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第16話 剣聖の指導と、二つの才能の芽吹き

本日2回目の更新です。

朝の更新を読んでから来てくださった方も、こちらから読まれている方もありがとうございます。

昨日の分を埋める形での更新となります。

今回は、剣聖ギュンターがノヴァだけでなく、もう一人の稀有な才能に出会う物語です。

騎士たちの視点を通じて、辺境の村で芽吹く二つの輝きと、それを見守る老騎士の心情を描きました。

二人の成長の第一歩を、ぜひお楽しみください。

ギュンター卿がステラ村に赴任して数日が経った。彼は与えられた簡素ながらも清潔に保たれた屋敷を拠点に、アーベル、ベルンハルトら五人の従者たちと共に村の巡回や魔獣の痕跡調査にあたっていた。


 騎士見習いたちは、領都からの左遷という不遇な状況にありながらも、特級(剣聖)の域に達するギュンターの側にいられることを誇りに思い、日々の任務に真摯に取り組んでいた。

 彼らにとって、この辺境の村での任務は、領都では得られない貴重な経験と、何よりも「剣聖」直々の指導を受けられるまたとない機会だった。


 ある日の夕暮れ、ギュンターはアーベルとベルンハルトと共に、村の西にある森の入り口付近を巡回していた。春の終わりを告げる風が、新緑の匂いを運んでくる。鳥の声が響き渡り、穏やかな夕日が木漏れ日となって森の奥へと差し込んでいた。しかし、その平和な風景の裏には、いつ魔獣が牙を剥くかわからない危険が常に潜んでいることを、歴戦の騎士であるギュンターは肌で感じ取っていた。


「アーベル、あの足跡の深さから見て、最近この辺りに大型の魔猪が出没しているようだ。警戒を怠るな。」


 アーベルは素早く地面に膝をつき、足跡の形状や周辺の草木の様子を詳細に確認する。彼はギュンターの言葉を頭の中で整理し、今後の対策を構築していく。


「はっ! 念のため、周囲に簡易的な魔力結界を張っておきます。足跡が新たなものであれば、まだ遠くには行っていないかと。」


 アーベルが静かに魔力を練り上げ、不可視の結界を周囲に展開する間、やや口数の多いベルンハルトが不満げに呟いた。彼は血気盛んな若者で、感情がすぐに顔に出てしまう。


「しかし、ギュンター様。このような辺境の地で、いつまでこの『治安維持』とやらを続けねばならぬのですか。騎士たるもの、もっと大規模な戦場で功績を立てるべきでは……。このままでは、我々の武技も錆びついてしまうばかりです。」


「ベルンハルト!」


 アーベルが思わず声を荒げ、ベルンハルトを咎める。彼の顔には、師への不敬を詫びるような色が浮かんでいた。しかし、ギュンターは静かに首を振り、アーベルを制した。


「よい。ベルンハルトの言うことも一理ある。大規模な戦場での武功を望むのは、騎士としての当然の望みだ。だが、どんな場所であれ、己の務めを果たすのも騎士というものだ。それに、この村もなかなかどうして、面白いものが見つかった。あのような少年が剣を振るう姿を見れば、退屈はせぬだろう。」


 ギュンターの脳裏には、数日前に見たノヴァの剣術稽古の光景が鮮明に蘇っていた。五歳児とは思えないその流麗な動き、そして剣に魔力を纏わせる異才。彼の剣術は、ロランドの指導する水霊剣術 動麗流の型を基盤とし、中級に片足を突っ込んでいた。特に剣に魔力を纏わせる魔法との連携を試みている点は一般的な中級剣士とは一線を画し、上級に達しているかのようにすら見えた。


「少年、ノヴァでしたか。確かに、あれほどの剣筋の持ち主は稀でしょう。しかし、ギュンター様ほどの方が、あのような子供に興味を持たれるとは……失礼ながら、いささか意外でございます。」


 ベルンハルトが正直な感想を述べると、ギュンターは遠くの空を見上げながら目を細めた。彼の瞳には、遠い過去の記憶と、目の前の未来への期待が入り混じっていた。


「彼の剣には、まだ荒削りではあるが、紛れもない輝きがあった。その才は、私が今まで見てきた数多の剣士の中でも、突出している。鍛えれば、いずれ王龍剣術 聖光流の奥義すら極めるかもしれん。いや、あるいは、私が到達した特級(剣聖)の域すら超え、歴史に名を刻む伝説級(剣神)へと至る可能性すら秘めている。」


 ギュンターの言葉に、アーベルとベルンハルトは驚きのあまり息を呑んだ。彼らはギュンターの言葉に絶対の信頼を置いていたからこそ、その言葉の重みが理解できた。特級(剣聖)のギュンターが一介の子供にそこまでの可能性を見出すことは、滅多にないことだった。


「……かつての武勇など、今の男爵には無用らしくてな。だが、この村に来てよかった。希望を見た気がする」

 

