第60話 再会の光と、深まる闇の壁
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死闘を乗り越えたノヴァたちに訪れる、束の間の安らぎ。
しかし、学園長との対話によって、師匠アルスの過去と王国に潜む巨大な闇が姿を現します。
仲間たちが固める決意、そして新たな修練への旅立ち――物語の節目となる一話をお楽しみください。
激しい戦いを終え、ノヴァと仲間たちは、疲れ切った体を引きずりながら何とか研究室へと戻ってきた。洞窟の湿った空気から、見慣れた研究室の匂いに変わった瞬間、皆の緊張の糸は一斉に切れた。
ユーリは床に大の字になり、セシリアは壁に寄りかかってずるずると座り込む。カイルは震える手で治癒魔法を唱え、皆の体力を少しでも回復させようとするが、その手つきもおぼつかない。セレスティアは、珍しく額に汗を浮かべながら、黙って膝をついていた。
「ははっ……本当に、めちゃくちゃな一日だったね」
ノヴァはそう言ってかすれた声で笑った。彼の身体も限界を迎えていたが、心には漲るほどの熱が宿っていた。石碑に触れた際、師匠アルスの壮絶な過去に触れたのだ。嫉妬に狂った同僚たち、裏切り、そして追放。
自分が慕ってやまない師匠が、その天才ゆえにどれほどの苦しみを背負ってきたのかを知り、ノヴァは胸が張り裂けそうになった。
「僕は必ず、この世界の『闇』を止めてみせる。そして師匠が本当に作りたかった『永久機関』を完成させて、師匠のやろうとしていたことが間違いではなかったことを証明する」
ノヴァは心の中で静かに誓いを立てた。
「ノヴァ、今日はもう無理だぜ。俺はもう、指一本動かせねえ」
ユーリが床に転がったまま、弱々しく訴える。セシリアはそんなユーリを見て微笑んだ。
「ユーリさんがそんな弱音を吐くなんて珍しいですわね」
「うるせー! お前だってもう立ってるのがやっとじゃないか!」
セシリアは反論しようとするが、確かに足が震えていた。カイルが優しく声をかける。
「もういいよ、セシリア。僕たちよく頑張ったよ」
セレスティアがゆっくりと立ち上がり、レオンハルトに視線を向けた。その瞳は以前のような冷たさではなくかすかな敬意を含んでいた。
「……ノヴァ。今日はもう、解散しましょう。これ以上、魔力も体力も残っていません。続きは明日ね」
「ああ、そうだな。皆、今日は本当にお疲れ様だった。いったん部屋に戻ってゆっくり休んでくれ」
レオンハルトの言葉に皆は静かに頷き、それぞれの部屋へと帰っていった。研究室にはノヴァ一人だけが残り、彼は窓から見える満月を見つめながら静かに佇んでいた。
翌日の昼過ぎ、研究室に再び集まったノヴァと仲間たちは、昨日の疲労などなかったかのように、皆、活気に満ちていた。テーブルの上にはセシリアが用意してくれた豪華な昼食が並んでおり、一同は笑顔で食事を楽しんでいた。
「くーっ! やっぱセシリアの料理は最高だぜ! なぁ、ノヴァ!」
ユーリが満面の笑みでノヴァに話しかける。ノヴァもまたユーリの言葉に頷きながら答えた。
「本当にそうだね。それにしても、みんな顔つきが変わったな」
昨日の死闘を乗り越えたことで、彼らの間には言葉を交わさずとも通じ合う、強固な信頼関係が築かれていた。もういがみ合うライバルや、目的のためだけの協力者ではない。互いの命を預けられる、真の仲間となったのだ。
「みんな昨日は本当にありがとう。正直、僕一人では、あの石碑をどうすることもできなかった。みんなの力があったからこそ、あの闇を退けることができたんだ。改めて感謝をさせてくれ」
ノヴァが深々と頭を下げると、レオンハルトが慌てて彼を制止した。
