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第72話 招かれた罠と剣豪の慧眼

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、ノヴァたちの旅路が新たな局面を迎えます。精霊郷への地図を手に出発した一行は、思いがけず過去と向き合うことに。かつての故郷・ステラ村で、失われた日々と再び向き合うノヴァの姿を通して、仲間たちの絆が静かに試されます。

「うおおお!王都を抜けると景色が全然違うな!これぞ冒険って感じだぜ!」


 ユーリは馬車の窓から身を乗り出し、新緑の木々が続く街道を眺めながら叫んだ。その隣で、ノヴァは古びた遺跡の地図を広げ、真剣な表情で眺めている。レオンハルトは静かに本を読んでいたが、ユーリの騒がしさにため息をついた。


「ユーリ、落ち着いてくれ。ここは街道だ、いつ何が起こるか分からない。馬車の外で騒ぐのはやめろ」


「えー、レオンハルトは固いなー。せっかくの旅なんだから楽しまないと!」


「楽しむのは結構だが、ノヴァの真剣な顔を見ろ。我々の旅の目的は観光ではない」


 レオンハルトの言葉に、ユーリはノヴァの顔を覗き込んだ。


「ノヴァ、本当にこの地図の遺跡にヴェルデン精霊郷への近道があるのか?なんだか俺、不安になってきたぜ」


「クラウスさんがわざわざ来てくれたんだ。信じてみようよ。それにこの古代文字は僕の腕輪のルーン文字と酷似している。付与魔法の起源に関わる手がかりかもしれない」


 ノヴァはそう言って、地図に書かれた文字を指でなぞった。その探究心に偽りはない。しかしレオンハルトは冷静だった。


「ノヴァ、待て。その地図、本当に信用できるのか?ヴァルター男爵家の人間がわざわざ自分の身を危険を冒して、我々に有利な情報を持ってくるとは考えにくい」


「……それは、そうかもしれないけど」


「それに彼がわざわざ来たタイミングもおかしい、我々が精霊郷に行くことを知っていたからこそタイミングよく出発間際の積み込み時にやってきたのではないか?我々が精霊郷に行くことを知っている人間は限られている。そして、その情報が漏れたということは……」


 レオンハルトの鋭い指摘に、ノヴァの顔から表情が消えた。その時馬車がガタンと揺れ急停止した。


「わぷっ!なんだなんだ!?」


 御者が慌てて声を上げる。

 

「お客さん、すみません。道端に助けを求めている少年がいまして……」


 馬車の扉を開くと、怯えた様子の少年が立っていた。年齢はユーリと同じくらいだろうか。ぼろぼろの服を着て手には小さな袋を抱えていた。


「だ、だれか……村まで……村まで連れて行ってくれませんか……?」


 ユーリはすぐに飛び降りて少年に駆け寄った。

 

「おう、お前、どうしたんだ?こんなところで一人か?」


「え、はい……王都に乗合馬車で毛皮や牙を卸しに来ていたのですが、乗合馬車が盗賊に襲われて、何とか数名で逃げ出したのですが森で迷子になっちゃって……」


 ノヴァは少年の顔を見て、どこかで見たことがあるような気がした。少年はステラ村の出身だと言いノヴァは記憶の断片を探る。


「ああ、そうだ。君は確かステラ村の……確か村の森側の端に狩人の一家が住んでたな。そこの子かな?」


 ノヴァの言葉に、少年は頷いた。


「はい。家族全員で狩人で生計を立てていたのですが、父親母親は……。」


 少年は以前襲撃された際に父親と母親そして弟をなくしたらしい。今はステラ村の近くのファルという村で妹と二人過ごしているらしい。


「えっ、遺跡?まさか……村の樹海の近くにある古びた建物のことかな?ヴァルター男爵の家臣の人が良く訪れていたけど。」


 その言葉にノヴァとレオンハルトは顔を見合わせた。


「……その遺跡、詳しいことを知っているか?」


 レオンハルトが静かに問いかける。その雰囲気に少年は怯えながらも、知っていることを話した。それはクラウスから聞いたという地図に記された古代遺跡の情報そのものだった。


「ノヴァ、やはりこの地図は……」


 レオンハルトが言いかけた時、ノヴァは彼の言葉を遮った。

 

