第108話 守るための力――星辰騎士団の選択
王都復興の裏で、静かに進む次なる戦い。力を得た者は、何を守り、何を選ぶのか――。
本話は戦闘回ではありませんが、
今後の大戦に直結する「選択」と「方向性」を描いています。
ノヴァの葛藤、師弟の対話、そして星辰騎士団としての意思決定に注目していただければ幸いです。
王都復興から一週間が経過した。星辰魔導騎士団の研究室には、朝日が差し込み、机の上に散乱した設計図やルーン文字の書かれた羊皮紙を照らしていた。ノヴァは眉間に皺を寄せ、新たな付与魔法具の試作品と向き合っていた。
「ノヴァ、また徹夜か?」
扉を開けて入ってきたユーリが、呆れたように言った。
「ああ。カルザン帝国が各国へ財政協力や技術提供を積極的に働きかけているらしい。裏では、クライン公爵によるノルレアへの内政干渉の情報を流布し、我が国への不信感を植え付けている」
「まじかよ。あいつら、外交戦でも攻めてきてるのか」
セレスティアが腕を組みながら言った。
「国王陛下とエルドリッジ公爵が、真実を伝えるため外交使節団を派遣していますが、難航しているようです」
カイルが心配そうに報告する。レオンハルトが冷静な声で続けた。
「帝国の真の狙いは、我が国の高度な魔法技術、特にノヴァの付与魔法にあると、公爵は確信しているそうだ」
ノヴァは拳を握りしめた。
「俺の存在が、戦いの引き金になっているのか……」
その時、研究室の扉が勢いよく開いた。
「ノヴァよ、暗い顔をするでない!」
飄々とした笑みを浮かべた魔法の師匠アルスが現れた。
「魔法の進歩には曲がり角がつきものだ。起こったことを考えても仕方あるまい。それは天気と一緒だとわしは思う。」
「アルス師匠どうゆう事ですか?」
アルスの言葉にノヴァは真意がわからず問いを請う。
「ノヴァも、もう知っておろうが、わしも過去に色々とあった。だが今にして思えばそれはわしひとりの力で成したことではないと考えている。もちろん責任はあるが、この世界全体から見ればわし自身はちっぽけな存在じゃと考えておる。それはおぬしとて同じじゃ。そこまではわかるな?」
「はい。しかし自身が原因の一端になっていると考えると、熟時たるものが有ります」
ノヴァはアルスの言葉を聞きながら意味は理解しているが思わず自身の感情を吐露してしまう。
「ノヴァよ。そう焦らずにほれ、その窓の外に見える雲のように生きてみてはどうかな?この空の広さの中であの雲は風に運ばれその先に向かっておる。わしも雲のように生きたいと思い風に流されるままに生きている。おぬしも少しくらいそう生きてもよいのではないかな?」
「師匠……。」
ノヴァはなぜか知らないがその言葉に心が軽くなるのを感じた。
「あら?面白い話をしています事」
入り口の扉には、厳格な表情の学院長セレナが立っていた。声の方向にアルスは向くと狼狽える。
「姉上!?な、なぜここに!?」
「お前、またどこかに遊びに行こうとしていたでしょう。何もせずあちらこちらに遊び回るくらいなら働きなさい。国王陛下に私から推薦して、星辰魔導騎士団の顧問役に任命してもらったわ」
アルスは肩をすくめた。
「やれやれ、姉上の推薦とは名ばかりで、実質的には強制じゃないか。今から水の都市セイレーンに行って美味しい海鮮料理と美人を堪能する予定だったのだがな~」
「そんな下らない予定、さっさと破棄しなさい。今こそお前の才能を、国のために使う時が来たのよ」
セレナはそう言い残し、颯爽と研究室を後にした。アルスは深く溜息をついた。
「ああ、わしの自由が……。セイレーンの美女たちが……」
「師匠、そういう発言は学院長に聞かれたら、また説教が増えますよ」
ノヴァが苦笑しながら指摘する。その時、もう一つの扉が開き、若き騎士が恭しく頭を下げた。
「兄上、星辰魔導騎士団への正式入団を許可されました!」
ノヴァの弟、リアムだった。ギュンター卿の推薦により、彼もまた騎士団の一員となったのだ。
「リアム!よく来たな」
ノヴァは弟の肩を叩こうとしたが、リアムは勢い余ってノヴァに抱きついた。
「兄上!ついに俺も兄上と共に戦えます!これまでずっと夢見ていたんです!」
「お、おい、リアム、苦しい……」