 彼らは、この辺境の地での任務が、単調なだけでは終わらないかもしれないという、漠然とした予感を抱き始めた。それは、自分たち自身の成長にも繋がるかもしれない、という淡い期待でもあった。


 村長との面会を終えたギュンターは、村の東端にある、少し手狭な、しかし清潔に手入れされた屋敷を与えられた。領都の騎士団舎で与えられていた私室とは比べ物にならない簡素な造りだったが、きちんと掃除が行き届き、からは穏やかな光が差し込んでいた。


 窓の外からは、村人の活気ある声や、農作業の音が聞こえてくる。屋敷の中に入ると、彼らは持ち込んだ最低限の荷物を運び込んだ。


「ギュンター様、本当にここでよろしいのでございますか? こんな辺境の村で、我々が暮らすには……その、不便というか、何も無いと言うか、せめてもう少し開けた町を……。」


 アーベルが再び心配そうに尋ねた。彼はギュンターの身の回りを常に気遣い、少しでも快適な環境を整えたいと願っていた。


「構わん。我々に与えられた務めだ。この村もなかなかどうして、活気がある。領都の喧騒に比べれば心穏やかに過ごせるやもしれぬぞ。ここでの日々も、無駄にはならぬ。むしろ、我々にとっては、ヴァルター男爵のしがらみから離れ、己を見つめ直す良い機会となるやもしれん。この村の平穏を守ることが、今我々に課された騎士としての務めだ。」


 ギュンターはそう言い、屋敷の窓から見える村の景色を静かに眺めた。遠くで子供たちの無邪気な笑い声が聞こえる。その声は、ギュンターの心に、長年の戦いと領都での政治的な駆け引きの中で忘れかけていた、純粋な安らぎと希望を呼び起こすようだった。


「それにしても、まさかギュンター様がこのような地に追いやられるとは……。男爵の奴め、どれだけ心が狭いのか。まともな騎士は皆、卿を慕っておりますのに、あの若造めが……。」


 ベルンハルトが、ぶつぶつと文句を言いながら、自分の荷物を床に置いた。彼は不器用ながらも、ギュンターへの忠誠心は厚く、師への不当な扱いに憤慨していた。彼らが追いやられたのは、先代男爵が重用したギュンターのような有能な人材をヴァルター男爵が恐れ、自らの無能さを悟られることを避けた結果に過ぎない。


「黙れ、ベルンハルト。そのように不平ばかり口にするものではない。不満は己の剣に込め、日々の鍛錬で晴らせ。これも我々が乗り越えるべき試練だ。ギュンター様についていれば、必ずや道は開ける。それに、ここでしか学べないこともあるはずだ。例えば、村人との交流や、領都では出会えない魔獣との戦い、あるいは……。」


 アーベルはそこまで言って言葉を切った。彼の視線は、ギュンターが先ほどから眺めていた庭の隅に向けられていた。そこでは、夕日が差し込む中、ノヴァが一人、木刀を振る練習をしていた。その小さな背中には、彼ら騎士見習いにも負けないほどの、ただならぬ気迫が宿っているように見えた。アーベルは、ギュンターがノヴァに特別な関心を示している理由を、少しずつ理解し始めていた。


 ギュンターは彼らのやり取りを静かに聞いていた。彼自身も不満がないこともないが、王龍剣術 聖光流の教えと、自らの高潔さを貫くためには、この道を選ぶしかなかった。彼はこの村での生活が、単なる左遷ではない、何か天命のような意味があるのではないかと予感を抱き始めていた。それは、あの少年の存在が大きく影響していた。彼の剣技が、再び輝きを放つ場所がここにあると、老騎士は直感していた。


 あくる日、ギュンターはロランドの宿に立ち寄った。庭では、ノヴァがいつものように剣術の稽古に励んでいる。ノヴァの傍らで、彼が木刀を振るう様子を食い入るように見つめている少女がいることにギュンターは気づいた。艶のある黒髪を三つ編みにし、大きな瞳でノヴァの動きを追ってるルナはノヴァの動きに合わせて、無意識のうちに自分の指で小さな弧を描いたり、足元で重心を移したりしている。その真剣な眼差しと、わずかながらも正確に動きの要点を捉えようとする様子に、ギュンターの老いた目が微かに輝いた。ルナはまだ六歳だが、その集中力と洞察力は並外れているように見えた。


(この娘も……天賦の才か。いや、それとも……。)


 ギュンターの脳裏に、かつて領都の騎士団で教えを請うた、ある天才剣士の幼少期の姿が重なる。それは、彼自身が剣聖と呼ばれる所以となった、比類なき才能の持ち主だった。その才能とは異なるベクトルだが、ルナの才能にも、同じような輝きを感じ取っていた。


