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第109話 剣に非ず、盾となれ

剣を振るうだけが、国を守る力ではない。商業、外交、そして技術――

静かに積み上げた信頼が、今や大陸の均衡そのものを揺るがし始めている。

本話では戦闘は控えめですが、ノヴァの技術が「国の切り札」として本格的に動き出します。

彼が選ぶのは、剣か、それとも盾か。その答えを、ぜひ見届けてください。

 イザベラの報告を聞き終えたノヴァは、深く考え込んだ。研究室には緊張した空気が流れていた。


「近隣諸国からの引き合いか……。それは我が国にとって外交的な追い風になる」


 レオンハルトが冷静に分析する。イザベラが頷いた。


「その通りです。特にヴァルグリア騎馬連邦とヴェルデン精霊郷からの要望が強く、彼らは『シャトー・ノヴァ』の製品を通じて、ミルウェン王国への信頼を深めています。この信頼は単なる商業的な成功に留まりません」


 イザベラは懐から一枚の外交文書を取り出した。


「ヴァルグリア騎馬連邦は、長年にわたり国境付近でザガリア砂海合議国との小競り合いが絶えません。彼らが求めているのは、『シャトー・ノヴァ』の化粧品部門とは別の製品、安価で高性能な『治癒薬』です。これにより負傷兵の回復率が劇的に改善し、彼らの士気が高まっています。これは彼らの対ザガリア砂海合議国防衛線の強化に直結しており、我が国とヴァルグリアとの関係が深まりつつあります」


 レオンハルトの表情が引き締まる。


「なるほど。商業を通じた軍事支援、というわけか」


「はい。さらにレイゼン氷海王国は、氷の海を領する漁業と海運の国家。氷魔法と召喚術に秀で、海獣との契約が文化に根付いている国です。彼らも『シャトー・ノヴァ』の『魔力を回復する妙薬』に強く興味を示しています。彼らの伝統的な魔術体系では到達し得なかった魔力の効率的利用を可能にするこの製品は、召喚術の優位性を維持するために不可欠です。この引き換えに彼らはミルウェン王国への海産物の安定供給と、帝国への経済封鎖を検討し始めています」


 セレスティアが目を見開いた。


「経済封鎖……。それはカルザン帝国の経済に大打撃を与えることになりますわ!」


「まさに。これが『シャトー・ノヴァ』が単なる化粧品の会社ではなく、ミルウェン王国の地政学的資産と化している所以です」


 イザベラはそこで一度言葉を切り、厳しい表情になった。


「しかし、この成功を快く思わない勢力もいます。カルザン帝国とザガリア砂海合議国です。彼らは単なる虚偽の流布に留まらず、具体的な情報戦略をもって対抗しています」


「具体的に、どのような?」


 ノヴァが問う。


「第一に、『王国による政治的介入の危険性』の流布です。彼らはクライン公爵の暗躍の証拠をもとに王国で開発されている付与魔法具が『大陸の覇者になるための侵略兵器』というデマを非公式ルートで流しています。これによりミルウェン王国自体の信頼性を損なおうとしています」


「第二に、『ミルウェン王国の独占的野心』の誇張です。彼らは『ミルウェン王国は、ノヴァの技術を独占し周辺国を隷属させるつもりだ』と喧伝し、特に中立を保ちたい国の不安を煽っています。これによりヴァルグリアやヴェルデンに続く協力国の出現を阻止しています」


 ノヴァは拳を握りしめた。


「つまり商業を通じた外交が、今後の鍵になるということですわね」


 セレスティアが鋭く指摘する。ノヴァは決意を込めて言った。


「イザベラ、新工場の建設を進めてくれ。ただし製品の品質は絶対に落とさないこと。それが我が国の信頼を守る唯一の方法だ。我々の製品の信頼性こそが、帝国の虚偽を打ち破る最も強力な武器になる」


「承知いたしました。ノヴァ様のお言葉、胸に刻みます」

 

 イザベラが深く頭を下げる。その時ルミナが静かに口を開いた。

 

「ノヴァ様、私も父上に進言いたします。『シャトー・ノヴァ』の事業を王家が強力に後押しすることで、他国との友好的で強固な絆への道につながる、と」

 

「王女……ありがとうございます」

 

 ノヴァの言葉に、ルミナは柔らかく微笑んだ。アルスが満足そうに頷く。

 

「ふむ、弟子よ。お前は力だけでなく、人の心も動かせるようになったな」

 

「師匠、それは褒めすぎです」

 

「いや、事実じゃ。わしが若い頃は力に溺れて周りが見えなくなっておった。お前はわしよりもずっと賢い」

 

