第49話 学院に潜む影、神童の眼差し
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今回は
学園の平穏が揺らぎます。王立魔術学院では、不可解な事件が相次ぎ、生徒たちの間に不安が広がります。謎めいた魔力の波動、原因不明の体調不良……それらは偶然なのか、それとも誰かの意図によるものなのか。ノヴァは、仲間と共に学園に潜む影の正体を追い始める。学院の秘密が静かに動き出します。
王立魔術学院に、薄暗い影が忍び寄り始めていた。ここ数日、学内では不可解な事件や不穏な出来事が立て続けに発生していたのだ。複数の生徒が原因不明の体調不良を訴え、魔力の制御に異変をきたしているという報告が相次いでいた。
それと時を同じくして、学院のあちこちで普段とは異なる微かな魔力の波動が感知されるようになっていた。それはまるで何かがうごめいているような、不快な感覚だった。
「……おい、聞いたか? また新入生の何人かが、原因不明の魔力暴走を起こしたらしいぜ……」
「ああ、私も聞いた! しかもみんな決まって寮の自室で、夜中にって話だ」
「なんか、変な魔力の気配も感じるって噂もあるよな……」
生徒たちの間でささやかれる不穏な噂。しかし学院側は「季節の変わり目による体調不良」として、まともに取り合おうとしない。そんな中、早朝に突如にとしてノヴァ、ユーリ、そしてセシリアの三人は、学院長室への呼び出しを受けた。
「えっ、呼び出し!? なんだろ、またフォレスト・レックスの件で褒められるとか?」
ユーリが呑気に言うと、ノヴァは眉をひそめた。
「いや、どうも様子がおかしい。普段ならこんな早朝に呼び出されることはない」
そして学院長室の扉が開かれると、そこに座っていた学院長の顔はいつになく険しかった。
「ノヴァ・ヴァルシュタインくん、ユーリ・バルマンくん、セシリア・リンドバーグさん。よく来てくれましたわね」
学院長は冷ややかな声で言った。その視線はノヴァに釘付けになっている。
「単刀直入に伺いますわね。ここ数日学院内で発生している不可解な事件……特に生徒たちの体調不良と魔力の異常について、貴方たちが何か関与しているという可能性はございませんか?」
「は? 何のことですか?」
ユーリが思わず声を上げる。セシリアも戸惑いの色を隠せない。
「ええっ!? そ、そんな! 私たちには、何も……っ!」
セシリアがうろたえ思わずユーリの袖を掴んだ。彼女にとって、学院長からそのような疑いの目を向けられることは、これまで一度もなかったからだ。ノヴァは学院長の言葉の裏に、ある種の「決めつけ」のようなものを感じ取っていた。そして学院長はどこか諦めたように言葉を続けた。
「……あなたたち、特にノヴァ・ヴァルシュタインくん。貴方に関しては、我々の理解を超える規格外の能力をお持ちです。それに……貴方に魔術の手ほどきをしたのが、弟のアルスであることも承知しております。あの男が絡むといつも面倒なことになるものですから……」
学院長は、深々とため息をついた。ノヴァの師が、学院長の弟であること。そして、学園長が「変人」と認定されているため、何か不穏なことが起きれば真っ先にノヴァが疑われるという構図が明確になった。
(まさか最初から僕を疑っていたとは……しかしやはりアルスさんは学院長の弟か。)
ノヴァは学院長の言葉に静かに胸中でため息をついた。潔白を証明するのは、簡単ではないかもしれない。
学院長室を出た後ユーリは憤慨し、セシリアはすっかり萎縮してしまっていた。
「ったく、なんだってんだよ! 俺たちが何かやったってのか!? 身に覚えがねぇっつーの!」
ユーリが廊下で腕を組み、ぶつぶつと文句を言っている。セシリアは俯いたまま小声で呟いた。
「どうしよう、つぎは学院長に目をつけられちゃった……私、このままじゃ、本当に退学になっちゃうかも……」
ノヴァはそんな二人を静かに見つめていた。学院長の言葉は一方的だったが、彼の五感と前世の知識、そして異世界で培った経験が、今回の事件が単なる偶発的なものではないことを告げていた。
(生徒たちの体調不良、魔力の異常、そして感知される微かな魔力波動……これは何らかの意図的な魔術が学院内で、密かに実行されている証拠だ)
