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第71話 呪われた魔法書と愚かなる策略

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、王都の片隅で渦巻く陰謀が描かれます。ノヴァたちが精霊郷を目指す中、愚かな策略に巻き込まれてしまうことに。呪われた魔法書と共に仕掛けられる罠は、果たして彼らの旅路をどう狂わせるのか……。物語は新たな緊張を帯びて進んでいきます。

 王都オルセリアの裏通りにひっそりと佇む寂れた邸宅。ヴァルター男爵は、豪華なはずの書斎で額に脂汗を浮かべ、何度も同じ手紙を読み返していた。手紙は差出人不明だが、ヴァルターにはそれが誰からのものか分かっていた。


「くそっ、くそガキめ!『ノヴァたちが精霊郷へ向かった。すぐに罠を仕掛けろ』だ、だと!?」


 彼の震える手にはグレンから届いた手紙が封を切られ開かれていた。ヴァルターは椅子に深々と座り込み、天井を仰いだ。頭の中では数日前の出来事がフラッシュバックしていた。


(あのお方から受け取った「呪われた魔法書」……あれに触れてから、体の震えが止まらない。ノヴァという少年は、あの剣聖の弟子……。最近では剣豪になったとも聞く。そんな得体の知れない強者を相手に、罠だと?笑わせるな!)


 ヴァルターは内心で悪態をつきながらも恐怖に体が硬直する。しかし、書斎の隅に積まれた借金まみれの帳簿が彼の目に飛び込んできた。


「いや、しかし……。このままでは我が家の財政が破綻してしまう。そうか、そうだ!この計画を成功させれば、この惨めな生活から抜け出せるのだ!」


 彼は自らを奮い立たせるように叫び、震える手で机の引き出しから小さな安物のワインが入った瓶を取り出した。ヴァルターは瓶の口を直接つけ、喉を鳴らして飲み干す。彼の頬は赤く染まり、その顔には恐怖と欲望が入り混じっていた。


 若くして家督を継いだあの日から、ヴァルターの人生は茨の道だった。父、アルフォンス男爵は「アウグスト領の繁栄」を築き上げた偉大な存在だった。その高潔さと能力は剣聖ギュンター・ヴァルシュタインさえもが尊敬していたと聞く。そんな偉大な父と比べられ、平凡な才能を陰で笑われる日々は、幼いヴァルターの心を深く傷つけた。父の死後に家督を継ぐと、領内には莫大な借金を抱えていることを知る。


 父は偉大だったが、領内はまだ開発途中であり、ほとんどの事業は父の才覚を見込んだ商人や高位貴族からの出資に頼っていたのだ。平凡な才しか持たない跡継ぎが家督を継ぐと知った途端、他の貴族や商人は手のひらを返した。


「ほう、ヴァルター殿。若くして立派なことですなー。しかし我が家としても台所事情は厳しいのですよ」


 若輩を軽んじられ、偉大なる父が居なくなったとたんに高位貴族や商人は借財の回収をしてきた。うまく交渉できず、立ち回ることさえできないヴァルターに対し、父の代から仕える老いた部下たちは彼を「若造」と見下し、忠誠心など欠片もなかった。


(どうすればよかったというのだ!何も知らぬ若造が、海千山千の商人や狡猾な高位貴族相手に立ち回れるわけがないだろう……!)


 彼はこの屈辱的な状況から抜け出すために、常に強い者の顔色を窺い、媚びへつらい、その地位と権力を維持するためだけに生きてきた。剣聖に連なるノヴァを陥れるというこの計画は彼にとって人生最大の賭けであり、同時に彼がどれだけ力のない人間であるかを思い知らせるものだった。


 ヴァルターは重い腰を上げ、部下を呼ぶためのベルを鳴らした。ドアが開き、男爵の幼少期から仕えている腹心の部下リヒトと執事のクラウスが部屋に入ってくる。


「旦那様、何か?」


 リヒトの問いに、クラウスはヴァルターの顔色を窺いながら口を開いた。


「旦那様、顔色がすぐれませんが……何か問題事でしょうか?」


 リヒトはヴァルターの幼なじみであり、彼の性格を誰よりもよく理解していた。ヴァルターの口から「借金」や「計画」という言葉を聞くたびに、リヒトは胸が締め付けられるような思いがしていた。


「何を言うか!私は絶好調だ!ところで、二人とも知っているな?最近噂になっている『古代遺跡』のことを」


 ヴァルターは無理に明るい声を出したが、彼の震える指が、その焦りを物語っていた。


「ええ、存じ上げております。ノヴァたちがその遺跡を調査されるとか……」


「そうだ。だがその情報は私が流した嘘だ。偽の情報だ。ノヴァたちが精霊郷へ向かう際に遺跡へと彼らを誘い込み、足止めしなければならない。そうすれば我々はグレン様の期待に応えられる」


 ヴァルターは高揚した声で語る。しかし、クラウスとリヒトは顔を見合わせ、その表情はどこか胡散臭いものを見るような目つきだった。


「旦那様、それは……危険ではありませんか?ノヴァは、剣聖様の弟子になったと聞いております。我々のような者が、軽率に手を出して良い相手ではございません」


 不穏な空気を感じ、クラウスは男爵をいさめる。だが、ヴァルター男爵はなおのこと興奮して声が大きくなる。


「馬鹿者!何を言っている!これはグレン様の命令だぞ!それにあの少年は所詮、井の中の蛙だ!この計画さえ成功すれば、我々は莫大な富と権力を手に入れられるのだぞ!」


 ヴァルターはクラウスの言葉に耳を傾けず、呪われた魔法書を机の上に置いた。本は不気味なオーラを放ち、ページからは微かな呻き声が聞こえてくる。クラウスは一歩後ずさり、その顔は恐怖で引きつっていた。リヒトは、この本がただならぬものであることを直感的に悟っていた。


