第24話 星導の灯火:絶望と再起の兆し
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今回は、村を襲った混乱の後、ギュンター卿が戻りノヴァに寄り添う場面です。
傷ついた少年の心に、静かに言葉をかける騎士のまなざし──
戦いの余韻と、その中に芽生える小さな希望を、どうぞ見届けてください。
辺境伯からの召集を受け、領都へと向かっていたギュンター卿は、ついに辺境伯との謁見の場に臨んでいた。辺境伯は彼を温かく迎え、その卓越した剣術と高潔な人柄を称賛した。
「ギュンター・ヴァルシュタイン卿、このような辺境の地で貴殿の才が埋もれているのは、まことに惜しい。貴殿がよければ、我が領都で領軍の騎士団長として、その剣を振るっていただきたいものだ。」
辺境伯はそう言って、ギュンター卿に新たな役職を提案した。それは、士爵たる彼にとって、十分すぎるほどの厚遇だったが、それは現ヴァルター男爵を裏切ることと同意義のことであった。
先代のアルフォンス・フォン・アウグストに多大な恩義があるギュンター卿的にはあり得ないことであった。
「辺境伯閣下、誠に光栄なお申し出にございます。しかし、このギュンター、今すぐにそのお言葉にお応えすることは叶いません。先代のアルフォンス・フォン・アウグスト様には返しきれないほどの恩義があり今しばらくの猶予をいただきたい。」
ギュンター卿は辺境伯の厚意に感謝しつつも、その誘いを一旦保留にした。辺境伯は彼の言葉に理解を示し、ここでの返答をしないことを認めた。
辺境伯を筆頭に近隣の貴族が集められ近隣の魔物討伐に関する会議が進められている中。辺境伯へ急報が入る。
ギュンター卿は拭い去れない不穏な胸騒ぎがよぎった。この胸騒ぎは、経験豊富な剣士である彼の第六感が告げる無視できない予兆だった。
「ステラ村に正体不明の集団が襲撃、村は壊滅状態とのこと。」
ギュンター卿はその話を聞くと辺境伯に帰参を願い出る。
「辺境伯閣下!報告のあった村はヴァルター男爵より私が預り任に就いている村。状況把握の為すぐ帰参したいと思います。この場を勝手に去ることをお許しください!」
「左様か。大変な事になったな、貴殿のその忠義、まことに感服いたす。もし困ることがあれば、いつでも私を頼られよ。」
辺境伯の言葉に深く頭を下げ、ギュンター卿は従者を伴い、急ぎステラ村へと引き返した。彼の心は、不安と焦燥に駆られていた。
村が近づくにつれ、立ち上る黒煙と焦げ付く匂いが鼻腔を刺激した。そして、視界に飛び込んできたのは、変わり果てたステラ村の姿だった。燃え尽きた家々、瓦礫と化した「星導庵」、そこかしこに残る血痕と、息絶えた村人たちの無残な姿。
「……まさか……」
ギュンター卿の顔から血の気が引いた。かつて平和だった村は、見る影もなく破壊し尽くされていた。再建など不可能だと、一目で理解できた。彼は胸が締め付けられるような痛みに襲われた。その時、彼の頭をよぎったのは、二人の教え子、ノヴァと、その友であるユーリとルナの安否だった。
「急げ! 生存者を探せ! 特に、あの子供たちの消息を!」
従者たちに指示を飛ばし、ギュンター卿自身も剣を構え、警戒しながら村の奥へと進んでいく。彼は、燃え落ちた自警団詰所の前で、無残な姿で横たわる一体の遺体を見つけた。見慣れた長剣と、その傍らに落ちた自警団の腕章。
「ロランド……!」
ギュンター卿は、その場に膝をついた。ロランドは、彼がこの村に来て以来、常に村の平和を守り続けてきた信頼できる男だった。その彼が、このような形で命を落とすとは。胸を締め付ける衝撃に、ギュンター卿は奥歯を噛み締めた。ロランドの死は、村の壊滅以上に、彼の心に深い傷を残した。
