第65話 就任式、そして戦場へ
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今回は、就任式の祝祭ムードから一転し、戦場へと駆り出されるノヴァの姿を描きます。
英雄として担がれていく彼の葛藤と、剣聖や仲間たちと挑む苛烈な戦い。
どうぞ最後までお楽しみください!
「ノヴァ君が剣豪に……!これは辺境伯領にとって、歴史的な出来事ですわ!」
辺境伯邸の広間は祝祭ムード一色だった。辺境伯夫妻と筆頭執政官ユリウスが、興奮冷めやらぬ様子で今後の計画を話し合っている。当の本人であるノヴァはまるで嵐の只中にいるかのように、ただ立ち尽くしていた。
「剣聖様が直々に認めたのです。これはもう、辺境伯家主催で大々的な式典を開くしかありません!王都の高位貴族を招き、辺境伯領の力を知らしめる絶好の機会です!」
ユリウスは目を輝かせ、すでに招待客リストを広げている。ノヴァは、慌てて声をあげた。
「あのユリウス様!僕はそんな、大々的なことはちょっと……」
「何をいっているのですノヴァ殿。これは辺境伯領の未来がかかっているのですぞ!」
ユリウスは聞く耳を持たない。ノヴァは辺境伯に助けを求めた。
「辺境伯様お願いです!目立たずに、こっそり剣豪になりたいです!」
「ノヴァよ、それはもう無理な相談だ。お前はもはや辺境伯領の顔なのだからな」
辺境伯はそう言ってノヴァの肩を優しく叩いた。その言葉にノヴァは天を仰いだ。
「ええい、もう!こんなことになるなら、剣豪になんてならなきゃよかった!」
ノヴァの悲痛な叫びも祝祭ムードの中ではかき消されてしまう。
騒動から逃れるように、ノヴァはバルド長官の工房を訪れた。工房の奥から何やら金属を叩く甲高い音が聞こえてくる。
「バルド長官、いますかー?」
「おう!ノヴァ!なんでこんなところに?就任式の準備で忙しいんじゃないのか?」
作業服を着て顔に煤をつけたバルドが、汗だくで現れた。
「それが……もう大変で……」
ノヴァは辺境伯家と筆頭執政官ユリウスの熱意を愚痴ると、バルドは豪快に笑った。
「ハハハ!そりゃあ大変だ!でもそれだけ期待されているってことだろ?みんなお前の成長を祝いたいと善意で動いているんだ。悪く言うと罰が当たっちゃうぜ!」
バルドの言葉にノヴァは少しだけ気が楽になった。
「それよりバルド長官に見てほしいものがあるんです。これです」
ノヴァは懐から小さな革袋を取り出し、中から付与魔法具の試作品を取り出した。それは水晶をはめ込んだ小さな腕輪だった。
「これは……?」
「『気』と『魔法』を融合させた、新しい魔法具です。気力集中と虚無隠蔽の応用で魔法の力を飛躍的に向上させることができます」
ノヴァがそう説明すると、バルドは目を丸くした。
「な、なんだと!ちょっと待て、見せてみろ!」
バルドは腕輪を手に取ると、目を血走らせてまじまじと見つめた。
「こ、この構造は……!ありえない!この魔力制御は、どうなっているんだ!?これがあれば、兵士の魔力を一時的に増幅させ、魔物の討伐効率が格段に上がる!まさに、夢の魔法具だ!」
バルドは興奮のあまりまるで子供のように叫び、工房の中を駆け回った。ノヴァはそんなバルドの姿を見て、少しだけ笑顔になった。
「バルド長官、もう1つ、相談があるんです」
ノヴァはバルドに新たな魔物の群れが樹海から出現したことを伝えた。バルドはすぐに表情を真剣なものに戻し、腕輪をじっと見つめる。
「なるほど……この魔法具が実戦でどれほどの効果を発揮するか、試す良い機会かもしれん」
