第5話 一歳の光、厨房の炎
すみません。予約投稿を失敗していた様です。
今更ながら投稿いたします。
物語も第5話となり、ノヴァは一歳の誕生日を迎えました。
この一年で培った観察力と学習力を武器に、新たな扉――「読み書き」と「火の魔法」に挑みます。
異世界の知識と前世の記憶。その融合が、小さな奇跡を生み始める――
これからもノヴァの成長を、あたたかく見守っていただけたら嬉しいです。
ノヴァがこの世界に生を受けてから、ついに記念すべき一歳の誕生日を迎えていた。
あっという間のようで、しかし彼にとっては怒涛の一年だった。前世の記憶を持つ身としては、赤ん坊としての不自由さ、そして新たな世界の知識を貪欲に吸収する日々は、文字通り「新生」だった。
身体は日ごとに成長し、よちよち歩きはもう彼の得意技になっていた。何より、彼の言語能力と学習能力は、周囲の誰もが驚くほどの進歩を遂げていた。
誕生日の少し前、ノヴァは食堂で、帳場のエルダの娘、フィーユが窓際の席で熱心に分厚い本を読んでいるのを見つけた。
フィーユの表情は真剣で、時折、眉間にしわを寄せたり、小さく頷いたりしている。ノヴァは、その本に書かれた奇妙な記号の羅列に、強い興味を抱いていた。
(文字だ……! これが、この世界の知識への扉だ! フィーユが読んでいるということは、子供向けの絵本ではない。もっと高度な情報が詰まっているはずだ!)
彼はよちよちと、フィーユの元へ歩み寄った。フィーユはノヴァに気づくと、くすりと笑って彼の頭を優しく撫でた。
「あら、ノヴァ坊。何か用?」
ノヴァはフィーユが読んでいる本を指差し、拙いながらもはっきりとした発音で言った。
「な、なに……よむ?」
フィーユは目を丸くした。一歳にもならない赤ん坊が、ここまで明確な言葉を発し、しかも「何を読んでいるのか」と尋ねるとは、通常では考えられないことだ。
「えっ……ノヴァ坊が、この本に興味があるの? これはね、ミルウェン王国の歴史について書かれた本、お客が忘れていったものね。ちょっと難しいかもしれないわね。」
驚きながらも、フィーユは本をノヴァの目の前に少し傾けて見せてくれた。ノヴァは小さな指で、文字をたどった。
前世の日本語とは全く異なる文字だが、彼はすでに、両親や宿の従業員たち、そして客が持ち込む新聞や書物から、多くの単語とその意味を紐付けていた。
まるでパズルのピースを合わせるように、彼の脳内で文字と音が結びついていく。
(この文字は「歴史」、これは「国」、これは……「始まり」か。なるほど、フィーユは歴史書を読んでいたのか。これは貴重な情報源だ。)
彼は文字の形とこれまでに耳にした単語、そしてフィーユの表情から内容を推測しながら、一文字ずつゆっくりと目で追っていった。
読み進めるうちに、言葉の連なりが意味をなし、物語が彼の脳内に構築されていく。
「ミルウェン……はじまり……ひとびと……」
フィーユは、信じられないものを見るかのようにノヴァを見つめていた。一歳の誕生日を前にして、この宿の赤ん坊が歴史書の内容を読み取り、理解しようとしているのだ。それは、まさに奇跡だった。
「お、お母さん……ノヴァ坊、すごい……!」フィーユが震える声で叫んだ。エルダが慌てて駆け寄ってくる。
エルダもまた、ノヴァの様子を見て驚きを隠せない。
「すごい! ノヴァ坊は、なんて賢いの……!」
この日を境に、ノヴァの言語能力はさらに加速した。宿にある書物を読み漁り、彼はまるでスポンジのように新しい言葉を吸収していった。
彼の発する言葉は、もはやたどたどしいものではなく、感情や意思を伝えるのに十分なほどスムーズになっていた。
文字を学ぶ一方で、ノヴァは夜な夜な、密かに魔法の練習を続けていた。目標は、以前父親が見せてくれた「ルーメン」、つまり光魔法の発動だ。
(前回の失敗は、イメージの精度と魔力制御の問題だった。光魔法は「光」をイメージする。夕日の光をイメージしたのは良かったが、まだ不十分だ。もっと「光そのもの」をイメージする必要がある。)
彼は布団の中で、目を閉じ、集中した。ただの「明るい光」ではない。光の粒子の集合体、波としての光、エネルギーとしての光。
前世で学んだ物理学の知識を総動員し、脳内に鮮明な光のイメージを構築する。指先には、漠然とした魔力の流れを感じる。
それを、絞り出すように指先に集中させていく。そして、小さな声で、しかしはっきりと呪文を唱えた。
「ルーメン!」
その瞬間、ノヴァの指先から、米粒大だった光が、ほんの少しだけ大きくなった。そして、前回のようにすぐに消えることはなく、わずかだが数秒間、弱々しく瞬きながら浮遊したのだ。
(やった! 持続した! そして、光の粒が、米粒から小豆くらいになった! 進歩だ!)
