第44話 神童入学と、風読み先輩の咆哮
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さて今回は、
王立魔術学院への入学式。
華やかな舞台で注目を浴びるノヴァは、貴族子弟たちの視線に戸惑いながらも、新たな学び舎への一歩を踏み出します。そこで待っていたのは、懐かしい顔との再会、そして学院長との意味深い対話――。
それは、学院での日々に早くも波乱と縁の予兆をもたらすのでした。
「お嬢様方、坊ちゃまたち、どうぞこちらへ!」
衛兵の恭しい声が響く中、ノヴァを乗せた豪華な馬車は、王立魔術学院の正門を横目に設けられた「貴族専用」とでも言いたげな、厳かなアーチ門をくぐった。石畳の上にはすでに煌びやかな馬車が何台も列をなしている。
(うわ、やっぱりこっちか……。なんか場違い感がすごいな)
ノヴァは馬車の窓から外を覗き、内心でため息をついた。周囲の馬車から降りてくる少年少女たちは皆、高価そうなローブを身につけ、どこか気品を漂わせている。中にはちらりとノヴァの馬車に視線を向け、訝しげな表情を浮かべる者もいる。前回の「辺境伯の隠し子」騒動が、まだ尾を引いているのだろうか。
「ノヴァ様、間もなく到着でございます」
グレイブス執事長が、いつもの完璧な姿勢で告げた。ノヴァは頷いたが、馬車が完全に止まる前から、既に外から熱い視線が突き刺さっているのを感じた。
(来るか……例の視線が!)
観念して馬車を降りると、やはり周囲の視線が一斉にノヴァに集中する。その中には好奇心だけでなく、明らかに警戒や嫉妬といった感情が混じり合っていた。
「あら、あの紋章……辺境伯家?」
「見ない顔ね。まさか今年の新入生?」
「特待生って噂の子かしら。でもあんなに地味な……」
ひそひそ声が耳に届く。ノヴァはポーカーフェイスを保ったが、内心では「地味って言うな!」と叫んでいた。
グレイブス執事長は、馬車から降りたノヴァに深々と頭を下げた。
「ノヴァ様。これより先は、辺境伯家の名を背負いし貴方様の、新たなご活躍の道でございます。ギュンター卿のご期待に沿えるよう、勉学に励まれ、その才を磨き抜いてくださいませ。この学院にて何らかの不都合や、手助けが必要となる事態がございましたら、学院を通していつでもご指示ください。辺境伯家は常に貴方様の盾となり、いかような状況でも馳せ参じますゆえ。」
「グレイブスさん、いつもありがとうございます。大丈夫ですよ、頑張ります」
ノヴァが微笑んで答えるとグレイブスは満足げに頷き、一礼して馬車へと戻っていった。一人になったノヴァは改めて学院の門を見上げた。
王立魔術学院の入学式は荘厳そのものだった。大講堂はステンドグラスの光で満たされ、壁には歴代の偉大な魔術師たちの肖像画が飾られている。壇上には王国の重鎮や学院の幹部たちがずらりと並び、その威厳に新入生たちは皆緊張した面持ちで姿勢を正していた。
学院長の厳かな挨拶が始まった。その声は魔力を帯びているかのように、講堂の隅々まで響き渡る。
「……本日、ここに集いし若き才能たちよ。王立魔術学院は、この国の未来を担う魔術師を育成する最高学府である。諸君らは選ばれし者たちだ。己が才能を磨きこの国の平和と発展に貢献することを誓うのだ!」
ノヴァはその言葉を聞きながら、周囲を見渡した。隣に座る新入生たちは皆、目を輝かせている。彼らにとってここは憧れの場所なのだろう。だがノヴァにとっては学び舎であると同時に、この世界の真実に近づくための、そしていずれエリスや家族を守るための力を得るための、「手段」でもあった。
新入生代表の宣誓も滞りなく終わり、入学式は幕を閉じた。式の間もノヴァは自分が注目されていることを肌で感じていた。特に最前列に座っていた貴族子弟らしき集団から、度々刺すような視線が送られていた。
(よし、まずは目立たないように平穏に過ごそう……。無理だろうけど)
ノヴァは、来る学園生活への漠然とした不安と、新たな学びに向けた期待がない混ぜになった複雑な感情を抱えていた。