バルドはそう言って、再び腕輪の解析を始めた。その時工房の扉が勢いよく開かれ、辺境伯家の兵士が慌てた様子で駆け込んできた。
「ノヴァ殿!緊急の呼び出しです!辺境伯様と剣聖様がすぐに会議室に戻るようにと!」
「いったい何が……?」
ノヴァは兵士のただならぬ雰囲気に、嫌な予感を感じた。
「まさか、こんな時に……!」
辺境伯邸に戻ったノヴァは、険しい表情の辺境伯と剣聖に迎えられた。報告によれば、樹海の中から何千という魔物の群れが出現したという。
「領軍4000騎を招集するには時間がかかります。魔物の群れは、その間に領内へと侵入してしまう」
辺境伯がそう告げると、剣聖は落ち着いた声で口を開いた。
「辺境伯、領軍が到着するまでの時間を稼ぐため、ノヴァと私で先行部隊を編成し、魔物の群れを足止めしてはいかがでしょうか」
剣聖の提案に、辺境伯は少し考えるように頷いた。
「ノヴァよ、剣聖の提案に異論はないか?」
「いえ、ありません。僕でよろしければ、喜んでお引き受けします」
ノヴァは決意を秘めた目で返答した。剣聖はノヴァたちに付与魔法具の使用を許可し、さらに辺境伯の指示で先行部隊として剣聖を隊長とした500騎を率いることになった。
「地域を防衛しているライオネル・グレイブス男爵が率いる1500騎と合流し、遅滞防衛に勤めよ。魔物の注意を引きつけ、本隊の到着を待て」
ギュンター卿はノヴァたちとともに急ぎ問題の樹海近郊に駆け付けた。ライオネル・グレイブス男爵は、辺境伯領の中でも経験豊富な将軍だったが、あまりの魔物の数に彼は本隊の増援を待つべきだと主張する。しかし剣聖はそれを制止した。
「無用な議論は無用。ノヴァ、行くぞ!」
ノヴァたちは剣聖の言葉に従い、魔物の群れへと向かった。剣聖自らも戦場に立ち、圧倒的な剣技で魔物を蹴散らしていく。付与魔法具を装着したノヴァと仲間たちもまた、驚異的な力を発揮した。
ライオネル・グレイブス男爵はギュンター卿とノヴァたちの活躍ぶりにこれならば勝てると考え、全軍に突撃命令を下した。彼の声は兵士たちを鼓舞し、その鬨の声は地響きとなって魔物の群れに届いた。ライオネル男爵は辺境伯領でも屈指の歴戦の将軍であり、その指揮能力は比類ない。彼の率いる1500騎は、一糸乱れぬ隊列を組み、まるで鋼鉄の津波のように魔物の大群へと突進していく。
「先行している剣聖に負けるな!魔物ごときに怯むな!騎士の誇りを見せてやれ!」
ライオネル男爵の号令が響く。彼自身も最前線に立ち愛用の大剣を振るい、次々と魔物を斬り伏せていった。その一撃一撃は重く、確実で、魔物の頑強な甲殻を容易く砕いていく。彼の周りには常に血と肉片が飛び散り、一歩足を踏み入れるごとに泥濘と化していく。
その光景を心強く感じたノヴァたちの部隊は、さらに勢いを増す。改良を施した付与魔法具は装着者の「気」と「魔法」を増幅させ、限界を突破させる力を持っていた。
「ノヴァ、本当にこの魔法具はすごいな!体が軽い!」
隣を駆けるレオンハルトが興奮した声で叫ぶ。彼の剣は普段よりも数倍の速さと重さで振るわれ、魔物の首を次々と刎ねていた。付与魔法具の魔力増幅効果により、セレスティアの放つ魔法もまた驚くべき威力を発揮していた。火球は巨大な炎の嵐となり、魔物の群れを焼き払う。
「みんな、この調子だ!グレイブス男爵の部隊と合流するぞ!」
ノヴァは付与魔法具から溢れ出す力に戸惑いつつも、指揮官としての務めを果たす。彼の眼は戦場全体を捉えていた。魔物の群れはただ力任せに押し寄せてくるだけではない。彼らの中には、指揮官のような存在がいるようだった。彼らは人間を囲い込み、分断しようと巧妙に動いている。