「おお、微笑ましいのう。兄弟愛じゃな」
アルスがにやにやしながら見ている。ユーリが腹を抱えて笑い出した。
「ノヴァ、お前、弟には甘いよな!普段はあんなに冷静なのに」
「そういうお前こそ、妹のルナには甘いだろう」
ノヴァが反論すると、ユーリは顔を赤くした。
「う、うるせえ!あれは別だ!」
「どう別なのか、詳しく聞かせてもらおうか」
レオンハルトが冷ややかに笑う。セレスティアが呆れた様子で言った。
「まあ、男というのはみんな身内に甘いのですわね」
「セレスティア、君だって弟のことになると途端に口調が変わるじゃないか」
カイルが優しく指摘すると、セレスティアは顔を真っ赤にして反論した。
「そ、それは……!弟は特別なのですわ!」
「ほら、やっぱり甘いじゃないか」
研究室が笑いに包まれる中、リアムはようやくノヴァから離れた。
「兄上、僕は本当に嬉しいんです。ずっと兄上の背中を追いかけてきました。ギュンター様からも、『お前の剣はノヴァに似せようとしすぎているがお前はノヴァにはなれん。だが、お前にはお前にしかない輝きがある』と言われたんです」
「そうか。リアム、お前は俺よりも真っ直ぐだ。その心を忘れるな」
ノヴァが弟の頭を撫でる。リアムは嬉しそうに頷いた。
「はい!兄上、これからは俺が兄上を守ります!」
「いや、それは逆だろう……」
「兄上は強すぎて、周りが見えなくなることがあります。だから、俺が兄上の背中を守るんです!」
リアムの真剣な眼差しに、ノヴァは何も言えなくなった。アルスが満足そうに頷く。
「ほほう、良い弟を持ったのう、ノヴァよ。わしの弟子には、こんな立派な弟がおる。姉上に自慢してやろうかの」
「師匠、それはやめてください。学院長がまた何か面倒なことを言い出します」
「ふふ、冗談じゃ。さて、弟子よ。わしも手伝うとしようかの。ただし、たまには休暇をくれよ?」
「師匠の休暇は、必ず問題を起こすので却下します」
ノヴァの即答に、アルスは大げさに肩を落とした。研究室には、温かい笑い声が響いていた。しかし、その背後には、迫りくる大戦の影が静かに広がっていた。
翌日、星辰魔導騎士団の全メンバーが研究室に集まった。机の上には、試作品の付与魔法具が並べられている。朝の光が窓から差し込み、ルーン文字が刻まれた魔法具を照らしていた。
「それでは、各自が考案した魔法具を発表してくれ」
ノヴァの言葉に、まずユーリが手を挙げた。
「俺は、敵の動きを一時的に鈍らせる『鈍化の矢』を考えたぜ。風魔法と土魔法を組み合わせて、相手の足元に重力場を作るんだ。これなら、敵の騎兵突撃も止められる」
「面白い発想ですわね。でも、味方にも影響が出ないか検証が必要ですわ。それに、効果範囲の制御が難しそうですわ」
セレスティアが鋭く指摘する。ユーリは少し頬を膨らませた。
「そこは、まあ、改良の余地ありってことで……」
「改良の余地、ではなく、致命的な欠陥と言うべきですわね」
「セレスティア、お前なあ……」
二人のやり取りに、研究室に笑いが起こる。続いてセシリアが控えめに提案した。
「私は、治癒魔法を付与した包帯を考えました。戦場で素早く傷を癒せますし、魔力消費も抑えられます」
「それは良い。カイル、お前の治癒魔法と組み合わせれば、さらに効果が上がるはずだ」
レオンハルトが頷く。カイルも微笑んで同意した。
「セシリアの案は実用的だね。僕の治癒魔法の理論を組み込めば、包帯自体が傷の状態を判断して、適切な治癒力を発揮するようにできるかもしれない」
「さすがカイルですわ。私一人では思いつきませんでした」
セシリアが嬉しそうに頬を染める。その時、ノヴァが一つの球体を取り出した。それは赤く輝き、内部に炎の魔力が渦巻いているのが見えた。
「これは水魔法と火魔法を組み合わせ水素を生成し水素を一気に燃焼させる『爆炎球』だ。投擲機を使い敵の多い居場所や拠点などに投擲すると、広範囲に炎を撒き散らし破壊をもたらす。一気に敵の大軍を一掃できる」
瞬間、研究室の空気が凍りついた。レオンハルトが険しい表情で立ち上がった。
「ノヴァ、待て!それは……あまりにも凶悪すぎる。敵だけでなく、味方や無関係な民も巻き込むだろう。そんな兵器を戦場に持ち込めば、取り返しのつかないことになる」
