第47話 才能の開花、神童の導きと新たな出会い
この物語を読んでいただき、ありがとうございます。
さて今回は、
学院において「多属性の適性を持ちながら伸び悩む者」は珍しくない。
そんな壁に苦しむユーリに差し伸べられたのは、友であり神童と呼ばれるノヴァの導きだった。
そしてその導きは、やがて新たな出会いを呼び込み、さらなる変革の波を学院に広げていく――。
ユーリ・バルマンには王立魔術学院に入学する際、風魔法だけでなく、火魔法と光魔法の適性があることが判明していた。しかし、入学してからの約一年間、彼の火と光魔法の成長は伸び悩んでいた。学院の生徒の中には他にも複数の属性適性があると認められながらも、その才能を伸ばせずに「落ちこぼれ」の烙印を押される者が一定数存在する。学業や理論では優秀であっても、実技が伴わずに学院を去っていった者も少なくない。
ユーリの場合風魔法の成長が著しかったため、学院側も彼の火・光魔法の伸び悩みは問題視していなかった。
「はぁ、またダメだった……」
実技演習場の一角で、ユーリが小さな火の玉を掌に浮かべようと悪戦苦闘していた。彼の額には汗が滲み、表情は焦燥に歪んでいる。
「なんでだよ、風魔法はあんなにスムーズにいくのに、火と光魔法は……っ!」
彼は苛立ち地面を軽く蹴った。その隣にはすでに完璧な風の刃を操る他の2年生たちの姿があり、ユーリの焦りを一層掻き立てる。
「おい、ユーリ。あまり思いつめるな」
穏やかな声がかけられた。振り返るとそこにはいつものように涼しい顔をしたノヴァが立っていた。ノヴァはユーリの手元をじっと見つめる。
「お前の魔力の流れは、火と光を起動する際に無駄が多い。特にイメージが先行しすぎて、力の源泉である魔力をうまく引き出せていない。たとえて言うなら気負った馬が、その場で気ぜわしく足踏みしているだけだ。」
ノヴァの言葉はユーリがこれまで様々な教師から言われてきたことと似ていたが、彼の言葉にはどこか具体的な響きがあった。ユーリはため息をつく。
「分かってんだよ! でもどうすればいいか分かんねぇんだよ! どの先生も同じことしか言わねぇし、結局『慣れろ』って……そんなんで伸びるなら、俺はとっくにできてんだ!」
ユーリの不満が爆発する。ノヴァは黙ってユーリの隣にしゃがみ込み、彼の掌に軽く触れた。
「試してみろ。魔力を呼吸のように、体内を巡らせる。そして火の熱を意識するのではなく、その『熱が生まれる根源』を感じ取ってみろ。光も同じだ。『輝き』ではなく、『輝きを放つ源』だ」
ノヴァの助言はこれまでの教師たちの指導とは全く異なる概念的なものだった。ユーリは半信半疑で、言われた通りに魔力を巡らせ、集中した。すると……
ポッ。
ユーリの掌にこれまで見たこともないほど澄んだ、小さな火の玉が静かに浮かび上がった。そしてすぐに消えてしまったが、その感触は確かに今までとは違った。
「……っ、今のは!?どうして今まで発動する気配すらなかったのに……!!」
ユーリは驚きに目を見開いた。ノヴァは静かに頷く。
「少しは掴めたか?」
ユーリは興奮気味に頷いた。ノヴァの助言がこれまで越えられなかった壁を、ほんの僅かだが打ち破るきっかけを与えてくれたのだ。
「今のどうやったんだ?触れた瞬間に何か暖かいものが手のひらから流れてくるような感覚があったが。」
ユーリは今までいろいろなことをやっても、発動する気配すらなかった火魔法が、わずかとはいえいきなり発動したのを不思議に感じていた。
「魔力の流れがうまく流れていなかったからな。その流れを実際に流し体に実感させたんだ。」
ユーリは説明しながら自分は魔力の流れを感じることができるが、普通の人間は魔力の流れを感じない、もしくはその感覚が弱いのではないかと考えていた。
「やっぱりノヴァはすげーなー!!今まで全然駄目だったんだぜ!ひゃっほー!」
この日からユーリの火・光魔法の習得速度は、格段に上がっていくことになる。
授業が終わって寮に戻ってからも、ユーリはノヴァに頼み込んで魔法の練習に付き合ってもらっていた。寮の一角、人目の少ない中庭で二人の特訓は続いていた。
「ノヴァ! もう1回、光魔法のイメージを教えてくれ! なんか掴めそうで掴めねぇんだよ!」
「焦るなユーリ。光の波動を感じそれを収束させる。そして放出ではなく、あくまで『顕現させる』イメージだ」
ノヴァはユーリの魔力の流れを把握しまるで体内を透視しているかのように、どこで詰まりどこで無駄が生じているのかを指摘した。その指導は的確で効率的だった。ノヴァの指導を受け始めてから、ユーリの各属性魔法の腕前は飛躍的に向上していた。特に以前はまったく発動できなかった火と光魔法も、今では小さな火球や光弾を発動できるまでになっていた。
「うおおお! 今度こそいける! ファイヤーボール!!!」
ユーリの掌からこれまでのものよりずっと安定した火球が放たれた。ノヴァは満足げに頷く。
「これで初級は問題ないだろう。あとは反復練習だ」
ノヴァはユーリに魔法を教えていく中で、この世界での魔法の概念が、前世の知識やアルスから学んだ魔法の概念と大きく異なることに気づいていた。特に魔力の運用方法は非効率なやり方が多く、ギュンター卿から指導を受け実践的な修行をしてきたノヴァにすると、みんな魔術に対する根源的な理解が不足しているように感じられた。
(この世界の魔法は確かに強力だが、その基礎理論はあまりにも杜撰だ。まるで誰かが作った機械を操作の仕方も教わらずに使っているようなものだ……)