ノヴァは学院長の疑いが何の根拠もないことだと確信していた。彼は生徒たちの魔力暴走の話や、体調不良者の具体的な症状を頭の中で整理していく。そこにはある種のパターンが隠されているように思われた。
「ユーリ、セシリア。今回の件は僕たちで独自に調査する必要がある。学院長は僕たちを疑っているしね。このままでは本当に僕たちが犯人にされかねない。」
ノヴァが真剣な顔で言うとユーリは眉を上げた。
「調査って……どうやんだよ? きちんとした根拠がないとみんなまともに取り合ってくれねぇぞ」
「ああ。だからこそまずは僕たちが動くんだ。ユーリお前は交友関係の広さを利用して、最近体調を崩した生徒や、変わった魔力の気配を感じた生徒がいないか、それとなく情報収集をしてほしい」
ノヴァはユーリに頼んだ。ユーリはその「神童の友」としての顔と、持ち前の明るい性格で学内では顔が広かった。彼なら教師たちが無視するような生徒の些細な情報も拾い上げることができるだろう。
「よし、わかった任せとけ! 俺の交友関係は伊達じゃねぇぞ! でもノヴァお前は何すんだ?」
「僕はこの魔力波動の性質を探る。そしてその根源を探す必要がある」
ノヴァの目は学院のどこかに潜む「影」を捉えようとしていた。セシリアは、不安ながらもノヴァの言葉に頷いた。
「私……私にできることがあれば、何でも言ってください……!」
セシリアの表情には、少しずつだが諦めではない、協力しようとする意志が見え始めていた。
ノヴァとユーリは、水面下で情報収集を開始した。ユーリは得意の社交術であっという間に複数の生徒から具体的な証言を集めてきた。
「なあノヴァ! やっぱりノヴァの勘は正しかったぜ! 体調崩してるやつ、結構いるぞ! しかもみんな決まって夜中に頭痛と吐き気に襲われて、妙な魔力の圧を感じるって言ってた!」
「症状は? 魔力暴走の状況は?」
ノヴァは真剣な顔でユーリの報告を聞く。ユーリの行動力はノヴァが予想していた以上に早く成果をもたらした。しかし具体的な手がかりはまだ掴めない。そんな中予期せぬ人物から接触があった。
「ヴァルシュタイン殿。少々お時間をいただいてもよろしいか?」
声をかけてきたのは、侯爵家嫡男のレオンハルト・フォン・ヴァイスブルクだった。ジークフリートはレオンハルトの後ろで不機嫌そうに腕を組んでいる。
「これはレオンハルト殿。何か御用ですか?」
ノヴァが尋ねると、レオンハルトは周囲を警戒するように一度見回した。
「単刀直入に申し上げよう。最近学院内で起きている不可解な事件について貴殿も調査していると聞いた」
ノヴァは驚きを隠せなかった。自分たちが密かに動いていたことをレオンハルトが知っているとは。
「なぜ、そのように……」
「私の耳にも、いくつかの不穏な情報が入っている。そしてそれらを繋ぎ合わせると……どうにも、学院の教師陣の一部が意図的に何かを隠蔽しようとしているように思えるのだ」
レオンハルトの言葉にノヴァの目が鋭く光る。まさか学院の教師が関わっているとは。
「そして貴殿が最も真実に近づくことができる存在だと、私は見ている。そこで提案だ。我々も独自に情報収集を進めている。情報共有を行い共にこの事件の真相を探らないか?」
レオンハルトはまっすぐノヴァの目を見つめた。ジークフリートは不満げに鼻を鳴らしたが何も言わない。
「レオンハルト殿が……なぜ?」
ノヴァが問うとレオンハルトは静かに答えた。
「この学院の平穏と、王国の秩序が乱されるのは、私の望むところではない。そして貴殿の実力と洞察力は、先の共同課題で嫌というほど理解した。貴殿ならばこの不可解な現象の真実に辿り着けるだろうと確信している」
レオンハルトの言葉にノヴァは協力の価値を見出した。
「分かりました。レオンハルト殿のご提案、お受けいたしましょう」
こうして、ノヴァとレオンハルト、そしてユーリとセシリアを加えた秘密の調査チームが結成された。ユーリの交友関係と行動力、レオンハルトの情報網と分析力、そしてノヴァの比類なき洞察力が組み合わさり調査は格段に進展していくことになる。
レオンハルトとの協力体制が確立されてから、調査は急速に進んだ。レオンハルトは侯爵家嫡男としての情報網を駆使し、学院の教師たちの動向や過去の不審な事件についての資料を提供した。
「ノヴァ。これを見てほしい。過去に魔力異常を訴えた生徒たちの記録だ。奇妙なことに全員が共通して、図書館近くにある教室で授業を受けていたことが履歴として残っている」
