第55話 試作品と深まる闇
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、ノヴァが独自に作り上げた付与魔法具の試作品がついに登場します。
学院で広がる不穏な闇に立ち向かうため、仲間たちはその力を身につけることに。
ですが、それが秘める可能性は希望だけでなく、危うさも孕んでいました――。
王立魔術学院の一角にある特設研究室。訓練をやり始めたユーリは初っ端からスタミナ切れで床に大の字になっており、その横でカイルとセシリアが汗ばみトレーニングに打ち込んでいた。
レオンハルトは手に持った木刀で指摘された動きを自ら確認しながら素振りをしていおり、セレスティアはノヴァが書いてくれた付与魔術に関するメモを真剣な表情で読み込んでいた。彼らが各自の訓練に没頭し始めたその時だった。
「……またか」
レオンハルトは駆け込んできた学生から告げられた報告に、険しい顔で呟いた。それは学院内で再び学生たちの体調不良が増加しているという内容だった。
「今回は魔力の消耗だけじゃない。精神的な不安定さや、幻覚を見るなどの症状が確認されている。幻覚は共通して『虚ろな影』を見るらしい」
その言葉にユーリが飛び起きる。
「なんだそれ!? またあの怪しげな魔力か?」
「おそらくは。だが以前よりも質が悪い。精神に直接干渉する厄介なものだ」
セレスティアは眉をひそめてノヴァを見た。
「ノヴァ……これが、あなたが予見していた『学院の闇』ですか?」
ノヴァは静かに頷いた。
「ああ。予見していたという程ではないけどね。付与魔法はこの状況を打破する鍵となる。」
ノヴァは研究室の片隅に置かれた木箱に手を伸ばした。中には奇妙な形をした様々な道具が収められていた。
「これは……?」
レオンハルトが驚きの声を上げる。ノヴァはその中から人数分の道具を取り出しメンバーに手渡した。
「これは僕が独自に試作していた、付与魔法具だ」
眼鏡のような形をした魔法具、鎖のついたお守り、足首に巻くアンクレット、美しい宝石が埋め込まれたペンダントの4種類の付与魔道具だった。
「これは、『魔力感知力を高める眼鏡』だ。これを掛ければ、周囲の魔力の流れが視覚的に捉えられる。使用した文字は(覚魔)」
ノヴァはユーリに眼鏡を渡すと次にセレスティアにお守りを手渡し説明した。
「これは精神干渉を軽減するお守りだ。つけていれば精神攻撃や幻覚から身を守ることができる。使用した文字は(心鎮)」
セレスティアは胡乱にそれを受け取った。
「こんなものが私の精神を守ると?」
「魔力出力を一時的に増強するアンクルだ。使用した文字は(魔燃)」
カイルは黙ってそれを受け取る。そしてセシリアのペンダントをノヴァは説明する。
「これは支援魔法の範囲と威力を増強させる。使用した文字は(援拡)」
ノヴァは全員にその道具を装備するよう促した。
「なぁ、ノヴァ。これめっちゃダサいんだけど……。あ、何でもない」
ユーリは眼鏡をごまかす様にかける。掛けたとたん彼の視界にそれまで見えなかった魔力の流れが、色鮮やかな光となって飛び込んできた。
「うおお!なんだこれ!? すごい! 魔力の流れが見えるぞ!」
「フン……悪くはないわね」
セレスティアはお守りを身につけその効果を実感していた。先ほどまで不快に感じていた周囲の異常な魔力の波動が打ち消されているのを感じた。
ノヴァは呪文を唱え複合回復魔法を全員に掛ける。カイルはその魔術の効果と全員に一度の掛ける魔力操作の正確性に驚く。
「これは水と風の複合魔法?一度に全員だなんて……。」
「カイルなら練習すればすぐ使えるようになるさ。」
ノヴァは軽い口調でカイルに声をかける。
「よし。ノヴァには少し言いたいこともあるがとりあえずは、異常が報告された場所へ向かうぞ。わたしたちの真価が問われる時だ。皆行くぞ!」
レオンハルトの号令でチームは一斉に研究室を飛び出した。ノヴァもまた彼らの後に続いた。
異常が報告されたのは学院の図書館だった。そこには大量の古文書や魔法書が保管されており魔力が集中しやすい場所だった。図書館に到着すると、そこはすでに混乱の渦の中にあった。多くの学生が虚ろな目をして奇声を発し、中には魔力を暴走させ周囲を破壊しようとする者までいた。
「ぐっ……頭が……」
セシリアが突如として頭を抱え、その場にうずくまる。彼女は精神干渉を軽減するお守りをつけ忘れていた。
「セシリア!しっかりしろ!」
ユーリが駆け寄ろうとするが、彼女はすでに幻覚に囚われていた。
「嫌……こないで……あれはレイス!?」
セシリアの悲鳴のような声に、カイルが駆けつけ彼女の肩を抱きしめた。
「落ち着いて、セシリア!僕の声が聞こえるかい!?」
ノヴァはセシリアがお守りを身に着けていない事に気づき、彼女に近づいた。
「セシリア!落ち着け!」
ノヴァは複合魔法の呪文を唱え精神を正常な状態にすると、自分の守りをセシリアにかけた。すると彼女の顔から苦痛の表情が消え去った。