「ノヴァ、やめろ。そんな必要はない。僕たちは君とともにやってきたおかげで、この世界の真実に触れることができた。これは僕たちにとっても大きな経験だった。感謝するのはむしろ僕たちの方だ」
その時、研究室の扉が学院の教員によってノックされた。
「ノヴァ君、レオンハルト君。学園長がお二人をお呼びです」
その言葉にノヴァとレオンハルトは顔を見合わせ静かに頷いた。
「よし、行こう。きっと昨日の騒ぎのことだろう」
学園長室の重厚な扉を開けると、そこには、険しい表情で椅子に座る学園長セレナ=フィルマーレがいた。
「ノヴァ君、レオンハルト君。座りなさい」
セレナの冷ややかな声に、二人は背筋を伸ばし椅子に腰かけた。
「君たち、また学院内で騒ぎを起こしてくれたようですね。昨夜の騒ぎで、私の胃はもうボロボロです。何度も胃薬を飲む羽目になったわ」
「申し訳ありません、学園長……」
ノヴァとレオンハルトは、素直に頭を下げた。
「あの地下施設は数十年前の事件以来、固く封鎖された場所。そこへ許可なく侵入した罪は重い。分かっていますか?」
「はい。承知しております」
「……だが、君たちが危険を冒してまで、そこに赴いた理由も分かっているつもりです。君たちの行動は学院の大きな危機を救った。だから今回は不問に付しましょう。その代わり隠し事は無しよ。君たちがそこで何を見たのかすべて話しなさい」
ノヴァは静かに語り始めた。石碑に触れた際、師匠アルスの記憶が流れ込んできたこと。アルスが魔力枯渇の魔法陣ではなく、永久機関の研究をしていたこと。そしてその研究が他の研究者たちの嫉妬を買い、結果として異世界の扉を開くことになったという悲劇的な真実を。
「……そして、ヴァルター男爵の記憶も流れてきました。彼は、王国の高位貴族と繋がっていました。彼らは師匠が追放された後、その研究を『魔力枯渇の魔法陣』として悪用しようと企てていたようです。そして今回の騒動の真の狙いは、優秀な魔術の才能を持つ学生たちを狙うこと。養祖父である剣聖と僕たちは彼らにとって邪魔な存在だったようです」
ノヴァの言葉に、学園長セレナは静かに目を閉じた。そしてゆっくりと目を開くと、ノヴァをまっすぐに見つめ、静かに語り始めた。
「……その話は、君たちとは関係のないことだと思っていた。だがまさか、あの子の記憶を継ぐ者が現れるとはね……。アルスは私の弟です。私たちは共に魔術の道を歩み、理想の未来を語り合った。だが、魔術の永久機関という夢のような研究の取り扱いを巡って、私たちは決別した。私は秩序を、アルスは真理を求めた。それがあの事件の始まりだった」
セレナはノヴァの言葉が真実であること、そして弟アルスの追放事件が、魔術塔の腐敗した権力争いによって引き起こされたことを明かした。
「君が言った通り、ヴァルター男爵は、その陰謀の一端を担うただの駒に過ぎない。その背後にはこの王国を裏で操ろうとする、巨大な闇が潜んでいる。彼らは巧妙に身分を隠し証拠などどこにも残さない。私もヴァルター男爵のことは快く思っていないが、彼らの権力は強大で、私には手出しができない。私の父もその闇に手を出そうとして……若くして亡くなった。だから私はこの学院を守る立場として、これ以上動くことはできないのよ」
セレナの瞳に宿る深い悲しみと無力感。ノヴァとレオンハルトは、この問題が学院内の一件に留まらない、王国の根幹を揺るがすほどの巨大な陰謀であることを改めて悟った。
研究室に戻ったノヴァとレオンハルトは、学園長セレナから聞いた話を皆に共有した。皆は静かにその話に耳を傾けていた。ユーリの顔から笑みが消え、セレスティアの瞳には鋭い光が宿った。カイルは唇を噛みしめ、セシリアは震える手をぎゅっと握りしめていた。
「僕たちはこの巨大な闇に立ち向かわなければならない。もう逃げるわけにはいかない」
