第18話 もう一つの世界からの記録
いつもお読みいただきありがとうございます。
厳しい鍛錬の日々に慣れ始めたノヴァとルナ。
しかし、村を訪れた一行が静かな水面に波紋を落とします。
平穏な暮らしと外の世界の気配が交差する第18話──
何気ない出会いの中に潜む変化の兆しを、ぜひお楽しみください。
ノヴァは、古びた分厚い本を震える手で抱きしめ、いつのまにか涙を流していたていた。その表紙に記された日本語の文字「知識」、そしてページをめくるごとに現れる見慣れた文字の羅列。それは、彼が前世で生きていた世界、地球の記録だった。
ユーリとルナは、ノヴァの様子にただならぬものを感じ取り、息をのんで見守っている。
「ノヴァ……その本、どうしたの?」
ユーリは恐る恐る問いかけた。彼の視線は未知の文字で埋め尽くされた本へと、釘付けになっている。これまでの常識では、目の前の現象を説明できない。本から放たれる魔力の波動は微弱で、それが一体何なのかまでは読み取ることができなかったのだ。
ノヴァはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、懐かしさと、そして深い困惑が入り混じっていた。前世の記憶は常に彼の意識の奥底に存在していたが、こうして具体的な「物」として現れたことで、その現実味がより一層増していた。
「この本には……俺が元々いた世界のことが書かれている。地球の歴史や科学技術や文化……全てでは無いけれど。」
彼らの知る世界には、ノヴァが口にするような「地球」という概念は存在しない。この世界では大陸の彼方に未知の土地があることは知られているが、それはあくまでこの世界の延長線上にあるもので、異世界の存在など神話の中にしか登場しない話だ。
「元いた世界……? ノヴァは、別の世界から来たってこと?」
ルナが目を丸くして尋ねる。ノヴァはこれまで、自身が異世界から転生してきたという事実を、誰にも話したことがなかった。話したところで、信じてもらえるはずがないと思っていたし、もし信じてもらえたとしても、それがどんな波紋を呼ぶか想像もつかなかったからだ。
ノヴァは、深く息を吐き出した。冷たい石室の空気が、彼の肺を満たし、決意を固めるのを助けた。
「ああ……そうだ。俺には前世の記憶がある。この世界に生まれる前は、地球という星に住んでいた。そこで死んで、ここに転生したんだ。」
重い沈黙が石室に満ちた。ユーリとルナは、その言葉の意味を懸命に理解しようと努めている。信じがたい話だが、ノヴァの真剣な表情と、目の前の奇妙な本が、その言葉に説得力を持たせていた。特にルナは、その並外れた洞察力でノヴァの言葉に嘘偽りがないことを見抜いていた。
彼女の直感は、ノヴァの告白が真実であることを強く示唆していたのだ。
ユーリもまたこの一年間の生活の中で、彼が普通の子供ではないことを薄々感じていた。
彼の異常なまでの成長速度、魔法や剣術に対する天性の才、そして時折見せる、子供とは思えないような深い思考。それら全てが、今ノヴァが語った言葉と結びつき、1つの線となってユーリの脳裏に浮かび上がっていた。
やがて、ユーリが口を開いた。彼の声は、わずかに震えていたが、その瞳には強い光が宿っていた。
「ノヴァが、そんな秘密を抱えてたなんて……。でも、僕たちはノヴァの友達だ。信じるよ。」
ユーリの言葉に、ルナも力強く頷く。彼女は一歩ノヴァに近づき、その小さな手を彼の腕にそっと置いた。
「うん! ノヴァはノヴァだもん! どこから来たとか関係ない! ずっと、一緒だよ!」
二人の信頼の言葉に、ノヴァの胸に温かいものが込み上げた。ずっと一人で抱えていた秘密を打ち明けることができた安堵と、それを受け入れてくれた二人の優しさが、彼の心を震わせた。これまでも二人のことを大切な友人だと思っていたが、この瞬間、彼らの絆は血の繋がりにも勝る、深いものになったと感じた。
「ありがとう……。本当はもっと早く話すべきだったのかもしれない。でも、どう説明したらいいか分からなくて……。それに、もし信じてもらえなかったら、俺は本当に一人ぼっちになってしまうんじゃないかって、怖かったんだ。」
ノヴァは本を抱きしめたまま、これまでの経緯をかいつまんで二人に話した。異世界への転生、この世界の魔法と剣術、そして彼自身の特殊な能力のこと。前世での記憶が、いかにこの世界での彼の成長に影響を与えてきたのか。特に、魔力の操作や効率的な学習方法などは、前世の知識と経験が大きく関わっていることを説明した。