絶望の淵に沈むギュンター卿の耳に、か細い声が届いた。それは、炎の残滓が燻る「星導庵」の瓦礫の陰から聞こえてきた。
「……ギュンター卿……!」
声の主は、エレノアだった。彼女は、ノヴァ、そして幼いリアムを強く抱きしめ、かろうじて難を逃れていた。エレノアの顔は煤で汚れ、憔悴しきっていたが、その瞳にはまだ、子供たちを守り抜いた母親の強さが宿っていた。ギュンター卿は、彼女の腹部がわずかに膨らんでいることに気づいた。新たな命が、この悲劇の中で育まれているのだ。
「エレノア! 無事だったか……!」
ギュンター卿は、安堵と痛みが混じり合った声で呟いた。ノヴァは、父親の死と、自分の放った魔法が村に、そして家族に甚大な被害を与えたことにまだ呆然とした表情を浮かべていた。しかし、母と弟、そしてお腹の子供の存在に思い至ると、彼は気丈にも涙を堪え震える声で言った。
「師匠……僕の、僕のせいで……」
「違う、ノヴァ。お前のせいではない。これは卑劣な襲撃者の仕業だ。だが、お前は家族を守った。その事実は変わらない。」
ギュンター卿はノヴァの肩に手を置き、力強く語りかけた。ノヴァは、その言葉にわずかな光を見出し、強く頷いた。彼はまだ幼いながらも、今の自分にできる最善を尽くそうと、その小さな体で決意を固めた。
ユーリとルナも、両親と共に瓦礫の中から現れた。彼らの店も焼かれてしまったが、家族全員が無事だったことに、ギュンター卿は胸を撫で下ろした。
生き残った村人たちと共に、ロランドをはじめとする犠牲者たちの遺体を丁重に運び出した。村の広場の中央に、薪が積まれ、そこに彼らの遺体が横たえられた。エレノアは、ロランドの顔を覆う布をそっと持ち上げ、その冷たい頬に最後のキスを落とした。彼女の目からは、とめどなく涙が溢れ出た。
「父さん……」
ノヴァは、その小さな体で、父の遺体に顔を埋めた。これまで、どんな困難にも臆することなく立ち向かってきた父の、優しい笑顔が脳裏に蘇る。一緒に剣の稽古をした日々、優しく頭を撫でてくれた温かい手、そして、いつも自分を信じて見守ってくれた大きな背中。
「……父さん、僕は、僕は……」
ノヴァの目に大粒の涙が溢れ、父の冷たい頬を濡らした。その時、エレノアがそっとノヴァを抱き寄せた。
「ノヴァ、お父さんは、きっとあなたのことを見守ってくれているわ。私たちは、お父さんの分まで、強く生きなければならないのよ。」
エレノアの声は震えていたが、その言葉には確かな力が宿っていた。ノヴァは母の温かさに包まれ、泣き崩れた。兄の背中を見て、リアムも小さな瞳に涙を浮かべている。
やがて、ギュンター卿が静かに松明をかざした。火が薪に移り、静かに燃え上がっていく。炎が夜空を焦がし、白い煙となって昇っていく。それは、ステラ村の、そしてロランドたちの魂を天へと送る、悲しみに満ちたしかし厳かな葬送の儀だった。村人たちは皆、沈黙の中で、故郷と犠牲者たちへの別れを告げた。
村の惨状と今後の復興について話し合う中で、ギュンター卿は厳しい現実に直面した。ヴァルター男爵は領主としての支援は一切できないことを使者を使い通達してきた。これにより村の復興は絶望的だと判断せざるを得なかった。
「……この村を再建するのは、あまりにも困難だ。皆、それぞれが生き残る道を考えねばならない。」
ギュンター卿の言葉に、村人たちは沈痛な面持ちで頷いた。その中で、ユーリとルナの両親が、他の村への移住を決意したことを告げた。
「ノヴァ……お別れだね……」
