表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/88

第31話 初陣の刃、そして覚悟の果てに

この物語を読んでいただき、ありがとうございます。

初めての戦場。ノヴァの剣が試される時が訪れます。

斥候として臨む実戦の緊張、そして彼が直面する「守るために背負う痛み」とは──。

少年が真の剣士へ歩み出す一歩を、静かに見守ってください。

 深い森の中、朝靄が立ち込める中を、ノヴァは緊張した面持ちで進んでいた。彼の背後には同じ斥候班のベテラン兵士たちが、慎重に気配を消して続く。ギュンター卿の指示により、ノヴァは経験を積むため斥候班の一員として初の実戦に参加していた。父の形見の剣を握る手に、じんわりと汗が滲む。


「ノヴァ坊主、顔が硬いぞ。緊張するのは分かるが、ここではそれが命取りになる。もっと周囲に目を配れ。」


 斥候班長が低い声で忠告する。ノヴァは頷き、集中力を高めた。彼の全属性の極親和という異質な才能は、自然の微細な変化を敏感に察知する。風の向き、土の匂い、遠くでかすかに聞こえる鳥の声その全てが、情報としてノヴァの脳内に流れ込んでくる。


(来た……!)


 ノヴァの耳に微かな物音が届いた。通常の人間には聞き取れない、だが確かに存在する「ズレ」のような音。彼はすぐに手で合図を送り、斥候班全員が身を伏せる。


 数分後視界が開けた先に、粗野な男たちが数人焚き火を囲んでいるのが見えた。


「よし、取り囲むぞ。合図と同時に突撃だ。」


 斥候班長が指示を出す。ノヴァの心臓が激しく脈打った。対人戦闘。あの村の襲撃以来の、初めての経験。だが、恐怖に震える足とは裏腹に、彼の意識は研ぎ澄まされていた。


「突撃!」


 斥候班長の号令と共に、兵士たちが一斉に飛び出した。ノヴァもまた、父の剣を抜き放ち、草木の間を駆け抜ける。


「てめぇら、何者だ!」


 驚いた盗賊の一人が剣を構えるが、ノヴァの動きはそれよりも速かった。彼は瞬時に土魔法で地面を隆起させ、相手の足元を崩す。バランスを崩した盗賊に、ノヴァは無駄のない動きで剣を突きつけ、腕を取り押さえた。


「くっそ、この餓鬼……!」


 別の盗賊が襲いかかるが、ノヴァは素早く光魔法で相手の視界をつぶし、そのまま剣の柄で顎を打ち据える。あっという間の出来事に、盗賊たちは次々と取り押さえられていく。ノヴァの剣技と魔法は、まさに完璧な連動を見せていた。


「おいおい、ノヴァ坊主。随分と手慣れてるじゃないか。おっかねぇな。」


 斥候班長が呆れたように呟く。ノヴァは息を荒げながら、全員を取り押さえたことを確認した。彼の目は、獲物を仕留めた獣のように鋭く輝いていた。


 捕らえた盗賊たちを連れ帰り、ノヴァはギュンター卿に報告した。報告を聞いたギュンター卿は、内心で深く頷いていた。


(やはり、ノヴァは只者ではない。戦闘経験の少なさを補って余りある、この適応能力と才能……)


 その夜、ギュンター卿の指示により、ノヴァは捕らえた盗賊の一人から情報を引き出す役目を補助することを担うことになった。


「さて、お話ししてもらおうか。お前たちの本拠地はどこだ? そして、誰の差し金で動いている?」


 熟年の尋問官は、冷徹な表情で盗賊を見下ろす。盗賊は横にいる子供のようなノヴァを見て嘲笑する。その視線に気が付きノヴァは一歩前に出て自ら尋問を行おうとする。


「へっ、餓鬼がお尋ねか? 面白い冗談だな!」


 ノヴァは、その言葉に微動だにせず、静かに魔力を練り始めた。その場にいた尋問官が息を呑む。ノヴァの掌から、微かな光が漏れ出す。


「僕は君が話すまで、この魔法を君の精神に直接作用させ続けることができる。痛みはない。ただ、君の最も恐れるものを何度も、何度も、見せ続けることができる。」


 ノヴァの声は、普段の彼からは想像できないほど冷たく、そして恐ろしい響きを持っていた。盗賊の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「ひっ……!? お、おい、待て! なんだその目は!?」


