第67話 夜明けの街、星辰の帰還
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回は、辺境から王都へ戻ったノヴァたちの姿を描きます。
かつて見慣れた街並みは、経験を経た彼らの目に新たな意味を帯び、英雄と呼ばれる重さが静かにのしかかっていきます。日常と非日常の交差点で揺れる心を、どうぞお楽しみください。
夕陽が沈む中、王都アストルムの巨大な城門が、一行を静かに迎え入れた。馬車は石畳が敷かれた大通りをゆっくりと進んでいく。以前はただの賑やかな街並みに見えていた景色が、辺境伯領での経験を経たノヴァにはより複雑で多層的なものに感じられた。
「うわぁ、見てください!王都の空って、星が全然見えないんですね!」
セシリアが馬車の窓から顔を出し、感嘆とも落胆ともつかない声を上げた。故郷の村の夜空、辺境伯領で彼らが見上げた満天の星。それらに比べ、王都の空は魔法具や街灯の人工的な光で霞んでいた。
「当たり前だろうセシリア。これだけ人が住んでいるんだ。光が溢れていて当然だ」
レオンハルトが淡々と返す。その横でセレスティアが静かに頷いた。
「でも不思議ね。辺境ではあんなに星が見えたのに。なんだか星に忘れられてしまったみたい」
その言葉に、ノヴァは静かに首を振った。
「そうは思わない。この光も誰かが灯した希望の光だ。この世の中を少しでも良くしようと、この街の人々が一生懸命生きている証拠だ」
カイルがノヴァの肩を叩き、明るい声で言った。
「ノヴァ、詩人みたいになってるよ!でもその通りだ。辺境で戦ったからこそ、この街の平和がどれだけ尊いかわかるよね」
馬車は王立魔術学院の門をくぐり、一行は寮へと向かった。すでに夜遅く、学友たちも就寝している時間だ。
「みんな!今日はもう休もう。明日からまた新しい日常が始まるんだ」
ノヴァの言葉に全員が頷く。それぞれの部屋に入り、久しぶりに慣れ親しんだベッドで横になった。翌朝、学院の朝食ホールはノヴァたちの帰還を知った学友たちの好奇心で満ちていた。
「ノヴァ!辺境伯領での活躍、聞いたぜ!本当に魔物の大群をたった3人で……!」
3年生の教室に向かうノヴァ、セレスティア、カイルの周りに、同級生たちが集まってくる。
「あらあら、3人じゃないわ。六人ですのよ!セシリアとユーリとレオンハルト達三人の先輩もいたんだから!一番活躍したのは天才であるわたくしですけれども。」
セレスティアが胸を張り得意げに言う。その様子に、ノヴァとカイルは顔を見合わせ苦笑した。
「英雄だ……!お前たちは本当に英雄だ!」
一人の学友が言ったその言葉に、ノヴァは内心で身構えた。
(英雄?……違う。俺はただやるべきことをやっただけだ)
セレスティアも同じような戸惑いを抱えているようだった。
「英雄なんておこがましいわ。私たちはただ辺境伯領を救うために力を尽くしただけよ」
その謙虚な言葉は、彼らをさらに英雄として祭り上げる結果となった。
昼休み、ノヴァとレオンハルトが校庭で今後のことを話していると、学院長室から呼び出しがかかった。学院長室の扉を開けると、そこには学院長が静かに椅子に座っていた。彼女の隣にはヴァイスブルク侯爵が穏やかな表情で立っている。
「ノヴァ君、レオンハルト君、よく戻ってきてくれたね。辺境伯領での君たちの活躍、そしてその報告は私のもとにも届いているわ」
セレナ学院長の言葉は感情をほとんど感じさせないが、その目の奥にはどこか暖かな光が揺らめいているように見えた。ヴァイスブルク侯爵が、ノヴァとレオンハルトに向かってにこやかに語りかけた。
「ノヴァ君、レオンハルト、辺境伯様からの報告はすべて王宮に届いている。君たちの功績はこの国の未来を左右するものとなるだろう」
セレナ学院長はそんな侯爵を静かに見つめた後、ノヴァとレオンハルトに鋭い視線を向けた。
「ヴァイスブルク侯爵が言うように、付与魔法の報告とそれを使用した今回の魔物討伐の件で、あなたたちの力は王家や高位貴族にとって見過ごせないものとなったわ。今後は監視の視線が強化され、その力を利用しようとする人間、その才能に嫉妬する人間が出てきて、あなたたちを事件に巻き込もうとすることが多くなる」
セレナ学長は今後の困難について二人に語り掛けた。
「この学院の中だけの話ならまだ私の権限が及ぶのだけれど、ここまでことが大きくなると私の手には負えないわね。でも何かあったら私を頼って。私の力の及ぶ範囲であれば手を貸すわよ」
その言葉は温かみがあり、彼らの未来を暗示するような重みのあるものだった。ヴァイスブルク侯爵が口を開く。
「ではこの後、私の屋敷の別邸までみんなで来てくれるかね?王宮へ上がる前に色々とを話しておきたいからね。馬車を手配しておくからそれに乗ってくるといい」
学長にあいさつをした後、ノヴァたちは仲間を呼びに教室へと向かう。ノヴァが教室に行くと、セレスティア、カイルは学友に囲まれ辺境伯領の冒険譚をせがまれていた。ノヴァが侯爵家の別邸に赴くことを伝えると、二人とも顔を明るくし即座に反応した。
「よーし、みんな集まったな。では出発しよう。」
レオンハルトが声をかけると、馬車は侯爵家へと向かった。侯爵家に着くと、皆その威厳のある建物に圧倒される。馬車は建物に入り、玄関先へと向かい正面で止まった。中から侯爵自身がノヴァたちを屋敷へと迎え入れる。メイドが先導して来賓を迎えるであろう豪華な部屋に通され、椅子を勧められる。レオンハルトは早速席に着き、腕を組み真剣な表情で言った。