ノヴァは感動に打ち震えた。この地道な努力が、着実に実を結んでいる。それからというもの、彼は毎日欠かさず光魔法の練習を続けた。
昼間は宿の隅々を探索し、人々が使う道具や材料、そして交わされる会話から、この世界の物理法則や魔力の流れに関するヒントを探した。
夜は布団に潜り、光のイメージをより鮮明に、より具体的に描く訓練を重ねた。
彼の練習の甲斐あって一歳の誕生日を迎える頃には、ノヴァの放つ「ルーメン」は、直径2センチほどの光球になり、およそ10秒間安定して指先に浮遊させることができるようになっていた。
光は青白く、弱々しいながらも、確かに部屋の暗闇を照らすほどの明るさを持つまでになっていた。
(よし、これなら、緊急時の照明くらいにはなるだろう。しかし、本来の「ルーメン」は5~7cmの光球で5分持続する。まだまだだ。もっと効率的なイメージ構築と魔力制御が必要だな。この世界の人間は、感覚で魔法を使っているが、俺は論理で魔法を解明してやる!)
ノヴァが光魔法の習熟に手応えを感じ始めた頃、新たな興味の対象が現れた。それは、宿の厨房で料理長のガンドルフが使う火の魔法だった。
ある日の夕食時、ノヴァは食堂で、ガンドルフが大鍋をかき混ぜながら、指先から小さな火の玉を出し、鍋の火力を調整する様子を見ていた。
「よし、この料理はもう少し火を強めるか……イグニス!」
ガンドルフの唱えた魔法は、ノヴァの知る「ルーメン」とは違い炎を発生させた。ノヴァはその炎の揺らめき、熱の伝わり方そして食材が焦げていく過程を食い入るように観察した。
(火の魔法か……光魔法とはまた違うイメージが必要だな。熱、燃焼、分子運動……前世の知識を活かせば、もっと効率的な燃焼を生み出せるかもしれない!)
ノヴァの好奇心は抑えきれなかった。翌日、両親とガンドルフが食堂で談笑している隙を狙って、ノヴァはよちよちと厨房へ忍び込んだ。
彼の小さな目が、薪の燃える炉や、調理台に並んだ香辛料、そしてガンドルフが魔法を使う際に触れたであろう道具を注意深く見つめる。
「おや、ノヴァ坊、こんなところに。熱いから危ねぇぞ」
ガンドルフはノヴァに気づき、優しく声をかけた。ノヴァは、ここぞとばかりにガンドルフの指を指し、燃え盛る炉を指し、そして自分の小さな指先を炉に近づけるような仕草をした。
「ひ……ひ、でる……?」
ガンドルフはノヴァの言葉に、目を丸くした。
「お前さん、火の魔法に興味があるのかい? 物好きだねぇ、ノヴァ坊は。危ねぇから真似しちゃいけねぇが、まあ、ちょっとだけなら見せてやるか」
ガンドルフはにこやかに笑い、ノヴァの目の前で、再びイグニスを放ってみせた。ノヴァはその瞬間の魔力の流れ、ガンドルフの集中する表情、そして火球の形成を脳裏に焼き付けた。
(よし、今だ!)
ガンドルフが目を離した隙に、ノヴァは炉の近くに手をかざした。そして、前世の物理学の知識を総動員し、「熱エネルギーの解放」「酸素との結合による燃焼」といった具体的なイメージを、指先に集中させた。
「イグニス!」
ノヴァの指先から、米粒ほどの小さな、赤い光の点が生まれた。それは一瞬チカッと光り、すぐに消え去った。
「おや、ノヴァ坊。今のは……まさか、魔法か?」
ガンドルフは驚いた顔でノヴァを見た。ノヴァは得意げに胸を張った。しかし、そこに駆けつけてきた母親が、ノヴァの行動に気づき、顔色を変えた。
「ノヴァ! 厨房は危ないって言ったでしょう! 何をやってるの!」
母親は慌ててノヴァを抱き上げ、炉から引き離した。ノヴァはしょんぼりとした顔で母親の腕の中に収まったが、心の中では勝利のガッツポーズをしていた。
(よし! 火魔法もいける! 「米粒」だけどな! でも、この世界の魔法は、俺の知識と組み合わせれば、無限の可能性を秘めているはずだ!)
ノヴァの一歳の誕生日は、宿全体で盛大に祝われた。ガンドルフ特製の甘い焼き菓子と、果物の蜜で作られたジュースが用意され、エルダとフィーユ、そして両親が彼の周りで歌を歌ってくれた。
「ノヴァ、お誕生日おめでとう!」
皆の温かい言葉と祝福に包まれ、ノヴァは心からの幸せを感じた。この世界に来てからの不安や戸惑いは、もはや彼を縛るものではない。新しい家族、新しい友人、そして無限の可能性を秘めた魔法。
夜両親がノヴァを抱きしめながら言った。「ノヴァこれからも元気に、賢く育ってね。私たちが、ずっと守ってあげるから。」
温かい腕の中で、ノヴァは静かに誓った。
(ありがとう、父さん、母さん。この世界で、俺は必ず、前世ではできなかったことを成し遂げてみせる。この知識と、この新たな力で、この世界をもっと、もっと面白くしてやる!)
窓の外には、満月が輝いていた。その光は、ノヴァが自らの指先から放つ微かな光と重なり、彼の未来を明るく照らしているようだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
ノヴァが「火の魔法」に興味を持ったことで、物語は新たなステージへ進みます。
一歳という節目を迎えてなお、彼の成長速度はとどまるところを知りません。
特に今回は「読字」「学習」「模倣」など、人間の発達段階と照らし合わせながら描いてみました。
ガンドルフとのやり取りや、家族に祝われる誕生日の描写からも、“温かい世界”を感じていただけたら幸いです。
次回は、ノヴァの知識と魔法探究が、ある“問題”にぶつかる展開になります。ぜひ、引き続きお付き合いください!