第52話 秘密の研究室と禁断の魔法、そして再燃する不安
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今回は
新学期の始まりとともに、ノヴァたちは学院の片隅に眠っていた秘密の研究室へと案内される。
そこで明かされるのは、かつて世界を栄えさせ、そして滅ぼしたとされる禁断の魔法――付与魔法の存在だった。
未知なる可能性と再び広がる不穏な気配。ノヴァたちの新たな挑戦が、静かに幕を開ける。
新学期が始まり数日が経った。学院の喧騒も日常を取り戻しつつある中、レオンハルトに案内されチームのメンバーは学院の隅にある、普段使用されていない巨大な研究室へと足を踏み入れた。奥の壁側には魔術具、壁の棚には積み上げられ古文書、そして広々とした空間。しかし彼らが足を踏み入れた途端室内に魔力の奔流が流れ込み、設備にあらたな命が吹き込まれ輝きを得たかのように見えた。
「ここが私たちの研究室だ。後日、最新の設備も学院長が手配してくれるそうだ」
レオンハルトが室内を紹介する。確かに奥には見たこともないような複雑な魔術装置が鎮座しており、壁一面の本棚には、様々な時代の魔術書が所狭しと並んでいる。室内の魔法的なエネルギーを感じ取りノヴァの瞳が輝いた。レオンハルトはさらに重要な情報を告げる。
「そして……学院長からの特例として、この研究室内でのみ付与魔法の研究と実践が許可された」
その言葉にセレスティアがわずかに眉をひそめた。
「付与魔法……聞いたこともない魔法ですね?」
セレスティアの眉間のシワがさらに深くなる。魔術の天才である彼女が知らない魔法など、この世に存在しないとでも言いたげな表情だ。ノヴァはその反応に少しだけ面白さを感じた。そのノヴァの気配を感じながらレオンハルトは冷静に説明を続けた。
「ああ。一般的には知られることのない、古代の失われた魔法だ。私もその全貌を知っているわけではないが、極一部の高名な魔術師が口伝で伝えるらしい。だが今でもその魔法で作られた一部の製品は、宝剣や伝説級の武器、王家の秘宝や貴族の家宝などで現存している。私たちが学んでいる『一時付与魔法』、例えば生活魔法の『ルーメン』で石を光らせたりする魔法のさらに上位に位置する魔法と言う事だ。物に半永続的かつ強固に魔法を付与する。それが付与魔法だ」
レオンハルトの言葉に、セレスティアの瞳がさらに鋭さを増す。彼女はノヴァの顔をじっと見つめていた。
「それがあなたとどう関係するのですか?」
ノヴァはその問いに直接は答えず、ポケットから古びた小さな手帳を取り出した。それは彼が生まれた村の、近くの遺跡で手に入れた日本語で書かれた謎の古い手帳だった。
「これは付与魔法の開発者……加藤雄介という男が残した日記だ。彼は付与の原理を解明し、物質に魔法を半永続的に付与する方法を確立した。その日記には彼の試行錯誤の様子が克明に記されている」
ノヴァは日記の一節をこの世界の言葉で読み聞かせる。
『今日ついに魔力増幅の付与に成功した。だが魔力の流れを制御するのがこれほど難しいとは……もう少しで魔力暴走を起こすところだった。これでは実用には程遠い。』
『鉱石への付与実験は失敗。また魔力が霧散した。なぜだ? 物質の構成と魔力の相性か? いや、それだけではないはずだ。』
「彼はこの日記に、付与魔法の核心を記している。付与対象の『核』を見極め、そこに魔力を集中させる。付与したい魔法の『本質』を明確にイメージし、対象の核と魔力の流れを同調させる。最後に『特定の符丁』をもって魔力を固定する……この3つの条件が、付与魔法の発動において重要だと、彼は説いている」
ノヴァが淡々と説明を続けると、セレスティアの表情が徐々に変わっていく。最初は懐疑的だったが、次第に知的好奇心に満ちた真剣な眼差しになっていった。
「『符丁』……それは、古代のルーン文字ですか?」
セレスティアの問いにノヴァは首を横に振った。
「彼が最終的に確立したとされるのは、古代のルーン文字だけではない今でも使われているルーン文字やそのほかの特殊な言語。その言語が持つ『根源的な意味』を理解し、それを対象に『刻み込む』意識がなければ、魔力はただのエネルギーとして霧散すると彼は結論付けている。詠唱は補助に過ぎず、魔力の『形』と『込められた意志』が最も重要だと。特に、付与魔法は対象の存在そのものに干渉するものだ。彼は魔力でルーンの『形』を生成し、それを対象に『押し込む』ようなイメージで実践していたようだ」
ノヴァはさらにこの日記が記された言語についても説明した。
