第51話 天才と監視者、そして新たなる仲間
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今回は長期休暇を経て、王立魔術学院には再び学生たちの活気が戻ってきました。
春の光が満ちる中央広場で、ノヴァは一人掲示板に目を向けていた。
しかし今年は、ただの学年の再会ではない。新たな仲間との出会い、そして学院長からの特別な任務——。それは、ノヴァたちにとって、希望に満ちた冒険の始まりを意味していた。
長期休暇が明け、王立魔術学院は再び学生たちの活気で満ち溢れていた。春の光が満ちる中央広場、談笑する学生たちの中でノヴァはどこか浮世離れした静けさを纏い一人掲示板を見上げていた。
「ノヴァ! おーい、ノヴァ!」
背後からドタドタと駆け寄ってきたのはユーリだ。その隣には、控えめに微笑むセシリアの姿がある。
「ノヴァ、クラスはどうだった?」
ユーリが肩を組みながら掲示板を覗き込む。
「僕たちは3年Aクラスだよ。レオンハルトも一緒だ」
「僕もAクラスですね。2年ですが」
ノヴァは淡々と答える。魔術理論の基礎クラスは別々になるが、専門分野のクラスで一緒になる可能性は高い。
「おっ! ノヴァ、お前もやるじゃん! 2年Aクラスだぞ! なぁ、セシリア、これって運命の再会ってやつじゃね?!」
ユーリがセシリアに満面の笑みを向けるが、セシリアは少し困ったように頬を赤らめる。
「ユーリさん、そういうのはちょっと……」
「なんだよ、セシリア! 俺たち今年も一緒じゃんか! ってことは、また俺と一緒にノヴァのおかしな事件に首突っ込めるってことだぞ!」
ユーリの良くわからない言葉にノヴァは少し苦笑する。しかしノヴァの脳裏には去年の出来事が一瞬、脳裏をよぎった。学院に潜む闇、原因不明の体調不良。一連の事件は、ノヴァの心に深い爪痕を残していた。
その時、一人の少女がノヴァたちの前を通り過ぎた。燃えるような真紅の髪を揺らし、鋭い眼差しを持つ彼女は、周囲の学生から一際注目を集めている。
「あれが噂の……」
セシリアが小さく呟いた。
「あれが、天才少女、『炎の魔女』、セレスティア・アグニアだ」
レオンハルトが背後から静かに現れ言葉を継ぐ。
「炎の攻撃魔術においてはすでに学院のトップクラスに匹敵すると言われている。彼女の才能は間違いなく学院始まって以来のものだろう」
レオンハルトの言葉にユーリが目を輝かせる。
「マジかよ! すげぇな! どんなやつなんだろ?」
「あまり愛想は良くないな。見た感じ近寄りがたい雰囲気だ」
レオンハルトが淡々と評価する。ノヴァはその少女の魔力に異様な力を感じ取っていた。それは単なる才能ではない。研ぎ澄まされた刃のような、純粋な破壊の力。
「……面白い」
ノヴァが思わず口に出すとレオンハルトがノヴァをじっと見つめる。
放課後、ノヴァとレオンハルトは学園長室に呼び出された。荘厳な書架に囲まれた部屋で、学院長が二人を穏やかな眼差しで見つめる。
「ノヴァ君、レオンハルト君。学年末の件あなた達には感謝しています。そして……非常に懸念もしています」
学院長の言葉にノヴァは静かに構える。
「ノヴァ君の探求心と行動力は時に周囲の安全を顧みない危険を孕んでいます。あなたは一人で全てを解決しようとする傾向が強い。それは自身の才能を過信する傲慢さから来るものです」
学院長の言葉は先日のノヴァ自身の葛藤をそのまま言い当てていた。
「……返す言葉もありません」
「私もノヴァ君の行動には、常にヒヤヒヤさせられました」
レオンハルトが静かに同意する。
「そこでです。君たち二人を中心とした学院長直属の特設研究チームを立ち上げようと思います」
学院長の言葉にノヴァはわずかに目を見開く。
「この学院に潜む『闇』はあなた達が思っている以上に深く、根強い。一人で立ち向かえるものではありません。ノヴァ君の知識、ユーリ君たちの実行力、そしてレオンハルト君の統率力……それぞれの力を合わせることが、この問題解決への唯一の道です」
学院長はノヴァの異質な知識と、仲間たちの持つ純粋な才能が合わされば、これまでの魔術の常識を覆すほどの力が生まれると確信しているようだった。
「ノヴァ君、あなたにはその知識と発想力でチームを引っ張っていってもらいたわ。レオンハルト君、あなたにはチームのリーダーとして皆をまとめ、そして……ノヴァ君が暴走しないよう、監視する役目を担ってもらいます」
「……監視、ですか」
レオンハルトの口から苦笑が漏れる。学院長の言葉は彼の性格を完璧に見抜いていた。
「あなた達のチームは、通常の学生では許可されない『付与魔法』の研究と実践を特別に許可しましょう。これはあなた達の力を飛躍的に向上させるための特例です。研究のための研究室も用意しています。ただしこのことは、チームのメンバー以外には絶対に知られてはならない。これは極めて機密性の高い任務となるでしょう」
学院長の言葉はノヴァの心に火をつけた。前世の科学知識とこの世界の魔法を融合させる——その夢が、ついに現実のものとなる。ノヴァの瞳に再び強い光が宿る。
その日の午後、ノヴァはユーリとセシリアに、学院長からの特命について話していた。