レオンハルトが差し出した資料に、ノヴァは眉をひそめた。その教室は建物の端のほうにあり、特に何もない普通の教室だったはずだ。
「その教室は特に決まった授業が講義されている教室ではありませんよね?」
「ああ。この教室は使われる頻度も他の教室に比べ少なく、どちらかといえば講義する部屋が空いてないときのためのいわば補助教室。にもかかわらず異変をきたしている生徒のほとんどがこの教室で授業を受けているとは、すこし不自然ではないか?」
ユーリがうーんと唸る。
「図書館近くの教室か、なんか裏がありそうだな!」
確たる証拠はまだ掴めないものの、その教室に、今回の事件の真相を解き明かす鍵があることは、ほぼ確実となっていた。
レオンハルトは、ノヴァの洞察力とユーリの行動力に感心し、ノヴァもまた、レオンハルトの冷静な分析力と情報網に深く感銘を受けていた。二人の間には、単なる協力関係以上の、「友誼」のようなものが芽生え始めていた。
「レオンハルト様、あなたがいなければ、これほどの情報は得られなかったでしょう。感謝します」
ノヴァが素直に礼を述べると、レオンハルトは微かに口角を上げた。
「礼には及ばぬ。私も君がいなければ、この事件の深層には到底たどり着けなかっただろう」
レオンハルトは、一呼吸置いてノヴァの目を見た。
「ヴァルシュタイン殿……いや、ノヴァ。君をそう呼んでも構わないか?」
ノヴァは一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。
「もちろんだ、レオンハルト」
互いをファーストネームで呼び合うこと。それは、彼らの間に新たな信頼と、深い友情が芽生えた証だった。
調査が進むにつれ、教室には何ら問題は見当たらなかった、しかし聞き取りの上でやはりこの教室での授業中に違和感を覚えた生徒も多くいることがわかりノヴァとユーリは、「闇」の存在を明確に認識し始めていた。学園生活が楽しいばかりではないこと、そしてその奥には、彼らの想像を超えるような秘密が隠されている可能性が見えてきたのだ。
ある日の夜、ノヴァとユーリ、セシリアは、寮の自室で集まり、これまでの情報を整理していた。
「……となると何らかの原因で、あの教室の近くで生徒たちの魔力に干渉していると考えるのが自然だ」
ノヴァが静かに結論を述べた。ユーリは顔を顰める。
「でもあの教室の近くとなると図書館ぐらいしかないぞ。そんなところで何のためにだ? 生徒を体調不良にして魔力暴走させるなんて、何の得があるんだよ……」
セシリアは震える声で呟く。
「ま、まさか……何か人体実験のようなことを……?」
ノヴァの表情は固い。セシリアの直感が、核心を突いている可能性があった。
「まだ確証はない。しかしこの魔力波動の性質、そして生徒たちの症状、図書館を中心に広がっている被害……もしそれが事実ならば、危険度は我々の想定をはるかに超える」
その時ノヴァの視界の隅で寮の窓の外を微かな光が横切った。それは先ほどから感じていた、不快な魔力の波動の源であるかのような奇妙な光だった。ノヴァはすぐに窓に駆け寄るが光の影はすでに消えていた。
「どうした、ノヴァ?」
ユーリが尋ねる。ノヴァは遠くの学院の校舎の屋根をじっと見つめていた。
「……いや、何でもない。だが僕たちはこれから本当に危険な領域に足を踏み入れることになる。覚悟はいいか?」
ノヴァの言葉に、ユーリとセシリアは真剣な顔で頷いた。彼らの学園生活は単なる勉強や友人との交流に留まらない、本格的な謎解きの舞台へと変貌しようとしていた。学院に潜む闇の正体とは何か。そしてその背後に隠された目的とは。物語はいよいよ核心へと向かっていく。
謎の影は学園の奥深くで動き始めました。
ノヴァと仲間たちは、友情と知恵を武器に、その闇の核心へと足を踏み入れます。
次なる一歩は危険に満ちています。しかし真実に辿り着く者だけが、その先の光を手に入れる。
学院の闇は深く、そして、物語はいよいよ核心へ――。
いつの間にか今回でついに投稿50回目! ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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