「そしてその日記は、この世界の文字とは全く違う、『ひらがな、カタカナ』という言語と、『漢字』という文字で記されていた。その付与魔術の開発者、加藤雄介は別の世界から生まれ変わった転生者だったようだ」
ノヴァは前世の記憶と日記の記述を照らし合わせながら、付与魔法の歴史を語り始めた。
「付与魔法は一時期この世界の文化の中心だった。街にはの付与魔術が施され他製品が満ち溢れ、ヤマトと呼ばれたこの世界の英雄つまり日記の持ち主である加藤雄介の弟子たちが、彼の付与魔法理論を元にルーン文字を使用し付与魔法を広めた時代があった。貴族たちは豪華な付与魔法具を所有していたという」
ノヴァはちらりとみんなの様子を確認すると話をつづけた。
「約1000年前の世界の異変で、強力すぎる付与魔法が暴走し付与魔法の文明は滅びてしまった。古文書や知識は散逸し、付与魔法の技術は忘れ去られた。今残っているのはごく簡単なルーン文字を使った物だけで、付与魔法はもはやはすれ去られた技術となっている」
ノヴァは手帳に記された『付与魔法真録』という文字を魔力感知を行い見つめた。そこには、「保存」の漢字が付与されており、2000年以上の時を経ても、まるで昨日書かれたかのように無傷のままだった。
「……そして今この日記を手にし内容を理解できる僕が、再び付与魔法を蘇らせる可能性がある。学院長はこの付与魔法が、この学院に潜む『闇』を解き明かす鍵になると考えたのだろう」
ノヴァの言葉にセレスティアの瞳はもはや懐疑の色を宿していなかった。そこに宿るのは自分自身も知らなかった、未だ見ぬ魔術の深淵への探求心。
「付与魔法……」
セレスティアが呟くように口にすると、その瞳にはノヴァに対する明確なライバル意識が宿っていた。
「その日記、私も読ませていただきます。……そしてその付与魔法、必ずあなたを追い越しマスターしてみせますわ」
セレスティアの挑戦的な言葉に、ノヴァは静かに笑みを浮かべた。カイルはそんな二人を穏やかな眼差しで見つめ、新たな風が吹き込んでいるのを感じていた。
「付与魔法か……面白そうじゃねぇか!」
ユーリが目を輝かせる。
「なぁ、ノヴァ! 早速なんか凄い魔法具とか作ってみようぜ! 空飛ぶ絨毯とか!」
「それは少し、難しいな。それに目的が違う気がする」
ノヴァが冷静にツッコミを入れると、セレスティアが鼻で笑った。
「空飛ぶ絨毯……愚かしい発想ですね。魔法はもっと効率的に、破壊のために使うべきです」
「破壊だけが魔法じゃないぞ! 人を助ける魔法だってあるんだ!」
ユーリが反論すると、カイルが穏やかに割って入った。
「お二人とも、まずは与えられた使命を理解しましょう。禁断に近い付与魔法を研究できるというのは、非常に貴重な機会です。ノヴァさんの知識がきっと私たちの力になるはずです」
「……まあ、あなたの言う通りにしましょう。興味がないわけではありませんから」
セレスティアはあくまで上から目線だが、研究に協力する姿勢を見せた。その時セシリアが少し顔を青くして言った。
「あの……皆さん、何か感じませんか? 少し前から、学院全体の魔力が不安定になっているような……」
セシリアの言葉にノヴァは集中して周囲の魔力を探知しようとした。確かに微かにだが以前感じたことのある、淀んだような魔力の流れが学院全体に広がり始めている。
「間違いない。学院の闇が再び動き出したようだ」
ノヴァの言葉にチームのメンバーの表情が引き締まる。
「以前よりも魔力の流れが複雑で、規模も大きい気がします。体調を崩している学生が多く出てくるでしょう」
カイルが憂いを帯びた声で言った。レオンハルトはリーダーとしての責任感を強く感じていた。
「皆気を引き締めていこう。学院長からの期待に応えるためにも、そして何より苦しんでいる学生たちを救うために。ノヴァまずは付与魔法の研究から始めるのか?」
ノヴァは頷き研究室に置かれた様々な魔術具や文献に目を向けた。
「ええ。付与魔法で有用な魔法具を作れば、きっとこの闇に対抗できる力をつくり出せるはずだ。でもその前にみんなに魔法の特別訓練を受けてもらおうと思うんだ」
解禁された秘密の研究室。再び動き出した学院の闇。ノヴァを中心とした特設研究チームは、それぞれの才能と個性をぶつけ合いながら、前人未到の領域へと足を踏み入れていく。彼らの研究と、学院の闇との戦いが、今、本格的に幕を開ける。
今回は、付与魔法という失われた秘術と、それに挑むノヴァたちの姿を描きました。
仲間たちとのやり取りには笑いもありましたが、その裏で学院の「闇」が再び動き始めています。
研究と訓練、そして迫り来る危機――物語はいよいよ一層深みを増していきます。
次回もどうぞお楽しみに!




