第40話 極致の片鱗、剣客への扉
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さて今回は、
魔術学院への進学を決意したノヴァは、剣の修練にも一層力を入れていた。
ギュンター卿が語る“剣の極致”と“卒業の証”。それは、少年にとってあまりに遠く、あまりに高い山だった――。
王都の王立魔術学院への入学まで、残された時間はあとわずか四ヶ月。ノヴァはギュンター卿から課せられた「剣聖の卒業の証」5つの極致と3つの奥義の習得に、これまで以上に没頭していた。彼の日常は、魔術の研究、領地の事業の監督、そして何よりも剣の鍛錬で埋め尽くされていた。道場には、夜遅くまでノヴァの気合と、剣が風を切る音が響き渡る。
「くそっ、あと一歩なのに……!」
ノヴァは汗だくになりながらも、何度も同じ型を繰り返す。彼の周りには、微かに魔力の光が瞬いたり気の流れが渦巻いたりしている。しかしそれらを自在に操り、究極の領域へと昇華させるのは、並大抵のことではなかった。
ギュンター卿は、ノヴァの修練を静かに見守っていた。その目は、弟子の成長を喜ぶと同時に、彼が直面している困難を理解していた。ノヴァはそれぞれの極致の習得に、試行錯誤を繰り返していた。
1つ、『魔力流動』。これは、ノヴァが付与魔法の研究で培ってきた魔力操作の延長線上にあった。剣に魔力を流すこと自体はできるが、それを斬撃そのものを変容させるまでに昇華させるのは、想像以上に難しかった。剣と魔力、そして自身の意志が完全に一体とならなければ、ただ魔力を垂れ流すだけになってしまう。
「剣よ、我の魔力と1つになれ……! そうじゃない、もっと自然に、一体になるんだ!」
ノヴァは、剣を振るたびに、魔力が剣身を駆け巡るのを感じる。しかし、まだぎこちない。
2つ、『気力集中』。これは、ノヴァにとって最も未知の領域だった。魔力は、この世界の「魔法」として存在する力だが、「気」は、生命の根源たる力だ。
「生命の根源……? まったく、抽象的すぎるだろう……。俺は精神論は苦手なんだがなぁ……。」
ノヴァは額に手を当てて唸った。ギュンター卿は、そんなノヴァを見て、フッと笑みを漏らす。
「ハッハッハ! ノヴァ、気とは意識の向くところに集まるものだ。己の生命を、剣に込めるのだと意識してみろ。」
ギュンター卿の助言を受け、ノヴァは意識を集中する。すると、剣を持つ腕からじんわりと温かい力が剣へと流れ込んでいくのを感じた。
3つ、『虚無隠蔽』。これはノヴァの存在感を極限まで希薄にする技術だった。以前ロランドの影に潜んだ際、無意識にこれに近いことをしていたが、意識的に行うのは全く別の話だ。
「気配を消す……息を止めるか? いや、それじゃバレるな……。よし幽霊になったつもりで、フワッと……フワッとだ!」
ノヴァは、まるで透明人間になったかのように、道場の中をゆっくりと移動する。その姿は確かに薄くなり、足音も消える。しかし、完全に気配を断つには、さらなる精神統一が必要だった。
4つ、『双極融合』。魔法と気、2つの異なる力を同時に練り、融合させる技術。ノヴァはこれまで無意識に行っていた魔力と気の同時操作を、より意識的にそして高いレベルで融合させようと試みた。これは彼が持つ特異な体質を最大限に活かす極致だ。
「魔力と気……水と油、じゃないんだから、もっと混ざってくれよ!」
ノヴァは、両手に魔力と気を同時に練り上げる。最初は互いに反発し合うかのように不安定だったが、徐々に2つの力が、彼の意志の元で混じり合い、これまでになかった圧倒的なエネルギーを生み出し始めた。
5つ、『無心流転』。これは、ノヴァにとって最も困難な壁だった。前世の知識と経験が、かえって邪魔をする。「考えない」ということが、彼にとってどれほど難しいことか。
「ぐぅぅ……無になる……無になるんだ……考えるな、感じるんだ……! …って、考えちゃってるよ!」
ノヴァは、額を床に擦り付けながら、己の思考と格闘した。ギュンター卿は、そんなノヴァをみて堪えきれないといった様子で吹き出した。
「ハッハッハ! ノヴァ、お前は考えることに慣れすぎているのだ。だがそれでいい。その葛藤こそが次なる境地への道標となる。」
四ヶ月の特訓の末、ノヴァはそれぞれの極致において、確かな手応えを感じ始めていた。そして、ついに1つの奥義の習得に成功した。それは、『閃光絶命剣』だった。
ある日の夕暮れ、ノヴァは道場で一人、ひたすらに剣を振っていた。魔力流動と無心流転の極致を同時に意識する。頭の中を空っぽにし、ただ「斬る」という本能的な欲求に身を委ねる。その時だった。
スッ――
