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第22話 剣聖の存在、明かされる才覚

この物語を読んでいただき、ありがとうございます。

読者の皆様に、異世界での冒険、魔法、そして出会いの物語をお届けできることを心から嬉しく思います。

本作では、ただの子供が予想もしない才能を発揮し、仲間と共に成長していく姿を描いています。

わずかでも楽しんでいただければ幸いです。どうぞ、ノヴァの冒険にお付き合いください。

 東の森での遭遇から数日後。俺、ゼオンは、団長ギデオンの命を受け、魔術部隊長リリアと共に再びステラ村へ向かっていた。前回の斥候で得た情報は、あまりにも衝撃的だった。7歳の子供が、俺の剣を捌き、魔力を付与したショートソードで必殺の一撃を止めた。そして、その剣筋に感じた「既視感」。ギデオン団長は、それを「剣聖」ギュンター卿の剣術だと示唆した。


「ゼオン、本当に子供があそこまでとはね。正直、信じがたいわ。」


 リリアは道中、そう呟いた。彼女は色素の薄い銀髪をポニーテールにまとめ、目元を隠すように魔法のフードを深く被っている。普段は冷静沈着な彼女だが、今回の報告にはやはり驚きを隠せないようだった。


「俺も信じたくなかったさ。だがあの動きは確かに……。それに、あの子の魔力も只者じゃない。お前なら何か分かるかもしれない。」


 俺はそう言って、リリアに視線を送った。リリアは顔が知られていないため、今回は「冒険者」を装い、村の宿に滞在して情報収集を行う手筈だ。俺は「行商人」に扮し、村の酒場などで噂話を探る。


 ステラ村に到着し、リリアはすぐに村の唯一の宿「星導庵せいどうあん」へと向かった。宿の入り口では、温和な笑顔を浮かべた宿の女将、つまりノヴァの母親であるエレノアが、旅人たちを迎え入れていた。彼女は20代後半から30代前半に見えるが、その立ち居振る舞いには、どこか芯の強さが感じられた。


「いらっしゃいませ。星導庵へようこそ。」


 エレノアの声は、清流のように澄んでいて心地よい。リリアは内心、警戒しつつも、その柔らかな雰囲気に少しだけ心を和ませた。この宿が、あのノヴァの実家だというのか。


 リリアが宿で荷を解いている頃、俺は変装を施し、村の酒場へと足を踏み入れた。昼間から酒を酌み交わす村人たちが、他愛もない話に花を咲かせている。


「おっちゃん、一杯くれ。それに、何か面白い話はねえか?」


 俺はそう言って、酒場の主人に声をかける。主人は愛想の良い男で、すぐに酒を注いでくれた。


「面白い話かい? そりゃあ、この村にゃあ、とんでもねえ剣の達人が住んでるって話さ。剣聖様って呼ばれてるんだが、見たことないだろ?」


 主人の言葉に、俺は心の中でガッツポーズをした。まさか、こんなに早く核心に触れる情報が出てくるとは。


「へえ、剣聖様たぁ、すごい話だ。まさか、あのミルウェン王国が誇る剣聖、ギュンター・ヴァルシュタイン様のことかい?」


 俺は慎重に、だが興味を隠さないように尋ねる。


「おうよ! そのまさかだ。なんでも、若い領主様と揉めちまって、この村に左遷されてきたって話だ。もったいない話だが、おかげでこの村は平和そのもんだ。魔物も近づかねえし、盗賊も寄り付かねえ。」


 主人はそう言って、豪快に笑った。俺は内心で舌打ちをした。まさか、あの剣聖がこんな辺境の村にいるとは。そして、左遷の理由が「若い領主」との確執。


「若い領主様ねえ……どんな方なんだい?」


 俺はさらに情報を引き出す。


「ああ、ヴァルター男爵様のことかい。あれは……まあ、若くてお優しい方だよ。ただ、ちょっと臆病なとこがあってね。先代のアルフォンス様は、それはもう立派な方だったんだが……。」


