第23話 血染めの星導庵
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、ステラ村で起きた突然の襲撃と、少年ノヴァの力が初めて奔流となる瞬間を描きます。
穏やかな日常の裏で、ほんの小さな判断の差が、大きな運命を動かし始める──
混乱の中で生まれる希望と恐怖を、どうぞ静かに見届けてください。
ゼオンとリリアがステラ村の調査を終え、黒鴉傭兵団の拠点に戻って数日後、ギデオン団長はステラ村への襲撃中止を正式に決定した。しかし、団員たちの間には不満が渦巻いていた。大金を積まれた依頼が反故にされたのだ。
「団長、本当にこのまま引き下がるのですか? たかが子供と老人のいる村でしょう!」
バッシュが不満を露わにする。しかしギデオンは首を横に振った。
「馬鹿を言うな、バッシュ。あの老人は『剣聖』だ。そして、あの子供にはそれ以上の何かがある。無謀な突撃は団の壊滅を招く。今回は撤退が最善だ。」
ギデオンはそう言って、この件は終わりだと告げた。しかし、バッシュは納得していなかった。彼はギデオンの判断を臆病だと捉え、内心で嘲笑していた。金に目がくらんだ彼には、ゼオンとリリアの報告の真意など理解できなかったのだ。
その頃、ステラ村では、予期せぬ出来事が起きていた。ミルウェン王国の辺境伯から、ヴァルター男爵に緊急の招集がかかったのだ。内容は領内での魔物の異常発生に関する討議。臆病なヴァルター男爵は、自身で出向くことを極端に嫌がった。
「こんな時に私が直接辺境伯の元へ行くなどと!たかが魔物の討伐ごときで、なぜ私が動かねばならんのだ!」
男爵は執務室で癇癪を起こしていた。その場に居合わせたギュンター卿は、男爵の醜態に眉をひそめながらも冷静に告げた。
「ヴァルター男爵、辺境伯からの召集となれば、領内の問題はもはや無視できない段階に来ている証拠。男爵様が出向けぬというのであれば、私が代わりに出向いて状況を説明してこよう。」
ギュンター卿の言葉に、ヴァルター男爵は顔を輝かせた。
「おお! それは助かる! さすがは剣聖殿! ではこの件は剣聖殿に一任する!」
男爵は心底ほっとした顔で言い放った。ギュンター卿は内心でため息をつきながらも、領民の安全のためには止むを得ないと判断し、その日のうちにステラ村を後にした。彼の不在は村の誰もが知ることとなった。
この情報は偶然にもバッシュの耳に入った。彼は酒場でギュンター卿が村を離れたという村人の噂を盗み聞きしたのだ。バッシュはこれこそがステラ村襲撃の絶好の機会だと確信した。
「団長は腰抜けだ。だが、俺は違う。剣聖がいなければ、あの村などひとたまりもない!」
バッシュは、傭兵団の規律を破り、私兵を率いてステラ村への強行襲撃を決意した。彼は自らの武勇と、莫大な報酬を手に入れることだけを考えていた。
その夜、ステラ村は闇に包まれ静寂に包まれていた。人々は穏やかな眠りについている。しかしその静寂は、突如として破られた。
「襲撃だ! 皆殺しにしろ!」
バッシュの怒号と共に、黒鴉傭兵団の私兵たちが村へと雪崩れ込んだ。彼らは顔に黒い布を巻き、松明を手に、容赦なく村人たちに襲いかかる。家々からは悲鳴が上がり、火の手が上がる。平和だった村は、瞬く間に地獄と化した。
自警団員たちは突然の襲撃に混乱しながらも、必死に応戦した。ロランドもガルドも、剣を手に奮戦する。だが相手は数で勝り訓練された傭兵たちだ。次々と自警団員が倒れていく。
「くそっ、なぜ剣聖様が不在の時に……!」
ロランドは悔しそうに歯を食いしばる。彼の視線の先には、炎に包まれ始めた「星導庵」があった。
「エレノア! ノヴァ! リアム!」
ロランドは叫びながら、炎の中へと飛び込もうとする。しかしその行く手を、バッシュが阻んだ。
「おっと、どこへ行く気だ、自警団団長さんよ。お前はここで終わりだ。」
バッシュは戦斧を構え、ニヤリと笑った。ロランドは憎悪の炎を瞳に宿し剣を構える。
一方、「星導庵」の中では、エレノアが子供たちを守ろうと必死だった。ノヴァの2歳半下の弟、リアムは、まだ幼いながらも状況を察したのか、恐怖に震えながらエレノアの服の裾をぎゅっと握りしめていた。エレノアの腹部には、まだ小さな、しかし確かな命が宿っている。彼女は3人目の子供を身籠っていたのだ。
「ノヴァ、ユーリ、ルナ! リアムを連れて、早く裏口から逃げて!」
エレノアはそう叫びながら、水属性の魔法で燃え盛る炎を必死に抑えようとする。しかし彼女の魔法はあくまで生活魔法。消火には限界があった。
「母さん! 僕がやる!」
ノヴァが叫び掌に魔力を集中させる。しかしその魔力はうまく制御できない。炎の勢いは増すばかりだ。ユーリも風魔法を、ルナも身構えるが、彼らの力ではどうすることもできない。リアムはノヴァの背中に隠れ、小さな体で震えていた。
その時宿の入り口が蹴破られ、傭兵たちが乱入してきた。
「女だ! 子供もいるぞ! 全員捕らえろ!」
傭兵たちがエレノアと子供たちに襲いかかる。エレノアは子供たちを背中に庇い、必死に水を操って応戦する。彼女の魔法は、傭兵たちを水で押し返し視界を遮る。
「くっ、この女、意外とやるな!」
傭兵の一人が苛立ち、エレノアに向かって剣を振り下ろした。その瞬間ノヴァの視界がスローモーションになった。母の危機。彼の脳裏に、前世で得た知識と、加藤雄介の日記の記述が走馬灯のように駆け巡る。
(だめだ! 僕が、僕が守らなきゃ……!)
