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第53話 魔力制御のスパルタ、君が天才と呼ぶなら

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、ノヴァによる常識外れの魔力制御訓練が始まります。

仲間たちは驚きと戸惑いの中で、それぞれの限界に挑むことに。

スパルタとも呼べる指導の先に、どんな成長が待っているのでしょうか。

 王立魔術学院の一角にある特設研究室。壁一面に並ぶ古文書、中央に鎮座する魔術具、そして実験台に広げられた日本語で書かれた手帳。その空気はただの研究室ではなく、何かが生まれようとしている予感に満ちていた。


「よし。付与魔法の研究と並行して、今日から特別訓練を開始する」


 ノヴァの言葉にユーリが目を輝かせる。


「おお! 待ってました! 俺たちの力、もっとすげーんだってのを見せてやろうぜ!」


「ノヴァさんのご指導、光栄に存じます」


 セシリアも控えめに頭を下げる。セレスティアは腕を組み、ノヴァを挑戦的な眼差しで見つめていた。


「別にあなたの指導などなくとも、私の魔術は完璧です!」


 カイルは微笑みながら静かに成り行きを見守っている。そして、チームのリーダーであるレオンハルトはすでに苦労人としての顔を浮かべていた。


「君たちの魔術は通常の人より確かに優れているが無駄が多い。魔力を流す際のロス、イメージの固定化スピード、詠唱の際の無駄な動作……それらを改善すれば魔法の発動は今よりもスピーディーかつ威力が高くなる。」


 ノヴァはチームメンバーを一人ずつ見渡し淡々と告げる。


「魔術にとって最も重要なのは基礎だ。これから行う訓練は魔力制御と魔力循環の効率化を徹底的に叩き込む。内容は……常識外れだと思ってくれて構わない」


 ノヴァの言葉にユーリが顔色を変える。


「常識外れって、おいおい……」

 

「君たちが自分の魔術を『完璧』だと思っているなら、まずそれを見せてもらおう」


 ノヴァはチームの前に立ち腕を突き出した。


「ユーリ、君の得意な属性魔法は『風』だったな」


 ノヴァが静かに詠唱を始めると、彼の掌に淡い風の渦が生まれた。それは次第に速度を増し、まるで小さな竜巻のように激しい勢いで研究室の壁を駆け上がる。その威力と精密な制御は、ユーリが放つ風の魔法をはるかに凌駕していた。


「すげぇ……ノヴァ、お前いつの間にそんな風の魔法を……」


 ユーリは言葉を失う。


「カイル、君の水魔法も見ておこうか」


 ノヴァが次に手をかざしたのは、訓練用に用意された、枯れかけた小さな植木鉢だった。ノヴァが詠唱を始めると植木鉢から優しい魔力が溢れ出し、見る見るうちに萎れていた葉は青々と茂り美しい花が咲き乱れた。その再生速度はカイルですら成し得ない神速だった。


「これは……!」


 カイルは驚きと同時にノヴァの魔力に宿る、水魔法の根源的な力に感銘を受けていた。


「セレスティア。君の『炎』は確かに強く美しい」


 ノヴァの掌に青色の炎の塊が生まれた。それはセレスティアのそれとは全く異なる純粋なエネルギーの塊だった。ノヴァが炎を放つとそれは壁に当たることなくまるで生きた蛇のように研究室を駆け抜け、最後には虚空で音もなく消え去った。


「……っ。こ、これはかなり強力な炎の魔法。高温で何もかもを燃やし尽くす……。しかも完全に制御されている……」


 セレスティアはノヴァの魔術が完璧な制御力と規格外のイメージ力を備えていることを実感する、彼女自身とは異なる魔術の美しさに、悔しさと同時に新たな探求の光を見出していた。


「君たちの魔術は確かに一般的に見ればかなり優れている。だが無駄な魔力制御が魔力のロスを招き、さらなる無駄な動きにつながっている。そして魔法を発動する際のイメージ、発動する事象に対する理解力が少ない。これから行う訓練はその無駄を徹底的に排除しイメージを強化するためのものだ」


 ノヴァは、チームメンバーを見渡しながら告げる。彼らの顔にはノヴァの実力に対する驚きと、自分たちの未熟さに対する悔しさが混じり合っていた。ノヴァが示した訓練はシンプルかつ苛烈なものだった。