「ロランド殿。単刀直入に申し上げたい。あの少年、ノヴァ殿に、私が剣術を指導させてもらいたい。」


 ロランドは一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに喜びと納得の表情を浮かべた。剣聖のギュンターほどの高名な騎士が、自ら申し出るのだ。これ以上の名誉はない。


「それは、まことに光栄でございます! ノヴァにとって、これほど恵まれた機会はございません! ありがとうございます、ギュンター騎士殿!」


 ノヴァも目を輝かせた。あの老騎士の剣の腕前が並々ならぬものであることは、直感的に感じ取っていたからだ。彼はすでに、ギュンターから多くのことを吸収できると確信していた。


「感謝いたします、ギュンター騎士殿!」


「しかし、1つ条件がある。」


 ギュンターはそう言って、ノヴァの傍らにいる少女、ルナに目を向けた。ルナは、ギュンターの視線に気づくと、少しおびえたように顔を伏せた。兄のユーリと共に、何事かと成り行きを見守っている。


「あの娘にも、剣の才能の片鱗が見える。まだ幼いとはいえ、その洞察力と集中力は並外れている。もしよろしければ、ノヴァ殿と共に、私のもとで剣術を学ばせてはくれまいか。」


 ロランドは驚きを隠せなかった。ルナはまだ六歳になったばかりの幼子だ。彼らはルナがそんな才能を持っているとは、夢にも思っていなかった。


「彼女は、並外れた集中力と、周囲の状況を的確に把握する洞察力を持っている。それは、剣士にとって何よりも大切な素質だ。まだ体は小さくとも、今から基礎を叩き込めば、ノヴァ殿と共に大きく成長するだろう。いや、あるいは、ノヴァ殿とは異なる、独自の剣の道を切り開くかもしれん。その観察力と知性は、剣の理を深く理解する助けとなるだろう。」


 ギュンターの真剣な眼差しに、ルナの秘めたる才能を感じ取った。ユーリも、妹が魔法を学ぶ自分と同じように剣を学ぶことに、少し興奮した様子だった。彼の瞳は好奇心に満ちていた。ルナの両親は、娘にそんな才能があったことを知れば喜ぶことだろう。後日ロランドは剣聖の指導を受けられる幸運を両親に伝え、両親は快諾した。


 こうして、剣聖の剣士ギュンターによる、ノヴァとルナへの剣術指導が始まった。


 最初の稽古の日、ギュンターはまず、王龍剣術 聖光流の基礎中の基礎である構えと足捌きを丁寧に教えた。ノヴァは前世の剣道経験と今までしっかり稽古していたことで、初級の基礎はあっという間に習得していたが、ギュンターの教えは、これまでロランドから学んできたものとは次元が違っていた。1つ1つの動きに込められた意味、重心の移動、呼吸のタイミング。まるで、剣そのものが体の一部であるかのように、自然で無駄のない動きだった。ノヴァは、ギュンターの教えに没頭し、その深遠さに感銘を受けていた。


 ルナもまた、驚くべき集中力でギュンターの動きを模倣した。幼い体でぎこちなく木刀を振るうが、その眼差しは真剣そのもの。ギュンターが指摘するわずかな修正点も、すぐに吸収していく。その理解の早さには、従者たちも目を見張るほどだった。彼らは、ギュンターがルナに見出した才能が、決して思いつきなどではないことを肌で感じ取っていた。


「ノヴァ殿は既に中級に片足を突っ込んでいるが、基礎の再構築は重要だ。土台がしっかりしていればこそ、その上に高く積み上げられる。ルナ殿も、この調子で基本を徹底すれば、いずれは才能が開花するだろう。二人の才能は、異なる輝きを放つだろうが、互いに良い刺激となり、相乗効果をもたらすに違いない。片や天賦の身体能力と異質な魔法、片や優れた観察眼と理知。この2つが交わる時、新たな剣の形が生まれるかもしれん。」


 ギュンターは二人の成長を確信していた。彼は、自身が領都で教えていた頃を思い出しながら、この辺境の村での指導に、新たな喜びと生きがいを見出していた。彼の左遷という不遇は、2つの稀有な才能の芽を育むという、思わぬ形で彼の人生に光をもたらすことになったのだ。


 ノヴァとルナは、剣聖と呼ばれる老騎士の指導のもと、着実にその剣技を磨いていくこととなる。ヴァルター男爵によってステラ村に派遣されてきたギュンターとノヴァたちの間に、これからどのような物語が紡がれていくのか、それはまだ誰も知らなかった。

これで昨日分の遅れは取り戻せました。

明日からはいつも通り、19時に1話更新で進めていきます。

感想やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!

ギュンターがノヴァに剣を教える展開は予想していた方も多いと思いますが、ルナの才能については意外だったのではないでしょうか。

次回以降は、この二人がどのように互いを刺激し合い、どんな剣技を身につけていくのかを描いていきます。

引き続き、二人の成長と物語の行方を見守っていただければ嬉しいです。

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