 ヴァルターは、地図と1冊の魔法書をクラウスに差し出した。


「クラウス、確かお前はステラ村の徴税官をしていてノヴァと面識があったな?」


「はい。あまり親しい間柄ではありませんでしたが……。」


「ノヴァにこの地図を渡せ。古代遺跡にはヴェルデン精霊郷へと繋がる秘密の通路があると伝え誘導するのだ。それからこの魔法の本を渡しておこう」


「旦那様、これは……」


 クラウスが本に触れようとすると、まるで生き物のように本から黒い靄が噴き出す。クラウスは思わず手を引っ込めた。


「ひっ、これは……!なにやら恐ろしい気配を感じます……!」


 リヒトは震えるクラウスに代わり主人へ答えた。


「旦那様、この役目はクラウスでは難しいのでは?」


 リヒトの言葉に、ヴァルターは笑いながら本のことについて説明する。

 

「リヒトは心配性だな。安心しろ!この本には持つ者の言葉に相手が信用する力が授けられている!これを持っていれば疑われることはないだろう」


 ヴァルターは強引にクラウスに本を押し付けた。クラウスは仕方なく本を抱きかかえる。その瞬間、彼の腕から黒い血管が浮き上がり、彼の顔は苦痛に歪んだ。


「旦那様、これは……!私の力が……奪われていく……!」


 クラウスの叫び声に、ヴァルターは満足そうに微笑む。彼はこの本の力にクラウスが対抗できないことを知っていた。この本には、ゼノン・クロフトが与えた、支配欲や劣等感を抱える者を操るための力があった。


「クラウス、お前は私の忠実な部下だ。この本を使えば、お前は私の命令に逆らえなくなる。さあ、早く行け!ノヴァたちに偽の情報を流すのだ!」


 ヴァルターは高笑いし、クラウスは彼の命令に従うしかなかった。彼の瞳はもはや生気がなくなり、顔色は病人のように青ざめていた。


 朝からノヴァたちは王立魔術学院で旅の準備を進めていた。学院の出発口で馬車に荷物を詰めていく。


「ノヴァ、本当にヴェルデン精霊郷へ行くのか?」


 ユーリが不安そうに尋ねる。


「うん、そうだね。アルス師匠の無念を晴らすためにも、そして付与魔法の謎を解き明かすためにも、精霊郷へ行く必要があるんだ」


 ノヴァは力強く答える。その言葉に仲間たちは静かに頷いた。その時、顔面蒼白の男がノヴァたちの前に現れる。彼の顔はやつれ、その瞳は虚ろだったがノヴァはどこかで見た覚えがあった。彼は震える手でノヴァに一枚の古びた地図を差し出した。


「久しぶりですノヴァ様、覚えてらっしゃいますか?私は同じ村で徴税官をしていたクラウスです。この度ノヴァ様たちが精霊郷に赴くとの話を聞きつけまして、この地図は村の近くにある古代遺跡のものです。そこにはヴェルデン精霊郷へと繋がる秘密の通路があると伝承があり……」


 ノヴァは男性の様子に不審なものを感じたが、顔見知りということもあり話を聞いていた。地図に描かれた古代文字は、腕輪のルーン文字と酷似していて、ノヴァの探究心はその誘惑に抗えなかった。


「ありがとう、クラウスさん。早速この遺跡を調べてみるよ」


 ノヴァは地図を受け取ると、仲間たちに告げる。


「みんな、この地図の古代遺跡を調べてみよう。もしかしたら精霊郷への近道が見つかるかもしれない」


 ユーリは不満そうに声を上げる。


「えーっ、遠回りじゃないか?早く精霊郷に行こうぜ!」


「いや、ユーリ。この地図に描かれた文字は、腕輪のルーン文字と酷似している。それに遺跡のある場所は僕たちの生まれたステラ村の近くなんだ。これも何かの縁だよ」


 ノヴァの言葉に、ユーリは地図の場所をよく見てみる。


「あー!ほんとだ!俺たちが生まれ育った村の近くじゃねーか」


 仲間たちは納得した。彼らはクラウスが用意した偽の情報に、まんまと引っかかってしまった。


 クラウスはノヴァたちの様子を見て、安堵の表情を浮かべる。彼の心は、もう恐怖でいっぱいだった。男爵の命令を果たしたことで、彼は解放されると信じていた。しかし、彼の知らないところでゼノンは新たな計画を進めていた。


「フフフ……精霊卿かなかなか面白い研究対象だ。ノヴァ、君の探究心は君自身を破滅へと導く。君が真実を突き止める前に、私はこの世界を我が手に収める」


 ゼノンは、王都の地下にある隠れ家で、不気味な笑みを浮かべていた。彼の目の前には、「黒いクリスタル」が置かれていた。それは自身は禍々しい黒い影を漂わせ、周囲の空気を黒く変質させるような怪しげなな道具だった。ノヴァたちは、自らゼノンの罠へと足を踏み入れていくのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

クラウスを通じて渡された偽りの地図――それはゼノンの計画へと繋がる危険な一手でした。ノヴァたちは気付かぬまま、罠の道へと歩み出してしまいます。裏で暗躍する者たちの影が、いよいよ彼らを取り巻き始めました。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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