 主人は少し言葉を選びながら、ヴァルター男爵についての噂を語った。臆病で、無能で、自分の保身ばかりを考える男。領民の苦境には無関心で、甘やかされて育ったため、すぐに癇癪を起こす。贅沢三昧で領地の財を湯水のように使い、統治能力は壊滅的に低い。先代のアルフォンス男爵が築き上げた領地を食い潰し、その無能さゆえに、ギュンター卿のような有能な人材を疎んじて辺境に追いやったという。俺は内心で嘲笑した。なるほど、剣聖がこんな場所にいる理由は、そういうことか。


 その間リリアも宿で静かに調査を進めていた。宿の女将エレノアは、その柔和な表情からは想像もつかないほど、宿の運営を完璧にこなしている。ロランドが自警団の仕事で不在がちでも、宿が滞りなく回っているのは、エレノアの才覚と努力の賜物だとすぐに見て取れた。


「それにしてもエレノアさん。この村には元気な子供たちがたくさんいますね。彼らがよく村の広場で魔法の練習をしていると聞きましたが?」


 リリアがさりげなく話題を振ると、エレノアはにこやかに答えた。


「ええ、特にうちのノヴァと、その友達のユーリちゃん、ルナちゃんがね。ノヴァは小さい頃から不思議なことに色々な知識を持っていて、私たちが教える間もなく、色々なことを吸収していくんです。最近はユーリちゃんたちにも魔法を教えているみたいで。」


 エレノアはノヴァの賢さに薄々気づいているものの、彼の好奇心と成長を尊重し無理に干渉せず見守っている様子だった。その温かい眼差しに、リリアは微かな羨望を覚えた。


「魔法の練習、ですか? この辺境の村で、子供たちが組織的に魔法を練習しているとは、珍しいですね。」


 リリアはあくまで平静を装いながら尋ねる。


「そうですね。ノヴァは本当に不思議な子で。私自身も水魔法が得意なんですけど、ノヴァに水魔法の基礎を教えたら、すぐにコツを掴んでしまって。あの子は魔力に『心』を込めるのが本当に上手なんです。」


 エレノアはそう言って、自身の掌に水滴を浮かべた。その水滴は、まるで意思を持っているかのように形を変え、清流のように澱みなくリリアの目の前を漂う。リリアは驚愕した。この水魔法の制御は、並の魔術師にできるものではない。エレノア自身が水属性の魔法適性が非常に高く、無意識のうちに高度な制御を行っているのだとリリアは瞬時に見抜いた。

 エレノアはその力を「生活の役に立つもの」としか考えていないようだが、彼女の「人を思いやる心」がそのまま魔力に反映されているかのような非常に洗練された魔法だった。


 翌日、リリアは村の広場へと向かった。するとそこで彼女が目にした光景は、彼女の想像をはるかに超えるものだった。


 広場の中央で7歳になったノヴァが、11歳のユーリと9歳のルナを指導しているのだ。ノヴァは小さな掌から炎の球を放ち、ユーリは風の刃を正確に木標へと飛ばす。ルナは、魔法を使わないながらも、ノヴァの指示に従い、素早い剣の型を繰り返している。


「ユーリ、もっと魔力の流れを意識して! 一点に集中するんだ! 『プロケッラ』は、ただの風じゃない、空気を切り裂く刃だ!」


 ノヴァが身振り手振りで指導する。その言葉は魔術師としての基礎から応用まで驚くほど的確だった。ユーリは真剣な表情でノヴァの言葉に耳を傾け、何度も風の刃を放つ。その精度は見る見るうちに向上していく。


「ルナ、もっと腰を入れて! 重心を低く! 相手の攻撃を捌くには、まずは自身の体幹を安定させるんだ!」


 リリアは驚愕した。この子供はただ魔法の才能があるだけでなく、指導者としての才覚までも持っているのか。そしてユーリとルナの成長速度も異常だ。彼らの魔法の腕前は、すでに初級魔術師の域をはるかに超えている。特にユーリの風魔法は中級魔術師と見ても差し支えないレベルだ。


「まさか……この村にこれほどの逸材が、しかも複数……。」


 リリアは思わず息を呑んだ。そして彼女の視線は、広場の片隅で静かに子供たちの訓練を見守る一人の男に向けられた。光る剣を身に着け、その佇まいには、並々ならぬ気品と威厳が感じられる。


(あの男が……剣聖ギュンター・ヴァルシュタイン卿……!)