「待て、レオンハルト。思い出した。……ヴァルター男爵が、ギュンター卿を辺境の地に追いやった件だ」


 ノヴァの言葉にユーリとレオンハルトの表情が硬くなる。


「そしてその裏に高位貴族の存在があった可能性が高い。今回の地図も、クラウスさん自身が望んで持ってきたものじゃない。誰かに操られている?」


 ノヴァの直感が警告を発していた。この地図はただの罠ではない。ヴァルター男爵の裏にいる貴族がノヴァに仕掛けた巧妙な策略なのだ。


「なるほど。ではこの罠を逆手に取ってやる。僕たちの行く先は、この地図の通りに遺跡だ。だが……」


 ノヴァは意味ありげに微笑み、新たな地図を広げた。


「ユーリ、レオンハルト。ちょっと寄り道しようか」


「は?おい、ノヴァ!寄り道って……」


「一度過去と向き合わなくてはならない気がするんだ。ユーリ、行こう僕らの故郷……ステラ村へ」


 ノヴァの言葉にユーリは驚きながらも、彼の決意を悟った。ノヴァは、ただ罠を避けるのではなく、その罠を仕掛けた者たちの企みを、根本から打ち砕くつもりだった。


 馬車は街道を外れ、森へと続く細い道を進む。目的地は地図に記された遺跡ではない。かつて存在したノヴァとユーリの故郷、ステラ村の跡地だ。


 馬車を降りると、そこには焼け焦げた木々が広がり、人々の生活の痕跡は瓦礫と化した建物にわずかに残っているだけだった。ユーリは無言で、ただその光景を呆然と見つめていた。ノヴァもまた、言葉を失っていた。


「ここが、僕たちの……」


 ユーリが震える声で呟いた。ノヴァは頷き、瓦礫の山をゆっくりと歩き始める。幼い頃にユーリと駆け回った広場、母エレノアが魔法を教えてくれた井戸、そして、父ロランドの宿屋があった場所。すべてが、あの日の炎に焼かれていたままだった。


「ノヴァ……あの、宿屋の……」


 ユーリが指差す先には、かつて「星導庵」と呼ばれた宿屋の崩れた壁が残っていた。ノヴァはゆっくりと近寄り、壁に手を触れた。その瞬間、あの日の記憶が鮮明に蘇る。傭兵団「黒鴉」の襲撃、父ロランドの死、そして、悲しみと怒りから制御不能になった自分の力が、宿屋を崩壊させたこと。


「……うん。僕の力がたりなくてこの村は……」


「違うだろ!ノヴァ!」


 ユーリが叫び、ノヴァの言葉を遮った。


「ノヴァのせいじゃねえ!あれは、あの傭兵団のせいだ!俺だって、あの時、何もできなかった……悔しくて、今でも夢に見るんだ。ロランドのおっちゃんが……」


 ユーリの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。普段の明るいユーリからは想像もつかない姿にノヴァは驚き、そして胸が締め付けられた。


「……ユーリ……」


「ノヴァだけが苦しむことないんだ。俺だってリアムだって、みんな、あの日のことは忘れられねえよ……」


 ユーリはそう言って、崩れた壁にもたれかかり、静かに泣き続けた。ノヴァは何も言わず、ただユーリの肩にそっと手を置いた。互いの悲しみを分かち合うように、二人はしばらくそうしていた。


 その間レオンハルトは二人に近づくことなく、少し離れた場所から静かに見守っていた。彼はノヴァとユーリの友情を、そしてノヴァが過去の悲劇と向き合う姿を、静かに見つめていた。


(ノヴァは、あの悲劇を乗り越えた。師匠から剣を託され、父の遺志を継いだ。自らの力で、この屈辱を晴らそうとしている。……ヴァルター男爵、その背後にいる謎の貴族。彼らはノヴァの力を侮っている。)


