違和感が映っていた。


「おい、ノヴァ!あれが精霊郷への近道があるって言われてた遺跡か?」


 ユーリが目を輝かせながら尋ねる。しかし、ノヴァは険しい表情で首を振った。


「いや……違う。これは偽物だ」


 ノヴァの言葉に、ユーリとレオンハルトは驚いて馬車を降りた。彼らが近づいてみると、石壁には細工された痕跡があり、真新しい土の匂いがかすかに漂っていた。


「こんな稚拙な偽装……ヴァルター男爵も落ちたものだな」


 レオンハルトが嘲笑混じりに呟いた。ユーリもがっかりしたように、肩を落とす。


「なんだよ、せっかくここまで来たのに、ただの偽の遺跡かよ!」


 ノヴァは警戒を怠らず、周囲を見回した。すると不自然な形で地面に埋め込まれた魔術の刻印を発見する。その時黒に近い紺色のクリスタルが行けられた矢がその刻印に突き刺さる。


「待って!これは……やはり。罠だ!」


 ノヴァが叫んだ瞬間、地面から光が放たれ、体が強烈に重くなった。ノヴァたちは瞬く間に地面へと張り付かされる。


「う、動けない……!何だこれ!?」


 ユーリがもがきながら叫ぶ。レオンハルトもまた、重圧に耐えかねて膝をついた。ノヴァはその場で魔法を発動しようと試みるが、魔力の流れが乱されていることに気づく。


「これは……魔力攪乱の罠か!?」


 ノヴァの驚愕した声に、レオンハルトは冷静に答える。


「この魔術の刻印はあそこの入り口にある魔石から魔力を引き出しているようだ!クラウスが持ってきた地図が輝いている、この罠の起動に連動していたんだろう」


 その時森の奥から複数の人影が現れた。彼らは武装した傭兵たちでその手には地図と同じような羊皮紙(ようしひ)を持ち、大きな槍や鈍器を構えている。


「ふん、噂通りの天才魔導師、剣聖の弟子その有様で剣豪か。まさかこんな罠に簡単に引っかかるとはな」


 傭兵の一人が冷たい声で言った。男の背中には、大きな弓が背負われている。


「くっ……!」


 ユーリは悔しそうに歯を食いしばる。動けないノヴァたちに傭兵たちがゆっくりと近づいてくる。


「諦めな。我々の主はお前たちを生け捕りにしろと命じている。大人しく捕まれば命だけは助けてやろう」


「冗談じゃない!誰がお前たちの言いなりになるか!」


 ユーリが威勢よく言い放つが、その声には焦りがにじんでいた。ノヴァは、この絶体絶命の状況で冷静に思考を巡らせた。


(予想以上の魔術だ!このままではまずい。何とかして、この罠を……!)


 しかし、ノヴァは魔力を通そうとするが流れを乱され魔法を封じられていた。剣を抜こうにも、重圧で腕が上がらない。ノヴァたちは絶望的な状況に追い込まれていた。


 その時、遠くから何かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。傭兵たちが警戒する中、現れたのは……ヴァルター男爵だった。


「ま、待て……!まだその者たちに、手を出してはならん!」


 ヴァルターの言葉に、傭兵たちは怪訝な顔をした。


「男爵?どういうことです?」


「い、いや……この者たちはとはいささか縁があるのでな。すこし話をしておきたいものででな。儂の命だ従え!」


 ヴァルターは震えながらも必死に命令を下した。しかし傭兵たちは彼の命令を無視し、ノヴァたちに襲い掛かろうとする。その時ヴァルターの背後から、もう一人の人影が現れた。それは先日ヴァルターの邸宅にいた、グレンに仕える手練れの男だった。


