第66話 二つの式典、重なる思惑
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今回は、魔物討伐の余韻から新たな式典へと舞台が移ります。
祝福の裏で交わされる重臣たちの会話は、ノヴァの力の扱いをめぐる重要な議論へ――。
表と裏、二つの式典に秘められた思惑を、ぜひお楽しみください。
魔物の大群を撃退してから数日後、辺境伯領は平穏を取り戻し、街には活気が戻り始めていた。しかし魔物討伐の最前線で戦ったノヴァと仲間たちの間では、未だに戦いの熱気が冷めやらぬままだった。
「ノヴァ本当にあの腕輪はすごいな!体の奥から力が湧き上がってくるような感覚だった!」
レオンハルトは汗を流しながら訓練用の木剣を振るい、その一撃一撃に明らかな成長の跡を示していた。付与魔法具がもたらした一時的な力の増幅は彼の潜在能力を大きく引き出し、その後の成長を促す起爆剤となったのだ。彼は以前にも増して剣技と魔術に磨きをかけていた。
「私もよ!あんなに大きな火球を放ったのは初めてでしたわ!」
セレスティアもまたその手に小さな炎を灯しその揺らめきに目を凝らしている。彼女は魔法が以前よりも制御がしやすくなり、威力も増していることを実感していた。ユーリ、カイルも同様だった。ユーリは魔法の刃をより鋭く、速く放てるようになり、カイルは回復魔法の範囲と効果が飛躍的に向上したことを肌で感じていた。
その様子を、道場の隅から見守っていた剣聖ギュンター卿は、厳しくも温かい視線で弟子たちを眺めている。
「あの魔法具の実戦での効果は予想以上だった。だがあれを使いこなせたのはお前たちの日々の鍛錬と潜在能力があったからだ。だが慢心は許さんぞ」
ギュンター卿の言葉は厳しかったが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。彼らが見出した新たな可能性は、王国の戦力に計り知れない希望をもたらした。魔物討伐の功績は瞬く間に辺境伯領中へと広まり、その報は王都にまで届けられた。辺境伯の報告書を読んだ王家は辺境伯領の戦力、そしてノヴァという若き剣豪の存在に強い関心を示した。
本来であればすでに新学期が始まっている時期だったが、辺境伯家の式典が開催されることとなり、学園側も配慮して開講日を延期した。さらに王家からも使者が派遣され、王都で改めて国王との謁見を行うことが決定した。
そして剣豪の就任式当日。辺境伯邸の広間は辺境伯領の主要な貴族や商人だけでなく、王都から駆けつけた高位貴族たちでごった返していた。その中にはレオンハルトの父ヴァイスブルク侯爵とカイルの父アルマ侯爵の姿もあった。
ノヴァはその騒がしい光景にうんざりしていた。豪華な衣装に身を包んだ貴族たちが次々とノヴァのもとに挨拶に訪れる。
「ノヴァ殿、剣豪就任おめでとうございます!辺境伯領の未来はあなたにかかっていますな!」
「若くして剣豪とは羨ましい限りだ!将来は騎士団長か、それとも王宮魔術師団長か?」
ノヴァは彼らの言葉に愛想笑いを返すので精一杯だった。英雄になりたいわけではないのに、自分の武勇だけが独り歩きしていることに内心で深くため息をついていた。そんなノヴァの様子を見て、レオンハルトが声をかける。
「ノヴァ、大丈夫か?少し顔色が悪いぞ」
「……レオンハルト、僕は英雄になりたいわけじゃないんだ。ユリウス長官は式典の規模をさらに大きくするって息巻いているし、なんだかもう、逃げ出したい気分だよ」
「気持ちは分かるがこれも貴族の務めだ。それにこの機会に父上と話しておきたいことがある」
レオンハルトはそう言って、ノヴァをヴァイスブルク侯爵のもとへと促した。ヴァイスブルク侯爵は息子レオンハルトの成長した姿に目を細め、カイルの隣に立つアルマ侯爵もまた息子を誇らしげに見つめていた。
「レオンハルト、よくやったな。お前たちの功績はこのヴァイスブルク家の誇りだ」
ヴァイスブルク侯爵の言葉に、レオンハルトは真剣な表情で頷いた。
「父上、実は至急お話したいことがございます。カイルも同様です。アルマ公職様、辺境伯様、お二人もぜひご同席ください」
レオンハルトのただならぬ雰囲気にヴァイスブルク侯爵もアルマ侯爵も顔を見合わせ静かに頷いた。会談の場は辺境伯邸の奥にある応接室に設けられた。参加者は、辺境伯、剣聖ギュンター卿、ヴァイスブルク侯爵、アルマ侯爵、そしてノヴァ、レオンハルト、カイル、セレスティア、ユーリだ。一同が席に着き、静寂が応接室を包み込む。
「レオンハルト、わざわざこのような場を設けてまで話したいこととは何だ?」
ヴァイスブルク侯爵が口火を切る。その声には侯爵としての威厳と、息子を信頼する父親としての温かさが混在していた。
「父上、実は先日魔物討伐で用いた特殊な道具について、皆様にお話ししたいことがございます」
レオンハルトは事前にノヴァたちと話し合っていた内容を、落ち着いた口調で話し始めた。彼は付与魔法具がもたらした驚異的な力の増幅効果と、それが持つ軍事的な危険性を冷静に説明した。
「付与魔法具と申しますがこれらは、我々のような能力者だけでなく、一般の兵士にも魔力を付与し、戦闘力を飛躍的に向上させることができます。しかしそれは同時に魔法具が、大陸全体の軍事バランスを崩壊させかねないということです」
レオンハルトは、さらに続けた。