「私も同感だ」
アルスが静かに、しかし重い口調で言った。彼の表情には、深い後悔の色が滲んでいた。
「わしは過去、魔法の力を過信し、大きな過ちを犯した。魔塔大崩壊事件を知っておるじゃろう。あの時、わしは制御しきれぬ力を解放し、多くの命を奪った。力は、使い方を誤れば、自らをも滅ぼす。ノヴァよ、お前にはわしと同じ過ちを繰り返してほしくない」
ノヴァは黙り込んだ。前世の記憶が蘇る。化学兵器、細菌兵器、そして核兵器。人類が生み出した、取り返しのつかない破壊の力。それらは、一時的な勝利をもたらしても、最終的には人類全体を苦しめた。
「……皆の言う通りだ。俺は、また暴走しかけていた。この力は、使うべきではない」
ノヴァは深く息を吸い込み、爆炎球を箱の中にしまった。
「ならば、方針を変えよう。攻撃ではなく、防御と支援に特化した魔法具を開発する。敵の兵器に対抗するための盾、そして仲間を守るための力を」
「それが賢明だ。具体的には?」
レオンハルトが問う。ノヴァは設計図を広げた。
「まず、『魔力障壁の盾』。敵の魔法攻撃を吸収し、無効化する。次に、『身体強化の腕輪』。装着者の筋力と敏捷性を一時的に高める。そして、『通信のクリスタル』。遠距離でも瞬時に情報を共有できる。これがあれば、戦場全体の状況を把握し、的確な指示を出せる」
「通信網の構築は、戦術的に極めて重要だ。これがあれば、戦場での連携が飛躍的に向上する。情報を制する者が、戦いを制するからな」
レオンハルトが目を輝かせた。リアムも興奮した様子で言った。
「兄上、それなら俺も案があります!『魔力感知のゴーグル』はどうでしょう?敵の魔力の流れを可視化できれば、伏兵や罠を事前に察知できます」
「良い案だ、リアム。早速試作してみよう」
ノヴァが弟の肩を叩いた。その時、研究室の扉がノックされた。
「失礼いたします」
優雅な声と共に、金色の髪を持つ少女が入ってきた。ルミナ王女だった。彼女の後ろには、侍女が控えている。
「ル、ルミナ王女!?」
ノヴァが慌てて立ち上がる。ルミナは微笑みながら近づいてきた。
「ノヴァ様、最近お会いできなくて寂しかったですわ。それで、様子を見に来ました」
「い、いや、その、俺は研究で忙しくて……」
「まあ、私よりも研究の方が大事だと?」
ルミナが少し頬を膨らませる。ユーリが肩を震わせて笑いを堪えている。セレスティアも呆れた表情だ。
「そ、そういうわけじゃ……」
「ノヴァ、王女様をお困らせするのは感心しないぞ」
アルスがにやにやしながら茶々を入れる。ノヴァは額に汗を浮かべた。
「と、とにかく、王女。ここは研究室で、危険な実験もしているので……」
「でしたら、私もお手伝いいたします。精霊の声を聞く力なら、私にもありますから。それに、天理の術の理論についても、お役に立てるかもしれません」
ルミナの真剣な眼差しに、ノヴァは反論できなかった。その時、再び扉が開いた。
「ノヴァ様、お久しぶりでございます」
凛とした声と共に、黒髪の女性が現れた。イザベラ・ラプラス、「シャトー・ノヴァ」のゼネラルマネージャーだ。
「イザベラ!?どうしてここに?」
「事業の報告と、新たな提案がございます。それと……」
イザベラは一瞬、ルミナを見て、微かに眉をひそめた。
「王女様もいらっしゃるのですね。では、後ほど改めて」
「いえ、今で構いません。どうぞ」
ノヴァが促すと、イザベラは懐から分厚い書類を取り出した。
「実は、『シャトー・ノヴァ』の事業が予想以上に拡大しております。近隣諸国からも引き合いがあり、新工場の建設が急務です。そこで、ノヴァ様のご意見を伺いたく参りました」
研究室に王国の命運を図る、新たな風が吹き込もうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「強すぎる力を持った者が、どこで踏みとどまるのか」
というテーマを中心に描きました。爆炎球は“使えば勝てる”兵器ですが、ノヴァ自身がそれを否定するところに、彼が英雄ではなく守る側の人間であることを込めています。
今後も引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。




