第19話 転生者の遺産、付与魔法の夜明け
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。
今回の第19話は、遺跡から持ち帰った二冊――《知識》と「転生後の日記」――をきっかけに、ノヴァが自分の出自を仲間に打ち明け、そして“付与魔法”という新しい扉を叩く章です。
静かな部屋での読書と、鍛錬の手触り、そして「核/本質/符丁」という手がかり。淡い光が木刀に宿る瞬間を、一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
村へ帰ったノヴァとユーリ・ルナの3人は、ひとまずそれぞれの家へと帰った。ノヴァは自身の部屋に戻ると、すぐに遺跡から持ち帰った分厚い「知識」の本と、石台の下に収められていた手帳を広げた。まずは手帳の方から内容を確認していく。
その手帳は古びてはいるものの、丁寧に綴られた文字で埋め尽くされていた。表紙には小さな文字で「転生後の日記」と記されており、最初のページには見覚えのある日本語で自身のことを綴っていた。
「まさか、こんな世界に来てしまうとはな。加藤雄介、享年27歳、トラックに轢かれて人生終了、か。……なんて酷い冗談だ」
と自嘲気味な書き出しがあった。ノヴァは思わず息を呑む。やはり自分と同じ「日本」からの転生者だった。
日記の記述を読み進めていくと、この先達がノヴァの生きていた時代より約10年ほど前の2010年代に生きていたことがわかった。彼はこの異世界に転生してからの苦悩や、元の世界とのあまりの落差に戸惑う心境を赤裸々に綴っていた。
「……何もない。文明も、知識も、医療も、何もかもが俺の知っている世界とは違いすぎる。どうしてこんな場所に放り込まれたんだ。無力な自分に苛立ちを覚えるばかりだ。」
そんな悲痛な叫びのような記述に、ノヴァは深く共感した。彼自身も転生当初はその幼い身体と、文明の遅れに絶望しかけたことを鮮明に覚えている。孤独感に苛まれながらもどうにか前向きに進もうとしていた加藤雄介の姿が、日記の行間から伝わってくる。
後半からは彼の研究の日々が記されていた。特に力を入れていたのは、この世界には存在しない「付与魔法」の概念の確立だった。
「……この世界の魔法は直接的な攻撃や防御、あるいは自然現象を操るものばかりだ。だが俺の知っている物理法則や化学の知識を使えばもっと別の使い方ができるはずだ。例えば剣に炎の力を付与したり、防具に防御力を高める魔法をかけたり……。」
加藤は何度も失敗を重ね、時には危険な実験に手を出しながら付与魔法の可能性を探っていた。試行錯誤の末にある程度の原理を解明し、いくつかの実践的な術式を確立していった様子が記述されている。しかしその過程は決して平坦ではなかった。
「今日、ついに魔力増幅の付与に成功した。だが魔力の流れを制御するのがこれほど難しいとは……もう少しで魔力暴走を起こすところだった。これでは実用には程遠い。」
「鉱石への付与実験は失敗。また魔力が霧散した。なぜだ? 物質の構成と魔力の相性か? いや、それだけではないはずだ。」
ノヴァはその苦労がわかる気がした。魔法研究の難しさ特に前例のない分野を開拓することの困難さは、ノヴァ自身も日々の鍛錬で痛感していたからだ。日記に記された加藤の情熱と苦悩そして少しの諦めが混じったような言葉に、ノヴァの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。
自分だけではなかった。この広大な異世界にも同じ故郷を持つ人間が、同じような苦悩を抱えそしてそれを乗り越えようと奮闘していたのだ。それはノヴァにとって大きな慰めであり、同時に新たな希望の光でもあった。
翌日の午前中、ノヴァとルナはギュンター卿の指導のもと、村の訓練場で剣術の稽古に励んでいた。ノヴァは聖光流の型を基本に据えつつ、水霊剣術の流麗な動きを組み込む試みを続けている。ルナは、ギュンター卿の素早い打ち込みに対し、小さな体からは想像もできないほどの速度で木刀を捌き、時には鋭い突きを放っていた。その剣筋には確かな成長が見て取れる。
一方、ユーリは自宅でノヴァから出された魔術の課題に取り組んでいた。課題は「属性を固定しない魔力放出の制御」というものでこれは将来的に複合魔法や、今回新たに知った付与魔法といった応用魔法を習得する上で不可欠な基礎だった。ユーリは集中して魔力を練り、手のひらから様々な形や大きさの魔力球を放つ練習を繰り返していた。