ユーリとルナの言葉に、ノヴァは再び胸を締め付けられた。父親の死に続き、親友との別れ。幼い彼には、あまりにも重い現実が次々と押し寄せていた。
ギュンター卿は、辺境伯から受けた勧誘を再び思い起こした。辺境伯は、彼に領都で領軍の騎士団団長としての役職を提案していた。そこならば、エレノアたちも安全に暮らせるだろうし、ノヴァのその才も、いずれは活かせる場があるかもしれない。ギュンター卿は、ノヴァの秘められた力、そして彼の魔力の異質さを考慮し、辺境伯の庇護のもとで彼を指導していくことを決意していた。それはロランドの遺志を継ぎ、ノヴァの力を正しく導くための彼の新たな使命でもあった。
「エレノア、ノヴァ。もしよければ、私と共に辺境伯の領都へ行かないか?」
ギュンター卿の言葉に、エレノアとノヴァは驚いて顔を上げた。エレノアは深く考え込んだ。ロランドを失い、家も失った今、子供たちを守るために最善の道は何か。そして、ノヴァの隠された才能を伸ばせる環境があるならば、それに越したことはない。しかしエレノアは尋ねた。
「ギュンター卿、ご迷惑ではないですか?あなた様には何も得るものがないように思えます。」
「エレノア。この数年の師事で私はノヴァを孫のように思っている。またあなた方も家族のような感覚を抱いている。残りの少ない老人の願いをかなえてくれないだろうか?」
ノヴァもまた、ギュンター卿の提案に、希望の光を見出していた。父を殺し、村を破壊した者たちへの復讐。そして、自分の力を制御し、大切な人々を守れるようになること。そのためには、剣聖の傍で、さらなる研鑽を積むしかない。
「お母さん! 師匠、ぜひお願いします!」
ノヴァは、まっすぐギュンター卿を見つめ、力強く答えた。エレノアもまた、決意を胸に頷いた。
ギュンター卿は頷くとおもむろに布に包まれた長い筒の様な物をノヴァに差し出す。
「お父上の剣だ、私はこれはノヴァが受け継ぐ物だと考える。お父上の意思を引き継ぎ、今後はお前が家族を守るのだ!」
それは父親が大事にしていた片刃の業物の剣であった。この国で一般的に使用される剣と違い湾曲した形は取り扱いが難しく、またしなやかで切れ味が鋭い。非常に珍しく高価であるためノヴァは触らせてすら貰えなかった剣だった。
「これは……お父さんの剣!」
ノヴァは剣を受け取るとその場でしばらく立ち尽くした。この世界に生まれてからの父親との思い出が頭を巡る。手にした剣がノヴァに語り掛けてくる。
(生きろ!そして今後はお前が家族を守れ!)
ノヴァは今回のことで、この世界は理不尽なことが溢れている。また自身の精神力の弱さや子供だからと言う甘えを持っていたことを自覚した。
だが今後は頼るべき父親は居ない。自分自身が父親の代わりに家族を守ることを決意する。
こうしてノヴァと家族は故郷を後にし、剣聖ギュンター卿と共に新たな未来への旅立ちを決意するのだった。それは、失ったもの全てを背負い、まだ見ぬ世界へと踏み出す、希望と絶望が入り混じった道のりの始まりだった。彼らの背後には、葬送の炎の残滓が、静かに燻り続けていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ギュンター卿の提案と父の剣の継承──ノヴァの胸に芽生えたのは、悲しみだけではなく、確かな決意でした。
守られる子供から、守る者へ。
焼け落ちた故郷を後にし、彼らは静かに旅立ちます。
次回は、別れの余韻と、新たな道へ踏み出す一歩を描きます。
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