第33話 神童の選択、未来への岐路
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十歳となったノヴァの才覚は剣も魔法も周囲を圧倒し、ついに領都の重鎮たちを動かし始める。
騎士、魔術師、官僚——それぞれが彼の未来を望む中、ギュンター卿が示したのは「選ぶのはノヴァ自身」という道。
少年はまだ知らない、自らの進路を巡り静かに始まった駆け引きを。
盗賊討伐からさらに月日が流れ、ノヴァは十歳になっていた。領都ヴェイルでの生活はすっかり板につき、ギュンター卿の厳しい指導のもと、彼の剣術の腕前は、上級を超え特級の剣客クラスに達していた。さらに盗賊討伐の際に見せた、的確かつ強力な魔術の運用は、領都軍内部で密かに語り継がれ、ついに辺境伯家魔法師団団長の耳にも届くようになった。
その日、ノヴァは騎士団の修練場でリアムと共に剣の修行に励んでいた。リアムもまた、兄と剣聖の薫陶を受け、めざましい成長を遂げあと一歩で上級の域に到達する腕前になっていた。
「リアム、もっと腰を落とせ! そこだ、重心を意識しろ!」
ノヴァの声が響き、リアムの木刀が風を切る。その動きは、すでに並の騎士を凌駕していた。
「ノヴァ兄、今日の僕、どうでしたか!?」
リアムが息を切らしながら尋ねる。ノヴァは満足げに頷いた。
「ああ、素晴らしいぞ、リアム! その調子だ!」
二人の鍛錬の様子を、執務室の窓からギュンター卿は静かに見守っていた。騎士団の熟練騎士の会話が聞こえる。
「ノヴァ殿もリアム殿も、本当に大きくなったなー。」
「ああ、特にノヴァ殿はこの歳でこの騎士団の最高峰の騎士といっても過言なし、末恐ろしいな!」
騎士たちの会話は領都のあちこちで聞かれる、ノヴァへの称賛のほんの一部に過ぎなかった。
辺境伯家魔法師団の団長ゼフィールは、王都の魔法学院を首席で卒業し、若い頃は王国の魔法研究省にも務めたこともあり、長年魔法の道を究めてきた老練な魔術師だ。しかし、最近耳にする「十歳の子供が大規模な盗賊討伐で、まるで熟練の魔術師のように魔法を操った」という噂は、彼の常識を大きく揺るがしていた。
「まさか、そんな馬鹿な話があるものか。十歳の子供が、戦場で魔法を自在に操るなど……。だが、報告は複数上がっている。これは、この目で確かめるしかない。」
ゼフィールは、執務室で腕を組み、唸っていた。そして、彼はギュンター卿に面会を求め、ノヴァの実力を確かめることにした。数日後、ギュンター邸の訓練場にてゼフィールは、ノヴァの魔法の腕前を試すべくいくつかの課題を与えていた。最初は簡単な生活魔法から始まり、徐々に複雑な術式へと移行していく。ノヴァは指示に淀みなく応え、その全てを完璧にこなしていく。
「ほう……。ルーメンの安定性、アクアの精密さ、そしてヴェントゥスの応用力……。確かにこの年齢でこれほどの魔力制御ができるとは、驚くべきことだ。」
ゼフィールは感嘆の声を漏らしたが、まだ疑念は晴れない。彼はさらに踏み込んだ質問を投げかけた。
「ノヴァ殿。魔法とは、いかなるものだと考える?」
ノヴァは、一瞬考え込んだ後、淀みなく答えた。
「魔法とは、この世界の理を理解し、魔力という媒体を通じてそれを具現化するものです。しかし、それは単なる現象ではありません。魔力はこの世界のあらゆる物質に宿り、互いに影響し合っています。その流れを読み解き、操作することで、私たちは新たな現象を生み出すことができるのです。」
ゼフィールの目が大きく見開かれた。それは彼が長年研究してきた魔法の真髄に迫る、深遠な知見だった。
「さらに、僕の知る限りでは、魔力はエネルギーであり、物質を構成する要素でもあります。それを応用すれば、例えば熱を発生させるだけでなく、物質の構造を変化させたり、新たな物質を生成することも可能だと考えています。そしてそれが今、僕が試行錯誤しながら研究している付与魔術の根幹です。」
ノヴァの言葉はゼフィールの魔法に関する常識を根底から覆すものだった。また普通では触れることのない特殊な魔法、付与魔術。それは彼が知る限りごく一部の古代魔術師が研究していたとされる、失われた概念だ。
「な……なんだと!? 付与魔術だと!? ノヴァ殿は一体どこで……」
ゼフィールは、興奮を隠せない。ノヴァは、悪戯っぽく笑った。
「秘密です。」
ゼフィールはノヴァの魔法だけでなく、その知見も人並外れたものであることを認識した。彼の才能は、魔法師団の未来を大きく変える可能性を秘めている。
その日の午後、ゼフィールは、長年の友人である筆頭執政官のユリウスを訪れた。ユリウスは辺境伯領の官僚機構を束ねる実力者で、その手腕は辺境伯も高く評価していた。
「ユリウス、君に相談がある。」
ゼフィールの顔は興奮と困惑が入り混じっていた。ユリウスは書類の山から顔を上げ、友人のただならぬ様子に眉をひそめた。
「ゼフィール、一体どうした? そんなに慌てた顔をするとは、珍しい。」
ゼフィールはノヴァとの面会の内容を詳細に語った。彼の魔法の腕前、そして付与魔術に関する知見。ユリウスはゼフィールの話に静かに耳を傾けていたが、やがて、その顔に深い笑みが浮かんだ。