午後の日差しが傾き始めた頃、三人はノヴァの部屋に集まった。昨日の遺跡での出来事について、話し合うためだ。
「それで、ノヴァ。あの本と手帳、なんて書いてあったの?」
ルナが、純粋な好奇心いっぱいの目で尋ねた。ユーリもまた、真剣な表情でノヴァを見つめている。
ノヴァは二人の顔を見回し、深く息を吐いた。どこから話すべきか、少し迷ったが、全てを正直に話すことに決めた。難しい概念かもしれないが、彼らはきっと理解してくれるだろう。
「まず、あの手帳の方なんだけど……あれは、加藤雄介っていう、俺と同じ「日本」っていう国からこの世界に転生してきた人の日記だった。」
ノヴァの言葉に、ユーリとルナは目を見開いた。
「転生……? 日本……?」
ユーリが戸惑いながらも問い返す。この世界にはない概念だ。
「うん。俺の故郷の国の名前なんだ。俺は前の世界では52歳まで生きた。死んで、気づいたら、この世界の赤ちゃんになっていたんだ。加藤雄介さんも、俺と同じように、元の世界で死んで、この世界に転生してきたんだって。」
ノヴァは自分が異世界転生者であるという事実を、初めて二人に明かした。ユーリとルナはノヴァの言葉を理解しようと、懸命に頭を回転させている。
「じゃあ、ノヴァは、この村の生まれじゃないってこと?」
ルナが不安そうな顔で尋ねた。ノヴァは首を横に振る。
「違う。確かに僕には前世の知識があるけれど、この村で生まれ育った記憶も同時にあるんだ。俺は君たちの友達だし、仲間だ。それは変わらない。だから安心してほしい。」
ノヴァはルナの頭を優しく撫でた。ユーリはまだ驚きを隠せない様子だったが、ノヴァの言葉に少しずつ納得しているようだった。
「その加藤雄介さんは前世では俺より少し前の時代に生きていた、かなりの知識人みたいだ。そしてその日記には彼がこの世界に来てから、どんなことに苦労して、どんな研究をしていたかが書かれていた。」
ノヴァは特に日記の後半に記されていた「付与魔法」について説明した。
「この世界の魔法は、直接的に何かを攻撃したり、防御したり、自然現象を起こしたりするものがほとんどだろ? 物に一時的に付与したりするけど一時的なものだ。でも加藤雄介さんは剣自体に炎の力を加えたり、丈夫にしたりする、『物に魔法の効果を付与する魔法』の研究をしていたんだ。それが、付与魔法だ。」
ユーリは目を輝かせた。
「物自体に魔法を!? すごい! そんなことができるの!?」
ルナも興味津々でノヴァの話に聞き入っている。
「加藤さんの日記によると、この世界にも「一時付与」ていう概念の魔法があるんだ。生活魔法の『ルーメン』で石を光らせたりするやつがそうなんだけど、彼の研究はもっと進んでて、術式魔法の効果を物に付与することを目指してたんだ。」
ノヴァはさらに続けた。
「そして、もう一冊の『知識』の本には、俺の世界の歴史や科学、文化が詳しく書かれている。どうやら加藤さんは前世では科学者だったみたいだ。まだ全部は読み切れてないけど、この2つがあれば、この世界の謎を解き明かすヒントになるかもしれない。」
ノヴァは二人に、遺跡で見つけた2つの書物が、今後の自分たちの冒険に大きな影響を与えるだろうと語った。ユーリとルナは、ノヴァの言葉の重さを理解し、静かに頷いた。彼らの新たな旅が、ここから始まることを予感させる午後だった。
ノヴァは翌日から、日記に記された付与魔法の記述を再度、徹底的に読み解き始めた。
彼の探究心は、前世の知識とこの世界の魔法を融合させる新たな可能性に燃えていた。
特に、付与魔法の発動条件に関する記述に注目する。日記には、試行錯誤の末にたどり着いた、いくつかの重要なヒントが記されていた。
「付与対象の『核』を見極め、そこに魔力を集中させる。そして、付与したい魔法の『本質』を明確にイメージし、対象の核と魔力の流れを同調させる。最後に、『特定の符丁』をもって魔力を固定する……か。」
ノヴァはこの3つの条件。
対象の「核」の認識、「本質」のイメージ、そして「符丁」による固定が、付与魔法の発動において重要だと結論付けた。
まずは、最もシンプルな付与魔法である「魔力増幅」の術式に挑戦した。練習に使う木刀を手に取り、ノヴァは意識を集中する。
「この木刀の『核』は、どこだ……?」