「マジかよ! 俺たち学院長直属のスペシャルチームってことか! かっけー!」
ユーリが興奮して身振り手振りを交える。
「ノヴァさん、レオンハルトさんがリーダーなら安心ですわね」
セシリアも控えめながら、期待に胸を膨らませていた。
「それで俺たち以外にもメンバーがいるのか?」
ユーリの問いにノヴァは頷く。
「二人いる。一人は炎の魔女セレスティア・アグニア。もう一人は治癒魔法の使い手、カイル・フォン・アルマだ」
ユーリの顔がさらに興奮に満ちる。
「おいおい、ノヴァ! 炎の魔女と治癒の天才って、なんか俺たちも最強チームになった感じじゃねーか!」
その時、背後から冷たい声が響いた。
「……最強チーム、ですか。随分とお気楽な人間が集まったようですね」
振り返ると、そこに立っていたのはセレスティアだった。夜の光に照らされた彼女の瞳は、鋭くノヴァたちを貫くようだった。
「……あなたは、セレスティア。ちょうどよかった。学院長から、君にも協力してもらいたいと……」
ノヴァが口を開けた瞬間、セレスティアは冷ややかに言葉を遮った。
「ふふ、あなたのような底知れぬ男に学院長が興味を抱くのも、なるほどと納得できますわ。でも……この騒がしい連中には、正直あまり期待していません。」
彼女は一瞥でユーリとセシリアを見やった。
「……興味があるのは、あなたたちが解こうとしている謎だけです。私の炎の魔術が、学院の深き『闇』を焼き尽くす力に足るかどうかを確かめたいだけです。」
セレスティアの挑戦的な言葉にユーリが顔をしかめる。
「なんだよ態度でけぇな!」
「……あなた、少しは静かにできませんか? そんなに一人で騒がれると耳障りで」
そこに穏やかな声が割り込む。
「まあまあ、二人とも。落ち着いて」
現れたのは、セレスティアとは対照的に、柔らかな雰囲気を纏った少年カイルだった。
「僕はカイル。よろしくねみんな」
カイルが優しく微笑むと、ユーリは少し落ち着きを取り戻す。
「お前がもう一人の天才か! よろしくな! ユーリだ!」
セレスティアはカイルの言葉にも耳を貸さずノヴァを睨みつける。
「あなた私の実力を試したいのでしょう? 授業の続きはまた今度。必ず私の炎であなたの理論を焼き尽くして差し上げます」
そう言い残しセレスティアは颯爽と去っていく。
ユーリはぽかんと口を開けたままノヴァを見る。
「なんだあのツンツン野郎は……」
「ツンデレってやつじゃないのか?」
ノヴァが呟くとカイルが少し笑う。
「セレスティアは、口は悪いけど本当はとても仲間思いなんだ。ただ素直じゃないだけで」
「おいおい、あんなので仲間思いとか絶対ねーから!」
ユーリが騒ぎ立てるが、ノヴァはセレスティアの後ろ姿を見つめ、静かに笑みを浮かべていた。
その日の夜、レオンハルトはノヴァたちに今後の活動方針を説明していた。
「チームのリーダーは私が務める。ノヴァ、君には魔術理論の構築と付与魔法の研究、そして皆への指導をお願いしたい」
「分かりました」
ノヴァは迷いなく頷く。
「ユーリは機動力を活かした情報収集。セシリアは支援と、魔力探知。セレスティアは攻撃の要、カイルは治癒と防御の要……」
レオンハルトがそれぞれの役割を淡々と述べていく。
「……そして私だが、皆の安全管理とチーム全体の統率、そして……ノヴァの監視だ」
レオンハルトがノヴァをじっと見つめるとノヴァは楽しそうに笑う。
「ふふ、監視ですか。レオンハルトにそこまで言わせるとは、学院長もなかなか面白いですね」
「笑い事ではない。君の無鉄砲な行動は見ていて心臓に悪い」
レオンハルトは真面目な顔で言う。
「君の知識はこの学院の闇を解き明かす上で必要不可欠だ。だがその知識を過信して自分一人で解決しようと暴走するようなら、私が容赦なく止める」
ノヴァはレオンハルトの真剣な眼差しに、去年の自分を重ね合わせた。一人で全てを背負おうとし、仲間を巻き込むことを躊躇った自分。しかし今は違う。
「ええ。もう二度と、一人で全てを背負おうとはしません。支えてくれる仲間がいることを知りましたから」
ノヴァがまっすぐな瞳でレオンハルトを見つめると、レオンハルトはわずかに表情を緩めた。
「……分かればいい。皆も心してかかるように」
レオンハルトの言葉にユーリ、セシリア、そしてカイルも頷く。
「よし、じゃあ早速、明日から研究チーム始動だ! 俺もセレスティアに負けねーように、魔法の練習しとかなきゃな!」
ユーリが意気揚々と立ち上がる。
ノヴァ、レオンハルト、ユーリ、セシリア。そして、セレスティアとカイルという新たな仲間を得た研究チーム。互いの才能を認め合い時にはぶつかり合いながらも、彼らは学院の闇に立ち向かうため結束していく。
今回、ノヴァたちは新たな仲間を迎え、学院長直属の研究チームとして動き出しました。
それぞれの才能と個性が交わる中で、笑いあり、衝突あり、時には葛藤も生まれるでしょう。
しかし、互いに信頼し合い、支え合うことで、彼らはこれまで誰も踏み込めなかった学院の「闇」に立ち向かうことになるのです。
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