ノヴァの言葉にユーリが一番に反応した。
「ああ、当たり前だ! ふざけんなよ! 俺はもう、ノヴァの剣が壁を越えるのをただ見てるだけじゃいられないぜ! 風の魔法でどんなに高い壁だってぶち破ってやる!」
セレスティアは冷たい目でノヴァを見つめた。
「フン。あなたのその無鉄砲な正義感には呆れるばかりだわ。でも仕方ないわね。私の完璧な魔術で、その闇の根っこを焼き尽くしてあげるわ」
「私もノヴァさんと一緒に戦いたいです! 支援魔法でどんな困難だって乗り越えられるように、みんなをサポートしますから!」
セシリアが、目に涙を浮かべながらも、力強く言った。カイルも静かに頷く。
「僕の治癒魔法もただ傷を治すだけじゃない。みんなの心の傷も癒せるように頑張るよ。僕にできることはそれだけだから……」
最後にレオンハルトが、ノヴァの前に立ち、静かに頭を下げた。
「ノヴァ、君の剣の腕は『剣聖』から師事してもらったものだ。今回の件で僕は剣術についてもっと学ぶことが必要だと考えている。僕を剣聖に会わせてくれないか?」
「レオンハルト……」
ノヴァは突然の頼みに動揺した。確かにノヴァがお願いすれば彼の養祖父である『剣聖』に師事することは可能だろう。それぞれの専門分野をさらに極め、闇に立ち向かう力強い存在となることも可能だ。だがしかし、敵は『剣聖』をかなり警戒していたようだ。彼らをさらなる窮地に引きずり込むかもしれない。
「ノヴァ僕たちを巻き込むことを恐れているならお門違いだ。少なくとも僕は王国の秩序を守るためには、この件には関与しなければならないと考えている」
レオンハルトは決意を持った顔つきでノヴァを見つめる。その話を聞いていたユーリが口をはさむ。
「おいおい何二人だけでなんとかしようと考えているんだ? この件にはみんなが関わってここまで来たんだろ。ここでハイさよならと考える奴はいねーよ!」
「そーです! もともと魔法が発現しなくて学院を去ろうと考えてたほどの外れものですから、とことん付き合いますよ」
セシリアは笑顔で、そしてセレスティアは少し呆れ気味に。
「付与魔法の研究も途中ですのに放り投げるわけありませんでしょう! それにノヴァには私の才能を認めさせなくては沽券にかかわりますから!」
「お忘れのようですが練習しているときに、けがをした人の治療は今まで僕がしていましたからね。僕がいなくちゃお話にならないでしょう。それに、一応、僕も侯爵家の嫡男ですからね。逃げるわけにはいきませんよ」
最後にはカイルが名乗りを上げる。彼らの固い決意に研究室に温かい光が灯った。
「よし。わかった。じゃあ、まずは特訓だな! この学院にいては奴らに動きを読まれてしまう。それにもっと実戦的な経験を積む必要がある」
ノヴァは皆の顔を見渡し、次の行動を告げた。
「では地獄の特訓をするため、辺境伯領にみんなで向かうことにしよう!」
辺境伯領へ向かう馬車の中、ノヴァと仲間たちは希望に満ちた表情で窓の外の景色を眺めていた。彼らの瞳には恐怖ではなく、これから始まる新たな戦いへの期待の光が宿っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
仲間たちが本当の意味で“絆”を結び、共に闇へ挑むことを誓った今回。
学園長セレナの口から語られた真実は、アルスの理想と王国の腐敗を結びつけ、物語をさらに大きな流れへと導きました。
次回からはいよいよ「剣聖の下での修練」が始まります。彼らがどのように成長していくのか、ぜひ見届けてください。
執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。