「……男爵殿、まさか貴方様はグレン様の命に逆らうつもりですか?まさか今更このタイミングで良心の呵責などで軽率な行動をされれば男爵家がどうなるかお分かりのはず」


 男の声は静かだがその中には、ヴァルターに対する侮蔑と絶対的な支配がにじみ出ていた。ヴァルターは青ざめその場に立ち尽くした。


「そ、それはわかっている……」


「安心なさい。貴方様は何も心配する必要はない。この者たちは我々が始末しますので」


 男がそう言ってノヴァたちに近づいてくる。ノヴァはその男の顔を見て確信する。この男こそが、この罠の仕掛け人なのだと。


「ふん……ヴァルター男爵も、所詮は役立たずの駒だったか」


 手練れの男は男爵に聞こえないようにつぶやく、冷酷な笑みを浮かべノヴァたちに向かって歩みを進めた。その手には不気味な光を放つ魔石が握られている。


「この魔石はこの罠の魔力を増幅させる。これがあれば貴様らなど、赤子も同然だ」


 男が魔石を掲げた瞬間、地面から放たれる重圧がさらに強まった。ノヴァたちは呻き声を上げ、身動き1つ取れなくなる。


「ぐっ……!」


「ノヴァ!」


 ユーリが叫んだその時、背後でヴァルターが震えながら、何かを口にしていた。


「あ、申し訳ありません父上……!」


 彼の瞳には涙が浮かび自責の念に駆られていた。そして彼は震える手で、懐から小さな石を取り出した。


「うわあああ!儂も!アウグスト男爵家の当主……せめて、せめて、一度くらいは自分の正しいと思うことをしてやる!」


 ヴァルターは石を地面に叩きつけ叫んだ。すると石から閃光が放たれ、ノヴァを縛り付けていた魔法陣が一瞬だけ光を失い効果が弱まった。

 

「何をする!ヴァルター男爵、この裏切り者め……!よくも、よくも私の計画を……!」


 手練れの男はヴァルターを持っている剣で切りつけた。いきなりのことで傭兵らしき集団はその光景に目を奪われた。

 

「……今だ!」


 ノヴァはその一瞬の隙を見逃さなかった。彼は全身の魔力を解放し強引に重圧を押し返す。


「なっ……!?」


 手練れの男が驚愕する中、ノヴァは地面を蹴り、剣を抜き放つ。そして、一閃。


「なんだと……!」


 傭兵の一人が叫んだがその声は途中で途切れた。ノヴァの剣は、風を切り裂き、彼の首をはねていた。その動きはあまりにも速く、傭兵たちですら何が起こったのか理解できなかった。


「な、なんだ……あいつは……!」


「化け物か……!」


 傭兵たちが狼狽する中ノヴァの瞳は、まるで冷たい氷のようだった。彼は父の形見である剣を構え、傭兵たちに向かって歩み出す。


「お前たちに、僕の故郷を汚す資格はない」


 ノヴァの言葉は静かだったがその中に込められた怒りは、炎のように激しかった。傭兵たちは一斉にノヴァへ襲い掛かる。しかしノヴァの剣は、彼らの攻撃をすべて弾き返し、逆に彼らを切り裂いていく。


「な、なんて速さだ……!」


「見えない……!剣が見えない!」


 傭兵たちは、次々と地面に倒れていった。ノヴァの剣技はもはや人間の域を超えていた。まるで風を操るかのように、彼の剣は舞い、敵を切り裂いていく。気が付けば残りは手練れの男と傭兵の頭と思わしき人物の二人になっていた。


「ふ、ふざけるな!俺は……俺は最強の剣士だぞ!」


 傭兵の頭が叫び、ノヴァに向かって突進してきた。彼の剣はノヴァの胸に突き刺さるかと思われたが、ノヴァは一歩も動かず剣を振り払った。すると傭兵の剣は粉々に砕け散り男は地面に崩れ落ちた。