入学式が終わり、大講堂を出たところで、ノヴァの肩を勢いよく叩く手が。
「ノヴァぁあああああ!!!」
「うわっ!」
振り返ると、そこにいたのは、満面の笑みを浮かべたユーリだった。ノヴァより頭1つ分背が高くなり、体格もがっしりしている。見慣れた明るい茶色の髪が、陽光にきらめいていた。
「ユーリ! 一年ぶりだね!元気にしてた?」
ノヴァが驚きで目を丸くすると、ユーリはガハハと笑いながらノヴァの背中をバシバシと叩いた。
「ったりめーだろ! 何言ってんだよ、俺がここにいられるのは、全部お前のおかげなんだぜ! なあ、覚えてるか? あの時、お前が俺に風魔法の指導を受けたおかげで俺、入学試験でめちゃくちゃ上手くできたんだ! 教師たちもビックリしてたぜ、ハハハ!」
ユーリは得意げに胸を張る。ノヴァはその屈託のない笑顔を見て、内心で安堵した。
(まさかユーリが本当に特待生になるとはな……。でも、そうか俺が教えた魔術が役に立ったのか。嬉しいな)
「 ノヴァも特待生なんだろ? さすがだな! やっぱお前は天才だよ!」
ユーリは心底感心したように言う。ノヴァは照れくさそうに頭を掻いた。
「それでユーリ先輩ははもう学院には慣れたの?」
「おいおい、二人きりの時に先輩はやめてくれよ。ああ、もうバッチリだぜ! お前は俺より一学年下だけど、困ったことがあったら何でも頼れよ、先輩がしっかり教えてやるからな!」
ユーリは自信満々に胸を叩いた。ノヴァは頼もしいような、ちょっと心配なような、複雑な気持ちでユーリを見上げた。
入学手続きを済ませ、寮の部屋へと案内されるノヴァ。廊下を歩きながら、寮の担当者が説明を始めた。
「ノヴァ・ギュンター殿はこちらの部屋でございます。同室の生徒は既に学院には慣れていらっしゃる方ですので、何かと心強いかと存じます」
ノヴァはコンコンとノックされた扉の向こうに、一体どんなルームメイトがいるのかと少し緊張した。扉が開くと部屋の中から聞こえてきたのは、聞き慣れた少しお調子者な声だった。
「お、来た来た! ノヴァ、お前まさか俺と同じ部屋だとは思わなかっただろう?」
そこに立っていたのは、ドヤ顔をしているユーリだった。ノヴァは目を剥いた。
「ええええええええっ!? ユーリ!?」
「なんだよ、そんな驚くことないだろ? 俺はここにいるんだから!」
ユーリはケロリとしているが、ノヴァは内心で絶叫した。
(マジかよ! 特待生同士って、同室になるのか!? このお調子者と5年間も!?)
ノヴァは頭を抱えたが、ユーリはすでに嬉々として自分のベッドを指差している。
「ここが俺のベッドで、あっちがお前のベッドな! なあ俺が先輩として、色々教えてやるよ! 夜はこっそり夜食作りのパーティーとか、抜け出して街の探索とか!」
「おいおい、寮則違反だろ、それ……」
ノヴァは呆れつつも一人ではないことに、どこか安堵を感じていた。ユーリの存在が張り詰めていたノヴァの心を少しだけ緩めてくれた。
部屋の片付けもひと段落つき、ノヴァが自室の書斎机に向かい、学院で使う教材を広げようとした、その時だった。
「ノヴァ・ギュンター殿、至急、学長室までお越しください」
扉の外から、寮の担当者の厳かな声が聞こえた。ノヴァとユーリは顔を見合わせる。
「学長室? なんだろ?」
ユーリは首を傾げたが、すぐににやりと笑った。
「もしかしてお前、初日から何かやらかしたんじゃねーのか? やっぱ天才は違うな!」
「失礼な! 何もやってないよ!」
ノヴァは慌てて否定した。すると、寮の担当者が付け加えた。
「それと、ユーリ・バルマン君もご同行ください、とのことでございます」
「え、俺も!?」
今度はユーリが目を丸くした。ノヴァは、なんだか嫌な予感がしていた。
「まあ、行ってみればわかるだろ。まさかいきなり退学とかじゃあるまいし……」
ユーリは呑気に言うが、ノヴァの心臓は少しだけ速く鼓動した。
