第38話 王都の再会、導かれる運命
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さて今回は、王都での商会面談、剣術修練、そして幼馴染との思いがけない再会――。
そのすべてがノヴァに新たな選択を迫り、彼の進むべき道を大きく揺さぶります。
剣か、魔法か。それとも――。
辺境伯領での付与魔法研究と上下水計画の進展に目覚ましい成果を上げたノヴァは、ギュンター卿と共に王都へと旅立っていた。辺境伯との約束通り、王都の大商会との面談、そして王龍剣術 聖光流の本部への挨拶と修練への参加が今回の主な目的だ。王都の門をくぐると、領都とは比べ物にならないほどの活気と喧騒がノヴァを包み込んだ。
「うわぁ……すごい人だかりだ!」
ノヴァは目を輝かせ、キョロキョロと周囲を見回す。色とりどりの馬車が行き交い、大道芸人が技を披露し、様々な言語が飛び交っている。
「ふむ、地方の人間には刺激的だろうな。だが、気を抜くなよ、ノヴァ。王都は辺境とは異なる種類の魔物が潜んでいる。」
ギュンター卿が、いつものように淡々と言い放つ。ノヴァは背筋を伸ばし、引き締まった表情で頷いた。
まず訪れたのは、王都でも指折りの大商会、「金の羅針盤」の本部だった。番頭のガリオンの紹介で、ノヴァは会頭と面談することになった。会頭は、白髪交じりの老紳士で、その目は鋭く、商会の長い歴史と繁栄を築き上げてきた人物の風格が漂っていた。
「ほう、あなたがノヴァ殿ですかな。辺境伯夫人から、それは熱心な推薦をいただきましたぞ。まさか、あの『奇跡の製品』が、十歳の少年によって生み出されたとは……。」
会頭はノヴァを値踏みするように見つめた。ノヴァは、前世のビジネス経験を活かし、堂々と製品のコンセプトと将来性を説明する。
「はい。この製品は、単なる美容品ではありません。衛生概念の向上、ひいては人々の生活の質そのものを向上させる可能性を秘めています。それに大量生産技術を確立できれば、より多くの人々に、より安価で提供することも可能です。」
ノヴァの言葉に、会頭は目を細めた。
「ふむ……十歳にして、そこまで見通しているとはな。面白い。ガリオン、ノヴァ殿の言う通りに全力で支援せよ。この製品は我が商会の新たな柱となるだろう。」
会頭はノヴァの提案を全面的に受け入れた。ノヴァはそのビジネスセンスと決断力に感銘を受けた。翌日、ノヴァとギュンター卿は、王龍剣術 聖光流の本部を訪れた。道場には、多くの門下生たちが汗を流していた。
「ギュンター卿! そして、そちらの少年は……?」
師範代のうち位の高いものが、ノヴァを見て首を傾げる。
「この者は私の弟子、ノヴァだ。本日は門下生たちと共に修練に参加させてやりたい。」
ギュンター卿の言葉に門下生たちはざわめいた。十歳の子供が、剣聖の弟子? しかも共に修練だと?
