第45話 神童、学院を騒がす一触即発の学園生活
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さて今回は
学院生活、いよいよ初日――。
寮の朝からすでに全力テンションのユーリに叩き起こされ、ノヴァの学園生活が始まります。
座学では学院長からの思わぬ問いかけ、実技では圧倒的な魔力操作を披露し、周囲を唖然とさせるノヴァ。
一方のユーリも着実な努力を見せつけ、風魔法で確かな成長を示すのでした。
「ノヴァぁ! 起きろぉおおおおおおお!!!」
朝っぱらから鼓膜を揺らす大声に、ノヴァはベッドから転げ落ちそうになった。まだ薄暗い寮の部屋に、朝日よりもまぶしいほどのテンションで飛び込んできたのは、言わずもがな同室のユーリである。
「うおっ!? なんだよ、ユーリ!?」
ノヴァが呻きながら起き上がるとユーリはすでにベッドサイドに仁王立ちし、腕を組んで得意げな顔をしていた。
「なんだよじゃないだろ! 初日だぞ初日! 王立魔術学院の初日だ! 気合い入れてかからないでどうするんだよ!」
「いや、気合い以前に、睡眠は大事だろ……」
ノヴァは寝ぼけ眼を擦りながらユーリが既に学院指定のローブを完璧に着こなし、髪も整えていることに気づいた。その手には湯気を立てるマグカップが2つ。
「ほら、さっさと着替えろよ! 朝飯食いに行くぞ! お前入学式の時も『目立たないように』とか言ってたけどさ、その能力で目立たないのは無理だからな!」
ユーリがマグカップの1つをノヴァに手渡す。温かい紅茶の香りが、眠気を少しだけ吹き飛ばしてくれた。
「ったく、寝起きからうるさいな……。でもまあ、ありがとう」
ノヴァがマグカップを受け取ると、ユーリはニカッと笑った。
「へへん! これが先輩の貫禄ってやつよ! さっさと支度しろよな、食堂、すげー美味いぜ!」
ユーリの軽快な掛け声とともに、隣の部屋からも「おい、そっちも早くしろよー!」という声が聞こえてくる。寮の廊下からは、他にも多くの生徒たちの賑やかな声や足音が響いており、学院の活気が伝わってきた。
ノヴァはその喧騒の中に身を置く自分に、まだ少しだけ違和感を覚えていた。しかしユーリのような友人がいることに、確かな安堵も感じていた。
(さて、どんな一日になるのやら……)
ノヴァは湯気を立てる紅茶を一口すすり、静かに息を吐いた。彼の魔術学院での初めての一日が、今始まろうとしていた。
朝食を済ませたノヴァ。指示された場所へと移動すると、そこは新入生が集まる広々とした講義室だった。すでに多くの生徒が着席しており、その顔ぶれは入学式の時と同じく、貴族然とした者から市井の才を持つ者まで様々だ。
ほどなくして、教壇に立ったのは、なんとセレナ学院長だった。
「あら、皆様おはようございます。改めまして、王立魔術学院へようこそ。本日はわたくしが基礎魔術理論の導入を担当させていただきますわ」
学院長の優雅な声が響き渡る。ノヴァはまさか学長自らが教鞭を執るとは思わず、少しばかり驚いた。そしてノヴァにどこか訝しげな視線を向けてくる。
(またあの視線か……)
学長の講義は、魔術の歴史、魔力の性質、属性の分類といった、まさに基礎中の基礎から始まった。ノヴァにとっては前世の知識とアルスからの教えで既に熟知している内容ばかりだ。
「……さて、では魔力とは何か、簡潔に説明できる者はいますか?」