学長室は学院長の威厳そのままに、重厚な調度品で満たされていた。奥の大きな執務机には優しげな顔立ちながらも、どこか威厳を秘めた老婆が座っていた。
「まあ、入りなさい。ようこそ、王立魔術学院へ。ノヴァ・ギュンターくん、そして、ユーリ・バルマンくん」
学院長の声はまるで絹が擦れるように優しく、しかしその奥には揺るぎない力が感じられた。ノヴァはこの声と慈愛と鋭さを含んだ眼差しを、約一年前の王都で一度経験していることを思い出す。
「ノヴァ・ギュンターくん。貴方が特待生として入学したことは、既に耳にしておりますわ。筆記試験、実技試験共に、前代未聞の結果だったと報告を受けておりますが……ふふ、お噂以上ですこと」
学院長はノヴァをじっと見つめ、その瞳には慈愛と同時に、全てを見透かすような鋭い光が宿っていた。ノヴァはまるで裸にされたかのような視線に、思わず背筋を伸ばした。
そして学院長の視線がユーリへと移った。学長の表情は、ユーリを見るなり一瞬で和らいだ。
「ユーリくんは元気にしておりましたか? あなたの風魔法の進捗は、いつも教師たちから良い報告を受けておりますわよ。先日も実技演習で素晴らしい応用を見せてくれたと聞きました」
学院長は優しい眼差しでユーリに語りかけた。ユーリは普段のお調子者な顔から一転、少し照れたように頭を掻いた。
「学長! はい元気です! まあこのユーリ様にかかれば、風魔法なんてちょちょいのちょいですからね!」
ユーリが自信満々に胸を張ると、学長は「ふふ」と上品に笑った。
「ええ、存じておりますわ。特に、の基礎が実に確かなものだと。貴方のその確かな基礎は誰かからよほど丁寧に教え込まれたとしか思えませんでしたが、まさか、このノヴァくんから手ほどきを受けていたとはね」
学院長はそこで言葉を区切り、ユーリそしてノヴァの顔をまじまじと見つめた。ユーリは居心地悪そうに身じろぎした。
「そ、そうでしょうか……ノヴァにちょっと教えてもらっただけなんですけど……」
ユーリが正直に答えると、学院長の口元に微かな笑みが浮かんだ。そしてその表情にどこか懐かしむような色が加わった。
「まあ、なるほど……! そうですわね……その魔力の波動、その才能の片鱗……あの『変人』が、まさかこんなところに……いや、あの弟の孫弟子ならば、得心しましたわ。」
学院長はユーリの顔を凝視し、まるで何か確信を得たかのように、小さく頷いた。
「おや、つい独り言が過ぎましたわね。なんでもございません。とにかく、ユーリくん。貴方が持つ風への親和性は、確かにこの学院でも滅多に見ないものですわ。特にその基礎の確かさは、貴方がノヴァくんから教えを受けたからこそ、ここまで伸びたのでしょう。……ふふ、縁というものは不思議なものですわね」
学院長はどこか複雑なしかし温かい表情でユーリを見つめ、そしてノヴァを見た。
「ノヴァくん。貴方の才覚も普通じゃありえません。特にあらゆる属性への親和性、そしてその魔力量……。学院始まって以来の逸材と言えるでしょう。貴方には以前、直接この学院への入学を勧めましたが、こうして来てくださって本当に嬉しいですわ。 王立魔術学院は、貴方たち二人の才能を最大限に引き出すことを約束いたします。どうぞ、大いに期待していなさい」
学院長の言葉には確かな重みと、未来への期待が込められていた。そしてその視線が、ノヴァの魔法の師匠であるアルスにどこか似ているような気がしてノヴァはわずかな違和感を覚えた。
ノヴァは学長室でこの学院の、そしてアルスという人物の新たな側面を垣間見た気がした。
入学早々、ノヴァは再び注目の的となり、ユーリとの再会や学院長の言葉を通じて、自らの立場の重みを痛感しました。それでも、頼れる仲間がそばにいることは心強く、これから始まる学園生活に一筋の光を与えてくれます。次回からはノヴァの異常さが学園内で浮き彫りになります。どのような騒動が待っているのかご期待ください。
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