「さあ、答えてくれ。時間はいくらでもある。」


 数分後、盗賊は半狂乱になりながら、全ての情報を吐き出した。ノヴァは、その情報をもとに、盗賊団の本拠地を突き止め、詳細な地図を作成した。


 その功績により、ノヴァは翌日の作戦会議への出席を許された。会議室には、グロリアス辺境伯、ライナス、ギュンター卿、領都軍騎士団長そして各部隊の隊長たちが集まっていた。


「ノヴァ、よくやった。お前の働きで、本拠地の場所と規模が明らかになった。感謝する。」


 ライナスの言葉に、ノヴァは緊張しながらも頭を下げた。


「では、本拠地への攻撃方法について議論を進めよう。」


 会議は始まったが、なかなか良い案が出ない。正面からの強襲は被害が大きく、側面からの迂回も地形が複雑で難しい。


「うーむ、何か良い手はないものか……」


 ライナスが腕を組み、唸る。その時、彼の視線がノヴァに留まった。


「ノヴァ。お前は斥候として本拠地の詳細を調べてきた。何か、意見はあるか?」


 ライナスの問いに、ノヴァは一瞬躊躇した。しかし、これもエリスを守るためだ。彼は意を決し、立ち上がった。


「はい。より効率的な方法があります。盗賊団の本拠地は、地形を利用した天然の要塞となっていますが、同時に、彼らの退路を限定しているという弱点があります。」


 ノヴァは、手元の地図を広げ、指で特定の場所を指し示す。


「この谷は、一見すると侵入が難しいように見えますが、実は土魔法で地形を操作することで、一時的に隠密な侵入経路を作り出すことが可能です。」


 全員が驚いたようにノヴァの言葉に耳を傾ける。


「そして、この地点に一部の兵力を配置し、陽動を行います。同時に、魔法師団の援護のもと、精鋭部隊を少数でこの隠し通路から侵入させ、内部から撹乱。混乱に乗じて、残りの部隊が一斉に正面から突入するのです。」


 ノヴァの提案は、これまでのこの世界の戦術にはない、斬新なものだった。


「陽動と隠密侵入の同時展開……。さらに、魔法で地形を操作するだと? しかしその魔法誰がどうやって使うのだ?」


 領都軍団長が眉をひそめて尋ねる。ノヴァは迷いなく答える。


「僕がやります。全属性適正を持つ僕なら可能です。あと領都軍の魔法師団の中で土魔法の適性がある方に手伝っていただければ」


 ギュンター卿は、静かにノヴァを見つめていた。ライナスはノヴァの瞳に宿る確かな自信を感じ取り、深く息を吐いた。


「……面白い。ノヴァ。お前の案を採用しよう。だが、無理はするな。お前の命には、代えられないものがあるのだからな。」


 ライナスの言葉に、ノヴァは深く頭を下げた。


「ありがとうございます、ライナス様。」


 こうして、ノヴァの提案した、この世界では画期的な奇襲作戦が採用された。


 作戦は決行された。ノヴァは、ギュンター卿と共に、隠密侵入部隊の先頭に立っていた。領都軍の土魔法に適性のある魔法使いと彼の土魔法によって開かれた隠し通路を、精鋭部隊が静かに進む。内部に侵入すると、陽動の音が響き渡り、盗賊団が混乱しているのが伝わってくる。


「ノヴァ! 進め!」


 ギュンター卿の声が響き、ノヴァは剣を構え、闇の中へと飛び込んだ。


 盗賊たちが次々と現れる。ノヴァは、これまで訓練で培った剣技と、制御された魔法で応戦した。足元を滑らせ、視界を奪い、動きを封じる。彼の動きは、精密機械のように正確だった。


「ぐっ……! 何だ、こいつは……!」


 盗賊の一人が、ノヴァの魔法によって動きを封じられ、剣を構えようとする。ノヴァは、躊躇なく剣を振り下ろした。その瞬間、鈍い音が響き、盗賊は血を噴き出し、その場に倒れ伏した。ノヴァの剣が、確かにその男の息の根を止めたのだ。