 リリアは確信した。この村の子供たちの異質なまでの成長の謎が、今、解き明かされたのだ。剣聖の薫陶を受けさらにその中でノヴァという規格外の才能が、仲間と共に成長している。傭兵団「黒鴉」が、この村を襲撃対象として選んだのは、大きな誤算だった。


 夜、傭兵団「黒鴉」の拠点に、ゼオンとリリアは戻ってきた。薄暗い一室には、団長ギデオン、バッシュ、そしてリリアを除く幹部たちが集まっている。彼らは二人の報告を固唾を飲んで待っていた。


「ゼオン、リリア、報告を聞こう。」


 ギデオンが低い声で促す。俺は、これまでの調査で得た情報を詳細に報告した。剣聖ギュンター卿が村に存在していること、そしてその左遷の理由、ヴァルター男爵の無能さについて。


「まさか、あの剣聖が辺境の村に隠居していたとは……。そして、それが無能な領主のせいだとはな。胸糞悪い話だ。」


 バッシュが忌々しそうに吐き捨てた。


 次に、リリアがノヴァたちの訓練の様子を語った。


「私が確認したところ、あのノヴァという子供は、剣聖から剣術だけでなく、魔術の指導も受けている可能性が高いです。彼の魔力は非常に純粋で、この世界のどの属性にも偏りがない。そして何より驚くべきは、彼が他の子供たちに魔法を教えているという点です。」


 リリアの報告に幹部たちはざわめいた。7歳の子供が他の子供たちに魔法を教えている? しかもその指導内容はすでに初級の域をはるかに超え、中級に差し掛かるレベルの者もいるという。


「彼らが放つ魔法の精度、そして魔力制御の練度は、とても独学で到達できるものではありません。剣聖の指導かあるいは彼の傍らにいるノヴァという子供が、異常なほどの才覚を持っているとしか考えられません。」


 リリアはそう結論付けた。ギデオンは顎に手を当て、深く考え込む。


「剣聖の存在、そしてその薫陶を受けた子供たち……。これは、我々の計画に大きな変更を余儀なくさせるな。」


 ギデオンは静かにそう呟いた。彼の視線は、壁に掛けられたアステリア大陸の地図、特にミルウェン王国とその周辺に伸びるノルルア自由都市群の境界線に注がれていた。


「ゼオン、リリア。お前たちの報告は、この作戦の成否を大きく左右する。ステラ村への襲撃は、完全に中止とする。あそこは我々が不用意に手を出して良い相手ではない。」


 ギデオンの言葉に、幹部たちは誰も異を唱えなかった。剣聖ギュンター卿。その名を聞けばたとえ傭兵団の幹部といえど、その危険性を理解できる。


「しかし団長、今回の依頼はどうするのです? 商隊の積荷は……」


 バッシュが不満げに尋ねる。


「別の標的を探す。損失は出るがあの村に手を出して団が壊滅するよりは遥かにましだ。それに……」


 ギデオンは、ふとゼオンに目を向けた。


「ゼオン、お前が感じた『既視感』、そしてリリアが確認した魔力の異質さ……。その子供ノヴァの存在は、我々にとって新たな可能性を秘めているかもしれない。我々の最終目標にとって、彼はどういう存在になりうるか、引き続き調査を頼む。」


 ギデオンの言葉に、ゼオンの胸には新たな使命感が芽生えた。ステラ村の子供、ノヴァ。その小さな体に秘められた計り知れない才能が、傭兵団「黒鴉」の、そしてアステリア大陸の未来を、大きく変えるかもしれない。

第22話をお読みいただき、ありがとうございました。

ノヴァという小さな少年が見せる圧倒的な才能は、まだ序章に過ぎません。

彼の成長と仲間たちの絆、そして剣聖ギュンター卿の存在が、今後どのような物語を紡ぐのか……想像していただければ幸いです。

読後、少しでも心に残る冒険として、長く楽しんでいただければ嬉しいです。

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