学院長が問いかけると、多くの生徒が居住まいを正し、いくつかの手が挙がった。学院長はその中の一人、いかにも優等生然とした男子生徒を指名した。
「はい、魔力とは生命体が体内に宿す、魔法を発動するためのエネルギー源であり、その質と量によって魔術師の力量が測られます!」
男子生徒は淀みなく答えた。学院長は優しく頷く。
「ええ、素晴らしい。よく学んでいますわね。では、ノヴァ・ギュンターくん。貴方の見解も伺いましょうか?」
突然名を呼ばれ、ノヴァは軽く身を震わせた。周囲の視線が一斉にノヴァに集まる。彼は立ち上がり少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「はい。魔力とは、単なるエネルギー源に留まらず、その者の『魂の在り方』を反映するものです。質と量もさることながら、重要なのは『調和』と『適応性』。異なる属性を組み合わせる際の相性、そしてその魔術師がどれだけ『世界』との間に『パス』を築けるか、その深さが真の魔力量を示すと考えます」
ノヴァの言葉に、講義室が静まり返った。生徒たちは唖然とし、学院長の目が見開かれる。
「……なるほど。魂の在り方、調和、適応性、そして世界とのパス、ですか。ふふ……大変に興味深い考察ですわね。これはまだ一般には浸透していない、ごく一部の深淵を覗く者だけが知りうる『魔術の真理』の一端と言えましょう」
学院長はノヴァをじっと見つめ、その口元に微かな笑みを浮かべた。
「貴方が特待生として入学したことは、既に耳にしておりますわ。筆記試験、実技試験共に、前代未聞の結果だったと報告を受けておりますが……ふふ、お噂以上ですこと」
ノヴァの答えは、単なる知識の披露ではなく、魔術の本質を深く理解していることを示していた。学院長はノヴァのその並外れた才覚に、改めて感嘆の声を漏らした。
座学の授業が終わり、午後は実技の授業へと移った。場所は学院の中庭に設けられた広大な演習場。生徒たちはそれぞれの属性に応じた魔力操作や基礎魔法の発動練習に取り組む。
「では、まずは自身の魔力を練り上げ、目の前の標的にそれぞれの属性に応じた魔法をぶつけてみましょう。初級魔術の基本です」
ベテラン教師が指示を出す。多くの生徒が額に汗を浮かべ、光魔法、火魔法や風魔法を放つ中、ノヴァは悠然と構えていた。彼は軽く手をかざすと、手のひらの上で光、火、風、土、水の五色の光を順番に点滅させてみせた。
「……えっと、ノヴァ・ギュンターくん。基礎魔術ですから、まずは1つの属性に絞って……」
教師が慌てて声をかけたが、ノヴァはすでに次の段階に入っていた。彼は五色の光を1つに収束させると、それは瞬く間に直径1メートルほどの巨大な光の球へと膨れ上がり、標的の的を跡形もなく吹き飛ばした。轟音と共に土煙が舞い上がり、演習場にいた全員が呆然とノヴァを見つめる。
「え? あ、すみません。つい加減を……」
ノヴァがバツが悪そうに言うと、教師はがっくりと肩を落とした。
「き、君は……本当に新入生かね? いくらなんでも、基礎魔術でやるレベルじゃないだろう!?」
教師は頭を抱えた。周囲の生徒たちからは驚きと畏怖、そして一部からは嫉妬の混じった視線が向けられる。ノヴァは周囲の反応に辟易としながらも、内心では「やっぱり加減が難しいな」とため息をついていた。
(これは本当に新入生か……? まったく、学長が目をつけただけのことはあるが、こんな逸材をどう指導すればいいんだ……!)