 アルス師匠の言葉に、ノヴァは少し照れくさそうに頭を掻いた。ユーリが明るく声を上げる。


「よし、じゃあ俺たちも負けてられないな!ノヴァの言った通り品質と信頼で勝負するなら、俺たちは帝国には作れない、全く新しい魔道具を生み出すべきだ!」


 ユーリは興奮気味に声を上げる。ノヴァはその声に応じるように構想を語り始めた。


「俺たちが今作るべきは、派手な攻撃魔法具じゃない。むしろ防御系の複合付与具だ。カルザン帝国は、純粋な『魔力出力の増幅』を至上とする。だがその手法は燃費が悪く、使い手の魔力回路への負担が大きい。それこそが彼らが流布したデマの根拠にもなりかねない」


「そうですわね」


 セレスティアが同意する。


「私の炎魔法の理論を応用すれば、魔力障壁の強度を上げるだけでなく、障壁の『消費魔力』を極限まで抑えることができますわ。」


 セレスティアの目は、新たな発見に輝いていた。彼女の炎魔法はただ破壊するだけでなく、魔力の流れを緻密に制御することに長けている。この理論を防御具に応用すれば、帝国の燃費の悪い高出力魔法を凌駕する、持続性と防御力を両立した、まさしく鉄壁の盾が完成する。


 カイルも優しい微笑みを浮かべながら、自身の役割を語る。


「僕も治癒魔法の付与具を完成させるよ。帝国が最も恐れるのは、消耗戦だ。いくら強力な攻撃力があっても戦場での回復が追いつかなければ、兵力は確実にすり減っていく。僕が開発中の『再生の結晶クリスタル・オブ・リジェネレーション』は単に傷を癒すだけでなく、魔力そのものの疲弊を短時間で修復する効果を持つ。これを量産できれば星辰魔導騎士団の継戦能力は飛躍的に向上する。みんなで力を合わせれば必ず成功する」


 カイルの治癒魔法は身体的な治癒だけでなく、魔力の流れの理解に基づいている。これはノヴァの付与魔法の根幹とも共鳴する部分であり、彼らの付与具の独創性の源泉となっていた。


「ああ、共に頑張ろう」


 ノヴァが仲間たちを見渡した。彼らの技術は互いに独立しながらも、ノヴァの『漢字付与』という核で結びついている。これは個々の才能を単純に合計した以上の、相乗効果を生み出していた。


 ノヴァはみんなとの対話を経て自らの技術の重さを再認識し、すぐさま新たな構想図を広げた。


「これが、俺たちの答えだ。防御と支援そして仲間を守る力。そし、カルザン帝国には決して真似できない、『複合付与具コンポジット・エンチャント』の構想だ」


 構想図には、セレスティアの『魔力消費の極小化』による防御と、カイルの『再生の結晶』による回復、そしてユーリの提案に基づいた『耐魔力衝撃アンチ・マナ・ショックシールド』を単一の装甲パーツに電気回路のように付与する術式が描かれていた。これはただ複数の効果を付与するだけでなく、魔法同士が互いに干渉し一つの巨大な術式として機能するように設計された、ノヴァにしか実現し得ない技術だった。


「兄上、俺も全力で支えます!この複合付与具の試作に必要な素材の手配は、すべて俺に任せてください!」


 リアムが力強く宣言する。ノヴァは弟の肩を叩き、微笑んだ。


「ありがとう、リアム。みんな、これから厳しい戦いが待っている。だが俺たちには仲間がいる。そして、守るべきものがある。必ずこの国をこの世界を守り抜く」


「おう!」


 全員が声を揃えた。研究室に単なる希望ではなく、確固たる技術の裏付けから生まれた揺るぎない決意の光が満ちていた。星辰魔導騎士団の新たな挑戦が、今、技術革新という名の最前線で始まろうとしていた。


 ノヴァが仲間たちを見渡しその瞳に揺るぎない決意の光が宿った、その瞬間。研究室の重厚な扉が、控えめなノックと共に開かれた。入ってきたのは、星辰魔導騎士団の詰所に控える侍従だ。彼の顔は先程までの明るい雰囲気とは裏腹に、張り詰めた緊張を帯びていた。


「ノヴァ様。エルドリッジ公爵閣下が陛下よりの御命で、至急お目通りを願いたいとのことです」


 その言葉に、研究室の熱気が一瞬にして冷える。公爵の突然の、しかも「陛下よりの御命」という言葉は、事態が単なる商談の進捗報告ではないことを示唆していた。セレスティアが不安げにノヴァの袖を引いた。


「ノヴァ……、何か悪い知らせでは?」


 ノヴァは静かに首を振る。


「大丈夫だ。おそらく俺たちの技術が、外交のテーブルに乗ったということだろう」


 ノヴァは仲間たちに静かに指示を出す。


「皆はここで研究を続けていてくれ。俺はすぐに戻る」

 