「なぜだ……なぜだ!」


 男は絶望の表情でノヴァを見つめた。ノヴァは静かに答える。


「剣は、剣を振るう者の心を映す。お前たちの剣に、殺意と恐怖しか映っていない。だが僕の剣は……大切なものを守るための剣だ」


 ノヴァの言葉は男の心に深く突き刺さった。男はノヴァの圧倒的な力と、その言葉の重みに完全に戦意を喪失した。


「くっ……!覚えていろ!こんなものでは終わらないぞ!」


 手練れの男が叫び、森の奥へと逃げ出した。ノヴァは追おうとしたが、レオンハルトが声をかける。


「ノヴァ、追うな。今はヴァルター男爵を……!」


 ノヴァが振り返ると、ヴァルターは手練れの男に切られ血を流して横たわっていた。ノヴァはヴァルターに駆け寄り、彼の容態を確認すると癒しの魔法をかける。


「ノヴァ……!」


 ユーリが驚いてノヴァの名を呼んだが、ノヴァはヴァルターに癒しの魔法をかけ続ける。しかし傷は深くノヴァの回復魔法では効果は薄かった。


「カイル!ヴァルター男爵の治療を手伝ってくれ!!」


「わかったよ!少し待って」


 ヴァルターを地面へと横にすると、カイルは彼に近づき、回復魔法を施し始める。


「どうして……どうして助けてくれる……」


 ヴァルターはノヴァに話をしようと顔を上げた。


「私の……愚かさ故……!私は父上の名に泥を塗り、グレン様に媚びへつらい……そして、おまえを陥れようとした……!」


 ヴァルターはすべてを告白した。クライン公爵はアウグスト男爵家の惨状を知りヴァルターに取引を持ち掛けてきた。1つはアウグスト男爵家に所属する剣聖を排除すること。そしてもう1つは息子であるグレンの手先として働くこと、今回の騒動はグレンがノヴァを邪魔者として排除しようとしていたこと。そのためにヴァルターを操りこの罠を仕掛けたこと。


「グレン様の真の目的は、ゼノン・クロフトという人物の研究する究極の力を手に入れ、この世界を支配すること! 私はそのための駒でしかなかい!」


 ヴァルターは自身の愚かさに再び涙を流した。ノヴァはヴァルターの言葉を静かに聞いていた。


「愚かなのは、お前だけじゃない」


 レオンハルトが静かに言った。ヴァルターは驚いてレオンハルトを見た。


「愚かさ故に油断をし我々も罠にかかった。お前も、我々も、グレンの掌の上で踊らされていたのだ」


 レオンハルトの言葉に、ヴァルターは言葉を失った。


「……ノヴァ。このヴァルター男爵の身柄をどうする?」


 ユーリが尋ねた。ノヴァ、ヴァルターの顔をじっと見つめ、静かに答えた。


「この人の不要な行動のせいで僕の父親は死んだ。それに義父であるギュンター卿も苦難に陥れられた……でも。」


 ノヴァは剣を鞘に収め、ヴァルターに手を差し伸べた。ヴァルターは、信じられないという表情でノヴァの手を見つめた。


「立ち上がれ、ヴァルター男爵。あなたは、まだやり直せる。あなたには、償うべき罪がある。そして……守るべきものもあるだろう?」


 ノヴァの言葉はヴァルターの心に深く響いた。彼はノヴァの手を握り、ゆっくりと立ち上がった。


「……すまない……ノヴァ”殿”……」


 ヴァルターは涙を流しながら感謝の言葉を述べた。ノヴァはヴァルターの背中をポンと叩き微笑んだ。彼らの旅は、ようやく本当の意味での始まりを迎えた。ヴァルターは、彼らの後ろ姿を見て、静かに誓った。

最後までお読みいただきありがとうございました。

今回は、ノヴァが絶体絶命の状況で冷静さを保ち、父の形見の剣で切り開く場面が見どころでした。また、ヴァルターの心の葛藤と贖罪の決意も描かれ、物語の深みが増す回となっています。次回は、手練れの男の真意と、ノヴァたちの旅のさらなる試練が明らかになります。どうぞお楽しみに。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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