第27話 星辰の導き、新たな奇跡
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さてノヴァは領都で新たな生活と剣の修行に取り組んでいる中、3つのうれしいことが起きます。新たな出会いもあり剣術・学問・魔法のすべてにおいてさらなる成長の兆しを見せるノヴァ。これらの出会いが彼の歩む道—「星辰の導き」を優しく照らします。
ステラ村の悲劇から半年が過ぎた。ギュンター卿が辺境伯から賜った屋敷は、優秀な使用人たちによって活気を取り戻していた。執事の老練なレオナルド、そしてきびきびと働く三人のメイド、フローラ、リリア、イザベラが、屋敷の隅々まで目を配り、ノヴァたち家族の生活を支えてくれていた。彼らは皆ギュンター卿が選りすぐった、信頼に足る者たちだ。
ノヴァはすでに八歳、この半年間彼はギュンター卿の下で想像を絶する訓練を積んできた。肉体は鍛え上げられ、その動きは洗練され、剣術はさらに磨きがかかる。今や辺境伯騎士団の中でも彼とまともに剣を撃ち合えるのは、騎士団長を除けばわずか三名ほどしかいない。その異質なまでの成長速度は、騎士たちを驚かせ、畏敬の念を抱かせていた。
しかしノヴァの成長は剣術だけにとどまらない。前世の知識と経験を持つ彼は、学問においても目覚ましい才能を発揮した。特に計算や事務作業においては、領都の事務職の役人たちもその処理能力の高さに驚きを隠せず、複雑な案件の相談に訪れ、それに対応する忙しい日々を過ごしていた。
そんな中エレノアの出産予定日が近づく、屋敷には穏やかな緊張が漂い始める。そしてある嵐の夜、その時は突然訪れた。エレノアが陣痛を訴え、屋敷中が喧騒に包まれる。ノヴァはリアムの手を握り、不安げに母を見つめた。ギュンター卿もまた、これまで見せたことのないほど慌てた様子で、屋敷の中を右往左往していた。
「レオナルド!医者はまだか!?」
ギュンター卿が焦れたように叫ぶ。しかし執事のレオナルドは、冷静に主人にこたえる。
「ギュンター様、ご安心ください。すでに手配は済んでおります。フローラ、リリア、熱い湯と清潔な布を!セレスティナは医師が到着次第、すぐにこちらへ案内するように!」
レオナルドは淀みなく指示を飛ばし、メイドたちに的確に指示を出していく。その冷静な対応は混乱する屋敷の中で、まるで灯台のように屋敷の皆を導いていた。
やがて到着した助産師の指示のもと、エレノアの分娩が始まった。数時間後、屋敷中に赤ん坊の産声が響き渡る。その声は嵐の轟音さえもかき消すかのように力強く新しい命の誕生を告げていた。
「ギュンター様、女の子ですよ!おめでとうございます、ノヴァ様、エレノア様!」
助産師の声にギュンター卿はハッと顔を上げた。彼は震える足で分娩室へと向かい、エレノアの腕に抱かれた小さな命を目の当たりにする。そこには赤ん坊の小さな手が、懸命に空を掴もうとしていた。
子供のいないギュンター卿は、その光景に込み上げるものがあった。彼はこれまで多くの戦場を駆け抜け、多くの命を奪ってきた。しかしこんなにも純粋で希望に満ちた生命の輝きを目の当たりにしたのは、生まれて初めてだった。彼の目から大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
「……よく、よくぞ生まれてきてくれた……」
ギュンター卿の震える声は屋敷にいた全員の心を打った。ノヴァは母の腕に抱かれた妹の小さな顔をそっと覗き込んだ。透き通るような白い肌、小さな唇、そしてきゅっと閉じられた目。その無垢な存在が、彼の胸に温かいものを広げる。
(僕はこの子を守らなければならない。僕が、家族を守るんだ。)
ノヴァは新たな家族、妹の存在によってさらに強く家族を守れるようにならなければならないと決意した。彼の心にこれまで以上に強固な意志が宿る。妹の誕生はノヴァにとってまた1つ、彼の「星導の道標」を照らす光となったのだった。
