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第46話 神童の波紋、学院に広がる嵐の予兆

いつもお読みいただきありがとうございます。

さて今回は、

ノヴァの規格外ぶりが、いよいよ「教師」「貴族子弟」「学院長」へと波紋を広げ、物語が大きな転換点を迎えた回でしたね。ユーリの友情と支えも光っていて、彼が「神童の隣にいる者」としてどんな成長を見せるのか楽しみになります。

 王立魔術学院に激震が走っていた。震源地は入学してまだ数日の新入生、ノヴァ・ヴァルシュタインである。彼の規格外の才能はまるで熱病のように教師たちの間で急速に広まっていた。


「おい、聞いたか? 新入生のノヴァ・ヴァルシュタインだ。初日の座学で、学院長の問いに魔術の真理を語ったとか……」


「ああ、私も聞いた! 実技では基礎魔術の発動で演習場の的を木っ端微塵にしたらしいぞ。」


「ああそれなら私も立ち会った。あの魔力量は尋常じゃない。この年頃の少年が出せるものなのか?」


 教師控室では連日ノヴァの話題で持ちきりだった。彼らはノヴァの才能を称賛しつつも、その異質さに頭を抱えていた。基礎の段階で既に教えることがない、という前代未聞の事態にベテラン教師たちは頭を抱え若手教師たちは青ざめていた。


「おい、魔法理論のクロード先生! 君の授業でも何かあったと聞いたが?」


 火魔法担当の教師が、理論担当のクロード教師に尋ねた。クロードは憔悴しきった顔で大きくため息をついた。


「ああ、あったさ……。『属性魔法における魔力循環の効率化』について質問したら、彼は既存の理論を覆すような改善案を、その場で淀みなく述べ始めた! 私の長年の研究が初日の新入生にいきなりディスられた気分だよ!」


 クロード教師は頭を抱え、机に突っ伏した。


「そんな馬鹿な!? 君が数年かけて研究しているテーマではないか!」


「ああ、そうだとも! もうやってられん! あんな怪物をどう指導しろというのだ!?」


 教師たちの間では、ノヴァを「神童」「逸材」と呼ぶ声と共に、「常識破り」「規格外」「悪魔の生徒」といった悲鳴のような声が上がっていた。


 ノヴァの噂は学院の生徒たちの間にも瞬く間に広まった。特にプライドの高い貴族子弟たちの間では、好奇心とそして隠しきれない反発の感情が渦巻いていた。彼らにとって平民出身の、しかも辺境伯家の士爵ギュンター卿の養子という謎の存在が、自分たちを差し置いて注目されるのは看過できない事態だったのだ。


 ある日の昼食時、食堂でユーリと並んで食事をしていたノヴァのテーブルに、三人の生徒が近づいてきた。中央に立つのは金色の髪に端正な顔立ちをしたいかにも貴族然とした少年だ。


「そこの者、お前がノヴァ・ヴァルシュタインか?」


 慇懃無礼な態度で少年が声をかけてきた。ノヴァは平然と顔を上げ彼の目を見た。


「そうだが、何か?」


 ノヴァの落ち着き払った態度に少年は眉をひそめた。ユーリがすかさず口を挟む。


「おいおい、なんだよお前ら。飯の邪魔すんじゃねーぞ。こいつはノヴァだ。用があるならちゃんと名乗ってからにしろよな」


 ユーリの言葉に、金髪の少年は鼻で笑った。


「ふん、平民の分際で。私はアシュトン・ブレイクだ。ブレイク子爵家の嫡男。そちらはユーリとか言ったな。お前は一年先輩だそうだが、随分と下品な物言いをするものだ」


 アシュトンは露骨なまでにユーリを侮蔑した視線を送った。ユーリはカチンときたが、ノヴァが彼の腕を軽く掴み制した。


「ブレイク子爵家のアシュトン殿か。何か御用で?」


 ノヴァの冷静な声に、アシュトンは再び眉をひそめた。


「貴様が学院中で噂の『神童』だそうだな。だが所詮は辺境の出身。まともに貴族の教育も受けていない平民が、この王立魔術学院でどれほどのことができるか、見せてもらおうかと思ってな」


 アシュトンは挑発するように言った。ノヴァは、彼らの言葉に一切動じることなく、静かにフォークを置いた。


「貴族の教育と魔術の才能に、どれほどの相関関係があるのか、私には分かりかねるますね。もし貴方が自身の家柄を傘に実力を示すおつもりならば、それは少々的外れかと」


 ノヴァの言葉は静かながらも芯があり、アシュトンのプライドを逆撫でする。アシュトンの顔がみるみるうちに赤くなった。


「貴様、私を侮辱するか! いいだろう、ならば力で見せてやる! この場で……」


 アシュトンが魔力を高めようとしたその時、ノヴァの瞳が僅かに光った。食堂全体を覆うような、形容しがたい圧力が一瞬、空間をねじ曲げたかのように響いた。それはノヴァが意図的に放ったものではなく、彼が感情を揺らした際に無意識に漏れ出た規格外の魔力だった。