二人は、ノヴァの語る不思議な話に真剣に耳を傾けていた。時折、驚きの声を上げたり、理解できない部分を質問したりしながら、ノヴァの言葉の全てを受け止めようとしていた。
「だから俺は、この世界で生きていく中で、地球の知識を隠しながらもそれを活かして、皆がもっと豊かに暮らせる方法はないかと考えていたんだ。」
ノヴァの言葉に、ユーリの目が輝いた。彼は魔法の研鑽を通じて、新しい知識や技術に強い興味を持っていた。ノヴァから教わった魔力制御のコツや、魔法の応用方法なども、彼の探求心を大いに刺激していた。
「なるほど……。ノヴァが教えてくれた魔法の効率的な使い方も、その知識から来ていたのか。道理で、今まで他の人間は同じ様なことを話さないわけだ。」
ルナも腕を組み、真剣な顔で頷いている。彼女は魔法を使わないが、ノヴァが剣術に、より合理的な動きや、効率的な鍛錬方法を取り入れていることには気づいていた。それは、ギュンター卿の教えとも異なる、どこか実用的な「理」に裏打ちされているように感じていたのだ。
語り終えた後、ノヴァは再び本に目を落とした。ページは、既に彼が読んできた日本の歴史や文化の記述から、より具体的な科学技術の解説へと移っていた。そこには、電気の生成方法、内燃機関の仕組み、医療技術の進歩など、この世界では未だ知られざる「魔法」のような技術の数々が記されていた。
「ここに記された技術や知識は、この世界の発展に大きく貢献する可能性がある。魔法と科学……これらを融合させれば、きっと……」
ノヴァの脳裏には、前世で見た様々な光景が蘇っていた。高層ビルが立ち並ぶ都市、空を飛ぶ飛行機、病気を治す医療機器。それら全てが、この世界の魔法と結びつくことで、どのような未来が描かれるのか。魔法文明と科学技術が融合した世界。それは、この世界に新たな可能性をもたらすだろう。
豊かな食糧、病気のない社会、そしてより便利な生活。しかし、同時にその知識が争いの火種になる可能性も秘めている。強力な兵器の開発、資源を巡る争い、あるいは未熟な技術が引き起こす予期せぬ災害。
「でもこの情報は、諸刃の剣だ。使い方を間違えれば、この世界を破滅に導くことにもなりかねない。だからこの本の存在は絶対、秘密にしておかなければならない。特に権力者や、悪意を持つ者に知られてはならない。」
ノヴァは慎重に言葉を選んだ。この本に記された知識は、使い方によっては莫大な富と力を生み出す。そして、それは必ず欲深い人間の目を引くだろう。ユーリとルナは、真剣な表情でノヴァの言葉を聞いていた。彼らの瞳にはノヴァの抱える重い責任と、それでも未来を見据える彼の意志に対する、確かな理解と決意が宿っていた。
「分かった。誰にも言わないよ、絶対。」
ユーリが固い口調で言った。彼は杖をぎゅっと握りしめた。ノヴァの言葉の重さを理解し、その秘密を守る決意を固めていた。ルナも力強く頷き、「うん! 約束!」と小指を差し出した。彼女の純粋な心は、友の苦悩を共有し、支えたいという強い思いで満たされていた。
ノヴァは二人の小指に自分の小指を絡め、小さな秘密の誓いを交わした。この瞬間彼らの絆は、より一層深く結びついた。一人で抱え込んできた重荷が、少しだけ軽くなったように感じた。
「さて、この本のことは一旦置いておこう。もう一冊は手帳の様だが、……これは日記か?」
ノヴァはそう言うと、内容をパラパラと斜め読みする。前世の知識が、この遺跡の謎を解き明かす鍵になるかもしれないと教えてくる。彼の目は手帳の内容に夢中になった。ユーリは「ルーメン」で照らした石を手に、ルナも周囲に危険がないか注意しながら手帳を調べるノヴァのことを見守る。
新たな冒険の予感に、三人の心は高鳴っていた。この遺跡が、ノヴァの転生の秘密、そしてこの世界の未来に、どのような影響を与えるのだろうか。彼らはまだ知る由もないが、その一歩はやがて世界の歴史を変える大きなうねりとなるだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は鍛錬の積み重ねから一歩外へ──村に届いた外の風は、やがて大きな嵐の前触れになるかもしれません。
ノヴァたちはまだ気づいていませんが、その足音は確実に近づいてきています。
次回からは、静かな日常が少しずつ揺らぎ、剣の腕だけでは測れない試練が始まります。
どうぞ引き続きお楽しみください。