ノヴァは妹の誕生を喜びつつも、日々の訓練に一層の熱意を注ぎ込んだ。そんなある日彼のもとに、一通の手紙が届いた。それは幼馴染のユーリとルナからのものだった。
手紙には二人が現在、アウグスト男爵領の貿易都市アストにいること、そしてそれぞれが魔法と剣の修業を継続していることが綴られていた。領都からアストまでは馬車で十日ほどの距離があり、今はまだ直接会うことは叶わない。しかし互いの健在を知りノヴァの心に温かい光が灯った。いつか再び皆で集まれる日が来ることを願いながら彼は訓練に励んだ。
ノヴァのずば抜けた才能は、やがてグロリアス辺境伯の耳にも届いた。騎士団長からの報告、そして領都の事務官たちからの驚きの声が彼の耳に否応なく入ってくる。
「ギュンター卿、ノヴァ殿の才覚は貴殿の報告以上に素晴らしいものがあるようだな。騎士団での成長はもちろん事務処理能力に至っては、私の部下たちも感嘆するほどだ。ぜひ一度ノヴァ殿に直接会わせていただきたい。」
辺境伯は騎士団の剣術指南中のギュンター卿にそう切り出し、後日ノヴァを城に招き、自らの執務室で彼と直接対面した。
「初めましてノヴァ殿。エルネスト・フォン・グロリアスだ。噂に違わぬその才能には感心するばかりだ。」
辺境伯はノヴァに優しく語りかけその聡明さに感銘を受けた。彼はノヴァの目を真っ直ぐに見つめ、その才能を惜しむかのように申し出た。
「ノヴァ殿、我が城の書庫はミルウェン王国でも有数の蔵書を誇る。学術書、歴史書、そして魔法に関する古文書まであらゆる知識がそこに収められている。もしよければ自由に立ち入り、必要な知識を貪るが良い。そしてもし私に協力できることがあれば、どのようなことでも申し出てほしい。私はお前の才能を最大限に支援することを約束する。」
辺境伯からの思いがけない申し出に、ノヴァは目を瞬かせた。辺境伯の書庫への立ち入り、そして全面的な協力と支援。それはノヴァがこの世界の知識を深める上で、最高の環境となるだろう。
「ありがとうございます、辺境伯閣下。このノヴァ感謝に堪えません。」
ノヴァは深々と頭を下げた。辺境伯はノヴァの素直さに好感を抱き彼をより一層気に入った。その夜辺境伯はノヴァを晩餐に招き家族に紹介した。辺境伯夫人そして彼の子供たちもまたノヴァの才覚と礼儀正しさに好印象を抱いた。
書庫への立ち入りを許可されたノヴァは騎士団での訓練後、毎日城の書庫に通い詰めた。彼が特に興味を引かれたのは土魔法に関する書籍だった。他の四属性(火、風、水、光)はすでに生活魔法から術式魔法の中級までを容易に操れる。しかし土属性だけは周りに土属性を操れる人間がおらず、魔法に触れることがなかった。
書庫で土魔法に関する文献を読み漁るうちに、ノヴァは1つの疑問に突き当たった。土魔法の解説は他の属性に比べて抽象的で、具体的なイメージが掴みにくい。他の属性ならば前世の科学知識と結びつけてイメージを具現化できたが、土魔法の「構築」「強化」といった概念がいまいちピンと来なかったのだ。
ある日書庫で頭を悩ませていたノヴァに、ギュンター卿が声をかけた。
「ノヴァ、土魔法について悩んでいるようだな。もしよければ領都で一、二を争う腕を持つ鍛冶師、ドワーフのバルドの元を訪れてみてはどうだ?彼は土魔法の扱いに長けその知識は辺境伯城の魔術師たちをも凌駕すると言われている。」
ギュンター卿の言葉にノヴァの顔に期待の色が灯った。翌日、ギュンター卿の紹介状を手にノヴァは領都の一角にある鍛冶工房を訪れた。工房からは金属を叩くけたたましい音と、硫黄のような匂いが漂ってくる。
「ごめんください!」
ノヴァが声をかけると奥から屈強な体躯のドワーフが現れた。その顔には長年の鍛冶仕事で刻まれた深い皺と煤がついていた。彼こそがバルドだった。
「なんだ、小僧。こんなところで油を売ってないで、さっさと帰りな。」
