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第28話 星降る家族の約束

いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

今回は、ギュンター卿が示す温かな想いと、エレノアの揺るがぬ決意、そして新たに生まれた小さな命が描かれます。

家族として結ばれていく心の絆と、未来へ向けた約束──静かな中にも確かな温もりを、どうぞお楽しみください。

 領都での生活も一年が過ぎ、ギュンター邸にはようやく落ち着いた空気が流れ始めていた。


 ステラ村の悲劇は癒えぬ傷跡を残したが新しい環境での日々は、ノヴァたち家族に新たな日常をもたらしていた。特にエレノアが無事に新たな命を産み落として以来、邸はかつてないほどの喜びに包まれている。赤ん坊の小さな産声は、屋敷に明るい活気をもたらし、普段は厳格なギュンター卿でさえ、その小さな存在にはめっぽう弱い。


 執事のレオナルド・ヴァンスは、完璧な立ち居振る舞いを崩すことなく、手際よく赤ん坊の世話を指示しメイドのフローラ、リリア、イザベラたちは、慣れない育児に悪戦苦闘しながらも、どこか楽しげに赤ん坊の世話に追われていた。彼らの顔には、守るべき命が増えたことへの責任感と、温かい愛情がにじんでいる。


「いやはや、この小さな命に、ここまで振り回されるとは……!」


 レオナルドが赤ん坊の指を握りしめられ、普段の冷静さを失ったように困り顔で呟く。その横ではフローラがミルクの温度調節に四苦八苦し、小さな命の尊さに改めて心を打たれていた。彼らは皆この新しい家族の一員に深い愛情を注いでいた。


 その日エレノアが愛おしそうに赤ん坊を抱き、穏やかな時間を過ごしていると、ギュンター卿が静かにその傍らに歩み寄った。彼の顔には普段の威厳とは異なる深い優しさが浮かんでいる。


「エレノア殿。単刀直入に申し上げます。貴女と子供たちの法的な養親になりたい。」


 ギュンター卿の予想もしない言葉にエレノアは息を呑んだ。彼が望んでいるのは単に赤ん坊だけを養子にすることではなく、エレノア自身をも含めた家族としての結合だった。抱きかかえた赤ん坊がまるでその言葉に反応するかのように小さく身じろぐ。


「養親に……私と子供たちをですか?」


 エレノアの声は震えていた。夫のロランドとともに家を失い途方に暮れていた彼女にとってギュンター卿の申し出はあまりにも重くそして計り知れない温かさを持っていた。

 剣聖の養子となれば子供たちの未来は保証される。しかし同時にそれはロランドとの間に築き上げた大切な家族の形を変えてしまうような気がしてならなかった。


「……何故、そのようなお話を?」


 エレノアは俯きがちに尋ねた。ギュンター卿は静かに答える。


「ロランド殿は村を守るために命を落とされた。残された家族を私が守るのは当然の責務。そして貴女とその子供たちの存在は私にとって既にかけがえのないものとなっている。形式的なものではなく真に家族として残りの人生を過ごしていきたい。」


 ギュンター卿の言葉は偽りのない本心から出たものだった。彼はノヴァの才能に触れて以来、新たな生きがいを見出しエレノアや子供たちとの関わりの中で、家族の温かさを知ることができた。この申し出は彼自身の心の底からの願いだった。


 エレノアは悩んだ。ギュンター卿の温かさは身に染みるほどだったがロランドの妻として彼の家族を守り続けるという誓いもあった。しかし今の自分に真に子供たちを守り育てていくことができるのだろうか。経済的な基盤だけでなく何よりもロランドを失った心の傷はまだ深く残っていた。


「……私の望みは、『星導庵』の再建です。」


 エレノアは意を決したように顔を上げた。その瞳には一筋の強い光が宿っていた。彼女の言葉には亡き夫への深い愛情と、子供たちへの揺るぎない責任感が込められていた。


「ロランドと築き上げた、あの宿を、もう一度私の手で……。それがロランドの、そしてこの子たちのためにも私がすべきことだと思っています。」


 ギュンター卿はエレノアの言葉に静かに耳を傾けていたが、その表情に驚きの色はなかった。彼はエレノアという女性の芯の強さをすでに理解していたからだ。


「なるほど……。あなたがそのように考えていたとはな。」


 ギュンター卿は頷いた。


「私が貴女方を養子に迎えたいという話は、その望みを叶えることを決して妨げるものではない。むしろ私があなたの夢を後押ししよう。必要であればできる限り私がバックアップすることを約束しよう。」


 ギュンター卿の言葉はエレノアの心に深く響いた。彼は彼女の望みを否定するのではなくむしろそれを実現するための確かな力を提供しようとしている。その寛大な申し出にエレノアの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみではなく希望と感謝の涙だった。


 その頃ノヴァはというと、新たな家族の一員である生まれたばかりの妹に、それはもう過剰なまでの保護欲を発揮していた。妹が生まれることは、前世を含めて初めてのことだ。初めての女の子。その事実はノヴァの中の「兄」としての本能をかつてないほどに刺激していた。


「バルドさん!ちょっといいですか!」


 ノヴァは領都軍での練習を終え鍛冶屋であるバルドのもとに駆け込んだ。手には遺跡から持ち帰った「知識」の本と加藤雄介の手帳を抱えている。


「どうしたノヴァ坊主。また何か珍妙なものを作ろうってのか?」


 バルドはノヴァの尋常ではない熱意にすでに慣れっこになっていた。この一年ノヴァは土魔法と錬成の研究に没頭し様々な「過剰な」アイデアを提案してきてはバルドを驚かせていたのだ。