 食堂にいた生徒たちは、一斉に顔色を変え体が硬直した。アシュトンもまた、全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、魔術の発動が完全に止まった。


「……何の真似だ?」


 ノヴァは何事もなかったかのように、手元のグラスを取り水を一口飲んだ。アシュトンは顔を蒼白にさせ、額にうっすらと汗を浮かべていた。


「い、いや……何でもない。ふん、せいぜい頑張るがいいさ……」


 アシュトンはそれだけ言うと取り巻きを連れて、足早に食堂を立ち去った。ユーリはノヴァの隣で呆れたように肩をすくめる。


「ったく、お前、わざとやっただろ?」


「まさか。ただちょっと緊張しただけだよ。それにしても貴族のプライドって面倒だな」


 ノヴァは涼しい顔で答えたが、ユーリは知っていた。ノヴァがどれだけ冷静沈着で、感情が乱れることが稀な存在かを。ノヴァの魔力の片鱗を肌で感じたアシュトンは、しばらくの間ノヴァに直接絡むことはなくなるだろう。


 アシュトンとの一件以来、ノヴァの周囲はさらに騒がしくなった。直接絡んでくる者は減ったものの、遠巻きにノヴァを監視する視線は増え、陰での噂話は絶えなかった。そんな中ユーリは文字通りノヴァの「窓口」として機能していた。


「なあノヴァ、あの金髪のやつアシュトンってんだろ? あいつの家は王家とも繋がりがある名門で、学院内でも派閥の中心なんだ。あんまり敵に回さない方がいいかもな……って言っても、お前はもう敵に回しちまったけどな!」


「敵に回したつもりはないぞ。向こうが勝手にそう思ってるだけだ」


「はぁ? お前なぁ、もう少し周りの空気を読めよ! 王都の貴族ってのは俺たちがいた辺境とは訳が違うんだぞ!」


 ユーリはげんなりした顔でノヴァに小言を言った。ノヴァはユーリが学院内の複雑な貴族関係や派閥、さらには各教師陣の性格までを完璧に把握していることに感心していた。


「ユーリは詳しいな。助かるよ。しかし俺が目立つせいで、ユーリにも迷惑をかけているんじゃないか?」


 ノヴァが少し申し訳なさそうに言うとユーリは笑い飛ばした。


「何言ってんだ! 俺が学院でやっていけてるのはノヴァ、お前のおかげなんだからな!それにお前の『神童パワー』のおかげで、俺も『神童の友』ってことで、なんか周りから一目置かれてるらしいぜ! ちょっと肩身が広くて悪くねーだろ?」


 ユーリは茶化すように言ったが、彼の言葉には本心が含まれていた。実際ノヴァの件でユーリへの嫉妬の視線も増えていたが、それ以上にノヴァの近くにいることで、ユーリ自身も大きく成長していることを感じていた。


 しかし、その夜。ユーリが食堂から戻ってくると、彼のベッドに小さな焦げ跡がついていた。魔術によるものだ。


「……おいおい、マジかよ」


 ユーリは顔をしかめた。ノヴァは、ユーリのベッドを見てすぐに理解した。無言でユーリの肩に手を置く。


「ユーリ、大丈夫か?」


「ああ、別に怪我はねーよ。でもこんな幼稚な嫌がらせしやがって……誰だか知らねーけど、今度見つけたらぶっ飛ばしてやる!」


 ユーリは怒りを露わにした。ノヴァの規格外の才能に対する嫉妬の矛先が、彼の一番近い友人であるユーリに向けられたのだ。ノヴァの目つきが一瞬だけ鋭く光った。


(俺のせいで、ユーリにまで……)


 ノヴァの心に、静かな怒りが燃え上がった。彼の異質性が少しずつ周囲を巻き込み始めていることを、ノヴァは肌で感じていた。


 数日後、一時付与魔法の授業でのことだった。教師が杖やローブに一時的に魔力を付与し、魔法の効果を高める基本技術を解説していた。


「……とまあ、この一時付与術は応用範囲が広く、いざという時の助けとなるでしょう。しかし、恒久的な付与術は、今では失われた技術とされています」


 教師が説明を終えると、ノヴァは手を挙げた。教師はまたかとばかりにため息を漏らしながらも、ノヴァを指名した。


「はい、ノヴァ・ギュンターくん。何か疑問でも?」


「はい。恒久的な付与魔法についてですが、失われたとされる技術の中に、魔力回路を物質の内部に定着させ、半永久的に効果を持続させるものがあったと認識しております。もしそれが可能ならば、魔力の消費を抑え、より複雑な術式を構築することも可能ではないかと……」