「なるほど……。ゼフィール、君がそこまで驚くのも無理はない。実は私も事務方から上がる報告で、彼の才能については耳にしていた。書類の処理能力、記憶力、そして何よりも問題解決への論理的なアプローチ。彼の提出する報告書は、まるで答えが最初から分かっていた熟練の官僚が書いたかのようだ。まさしく治世の天才。」
ユリウスの言葉に、ゼフィールは驚いた。
「まさか、君も気づいていたとはな。」
「ああ。そして私は密かに彼を将来、私の後継者に迎えたいと考えている。」
ユリウスの言葉に、ゼフィールはさらに驚いた。筆頭執政官の後継者。それは辺境伯領の官僚機構の頂点に立つことを意味する。
「まさか、そこまで……!」
「彼の知見は魔法だけでなく、統治にも応用できる。彼の頭脳があれば、この辺境伯領は、さらに発展するだろう。」
彼らはノヴァを辺境伯家魔法師団、あるいは執政官の官僚機構に入れるべきだと辺境伯に強く主張することを決意した。ノヴァは、自身の才能が領都の重鎮たちの間で話題になっていることを知る由もなかった。彼は今日もギュンター邸で、エリスの世話に勤しんでいた。
「エリス、ほーら高い高い!」
ノヴァがエリスの脇を持ち腕を天井に向け高くつきあげると、エリスはきゃっきゃと笑い声を上げる。その無邪気な笑顔は、ノヴァの心を温かく包み込む。エリスの成長を間近で見守る喜びをノヴァは噛み締めていた。彼にとってエリスは、父ロランドが命を懸けて守ろうとした家族の象徴であり、彼自身の「守る力」の源だった。
数日後、辺境伯会議室で、ノヴァの将来を巡る会議が開かれた。グロリアス辺境伯、ライナス、ギュンター卿、ゼフィール、ユリウス、そして領都軍騎士団長が顔を揃える。
「辺境伯様、ノヴァ殿の才能は、魔法師団にとって、まさに至高の宝です! 彼の知見と魔力があれば、魔法師団は飛躍的に発展するでしょう! ぜひ魔法師団にお迎えしたい!」
ゼフィールが、熱弁を振るう。
「いやいや、ゼフィール殿、お待ちくだされ!」
ユリウスが、にこやかに、しかし強い口調で反論する。
「ノヴァ殿の真価は、その知見にこそあります! 彼の頭脳を官僚機構に迎え入れれば、辺境伯領の統治は盤石となり民はより豊かになるでしょう! ぜひ筆頭執政官の補佐として、官僚の道を歩ませていただきたい!」
二人の熱い主張に、グロリアス辺境伯は困ったように苦笑する。
「うーむ、二人とも、ノヴァの才能を高く評価してくれているのは喜ばしいが……」
その時領都軍騎士団長が、腕を組み不機嫌そうに口を開いた。
「辺境伯様。仮にとは言えノヴァは我が領都軍の騎士です。そして、ギュンター卿の直弟子でもある。剣の道こそ彼が進むべき道と考えます。魔法師団だの、官僚だの、軟弱な真似はさせられませんな!」
騎士団長の言葉に、ゼフィールとユリウスの顔が引きつる。
「「軟弱だと!?」」
二人が同時に叫び、会議室の空気は一触即発の状態になった。グロリアス辺境伯は、慌てて仲裁に入る。
「まてまて、皆落ち着け! ノヴァの才能が多岐にわたるのは分かったから!」
その時、これまで静かに事態を見守っていたギュンター卿が、ゆっくりと口を開いた。
「辺境伯様。ノヴァは私の義理の孫であり愛弟子です。そして彼は剣聖の後継者となるべき存在であると深く確信していますが、彼の進むべき道は、彼自身が決めるべきもの。我々が彼の未来を限定すべきではないと私は考えます。」
ギュンター卿の言葉は、会議室の喧騒を一瞬で鎮めた。彼の言葉には誰もが反論できないほどの重みがあった。
グロリアス辺境伯は、ギュンター卿の言葉に深く頷いた。彼はノヴァの異常なまでの才能と、その多岐にわたる可能性を改めて認識し、ギュンター卿の言う通り彼の未来を、誰かの思惑で決めるべきではないと判断した。
「うむ、ギュンター卿の言う通りだ。ノヴァの未来は、彼自身が決めるべきもの。だが彼の才能をこのまま埋もれさせるわけにはいかない。確か彼は10歳だったな……。」
辺境伯は、全員の顔を見回し、静かに、しかし力強く言った。
「ノヴァには、12歳になったら王都の三大学院、王立騎士学院、王立魔術学院、王立枢要学院のいずれかへの入学を提案する。通常は15歳からだが飛級入学は可能だ。もちろん、費用は全て辺境伯家が負担する。そして私が全面的にノヴァの後ろ盾となろう。」
辺境伯の言葉に、会議室の全員が息を呑んだ。王都の三大学院。それは、王国中のエリートが集まる最高学府だ。そこに辺境の12歳の子供が入学するなど、滅多にないことだった。
「父上……!」
ライナスが驚きの声を上げる。ライナス自身も王立枢要学院の卒業者ではあるが入学したのは15歳の時、あまりに早いと考えた。ギュンター卿もまた、辺境伯の寛大な申し出に静かに目を細め、今後のノヴァの人生について自分なりの考えを巡らせていた。ノヴァの知らないところで人生の帰路を迎えていた。
剣か、魔法か、統治の道か——周囲の期待は渦を巻き、少年はやがて王都の最高学府を目指すことになる。
だが決めるのは誰でもない、ノヴァ自身。
次回、彼が歩む道の輪郭が少しずつ見え始める。
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