修練が始まると、ノヴァは門下生たちの中に飛び込んだ。彼の剣筋は、無駄がなく、流れるようだった。ギュンター卿から叩き込まれた実戦的な剣技は、門下生たちを圧倒する。
「な、なんだあいつは!? 十歳だと!? 俺たちの剣が、まるで当たらないぞ!」
「しかも、あの剣さばき……まるで、流水の流れのようだ!」
門下生たちはノヴァの圧倒的な実力に、ただただ驚愕するばかりだった。ノヴァは、修練を通して王都の剣術レベルを肌で感じ、自身の立ち位置を再確認した。商会での面談と剣術の修練を終え、ノヴァはギュンター卿と共に王都見物をしていた。賑やかな市場を歩き、珍しい品々を見て回る。
「うわぁ、このお菓子見たことがない! ギュンター卿、これ食べてみませんか?」
ノヴァが目を輝かせながら、屋台のお菓子を指さす。ギュンター卿は、珍しく顔をしかめた。
「甘すぎる。私は遠慮する。」
ノヴァが一人で屋台に並んでいると、不意に背後から聞き慣れた声がした。
「あれ? ノヴァなのか!?」
ノヴァが振り返ると、そこに立っていたのは、見違えるほど背が伸び、顔つきも大人びた少年――幼馴染のユーリだった。
「ユーリ!?」
ノヴァは驚きと喜びで目を大きく見開いた。まさかこんな王都の真ん中で再会できるとは。二人は固い握手を交わし、肩を叩き合った。
「まさか、王都で会えるとはな! お前、どうしてたんだ!? 俺は、ずっとお前のことを探してたんだぞ!」
ユーリは、興奮してノヴァの肩を揺さぶる。
「僕こそ、ユーリに会えて嬉しいよ! 僕はずっと辺境伯領にいたんだ。ユーリこそ、どうしたんだ? こんな王都で。」
ユーリは、照れたように頭を掻いた。
「俺はな、魔法の才能を見込まれて、今年から王立魔術学院に特待生として入学したんだ! まさか俺が王都の学院に通うことになるとは、夢にも思わなかったぜ!」
ユーリの言葉にノヴァは驚いた。ユーリが学園の特待生として王都にいるとは。
「すごいな、ユーリ! 特待生なんて!」
「ああ! でも、ノヴァには敵わないぜ。お前にあの村で魔法を教わったから今の俺がある。それに辺境伯領で『神童』と呼ばれてるうわさも、こっちまで届いてるぞ!」
ノヴァはギュンター卿に別行動する許可をもらい、近くのカフェに入った。二人は昔の積もる話に花を咲かせた。互いの状況や、村が壊滅してからの苦労、そしてこれまでの出来事を語り合った。ノヴァは、ルナのことも尋ねた。
「ルナはどうしてるんだ? 元気か?」
ユーリは、少し寂しそうな顔で答えた。
「ルナはな、俺たちが移住した村で剣の修行を続けてるんだ。あいつ剣の腕がめきめき上がっててな。最近じゃ、上級(熟練の剣士)の腕前になったって、村じゃ評判なんだぜ!」
ユーリは、誇らしげに胸を張った。
「周辺の町や村どころか、ヴァルター男爵領内の騎士でもルナにかなうものは少ないって噂されるほどだ! あいつ本当に強くなったんだ。」
ノヴァはルナの成長に驚きと喜びを感じた。同時に自分も負けていられないという、新たな闘志が湧き上がってきた。ユーリとの再会を喜び、昔話に花を咲かせていると、不意にユーリが立ち上がった。
「あ、学長だ! 学長、こんにちは!」
ユーリが挨拶した先に立っていたのは、優しげで品のあるしかしどこか威厳を秘めた老婆だった。彼女は、王立魔術学院の学長だという。ノヴァはその老婆を見た瞬間、全身に電流が走ったような感覚を覚えた。彼女の魔力は尋常ではないほど圧倒的で、まるで深淵を覗き込むかのような感覚だった。
「あら、ユーリ。こんにちは。そちらの少年は?」
学長はノヴァを興味深げに見つめた。ユーリは得意げにノヴァを紹介する。
「学長! こちらは僕の故郷の幼馴染で、僕に魔法を教えてくれた、いわば僕の師匠なんです! ノヴァと言います!」
ユーリの言葉に学長の目が大きく見開かれた。
「そう……あなたがノヴァ殿ですか。まさかここで出会うとは。私は王立魔術学院長のセレナと申します。」