 ノヴァは侍従と共に研究棟から王城の迎賓の間へと急いだ。迎賓の間にはすでにエルドリッジ公爵が静かに扇子を広げ、ノヴァを待っていた。公爵はノヴァを一瞥するとすぐに本題に入る。


「ノヴァ殿。早速だが本題に入る。」


 公爵は扇子を閉じ、その目でノヴァを射抜いた。


「カルザン帝国の真の狙いは、貴殿の付与魔法そのものだ。やつらは君の技術を外交の道具ではなく、軍事的優位を覆す兵器と見做している。そして彼らが流布する虚偽の情報は、周辺国に『ノヴァの技術はあまりにも強力で、ミルウェン王国を暴走させる可能性がある』という疑念を植え付けるための種だ」


 ノヴァは息を呑んだ。公爵は続ける。


「現在『シャトー・ノヴァ』の製品によって我々ミルウェン王国は周辺国家への信頼を深めている。それは結構なことだ。だが陛下の御前で真実を申し上げるならば、貴殿が新工場を建て、製品の品質を上げれば上げるほど、外交的な追い風ではなく、軍事的な重圧となる。製品の流通は平和をもたらす商いではなく、帝国の侵攻を早める引き金となりかねない」


 公爵の言葉は冷徹な事実だった。その時、迎賓の間の奥の扉が開き、国王ミルウェン十三世が入室してきた。国王は玉座に座ることなく公爵とノヴァの前に立ち、その眼差しは穏やかだが揺るぎない威厳に満ちていた。


「ノヴァよ。公爵の言葉は真実だ。もはや、この問題は商業や一騎士団の問題ではない。国体の危機に関わる。わしはお前の技術を信じ、国の未来をお前に託したい。だが、その代償は平和的な研究の日々ではないかもしれない。軍事的勝利、それこそがこの状況を打開する唯一の道だと公爵は進言している。お前は、この技術を平和の象徴として流通させることを選ぶか、それとも国を守る剣として研ぎ澄ますことを選ぶか、今、ここでわしに答えよ」


 国王の問いは、ノヴァの胸に重くのしかかった。ノヴァは迷うことなく、深く頭を垂れた。


「陛下。私の技術は、平和のための道具であるべきです。しかし平和を語るには、それを守り抜く力が必要です。私は、『シャトー・ノヴァ』の事業を継続し王国の信頼を勝ち取ると共に、付与魔法の力を誰にも侵されない鉄壁の盾へと進化させます。他国を攻めるための剣ではなく国を守る盾であると考えます」


 国王は静かに頷いた。


「分かった。ノヴァ。お前を信じる。公爵、ノヴァの技術開発への支援を惜しむな」


「御意」


 公爵は深々と一礼し、ノヴァを見つめるその目に、かすかに安堵と期待の色が浮かんだ。ノヴァは自分の技術がもはや一研究者のものではなく、国の命運を握っていることを改めて自覚しその重圧を感じる。彼の研究は、ここから国の未来を賭けた戦いへと変貌していくのだった。王宮の一室ではエルドリッジ公爵が国王と共に、外交使節団の報告書を読んでいた。公爵は静かに呟いた。

 

「陛下、カルザン帝国の真の狙いはノヴァ殿の付与魔法です。彼らはその技術を手に入れるため、あらゆる手段を講じるでしょう」

 

「ならば、我々は何をすべきか」

 

 国王が問う。公爵は扇子を開いた。

 

「軍事的勝利です。外交だけではこの状況を打開できません。星辰魔導騎士団の力を信じ、彼らに未来を託すしかありません」

 

 国王は深く頷いた。その頃、研究室ではノヴァが新たな設計図を広げていた。

 

「これが俺たちの答えだ。防御と支援そして仲間を守る力。これこそが俺たちが目指すべき道だ。みんな、これから厳しい戦いが待っている。だが俺たちには仲間がいる。そして守るべきものがある。必ず、この国を、この世界を守り抜く」


「おう!」

 

 全員が声を揃えた。研究室に、希望の光が満ちていた。星辰魔導騎士団の新たな挑戦が、今、始まろうとしていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

今回は「力をどう使うかではなく、どう見せ、どう位置づけるか」というテーマを中心に描きました。

「善意で作った技術が、世界からどう見られるか」という問題につながっています。

ノヴァは剣を否定したわけではありません。しかし彼は、剣になる前に、まず盾であろうという選択をしました。この選択が正しかったのかどうかは、これからの戦争と外交の中で、否応なく試されていきます。

引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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