ノヴァは自分の知る魔法の体系が、この世界では失われた技術や、一部の者しか知らない「真理」に属することだと理解し始めていた。しかし同時にこれほど非効率な方法が「常識」としてまかり通っていることに強い疑問も抱いていた。
その時、部屋の扉がコンコンと控えめにノックされた。ノヴァとユーリは顔を見合わせると返事をした。恐る恐る顔を覗かせたのはユーリと同じ2年生の女子生徒だった。
「あの……ユーリさん、そしてノヴァさん……少々、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
彼女は顔を赤らめ俯きがちに声を絞り出した。彼女はリンドバーグ男爵の三女、セシリア・リンドバーグ。学院内では「理論は優秀だが、実技がまったく伴わない落ちこぼれ」というレッテルを貼られている生徒だ。ユーリも彼女のことは知っていた。
「セシリアか? どうしたんだ?」
ユーリが尋ねるとセシリアは意を決したように顔を上げた。
「その……ユーリさんの火魔法と光魔法の腕前が、この数日で飛躍的に上達されたと聞いて……もし、よろしければ……ノヴァさんの指導を受けさせていただけないかと……!」
セシリアの瞳には藁にもすがるような必死さが宿っていた。彼女もまた多属性の適性を持つが、実技が伴わないことで苦しんでいる一人だったのだ。
ノヴァはセシリアの登場でこの世界の魔法教育の非効率性がさらに浮き彫りになるように感じた。
(やはりこの世界での魔術の教育は、前世での教育方法と比べるとかなり非効率だ。僕と同じような考え方をする者は入学してから聞いたことないけど『異端』扱いなのかな?それを吸収できる素質を持つ者が、この世の中にはもっと埋もれているのでは……?)
ノヴァの脳裏にこの世界の魔法を根本から革新できる可能性が閃いた。
ノヴァはセシリアの相談を快く引き受けた。ユーリも自分が苦しんだからこそセシリアの気持ちがよく分かり、積極的に協力したいと強く思った。寮の中庭はしばしば魔法の練習場と化し、ノヴァ指導の下、ユーリとセシリアの熱気あふれる声が響いた。
「セシリア、魔力を収束する際に、一度全身に巡らせるイメージをしてみて。そう、まるで呼吸をしてそれが体内をめぐるように」
ノヴァはセシリアの魔力の流れを繊細に感じ取り、彼女に合った最適な指導法を見出していった。セシリアはノヴァの的確な助言とユーリの励ましを受けて、これまで開かなかった魔法の扉が少しずつ開いていくのを感じていた。
「わ、私にも……火の玉が……!」
セシリアの掌にこれまでとは比較にならないほど安定した火の玉が浮かび上り、瞳には希望の光が宿っていた。数週間後ユーリとセシリアはノヴァの指導のおかげで、今までとは比べ物にならないほども術の扱いが上達していた。
ユーリは風魔法に加え火魔法と光魔法も実用レベルで使いこなせるようになり、その腕前は同じ2年生の生徒たちを凌駕するほどだ。そしてセシリアもまた、それまでまったく発動できなかった火魔法と土魔法の二系統を習得し、その安定性と魔力効率の良さは学院内で徐々に知られ始めるようになっていた。
「ユーリ、お前いつの間にそんなに火魔法が上達したんだ!?」
「セシリアもだ! あんなに実技が苦手だったのに、別人みたいじゃないか!」
学院の生徒たちの間では、ユーリとセシリアの急激な成長が新たな噂となっていた。そしてその背後には常にノヴァの存在があった。
「あいつら、ノヴァ・ヴァルシュタインに指導してもらってるらしいぞ!」
「あいつはやっぱり神童なんだな……」
ノヴァの指導を受けたユーリとセシリアの目覚ましい成長が学院全体に広まるにつれて、ノヴァの異端な才能が学院内で広く知られ始めていた。
ノヴァとユーリのコンビはもはや学院内で知らぬ者のない存在となり、ユーリがノヴァの「窓口」となってその『異端』の才能を学院と結びつけ、ノヴァはユーリの「師」として才能を引き出す。二人の間には単なる友人以上の強い信頼関係と絆が築かれていた。
食堂での昼食時、ユーリは得意げにノヴァに話しかけた。
「なあノヴァ! 今日、光魔法の演習で俺が一番早く課題をクリアしたんだぜ! 先生もびっくりしてたぞ!」
「そうか。それは良かったな」
ノヴァは微笑みながら練習しているセシリアの様子に目をやった。セシリアは一生懸命に火魔法の練習に励んでいる。彼女の顔にはかつてはなかった自信が満ち溢れていた。
(やはりこの世界には正しい知識と指導があれば、もっと多くの才能が開花するはずだ。そしてそれは僕にしかできないことなのかもしれない……)
ノヴァの心の中でこの世界の魔法を革新する、漠然とした使命感が芽生え始めていた。彼の異質性は単なる才能の披露に留まらず、周囲の人々、ひいてはこの学院全体に、静かながらも確実な変革の波をもたらし始めていた。それはやがて来るさらなる大きな波乱の序章に過ぎなかった。
今回、ノヴァの助言によってユーリの眠っていた火と光の才能が花開き、さらにセシリアという仲間が加わりました。彼の「異端」ともいえる指導は、ただの友を支えるに留まらず、学院のあり方そのものへ静かな変革をもたらしつつあります。
次は学院外での課外授業となります。学院での物語は、ますます目が離せません。
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