セレナ学長は、ノヴァの顔をじっと見つめた。その視線はノヴァの心の奥底を見透かすかのようだ。
「あなた様が、不詳の弟アルスから聞いていた少年ですね。辺境伯領の『神童』の噂も、かねがね耳にしておりましたよ。」
セレナ学長の言葉にノヴァは驚いた。アルス。彼の最初の魔法の師匠。あのステラ村で、魔法の手ほどきをしてくれた、あの高位魔術師だ。そしてセレナ学長が、そのアルスの姉だという。
「アルスは私の弟です。まさかあの子があなたに魔法を教えていたとは……。いやはや、縁とは不思議なものですね。」
セレナ学長は、優雅に微笑んだ。しかしその笑顔の奥には、ノヴァの計り知れない才能を見抜いた、鋭い眼差しが宿っている。
「ノヴァ殿。あなたにはぜひ王立魔術学院に入学してもらいたいわ。あなたの才能は、この学院でこそ真に花開くでしょう。」
セレナ学長の言葉は、まるで魔法のようにノヴァの心に直接響いた。その圧倒的な存在感と、彼の才能を完璧に見抜いた言葉にノヴァは息を呑んだ。
ユーリもその話を聞き、ノヴァに入学を勧める。
「そうだよ、ノヴァ! 学長がそこまで言うんだから、絶対に来いよ! お前が来れば、俺ももっと頑張れるし、また一緒に魔法の研究もできるぞ!」
ユーリの言葉はノヴァの心を大きく揺さぶった。剣の道か、魔法の道か。辺境伯からの提案そして今、アルスの姉である学長からの直接の誘い。ノヴァの心は、再び深い迷いに包まれた。
王都での目的を終え、ノヴァはギュンター卿と共に辺境伯領へと帰路についていた。しかし彼の心は晴れない。セレナ学長の言葉とユーリの勧誘が、彼の頭の中で何度も繰り返される。
(王立魔術学院……。アルスさんの姉が学長でユーリもいる。付与魔法の研究も、もっと深められるかもしれない。でも剣の道は……ギュンター卿の教えは……。)
ノヴァは父の形見の剣を握りしめた。剣の道は、彼が「守る」という決意を固めた大切な道だ。しかし、魔法の道もまた彼に無限の可能性を示している。どちらを選べば、本当にエリスや家族、そして村の人々を守れるのか。彼の心は深い葛藤の闇に沈んでいた。
ギュンター卿は、そんなノヴァの様子を静かに見守っていた。彼は、ノヴァがこの選択を、自分自身で乗り越えなければならないことを知っていた。
辺境伯領に戻ったノヴァは、自室に籠もり、再び深く考え込んだ。王立騎士学院、王立魔術学院、王立枢要院。それぞれの案内書を何度も読み返し、それぞれの道の利点と欠点を比較する。そして彼の心の中で、1つの答えが明確になっていった。
数日後、ノヴァはギュンター卿の元を訪れた。彼の顔には、以前のような迷いはなく、確かな決意が宿っていた。
「ギュンター卿。僕決めました。」
ノヴァの言葉に、ギュンター卿は静かに頷いた。
「ほう。聞かせてもらおうか。」
ノヴァは、まっすぐギュンター卿の目を見据え、自分の決意を語り始めた。その瞳には、未来への強い光が宿っていた。
ノヴァの決断は辺境伯に伝えられ承認された。彼の選択は、周囲の人々を驚かせたが、誰もが彼の決意を尊重した。グロリアス辺境伯はノヴァの選択を全面的に支援することを改めて約束し、王都への手はずを整え始めた。
ギュンター卿はノヴァの成長に静かに目を細めていた。彼の弟子は自分の道を、自分の力で切り開こうとしている。それが何よりも誇らしかった。
ノヴァは王都へ旅立つ日を心待ちにしながら、ギュンター卿との鍛錬に励んだ。彼の心には家族への愛情と、未来への希望、そして真に「守る力」を使いこなすという、固い決意が宿っていた。
王立魔術学院長セレナからの誘い、ユーリの言葉、そして己の決意。
ノヴァが選んだ道は、仲間と未来を守るための第一歩でした。
その選択がどんな波紋を広げていくのか――物語はさらに加速します。
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