ノヴァは無意識のうちに、掌を傭兵に向けた。彼の全身からこれまで感じたことのないほどの強大な魔力が噴き出す。それは全属性の極親和を持つノヴァだからこそ可能な、ありとあらゆる属性の魔力が混じり合った、混沌の奔流だった。
「……!?」
傭兵はその圧倒的な魔力の奔流にたじろいだ。しかしノヴァの魔力は、まだ幼い彼の身体では制御しきれない。それは無差別な破壊の力を孕んでいた。
「ノヴァ! やめなさい!」
エレノアが叫んだ。その声がノヴァの意識をわずかに引き戻す。しかし放たれた魔法は止まらない。宿の壁を、床を、天井を破壊し尽くし傭兵たちを吹き飛ばす。
「うわあああ!」
吹き飛ばされた傭兵たちが、宿の瓦礫の下敷きになる。しかしその代償は大きかった。星導庵は、ノヴァの放った魔法によって、完全に崩壊してしまったのだ。
エレノアは子供たちを抱きしめ、かろうじて難を逃れた。しかしその目には絶望の色が浮かんでいた。宿は崩れ落ち、家財は全て灰燼に帰した。
村のあちこちから上がる悲鳴と炎。ステラ村は、一夜にして壊滅的な状態となった。
村の広場ではロランドがバッシュと死闘を繰り広げていた。ロランドは自警団の長としての意地と家族を守るという執念で食らいつく。しかし、バッシュは「黒鴉」傭兵団でも十指に入る手練れ。その一撃は重くロランドの身体を蝕んでいく。
「くそ……! よくもこの村を……!」
ロランドは血を吐きながらも、剣を振り上げる。しかしバッシュは冷酷な笑みを浮かべた。
「無駄だ、団長さんよ。お前はもう終わりだ。」
バッシュが振り下ろした戦斧がロランドの身体を容赦なく貫いた。ロランドは愛する家族と故郷の名を最後に心で叫び、その場に崩れ落ちた。彼の瞳から光が失われていく。
「父さん!!!」
ノヴァの叫びが、燃え盛る村に響き渡った。エレノアに抱きかかえられ崩壊した星導庵の瓦礫の陰から、ノヴァは広場で倒れるロランドの姿を目撃したのだ。
その一部始終を、遠く離れた森の陰から見つめるゼオンとリリアの姿があった。
「……まさか、バッシュめ……団長の命令を無視して、独断で襲撃を仕掛けたのか。」
ゼオンは憤怒に震えた。彼の斥候部隊はこの作戦には参加していなかった。
「ノヴァの魔力……あの混沌の奔流……。あれは、通常の魔法ではない。まさか、あの子供は……」
リリアは青ざめた顔で、ノヴァが放った魔法の痕跡を見ていた。それは彼女の知るどんな魔法とも異なる、まさに「異質」な力だった。
「剣聖の不在を狙ったか……団長の命令は無視か……」
ゼオンは深い後悔と怒りに打ち震えた。彼がもう少し早く、ギデオン団長がもっと強くバッシュを止めていれば、この悲劇は避けられたかもしれない。
燃え盛る村の中でエレノアはノヴァ、ユーリ、ルナ、そしてリアムを強く抱きしめていた。ロランドの死。村の壊滅。全てが一夜にして彼らの日常を奪い去った。ノヴァは自分の放った魔法が村に、家族に甚大な被害を与えたことに、ただただ呆然と立ち尽くしていた。彼の掌にはまだ制御しきれない魔力の残滓が熱を帯びていた。
しかし、エレノアの腹の中には新たな命が宿っている。この絶望の中それでも未来へと繋がる小さな希望が、確かにそこにあった。ステラ村の壊滅。それはノヴァが自らの力の恐ろしさを知ると同時に、彼の運命を大きく変えるきっかけとなるだろう。
そしてのちにこの悲劇の裏には、ノルルア自由都市群の「黒鴉」傭兵団とその最終目標が絡んでいることが徐々に明らかになっていく。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
星導庵の崩壊、村の壊滅、そして家族の危機──すべてが一夜にして訪れました。
しかし、絶望の中にも、新しい命と未来への小さな希望が確かにあります。
次回も、ノヴァと村を取り巻く運命の波が、静かに、しかし確実に動き出す様子を描きます。