「珍妙なものじゃありません!妹のために最高の道具を作りたいんです!」


 ノヴァは目を輝かせながら自らが書き上げた羊皮紙を広げた。そこに描かれているのは現代日本の育児用品だ。


「まずはこれ! 自動で揺れて子守唄も流れる揺りかご!あとこれは赤ん坊の体調を自動で検知して、温度を調整してくれる服!それから魔物や病原菌から守る結界機能付きのベビーカー!あと、これは……」


 ノヴァの興奮は止まらない。バルドは次々と飛び出す常識外れのアイテムの数々に口をあんぐりと開けていた。


「ま、待て待てノヴァ坊主!揺りかごが自動で揺れるだ? 体温を調整する服? 結界付きのベビーカー?だぁ!?一体どんな魔法を使うってんだ!」


 バルドはノヴァの突飛な発想に頭を抱えた。しかしノヴァは怯まない。


「バルドさん、これを見てください!」


 ノヴァはバルドに「知識」の本を開いて見せる。そこには前世の付与魔術に関する詳細な解説と、それを応用した「魔力炉」の概念図が描かれていた。


「この世界の魔術師は魔法を直接行使することしか考えていませんが、この『知識』によれば魔力はもっと効率的に使えるんです。魔力を物質に定着させる『付与魔術』を使えば道具自体に魔力を宿らせ、自律的に動かすことも可能になる。そして魔力増幅の付与を応用すれば、この『魔力炉』のようなものを作ってそれらを動かせるはずなんです!結界だって僕の魔力を込めて強力な防御魔法を付与すれば……!」


 ノヴァは加藤雄介の日記に記された付与魔術の知識を完全に自身のものとして吸収していた。彼の脳内では現代科学の知識と異世界の魔法が融合しまるでSF映画のような育児用品が次々と具現化されていく。


「それにバルドさんがこの前作ってくれた魔力を流し込める特殊な合金を使えば、もっと薄くて丈夫な素材も作れるはずです! 強度と軽さを両立できます!」


 バルドはノヴァの言葉に戦慄した。この子供は自分が作った特殊な合金が、付与魔術と組み合わさることでどのような可能性を秘めているかを瞬時に見抜きさらにその先を行く発想をしていたのだ。


 付与魔術という概念自体がバルドにとっては青天の霹靂だったが、ノヴァが作り出そうとしているものはもはや魔法を超えた「錬金術」の域に達しようとしていた。


「ノヴァ坊主、お前、何を言ってるんだ……。そんなもん、この世界にゃあねえ!いや無いことはないが伝説級の代物で精々がこの国の王様が宝物庫に保管しているぐらいだ。仮に作れるとしてもどんだけの魔力と資材と時間が必要だと思ってんだ!」


 バルドはさすがにノヴァを引き留めた。いくらなんでも赤ん坊のためにここまでのものを作るのは明らかに過剰だ。


 その頃ギュンター卿はエレノアの話を聞き終え、邸の窓から遠くでノヴァがバルドと熱心に話している姿を眺めていた。彼の表情には微かな笑みが浮かんでいた。


(あの子は、本当に面白いな。まさか赤ん坊のためにそこまで熱中するとは……。)


 ノヴァの過剰なまでの行動はギュンター卿の目には単なる「可愛い弟/妹への愛情」として映っていた。しかし彼には見えていないノヴァの脳内で繰り広げられる「科学と魔法の融合」というさらに壮大な計画があった。


 ギュンター卿はノヴァの類稀な才能をどこまでも伸ばしてやりたいと願う一方で、彼の無尽蔵な探究心がどのような結果をもたらすのかある種の危うさも感じ取っていた。


 その頃エレノアは、ギュンター卿の申し出を前に深く息を吐いた。彼の言葉は彼女の心に温かい光を灯してくれた。ロランドの死後、途方に暮れていた彼女にもう一度前を向いて歩むための、確かな道筋を示してくれたのだ。


「ギュンター卿……ありがとうございます。」


 エレノアは、涙を拭いまっすぐギュンター卿の目を見た。その瞳には迷いはなく、未来への強い決意が宿っていた。


「養子の件謹んでお受けいたします。ですが子供たちが成長し自らの道を歩む時が来たなら、私はその決断を尊重します。そして『星導庵』の再建、どうぞお力添えをお願いいたします。」


 エレノアは深々と頭を下げた。ギュンター卿は静かに頷き赤ん坊を抱きしめるエレノアの肩にそっと手を置いた。


「承知した。今すぐにとは無理だが星導庵の再建、私が責任を持って支援しよう。そしてこれからは、我々は真の家族だ。」


 こうしてステラ村の再建はただの物理的な復興だけでなく、新たな家族の絆と未来への約束を象徴する事業として動き出すことになった。ノヴァの新たな妹の名前はギュンター卿の提案で、「エリス」と名付けられた。光と希望を意味するその名は、悲劇を乗り越え新たな光を村にもたらすことを願って。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ギュンター卿の申し出を受け入れたエレノア、そして妹エリスの誕生に胸を躍らせるノヴァ。

それぞれの想いが交差し、新しい家族として歩み始める一歩が刻まれました。

次回は、暴走するノヴァの内面に新たな変化と、それがもたらす波紋を描いていきます。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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