「王宮での作法は、辺境伯領でのそれとは全く異なる。特に言葉遣いや立ち居振る舞いは、一歩間違えれば王家の威厳を損ない、物理的に首が飛ぶぞ」
レオンハルトの言葉に続けて、侯爵から聞かされる王宮での厳格なしきたりや呼称の違い。
「殿下への敬称は『猊下』、陛下への敬称は『陛下』。……覚えきれない!」
ユーリが頭を抱えて唸る。その姿にセシリアがくすりと笑った。
「大丈夫よユーリ様。私たちも一緒に王宮に向かうから」
侯爵からはなおも説明が続く。
「国王と王室は(星辰の代理者)と呼ばれ、国王はミルウェン王国の最高統治者であり、国民統合の象徴だ。しかし、その権力は絶対君主制のようなものではなく、むしろ『星辰の神々、特に導きの星アストライアの代理者』として国の調和と国民の幸福を第一に考える義務を負っている………………。」
「王都アストルムには、王宮を中心に、各省庁(財務省、軍務省、魔法省など)があり、行政の中枢を担っている。そして国王の諮問機関として王立評議会(知恵と力の均衡)がある。これは有力貴族の代表(3大公爵家、5大侯爵家、高位貴族家)、最高神官(星辰大聖堂の長)、王立魔法学院長や魔法省長官で構成され、立法権の一部も持ち、法律が信仰の教えに反しないか、国民の精神的な安定に寄与するかなどを監修している………………。」
長い説明の中、貴族出身者の4名は涼しい顔で話を聞いているが、ユーリとノヴァは頭を押さえ、心で感情を共振していた。
(もう無理だー!!)
夕方、ようやく話が終わりノヴァたちは宿舎に帰ってきた。ユーリとノヴァはへとへとになりながら、他のメンバーは少し話に疲れた程度で。ひとまずは解散となり、翌朝アルマ侯爵家から届いた招待状を手に持ち、ノヴァは珍しく泣き言を吐いた。
「カイルのお父さんか。昨日のような難解な話をされるのかなー?」
「えー!俺はもう無理だ。もう一度同じような感じになったら舌を噛んで死ぬぞ俺は!」
二人の不安をよそに、カイルは朝の準備を進める。
「うちの父は大丈夫だよ。のんびり話をするだけだと思うよ。」
ノヴァたちは全員集まると、アルマ侯爵家が送ってくれた馬車に乗り出発をした。ノヴァは警戒していたが、アルマ侯爵の人柄は温かく、ノヴァたちを家族のように迎え入れた。
「ようこそ、小さな英雄たちよ。王宮での会談で心労が絶えないだろう。ここが君たちの安らぎの場となれば幸いだ」
アルマ侯爵邸はヴァイスブルク侯爵邸とは異なる、優雅で温かみのある作りだった。まさに絵本から抜け出てきたような館に、ノヴァはヴァイスブルク侯爵の別邸とは違うアルマ侯爵邸の温かい空気に安堵した。
「うわ……俺、こんなに優雅な建物、絵本でしか見たことない……!」
ユーリが目を丸くして呟く。
「カイル。お前はまさしく物語に出てくる王子様だな!」
「え、僕が王子様?……いやいや、それはないだろ!ノヴァの方がらしいって!」
カイルが顔を真っ赤にしてノヴァに視線を集めようとする。ノヴァは困ったように微笑んだ。アルマ侯爵との会談の中で、侯爵は王宮内の話では王家はノヴァたちのために魔導騎士団という、魔法師団と騎士団を混ぜ合わせたような新しい部署を創設するつもりなのを改めて告げた。
侯爵家での癒しの時間はすぐに終わりを迎え、ノヴァたちは退出することとなった。帰り際に侯爵はノヴァたちに忠告をする。
「王家は君たちの力を危険視している。しかし同時にその力を必要としているのは間違いない。その一方で、宮廷内や王宮内では君たちを利用しようと企む者もいるだろう。王宮は敵味方がいるのが常だ。気を付けてよく見極めなさい。」
王都での優雅な夜。しかしノヴァの心は、決して晴れやかではなかった。王家が彼らの力を「管理」しようとしている。それは彼らが自由な存在ではなくなることを意味していた。 辺境伯領で故郷の村を失ったノヴァは、今、自分たちの自由まで失うかもしれないという不安に襲われる。
夜風がノヴァの部屋の窓から吹き込んできた。ベッドに横たわったノヴァは、窓の外を見た。王都の夜空には辺境伯領で見たような満天の星はなかった。人工の光に満ちた空はどこか寂しげに見えた。
(俺たちは、本当に英雄なのか……?それとも、ただの道具に過ぎないのか?)
ノヴァは自問自答を繰り返す。
翌朝、ノヴァは決意を固めた。
「どんな力も、使う者次第だ。俺たちの力が王国を守る力となるなら、俺たちはそれを受け入れるべきだ」
ノヴァは、王宮への昇殿の準備を整える。
王宮の門が、ノヴァたちの前で厳かに開かれた。彼らは、英雄として、そして新たな使命を帯びた者として、王宮の中へと足を踏み入れる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
王都に帰還したノヴァたちは祝福と期待に包まれる一方で、王家や貴族の思惑に巻き込まれていく兆しが見え始めました。英雄か道具か――その狭間で揺れるノヴァの心は、今後の物語の大きな軸になっていきます。次回、王宮の扉が開かれ、彼らは新たな舞台へと歩み出します。どうぞご期待ください。
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