ノヴァの剣がまるで光が迸るかのように一瞬で閃いた。それは音もなく、残像すら残さない、ただ純粋な「速さ」の極致だった。道場の隅に置いてあった木製の的が、まるで最初から斬られていたかのように真っ2つに分かれる。斬られたことすら認識できないほどの、完璧な一撃だった。
「やった……! やったぞ!!ついに出来ましたギュンター卿!」
ノヴァは興奮して叫んだ。その声を聞きつけ道場に駆けつけてきたギュンター卿は、斬られた的を見て目を大きく見開いた。
「ま、まさか……あの『閃光絶命剣』を、この短期間で……!?」
ギュンター卿は、信じられないといった表情でノヴァを見つめた。
「お見事だ、ノヴァ! よくやった! まさか、この奥義から習得するとはな……。お前の才能は、私の想像をはるかに超えている。」
ギュンター卿は心底から感嘆の声を上げた。ノヴァは達成感と、師に認められた喜びで、顔を輝かせた。
「ノヴァ。この奥義を習得した今、お前には、剣士としてさらなる高みを目指す資格がある。」
ギュンター卿は、そう言って、ノヴァをまっすぐ見つめた。
「お前は、既に『上級(熟練の剣士)』の域を超え、『特級』の領域に足を踏み入れている。特に、『閃光絶命剣』は、まさに『剣客』の領域に到達したことを示す奥義だ。」
ノヴァは、驚きに目を見開いた。「剣客」の資格。それは、剣の道を究めた者にのみ与えられる称号だ。
「私が、剣聖として、お前の『剣客』への推薦をしよう。各流派の師範以上の承認を得る必要があるが、お前のこの一撃を見れば、誰も異論はないだろう。」
数日後、辺境伯領の道場で、ギュンター卿の呼びかけにより、辺境伯領に駐留する剣術流派の師範たちが集められた。彼らは、ノヴァが十歳にして「閃光絶命剣」を習得したという話を聞き、半信半半疑の表情を浮かべていた。
「まさか、あの『閃光絶命剣』を、この童が……?」
「剣聖の奥義だと? いくら神童とはいえにわかには信じがたい。」
師範たちがざわめく中、ギュンター卿は静かに言った。
「では、ご覧に入れよう。ノヴァ、お前の『閃光絶命剣』を。」
ノヴァは、道場の真ん中に立ち剣を構えた。そして集中し無心になる。彼の視界から周囲の風景が消え、ただ「的」だけが鮮明に映る。
スッ――
再び光のような一閃が道場を駆け抜けた。その一撃は、あまりにも速く、師範たちは何が起こったのかすら理解できなかった。彼らが目を瞬かせた時には、的は既に寸分たがわず完璧に斬り裂かれていた。
「な……なんという……!」
「信じられん……! 確かに、あの奥義だ……!」
師範たちはあまりの衝撃に言葉を失っていた。彼らはノヴァの才能と実力を目の当たりにし、その場で彼の「剣客」としての資格を満場一致で承認した。
「「ノヴァ殿、お見事です! 我々は、あなたの『剣客』としての資格を心より認めます!」」
各流派の師範たちが、深々と頭を下げた。ノヴァはその光景に、胸が熱くなるのを感じた。
「剣客」の資格を得たことで、ノヴァの剣術の道は、新たなフェーズへと突入した。彼は残りの奥義の習得にもさらなる意欲を燃やす。
「ギュンター卿! 残りの奥義も必ず習得してみせます! そして、いつかギュンター卿のように、剣聖と呼ばれる存在に……!」
ノヴァは、ギュンター卿に力強く宣言した。ギュンター卿は満足げに頷いた。
「うむ。期待しているぞ、ノヴァ。だが剣の道は終わりなき旅だ。焦らず、しかし着実に進んでいくことだ。」
ノヴァの修練は、王都への出発まで、一日も休むことなく続けられた。彼は、「不動重力斬」の重い一撃と、「天地雷鳴剣」の究極の破壊力にも、少しずつ手が届き始めているのを感じていた。
王都への学園入学までの残された期間、ノヴァは剣と魔法、そして「知識」を融合させる新たな領域へと足を踏み入れていた。彼の身体は、刻々と変化しその魔力と気の流れは、以前にも増して精密に制御できるようになっていく。
彼は自分の持つ才能と、ギュンター卿の教え、そして前世の知識が、この世界の常識を遥かに超えた力を生み出すことを確信した。
王都への旅立ちを翌日に控えた夜。ノヴァは道場で一人、静かに剣を構えていた。彼の剣には魔力と気が宿り微かに光を放っている。彼の心には家族への愛情と、未来への希望、そして真に「守る力」を使いこなすという、固い決意が宿っていた。
「剣客」の称号は、彼が歩む道の新たな道標だ。王都の王立魔術学院で彼はどのような出会いを果たし、どのような伝説を紡ぎ出すのか。ノヴァの物語は今新たな幕を開ける。
剣の道も、魔法の道も、そしてその先にある未知の境地も。
ノヴァはただ迷わず、ただひたすらに進むだけ。
残された一年は、彼をさらに強く、そして速く成長させていく。
気づけば40話……自分でもびっくりです(笑)いつも読んでいただき感謝です!
執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。