「まず魔力制御の基礎だ。この小さな水晶球に魔力で模様を描け。ただし魔力の量は一定に保ち、揺れを最小限に抑えること。成功するまで終わらない」


 ノヴァが差し出したのは、手のひらサイズの小さな水晶球。ユーリが意気揚々と魔力を流し込むが、水晶球の中の模様はすぐにぐちゃぐちゃになり、彼の額には汗が滲む。


「うわああああ!なんだこれ、全然うまくいかねえ!」


「魔力が漏れすぎだ。もっと集中しろ」


 ノヴァは冷ややかに言い放つ。セレスティアも挑戦するが彼女の魔力は強力すぎるため、一瞬で水晶球を爆発させそうになる。


「私の魔力はこのような小細工には向きません」


「それこそが無駄だ。矢を的に当てるのでもただ弓を強く引くのではなく、風の流れと角度を精密に計算する知恵が必要だろう」


 ノヴァの言葉にセレスティアは唇を噛みしめる。彼女のプライドがノヴァの指摘に傷つけられているのが見て取れた。


「次は魔力循環の訓練だ。この砂時計に魔力で砂を上から下へと流せ。ただし同じ速度で流れ続けるように制御すること」


 ノヴァが次に示した訓練法はさらに過酷だった。ユーリが挑戦するが、砂はガタガタと途切れたり一気に流れ落ちたりする。


「うわああああ! ノヴァ、お前これ嫌がらせだろ!」


「これは嫌がらせじゃない。君が今以上に魔法をうまく操れるようになるにはかならず必要なことだ」


 ノヴァの言葉にユーリはぐっと黙り込む。


 カイルはノヴァが提示した訓練法の意図をすぐに理解し、静かに魔力を操り始めた。彼の魔力はまるで水の流れのように穏やかで、砂は驚くほど均一な速度で落ちていく。


「すごい! カイルさん、完璧ですわ!」


 セシリアが感嘆の声を上げる。


 基礎訓練の傍らノヴァは個々の能力に合わせた専門的な訓練も開始した。ユーリには、魔力を砂鉄に流し込み、属性を一時付与した状態で、剣の形状を維持する訓練を課す。


「これ、めっちゃ疲れるんだけど!」


「きみの魔法は爆発的な威力に偏りすぎている。精密な制御を覚えなければ複合詠唱など夢のまた夢だ」


 セシリアには、複数人への同時支援詠唱を課す。


「ノヴァさん、こんなにたくさんの人に支援……! 私には無理ですわ……」


「詠唱は魔力の発現を補助するに過ぎない。君の持つ支援の意志を、魔力の形として複数に分け、同時に展開するイメージを持てればそう難しくはない」


 ノヴァの指導は既存の魔術理論を覆すようなものばかりだった。


 その日の訓練後、レオンハルトはノヴァを呼び止めた。


「君の指導は確かに合理的だ。しかしあまりにも苛烈すぎる。特にセレスティアのプライドを無駄に傷つけているのではないか?」


「レオンハルト。彼女は本物の天才だ。だからこそ今までのやり方では通用しない。彼女が持つプライドは今のままでは邪魔なだけだ。一度徹底的に打ち砕く必要がある」


 ノヴァの指導方法は転生前のIMGアカデミーが採用していた実績のある方法だった。圧倒的な自信がある言葉にレオンハルトは言葉を失う。ノヴァはセレスティアの才能とその裏に隠された脆さを正確に見抜いていた。


「そして君にはもう1つ。特別に指導したいことがある」


 ノヴァは懐から二本の木剣を取り出した。


「それは……?」


「僕は小さなころから剣聖より剣術を教わってきた。僕から見ると君は魔術師としては優れているが、武術としては基礎の段階だと思える程度だ。しかし剣筋や動きからまだまだ引き出せる才能を有している」


 ノヴァはレオンハルトに一本の木剣を差し出す。


「君はチームの要だ。剣術を魔術と同時に磨けばチームを守る術となるだろう」


 数日後研究室の片隅で、ノヴァとユーリが休憩を取っていた。


「くっそー! ノヴァお前の訓練スパルタにもほどがあんだろ! 俺もうヘトヘトだよ!」


「無駄が減った分疲れやすくなっただけだ。いい兆候だ」


 ノヴァが淡々と答える。


「ノヴァあなたのやり方には、合理的な理由があるのでしょうね」


 セレスティアが珍しく素直な口調で問いかける。


「ああ。君の炎の魔術は一瞬の爆発力に優れているが、長時間維持することや、小さな対象を正確に焼き払う制御力が足りない。これでは今以上の高みに到達するのに時間がかかりすぎてしまう。そしてその先の付与魔法の微細な調整には対応できないだろう。今は不満でも必ず将来君の力になる」


 ノヴァはセレスティアの瞳をまっすぐ見つめて言う。


「……フン。言われなくとも、わかっていますわ」


 セレスティアは顔を背けながらもどこか嬉しそうな表情をしていた。


 そこにレオンハルトが汗だくの姿で現れた。彼の顔には普段の冷静さとはかけ離れた、疲労と戸惑いの色が滲んでいる。


「ノヴァ……ちょっと僕へ対する指導が厳しくないかい?君の指導は確かだとは思えるが、魔術と剣術の修行を同時にやらせるなどちょっと過密すぎないか?」


「剣聖直伝の剣術を学べる機会なんて、めったにないだろ? ありがたいと思えよ!」


 ユーリが笑いながら言うとレオンハルトは深いため息をついた。


「ユーリ、君は私を……殺したいのかな?」


 その日の夜カイルはノヴァに話しかけた。


「ノヴァ、1つ聞いてもいいかな?」


「何?」


「セレスティアは本当に君の訓練についていけるのかい?彼女のプライドを傷つけすぎると、いつか心が折れてしまうのではないかと心配で……」


 ノヴァはカイルの優しさに触れ少しだけ表情を緩めた。


「カイル。君が思っている以上にセレスティアは強い。そして彼女のプライドはただの傲慢さではない。彼女にとって魔術は全てだ。だからこそ自分の至らなさを突きつけられることで、より強くなることができる。君は彼女の『優しさ』を守ってやってくれ。僕は彼女の『強さ』を磨き上げる」


 ノヴァの言葉にカイルは納得したように頷く。


 ノヴァの常識破りのスパルタ指導が、研究チームのメンバー各々が持っていた意識を未知の領域へと導いていく。不満と戸惑いの中に目に見える成果。それぞれの才能が開花し彼らは「通常ではありえない」魔術の実力を身につけていく。


 そして、ノヴァの指導によって磨かれた彼らの力は、やがて学院の闇を打ち破る、強固な武器となるだろう。

最後までお読みくださりありがとうございました。

苛烈な訓練に文句を言いつつも、少しずつ結果を出し始める仲間たち。

ノヴァの厳しさの裏には、それぞれの「強さ」と「優しさ」を見抜いた確かな思いがありました。

次回は、さらに一歩踏み込んだ挑戦が描かれます。どうぞお楽しみに。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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