「あ……」


 ノヴァの手から、剣が滑り落ちた。血の匂いが、鼻腔を刺激する。彼の目の前には、動かなくなった男が横たわっている。血まみれの剣。それは、ノヴァが初めて「人」を殺めた瞬間だった。胃から込み上げる吐き気と、体の震えが止まらない。彼はその場で膝から崩れ落ちた。あのステラ村の惨劇とは違う。これは、自分の手で、直接命を奪ったのだ。


「ノヴァ!」


 ギュンター卿が駆け寄る。ノヴァは、震える手で血に染まった自分の掌を見つめ、嗚咽を漏らした。


「ぼ、僕が……僕が、殺した……!」


 彼の心は、深い絶望と自己嫌悪の闇に沈んでいった。これが「守る力」の代償なのか? 守るために、命を奪わなければならないのか?ギュンター卿は、ノヴァの震える肩にそっと手を置いた。彼の顔には、怒りも失望もなく、ただ深い哀しみが浮かんでいた。


「ノヴァ。これが、剣を握る者の宿命だ。そして、お前が『守る』と決めた代償だ。」


 ギュンター卿の声は、静かに、そして重く響いた。ノヴァは、顔を上げ、涙に濡れた瞳でギュンター卿を見つめる。


「ですが、僕、は……」


「私も初めて人を斬った時、お前と同じように震えた。吐き気が止まらず数日間、飯も喉を通らなかった。剣を捨てて、逃げ出したいとさえ思った。」


 ギュンター卿の言葉に、ノヴァは目を見開いた。あの剣聖が、自分と同じような経験をしていたとは。


「だが、それでも私は剣を握り続けた。なぜなら、私が剣を捨てれば、もっと多くの人が、私と同じようなあるいはそれ以上の苦しみを味わうことになると思ったからだ。大切なものを守るためには、時に汚れ役を背負わなければならない。それが力を持つ者の責任だ。」


 ギュンター卿は、ノヴァの目を見据え、続けた。


「お前は、確かに命を奪った。だが、その命を奪ったことで、もっと多くの命を救ったのだ。あの盗賊たちは、多くの領民を苦しめ、命を奪ってきた。お前の手は、汚れたかもしれない。だが、その手は、同時に多くの血を流すことを防いだのだ。」


 ギュンター卿は、自分の手を見つめる。その手には、これまで多くの命を奪ってきたであろう、無数の傷跡が刻まれていた。


「この痛みは、忘れなくていい。忘れてはならない。その痛みがお前を成長させ、二度と同じ過ちを繰り返さないための糧となる。お前は、今日真の剣士への一歩を踏み出したのだ。」


 ギュンター卿の言葉が、ノヴァの心に深く染み渡る。痛みは忘れなくていい。守るために、必要な痛み。その言葉に、ノヴァの心に差していた闇が、少しずつ晴れていくのを感じた。


「……はい。僕、頑張ります。この痛みを、忘れません。」


 ノヴァは、涙を拭い、再び剣を拾い上げた。その瞳には、まだ哀しみが残っていたが、同時に、強い覚悟の光が宿っていた。ノヴァは、再び戦場へと戻った。彼の動きは、以前よりも研ぎ澄まされ、剣には迷いがなかった。必要ならば、命を奪うことも厭わない。しかし、その根底には、二度と無益な殺生をしないという、固い決意があった。


 彼の魔法は、正確に敵の急所を狙い、その動きを封じる。剣は無駄な動きなく、確実に敵を無力化する。ノヴァは、その身を以て、ギュンター卿の教えを体現していた。討伐軍は、ノヴァの奇襲作戦が功を奏し、壊滅的な被害を出すことなく、盗賊団の本拠地を制圧することに成功した。ライナスは、ノヴァの活躍に目を見張り、その才能に改めて感嘆した。


「ノヴァ、本当に素晴らしい働きだった。お前がいなければ、これほどの被害で済むはずがなかった。」


 ライナスの言葉に、ノヴァは静かに頭を下げた。彼の心には、初めて人を殺めた痛みと、それでも守るべきものがあるという、新たな覚悟が深く刻まれていた。

ノヴァはついに、人を斬るという現実と向き合いました。

その痛みを忘れず、覚悟へと変えた彼の姿は、ギュンター卿の言葉通り「剣士としての第一歩」。

次回、騒動の真相は?──。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