 ノヴァは立ち上がり、まるで当たり前のようにスラスラと述べた。彼の口から出てくるのは、この世界では失われたとされる、「魔力によるルーン文字の定着」や「術式構造の最適化」といった概念だ。


 教師はノヴァの言葉に最初は困惑していたが、次第に目を見開いていった。そしてガタリと椅子から立ち上がった。


「な、なんだと!? ルーン文字の定着だと!? 半永久的な持続性? それはまさか……! 伝説に聞く、失われた『古の付与魔法』ではないか!? 君は一体、どこでそのような知識を……!?」


 教師は興奮のあまり、ノヴァの手を取らんばかりの勢いだった。生徒たちは再びノヴァの異質さに唖然とする。


 その日の放課後、ノヴァは再び学長室に呼び出された。学長は先日の授業でのノヴァの言動について、既に報告を受けているようだった。


「どうぞ。ノヴァ・ヴァルシュタインくん。そこに座りなさい」


 学院長はいつもの優しい声ではあったが、その瞳には厳しさが宿っていた。ノヴァは促されるまま椅子に腰掛けた。


「先ほど担当教師から一時付与魔法の授業での貴方の発言について報告を受けましたわ。……『古の付与魔法』、あるいは『恒久付与魔法』とでも呼ぶべきか。貴方はその概念に触れましたね?」


 学院長の言葉に、ノヴァは静かに頷いた。


「はい。文献で僅かに触れた程度の知識ですが」


「ふふ、文献ですか。それは一体どのような『文献』だったのかしら。貴方が口にしたそれは、この国でもごく一部の魔術研究者上位の者が秘匿してきた技術。あるいは失われたと思われていた、この世界の『真理』に深く関わる知識ですわ」


 学院長は真剣な眼差しでノヴァを見つめた。その眼差しは慈愛よりもある種の警告を含んでいた。


「そのような知識を貴方のように若く、そして規格外の才能を持つ者が軽々しく口にすることは……学院、ひいてはこの国の秩序を揺るがしかねません」


 学院長は静かに、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。


「ノヴァ・ヴァルシュタインくん。貴方の才能はわたくしも認めています。しかしその才能ゆえに貴方は『危うい存在』になり得る。どうかこの学院にいる間は、貴方の持つ知識の全てを安易に披露することは自重しなさい」


 それは、命令であり、忠告であり、そして暗に「至らぬことはするな」というメッセージでもあった。ノヴァは学院長の言葉の重みを理解し静かに頭を下げた。


「承知いたしました、学長。心に留めておきます」


 学院長は、ノヴァの返事を聞くと、再び微かな笑みを浮かべた。


「よろしい。貴方の未来はこの学院、ひいてはこの国の未来を大きく左右するでしょう。わたくしは貴方の才能に大いに期待しておりますわ。……ですがその才能が思わぬ波乱を招かぬように見守らせていただきますわね」


 ノヴァは学長室を出ると、深く息を吐いた。彼の異質性は早くも学院のトップにまで注目され、ある種の「規制」を受けることになった。


 学院生活が始まり、数日。ノヴァの「異質性」は学院全体に大きな波紋を広げていた。彼の姿を見れば教師たちは今後の指導方針に頭を抱え、貴族子弟たちは警戒と嫉妬の眼差しを向け、そして一部の生徒たちは彼を畏敬の念を持って見つめるようになっていた。


 ノヴァは食堂での嫌がらせの件でユーリに迷惑をかけてしまったことに多少の戸惑いを覚えつつも、学院で学ぶことへの意欲を再確認していた。前世の知識とこの世界の魔法が融合することで、新たな発見が次々と生まれる。それは、ノヴァにとって何よりも刺激的な体験だった。


「ノヴァ今日は授業の後、図書館に行かねーか? お前が言ってた『ルーン文字の定着』ってやつ、もう少し詳しく聞かせろよ!」


 ユーリが目を輝かせてノヴァに話しかける。ノヴァは学園長の言葉を思い出し、苦笑いを浮かべた。


「ああ、もちろん。その代わり学院の図書館の配置について、ユーリの知ってることを教えて」


 学院という新たな舞台で、ノヴァの規格外の才能は周囲に大きな影響を与え始めている。それは時に混乱を、時に畏敬を、時には新たな可能性をもたらす。王立魔術学院はこの神童の登場によって、静かな変革の波に飲み込まれようとしていた。そしてノヴァ自身もこの学院での出会いや経験を通して、やがて来る大きな波乱へと否応なく巻き込まれていくことになるだろう。

学院に入学して間もないノヴァの存在は、すでに大きな波紋を呼びつつありました。

教師たちは頭を抱え、貴族子弟は反発を募らせ、そして学院長までもが彼の力に目を向ける――。

神童と呼ばれる少年が放つ異質な光は、周囲に畏怖と嫉妬、そして嵐の予兆を生み出していきます。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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