教師の頭の中では、今後の指導方針が完全に白紙に戻った音がした。
一方、ノヴァから少し離れた場所では、二年生の風魔法の実技授業が行われていた。ユーリもその中にいた。
「ユーリ・バルマン! 次は君の番だ! 風刃を3つ生成し、的を射抜いてみせろ!」
風属性担当の若手教師が指示を出す。ユーリは自信満々に頷くと、右手を素早く前に突き出した。
「おっしゃー! 任せてくださいっす!」
ユーリの手のひらから透明な風の刃がシュッと3つ生まれ、正確に的の中心を射抜いた。その速度、精度、そして魔力の無駄のなさには、他の二年生たちも目を見張る。
「おおっ! 相変わらず見事な風刃だ、ユーリ! その安定性は学年でもトップクラスだな!」
教師は満足げに頷いた。ユーリは胸を張って、ちらりとノヴァの方を見た。ノヴァが先ほどの座学と実技でどれほど騒ぎを起こしたかをユーリは知っていた。
(へへん! ノヴァのやつ、相変わらず派手にやってんな! でも俺だって、少しは成長してるんだ!ここで負けてられないからな。)
ユーリはノヴァが教えてくれた魔力操作の基礎と風魔法の応用練習を、誰よりも真面目に続けてきた。そのおかげで、二年生になった今、彼の風魔法は飛躍的に上達していた。
教師陣も、ユーリの安定した魔力制御と、無駄のない魔法発動に改めて舌を巻いていた。
「ユーリくんの風魔法は、まるで教科書を見ているようです。ここまで徹底した基礎は、並大抵の努力では身につきません。一体どういう指導を受けたのだ……」
教師たちは首を傾げながらも、ユーリの才能に期待の眼差しを向けていた。ユーリはニヤリと笑い、ノヴァにサムズアップを送った。
昼休みになり賑やかな食堂で、ノヴァとユーリは向かい合って座っていた。ノヴァは学院のランチプレートを上品に平らげ、ユーリは豪快にかき込んでいる。
「いや〜、しかし初日からすげーなお前! 座学でも実技でも、先生たちみんな頭抱えてたぞ!」
ユーリが口いっぱいに頬張りながら言う。ノヴァは苦笑した。
「そ、そうか? なんか普通のことをしたつもりだったんだけどな……。っていうかこの学院の授業、思ってたより簡単だな」
ノヴァが何気なく漏らした言葉に、ユーリは箸を止めて絶句した。
「……おいおいおい、何を言ってんだ、お前は!? 学院の授業だぞ!? 国内最高峰の魔術学院の授業だぞ!? それが『簡単』って、お前が規格外なだけだろ!それに言葉には気をつけろよ、いらぬ誤解を生むぞ!」
ユーリはテーブルをバンッと叩き、大声でツッコミを入れた。周囲の生徒たちが、何事かとこちらをちらりと見た。
「そうか? でもアルス先生の教えとギュンター卿の指導で自分が修練した内容と比べてあんまり難しく感じないんだよな」
ノヴァは首を傾げる。ユーリはもう一度テーブルに頭を打ち付けそうになった。
「はぁああああ!? あんまり難しく感じないてなんだよ! お前マジで、自分がどれだけ異質か自覚しろよな!? 普通のやつはな、入学初日から先生を絶句させたりしねーんだよ!」
ユーリは呆れ果てたように言ったが、その表情にはどこか嬉しさとノヴァの異質性を自然に受け入れているような温かさがあった。
「まあ、でも、ユーリの風魔法はすごかったな。あの先生も驚いてたぞ。俺の教え方が良かったってことかな?」
ノヴァが少し得意げに言うと、ユーリは途端に顔を赤らめた。
「な、なんだよ急に! 別に、お前のおかげだけじゃねーし! 俺の努力の賜物でもあるんだからな!」
「はいはい」
ノヴァは小さく笑った。食堂の喧騒の中、二人の他愛ない会話が響く。ノヴァにとってこの学院はまだ未知の部分が多いが、ユーリという友人の存在は何よりも心強いものだった。しかし彼の規格外の才能が、これから学院にどれほどの波乱を巻き起こすのか、その予感は、まだ小さな種に過ぎなかった。
ノヴァの異質さが学院に早速知れ渡り、教師たちすら頭を抱える一方で、ユーリの存在が場を和ませてくれていました。
天才と努力家――対照的でありながら、互いを補い合う二人の関係が学院生活をより鮮やかに彩っていきます。
けれどもその突出した力が、やがて大きな波乱の種となるのは必然……。
ノヴァの「神童伝説」は、ここからさらに加速していきます。
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