バルドはぶっきらぼうに言った。ノヴァは臆することなくギュンター卿からの紹介状を差し出した。バルドは無言でそれを受け取ると一瞥して目を見開いた。
「ほう……ギュンター卿の紹介か。しかもあの剣聖が『見込みのある弟子』だと?どれお前の腕前とやらを見せてもらおうか。」
バルドはそう言うとノヴァを工房の奥へと招き入れた。工房の中には様々な種類の金属が積まれ、壁には用途不明の奇妙な道具が所狭しと並べられている。バルドはノヴァに鉄の塊を差し出した。
「いいか小僧。土魔法の真髄は、大地との対話、そして物質の構造を理解することにある。この鉄の塊をお前の魔法で強化してみろ。生活魔法の『フォルティス』を使ってみろ。」
ノヴァは言われるがままにルーン「フォルティス」を唱え、鉄の塊に意識を集中させた。しかし何度試みても鉄の塊はわずかに表面が輝く程度で目立った変化はない。
他の属性ならばもっと簡単に「強化」のイメージを具現化できたはずなのに。
「……イメージが、湧きません。何をどうすれば、より強固になるのか……」
ノヴァは正直に告白した。バルドはニヤリと笑った。
「当然だ。お前はこの鉄の塊がただの『鉄』だとしか見ていないからだ。土魔法はそこにある素材の『本質』を引き出す。この鉄はどこで採れ、どんな成分でできていて、どんな熱を加えれば最も強くなるか。それを知らずしてどうして『強化』できる?土魔法は、そうまるで職人の『魂』を込めるようなものだ。」
バルドの言葉はノヴァの頭の中に雷が落ちたような衝撃を与えた。前世の知識で彼は物質の原子構造や熱処理による結晶構造の変化を理解していた。しかしこの世界の魔法にそれを直接応用する発想はなかった。
バルドの言葉は彼の前世の知識と、この世界の魔法を繋ぐ、まさに「点と点」を結びつけるものだった。
「本質……なるほど……!」
ノヴァは再び鉄の塊を手に取った。彼はこの鉄が大地から生まれ、精錬され、形作られるまでの過程を想像した。熱が加えられ、分子が再配列しより強固な結合を築いていく。そのイメージが彼の脳裏に鮮明に浮かび上がった。
そして再びルーン「フォルティス」を唱える。今度は鉄の塊が鈍い光を放ち始めた。その光は徐々に強さを増し塊全体を包み込む。
ノヴァの指先から確かな魔力が鉄の塊に流れ込み、その構造を内側から強化していく感覚があった。
光が収まるとそこには明らかに密度を増し、より黒光りする鉄の塊があった。バルドはそれを手に取りまじまじと見つめた後感嘆の声を上げた。
「……見事だ、小僧!まさか、ここまでやるとはな!その理解力恐れ入った。お前は本当に『土』に愛されているのかもしれんぞ。」
バルドの言葉にノヴァの心に確かな手応えが生まれた。土魔法の概念がようやく彼の体の中にストンと落ちた感覚だ。
ノヴァはバルドの工房に足繁く通うようになった。バルドはぶっきらぼうながらも、ノヴァに土魔法の奥義を惜しみなく教えた。土を操るだけでなく物質の本質を見極めそれを変化させる。
それはまさに鍛冶師の技術に通じるものだった。ノヴァは土魔法を通してこの世界の物質に対する新たな認識を得ていった。
この出会いはノヴァにとって大きな転機となった。魔法における唯一の課題であった土魔法の習得は、彼の才能に新たな可能性を開いた。
そして辺境伯の書庫、鍛冶師バルドとの出会い、幼馴染からの手紙。すべてがノヴァをさらなる高みへと導く「星辰の導き」となっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
妹の誕生を喜びつつ、ノヴァは土魔法の習得という新たな力を得てさらに成長を遂げました。鍛冶師バルドとの出会いは彼に今後重要な役割を持ってきます。次回はギュンター卿とノヴァたち家族がさらに結びつきが強くなるお話とノヴァのちょっとした暴走を描きます。
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