彼は木刀の柄、刃、全体をなぞるように魔力を流し込んでいく。すると、木刀の柄の根元に、ごく微かな魔力の中心点を感じ取った。それが、木刀の魔力的な「核」であると直感する。ノヴァの極親和の感覚が、微細な魔力の揺らぎを捉えていた。
次に付与したい魔法の「本質」をイメージする。魔力増幅、つまり、この木刀に触れることで、自身の魔力をより効率的に引き出す力を与えることだ。漠然としたイメージではなく、具体的な魔力の流れや、その増幅率までを心に描く。6歳のノヴァの頭脳は、前世の科学的知識を総動員し、魔力の効率的な循環と、増幅のメカニズムを鮮明にイメージする助けとなる。
そして最後に、「符丁」による固定。日記には、この「符丁」が特定の魔力配列や、簡易的な詠唱、あるいは特定のジェスチャーである可能性が示唆されていた。加藤雄介は、幾つかの「符丁」を試していたが、彼が最終的に確立したとされるのは、自身の魂と魔力が共鳴する「真名」に近い形で、心の内で呼びかけることだった。
ノヴァは自身の魔力を木刀の核へと流し込み、増幅のイメージを重ねる。そして、心の中で、付与魔法の固定をするルーン言葉を紡いだ。
「増幅」
しかし、何も起こらない。木刀はただの木刀のままだった。ノヴァは眉をひそめ、もう一度試みる。
「増幅」
やはり変化はない。彼は何度か試行錯誤を繰り返したが、木刀に魔力が増幅される気配は一切なかった。魔力が霧散してしまう感覚だけが残る。
「くそっ、何が足りないんだ……?」
ノヴァは日記をめくりながら唸った。加藤雄介も、この初期段階で多くの失敗を経験している。何が違うのか、何が足りないのか。ノヴァは、もう一度、日記の記述を最初から丁寧に読み直すことにした。特に、成功例だけでなく、失敗例の詳細な記録に注目した。そこには、成功のヒントが隠されているはずだと信じて。
日記を読み進めるうち、ノヴァはふとある一節に目が止まった。加藤雄介の実験記録の中で、特に強調されていた箇所だ。
「……やはり、ルーン文字をただ唱えるだけでは駄目だ。その魔法が持つ『根源的な意味』を理解し、それを対象に『刻み込む』意識がなければ、魔力はただのエネルギーとして霧散する。特に、付与魔法は対象の存在そのものに干渉するもの。詠唱は補助に過ぎず、魔力の『形』と『込められた意志』が重要だ。」
ノヴァはハッとした。彼はこれまで、この世界の魔法を詠唱とイメージで発動させていた。だが、加藤雄介の日記には、「ルーン文字を刻む」という記述があったことを思い出す。付与魔法は、単に一時的な魔力を流し込む「一時付与」とは異なり、より深く対象に根付かせる性質があるのかもしれない。
「そうか、詠唱だけじゃなく、ルーンを『刻む』イメージ……あるいは実際に刻む必要があるのか?」
しかし今ここで木刀にルーンを刻むことはできない。ならば、魔力でルーンの「形」を生成し、それを木刀に「押し込む」ようなイメージではどうか。6歳のノヴァの頭脳は、前世の物理法則や情報処理の知識を総動員し、加藤雄介の漠然とした記述を具体的な手順へと変換していく。
ノヴァはもう一度、木刀を握りしめた。意識を集中し、魔力を木刀の「核」へと流し込む。同時に、心の中で「増幅」を意味するルーン文字の形を、極めて精密にイメージした。それを、まるで刻印を押すかのように、魔力と共に木刀の核へと押し込んでいく。そして、再び心の中で「増幅」と唱える。
その瞬間木刀が微かに震え、淡い光を放った。それは一瞬の輝きだったが、確かに、魔法が付与された感覚があった。
「成功した……!」
ノヴァは興奮を抑えきれずに、木刀を強く握りしめた。手のひらから、微かに魔力が引き出され、全身に満ちていくのを感じる。それは、ノヴァ自身の魔力が増幅された感覚とは少し違う。木刀が、ノヴァの魔力を「吸い上げ」、自身の魔力系統と「同調」することで、より効率的に魔法を引き出す手助けをしている、そんな感覚だった。
ノヴァにとって、この付与魔法の成功は、彼の魔法研究における大きな一歩となった。彼の付与魔法への挑戦は、まだ始まったばかりだったが、ようやくその扉を開いた瞬間だった。
ここまでお付き合いありがとうございました。
先達・加藤雄介の足跡が、ノヴァの孤独をほどき、研究の指針(核・本質・符丁)へとつながりました。詠唱だけでは届かない「刻む意志」を見出し、初めての成功が淡い光で応えてくれた――物語としては小さな変化ですが、世界側から見ると“付与魔法の夜明け”です。
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