「セシリア!右翼へ補助魔法を!レオンハルト、左翼の突破を頼む!」
ノヴァは的確な指示を飛ばす。セレスティアは巨大な炎の壁を生成し、魔物の動きを封じる。レオンハルトはまるで狂戦士のように魔物の群れに突っ込み、その剛剣で突破口を切り開いていった。
その時巨大な魔物の咆哮が響き渡った。それは樹海の奥から現れた、岩石のように硬い甲殻を持つ魔物だった。その姿はまるで小さな山のようであり、その一歩一歩が地を揺らす。
「あれが、魔物の大将か!」
ノヴァはその巨体を目にして、本能的な恐怖を感じた。しかし怯んでいる暇はない。あの怪物を倒さなければ、戦況はさらに悪化する。
「皆!あの怪物を狙え!セレスティアとユーリは魔法の集中砲火を!」
ユーリはノヴァの指示に従い、全魔力を込めた刃の魔法を放つ。しかし、怪物の甲殻はそれを弾き返す。
「ダメだ!魔法が通じない!」
ユーリから悲鳴が上がる。その時ノヴァは1つの可能性に思い至った。
「そうか!僕の魔法は、付与魔法具で強化されている!なら、直接付与魔法具を破壊すれば……!」
ノヴァは自分の腕輪を外し、魔物の懐へと飛び込んだ。怪物はノヴァの小さな動きを捉えきれず、その巨体を振り回す。ノヴァはその隙を突き、怪物の甲殻の隙間に腕輪を押し込んだ。
「爆ぜろ!」
ノヴァが叫ぶと、腕輪は眩い光を放ち、轟音と共に爆発した。怪物の甲殻は砕け散り、その巨体が地面に倒れ込む。しかしノヴァもまた、爆発の衝撃で吹き飛ばされ、意識を失った。
「ノヴァ!ノヴァ!」
ノヴァは誰かに揺り起こされて目を覚ました。目の前には心配そうな顔をしたカイルが回復魔法をかけてくれていた。
「ノヴァ、無事か?」
「うん……大丈夫みたい……」
ノヴァはぼんやりとした頭で周囲を見回す。あたりは魔物の死骸で埋め尽くされ、辺り一面血の海と化していた。視線の先には弱い魔物が樹海に逃げ帰る姿があり勝敗は決したようだ。
「ノヴァよくやったな。お前の魔法具とお前の機転がなければ、この戦いはもっと長引いていただろう」
そこに、ギュンター卿が歩み寄ってきた。彼の鎧は全身血で汚れているが、息一つ乱れておらずその瞳は力強い光が宿っていた。
「ありがとうございます、師匠。でも僕一人では何もできませんでした」
そこに大剣を担ぎ全身血まみれでライオネル男爵が現れ、話を聞いていたのか太い声で話かけてきた。
「おいおい!謙遜はよせ。お前は立派な指揮官だ。しかしこの戦いは、辺境伯領の歴史に名を残すだろう。そしてお前は英雄となるだろうさすが剣聖の弟子だな!」
ライオネル男爵はノヴァの肩を叩くと、残党の討伐と指示を飛ばした。
ノヴァはその言葉に再び頭を抱える。『英雄なんてなりたいわけではないのに』と。ノヴァは自分の思惑とは別のところで武勇だけが独り歩きをしていることを感じていた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
祝福と期待の中で始まった就任式は、突如として魔物との大規模な戦いに変わりました。
仲間や師と共に勝利を収めながらも、「英雄」として祭り上げられるノヴァの心は揺れ続けています。
次回は、この戦いの余韻と、それがもたらす新たな展開を描いていきます。ぜひお楽しみに!
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