「はっ……私は……」
セシリアは正気を取り戻し自分がお守りをつけ忘れていたことに気づく。
「ノヴァ様、すみませんポケットに入れぱなっしにしていましたわ。もう大丈夫です。ありがとうございました」
「よし。ユーリ、君の風の魔法で魔力の乱れを緩和しろ!」
ノヴァの指示に従いユーリは風の魔法を放つ。それは以前のような破壊的なものではなく、図書館全体を包み込むような穏やかな風だった。その風は空間に漂う乱れた魔力を掻き混ぜ安定させていく。
「セレスティア、君は付与魔法具で、原因を探求しろ!魔力の流れの不自然な一点を探すんだ!」
セレスティアはノヴァの言葉に頷くと魔力感知の眼鏡をかけ周囲を見渡した。すべての属性の魔力が図書館全体に広がっていたが、無数の魔力の粒子の中から一点の異質な魔力の波動を捉えた。
「見つけたましたわ!この地下室よ!」
「カイル君は苦しんでいる学生の症状を安定させろ!」
カイルは治癒魔術をかけ学生たちの体調を安定させていった。
ノヴァと付与魔法具の確かな効果、そしてチームメンバーの連携により、現場は次第に落ち着きを取り戻していった。地下室への扉を閉め扉にお守りをつけ波動を封じることに成功する。
レオンハルトは、その緊迫した状況を目の当たりにし、改めてノヴァの理論と指導の正しさを確信する。
(このままではいけない……)
レオンハルトは付与魔法具を身につけたノヴァとメンバーを見渡しある恐怖心に襲われた。このまだ試作品に過ぎない付与魔法具がどれほどの可能性を秘めているか。もし政治闘争に悪用されれば、あるいは暗殺具として転用されれば、世界はおとぎ話のように大戦の悲劇を繰り返すことになるかもしれない。
ノヴァは規格外の天才だ。彼の視界は貴族の常識をはるかに超えている。だからこそノヴァは無邪気にもその危険性を理解せずに、付与魔法をこの世界にもたらしてしまうかもしれない。
(ノヴァ……お前が天才ならば僕はお前の前に立ち塞がる『壁』にならなければならない。お前の進む道がこの世界を破滅へと導かぬように、僕がお前を止める壁にならなければ……!)
ノヴァたちの救助活動により今回の騒動は大した被害なく終息を迎えた。 地下室への扉は一時的に封印し、学院の警備担当者に見張りをお願いする。その後レオンハルトはノヴァとともに、学園長室の重厚な扉を叩いた。学園長は二人を暖かく迎え入れた。
「ご苦労様でした。図書室の地下室はこちらで調査をいたしますので安心してください。今回の皆様の働きご立派でした」
学園長は二人の働きをねぎらいながら、ノヴァが持参した付与魔法具の試作品を手に取った。
「これは……」
学園長は、眼鏡、お守り、アンクレット、ペンダントをそれぞれ1つずつ手に取り、その構造と魔力的な本質を瞬時に見抜いた。その目は少しばかり呆れたような、しかしどこか満足げな光を帯びていた。
「ノヴァ、あなたはまたとんでもないものを作ってしまったようですね」
ノヴァはその言葉の意味を理解できずに首を傾げた。
「これは魔力の補助具ですよ。今後の研究を効率化させるために試作してみたんです」
学園長は小さくため息をつくと、ノヴァを諭すように言った。
「あなたにはこの道具が持つ『危険性』が見えていない。いや見る必要がないのでしょう。ですがそれは『無知』とは違う。……あなたはいつか『世界を壊す力』を、無邪気にも生み出してしまうかもしれないわね。本当に困ったこと。」
ノヴァは学園長の言葉に戸惑い黙り込む。すると学園長の視線がノヴァの隣に立つレオンハルトに移った。
「レオンハルト君。あなたはこの試作品の持つ『価値』をそして、それが持つ『重み』を理解できていますか?」
レオンハルトは学園長の視線を受け止め、静かにそして力強く頷いた。
「はい。戦争利用、政治闘争、暗殺具……あらゆる危険な転用が可能です。その危険性をノヴァは理解できていない。だからこそ僕は彼を導き守らなければならない。彼が生み出す力とそれに近づく物の『壁』にならねばならないとそう確信いたしました」
「……そうですか。なら安心ですね」
学園長は微笑んだ。その表情はレオンハルトの決意を確信し、安堵したかのように見えた。
「今回の騒動の報告は、私の方で対処しておきましょう。あなた方の研究はこのまま続けてください。そしてレオンハルト君。この世界の『壁』となる君を私は見守っていますよ」
学園長の言葉は、二人の背中を押す力強い後押しだった。
最後までお読みくださりありがとうございました!
付与魔法具のおかげで危機を乗り越えたノヴァたちですが、その裏で「力の危険性」も浮き彫りになりました。レオンハルトの胸に芽生えた決意、学園長の言葉……ノヴァの未来にどう関わっていくのかが見どころです。次回もぜひお楽しみに!
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