 レオンハルトはノヴァが腰に下げた、父の剣に手をかけているのを見て静かに頷いた。


「よし行こう、ユーリ」


 ノヴァは顔を上げ、涙を拭ったユーリに微笑んだ。


「うん。行くぞ、ノヴァ!あの遺跡の奥に、何か隠されてるかもしれねえしな!」


 ユーリはいつもの調子に戻り、そう言って笑った。ノヴァは父ロランドの墓石があった場所に一礼し、再び馬車に乗り込んだ。


「ありがとう。おかげで、僕たちは今、本当にやるべきことを見つけられた」


 ノヴァはそう呟き、地図を握りしめた。その地図が示すのは、もはや遺跡だけではない。それは父の復讐、そしてこの世界を護るための、新たな使命への道しるべだった。


 時は少しさかのぼる。

 

「まだか!まだ罠は完成しないのか!」


 自らの本拠地である領地の屋敷で、ヴァルター男爵は机を叩きながら叫んでいた。彼の顔はやつれ、目の下のクマは濃くなっていた。手にはいまだグレンからの厳命が記された手紙が握られている。


(もう、ダメだ……!これ以上は無理だ……!)


 彼の目の前には、グレンから派遣された手練れの男が立っていた。男は冷たい目でヴァルターを見下ろしていた。


「男爵殿、グレン様はご立腹です。ノヴァたちが精霊郷へ向かう前に、足止めしろと命じられたはず。なぜまだ罠が完成していない?」


 男の声は静かだが、その中には凍るような怒りが含まれていた。


「ぐっ……だ、だが……!あの少年は、剣聖の弟子なのだぞ!そんな危険な相手に、罠など……!」


「無駄口を叩くな。我々の主はグレン様だ。お前はただ命令に従えばいい」


 男はヴァルターの襟首を掴み、壁に押し付けた。ヴァルターの脳裏には偉大なる父、アルフォンス男爵の姿が浮かび上がった。


(父上……!なぜ、あなたのような偉大な方が……あんなにも尊敬を集めたあなたが、私のような凡庸な子を残したのですか……!私は父上の名に泥を塗っている……!)


 自責の念に駆られ、ヴァルターは涙を流した。しかし手練れの男は容赦なく彼を追い詰める。


「男爵、思い出せ。お前の家を破滅から救うのは誰だ?お前の地位を守るのは誰だ?グレン様だ。お前はグレン様のおかげで今もここにいられるのだ」


 その言葉は、ヴァルターの心の奥底にある劣等感を抉り取った。彼はこの屈辱的な状況から抜け出すために、この計画を成功させなければならない。しかしその先に待つのは、より深い闇ではないのか?


「……わかった……わかったから……離してくれ……」


 ヴァルターは震える声で呟き、手練れの男から解放された。彼は床にへたり込み、顔を覆った。


「罠を完成させる。それでいいのだろう……!」


 男は満足そうに微笑み、書斎を出て行った。ヴァルターは一人になり、再び机に向かった。


「なぜだ……!なぜ私は……!」


 彼の脳裏に、もう1つの記憶が蘇る。それは、数年前、父の死後に開かれた貴族たちの集まりでのことだった。親交のあった貴族の嘲笑、懇意にしていた商会の手のひら返し。そして今、彼はその最たる人物であるグレンの犬となり、偉大な父がかつて尊敬した剣聖の弟子を陥れようとしている。


「……私は……一体、何のために生きているのだ……」


 虚ろな目で呟くヴァルターの手には、今や彼自身の人生を象徴するかのように、古びた魔法書が握られていた。


 一方、手練れの男は遺跡へと向かっていた。彼らの任務はノヴァたちが罠にかかったら、確実に仕留めること。男の顔には殺意と冷酷な笑みが浮かんでいた。


(グレン様はこの男爵を捨て駒として、ノヴァを始末するつもりだ。だが……もしノヴァが罠を見抜いたとしたら……)


 男は立ち止まり、不気味な笑みを浮かべた。


「面白い。もしノヴァが罠を見抜けば、我々の新たな遊戯が始まる。その時こそグレン様の真の力が試される、それこそが公爵様の……」


 男はそう呟き闇に消えていった。ノヴァたちが向かっているのは、単なる罠ではない。それは彼らの運命を大きく左右する、新たな闘いの始まりだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

今回、ノヴァとユーリが故郷ステラ村の跡地を訪れる場面は、二人にとって避けて通れない「原点との対話」でした。過去の悲劇と真正面から向き合うことで、彼らは前に進む覚悟を固めます。次回、いよいよ罠の真実と剣豪たちの決断が明らかに――どうぞお楽しみに。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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