「特にあの魔法具は、ノヴァの『気力集中』と『虚無隠蔽』の応用で生まれたものです。また込められた魔法の文字は特殊なものでこれは現在では他のいかなる魔法使いにも再現不可能な技術です。この情報をそのまま王国の情報部に伝えればノヴァの存在自体が、王家や国にとって無用な警戒を持たれる原因になるかもしれません」
レオンハルトの言葉にヴァイスブルク侯爵は静かに頷き、アルマ侯爵は腕を組みながら思案に沈む。辺境伯はノヴァを心配そうな目で見つめ、ギュンター卿は黙ってレオンハルトの言葉に耳を傾けていた。
張り詰めた空気の中、アルマ侯爵が静かに口を開いた。
「レオンハルト君の懸念はごもっともだ。たしかにその魔法具が軍事的に転用されれば、計り知れない破壊力を持つだろう。しかしその議論の前提に、私には1つ疑問がある」
アルマ侯爵の穏やかな声は、張り詰めていた応接室の空気をわずかに和らげた。彼はカイルに優しい視線を向けそれからノヴァへと向き直った。
「ノヴァ君、その魔法具は君の能力があって初めて完成するものだと聞いた。我々アルマ家は代々、王家や貴族に仕える治癒魔術師を輩出してきた。我々の家訓は魔術を力としてではなく、人々を癒し助けるために用いることだ。その家訓を私は誇りに思っている」
アルマ侯爵はゆっくりと、しかし力強く言葉を続けた。
「魔物との戦いそしてその後の君たちの成長を見て私は確信した。ノヴァ君、君の力は破壊のためではなく、人々を守るためにある。その魔法具は、人々を守るための『希望』だ」
彼はノヴァの才能を「軍事転用」という視点からではなく、「人々を守るための力」として評価したのだ。
「カイルが持っている治癒魔法も、使い方によっては攻撃的な魔術に転用できる。だがカイルは常に、人々を癒すことを第一に考えている。それは彼がアルマ家の家訓を心から理解し、実践しているからだ」
アルマ侯爵は息子への誇りを滲ませながらそう語った。
「私が言いたいのは、付与魔法具の危険性を隠すことではなく、その力を正しく使うべき道を示すことだ。レオンハルト君が言うよう安易に公開すれば混乱を招くだろう。だがこの魔法具を『国を守るための切り札』として王家と共有し、その運用を厳格に管理するべきだと私は思う。ノヴァ君の力を『秘匿』するのではなく『信頼』すべきだ」
アルマ侯爵の言葉にノヴァは目を見開いた。レオンハルトの意見が「隠す」ことだったのに対し、アルマ侯爵の意見は「管理」と「信頼」だった。それは彼の生き方の軸である「人としての温かさ」や「人道的精神」とは少し異なる視点だった。
ヴァイスブルク侯爵は息子とアルマ侯爵の意見を静かに聞いていた。
「アルマ侯爵、あなたの見解しかと理解した。たしかにその通りかもしれんな。では辺境伯、剣聖殿、貴殿らの見解は?」
ヴァイスブルク侯爵の問いかけに、辺境伯が口を開く。
「私もアルマ侯爵と同じ考えだ。ノヴァの能力は、単なる武器として扱うべきではない。彼は私の領民そして私の大切な仲間だ。彼に無用な警戒を抱かせることは私の本意ではない」
辺境伯は強い決意を滲ませてそう言った。
最後にギュンター卿が静かに語り始めた。
「私は、この魔法具のことは何も知らなかった。しかしこの数日の弟子たちの成長を見て、その力の大きさを実感した。そしてこの魔法具は、ノヴァの『気力集中』と『虚無隠蔽』の応用だと聞き、ノヴァにしか創り出せないものだと確信した」
ギュンター卿はノヴァの才能を誰よりも深く理解していた。
「ノヴァの能力は彼が望まない限り、誰も模倣できない。ならばこの魔法具を『国を守るための切り札』として、王家と協力して管理するべきだ。ノヴァはその『信頼』に応えることができる。私はそう信じている」
一同の意見はレオンハルトの懸念を認めつつもアルマ侯爵の意見に傾いていた。ノヴァの力を「隠す」のではなく、「信頼」し、「管理」する道を選ぶべきだと結論付けられた。
ヴァイスブルク侯爵は息子と他の三人の意見を静かに聞き終えゆっくりと立ち上がった。
「皆の意見、よく分かった。レオンハルト、おまえの懸念はもっともだがノヴァ君の力を『隠す』のではなく、『信頼』するという選択肢もまた、我々が歩むべき道なのかもしれない。王都の式典でこの件について王家と直接話し合う場を設ける。そのための根回しは、この私が行おう」
ヴァイスブルク侯爵の言葉にレオンハルトは安堵の表情を見せ、ノヴァは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、父上。そしてアルマ侯爵様、辺境伯様、剣聖様、わたくしの浅はかな考えを正してくださり感謝いたします」
レオンハルトは自分の視野が狭まっていたことを素直に認め、深く反省した。
「君たちはまだ若い。自分たちの未熟さをこうして諸侯に教えていただく機会があることに感謝すべきだ」
アルマ侯爵が優しく微笑み、会談は終了した。彼らの間には新たな信頼と、来るべき王都での式典に向けた静かな決意が芽生えていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
祝賀の場は同時に、ノヴァの力をどう扱うかを問う会議の場ともなりました。
「隠す」か「信頼する」か――それぞれの立場から語られる意見は、ノヴァの未来を大きく左右するものです。次回はいよいよ王都での式典。さらに大きな舞台で、物語が動き出します。どうぞご期待ください!
執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。




