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第105話 星屑の決意――防衛線の攻防

いつもお読みいただきありがとうございます。遅筆で更新に時間がかかりすみません。

ついに始まったカルヴァリア峡谷防衛戦。地の利と魔法を駆使した星辰魔導騎士団の迎撃は、一時的な勝利をもたらしますが、戦いは想像以上に苛烈さを増していきます。そして背後に現れたグレンの軍勢が、戦局を大きく揺るがすことになります。

 風が切り裂くような斥候の叫びが、岩肌にこだました。ノヴァはカルヴァリア峡谷の高台から、敵の進軍を鋭く見下ろした。太陽は既に西に傾き、峡谷の底には紫がかった影が長く伸びている。数多の旗印を掲げた帝国軍の密集した隊列は、まるで巨大な黒い蛇が地を這うかのようだ。

 

「来たぞ!帝国軍、約三千!」

 

 第五騎士団の斥候が叫ぶ。ノヴァは冷静に、だが微かに胸奥に熱を秘め、指示を飛ばす。

 

「予想通りだ。第一隘路に誘い込む。付与魔法具の魔力障壁を展開、敵の視界を遮れ!」

 

「了解!」

 

 ユーリは風の精霊を纏い、大地を蹴って峡谷の縁を駆け上がった。魔力を解放すると、彼の周囲の空気が唸りを上げて渦を巻き、目に見えない風の精霊が顕現する。

同時に、セシリアが繊細な魔力操作でそれを補強する。


「『ミスティック・ヴェール』!」


 次の瞬間、峡谷全体が白い霧の奔流に包み込まれた。それはただの霧ではない。魔力によって密度を高められた、視覚だけでなく魔力の感知をも鈍らせる濃密な結界だ。視界を奪われた帝国軍は、狭い隘路に水が堰を切るように殺到し、前衛と後衛が押し合いへし合い、理想的な密集陣形に自ら陥った。鉄と革の擦れる音、兵士たちの苛立ちの呟きが、霧の中でくぐもる。

 

「今だ、セレスティア!」


 ノヴァの号令は、霧を突き破って届いた。セレスティアは戦意に満ちた獰猛な笑みを唇に浮かべ、杖を天に突き上げる。魔力が彼女の指先から溢れ出し、熱波となって周囲の空気を歪ませた。

 

「フフ、待っていましたわ!『フランマ・マグナ』!」

 

 ゴオオオオオッ!


 地を這うような、内臓を揺さぶる轟音と共に、隘路の霧が一瞬で朱色に染まった。結界のすぐ手前から、高熱の炎の奔流が帝国軍の密集した隊列を鉄をも溶かす勢いで飲み込む。先端部が一瞬にして悲鳴の塊となり、後続の兵士たちにまで熱と恐怖の津波が押し寄せた。帝国軍は大混乱に陥り、先頭の部隊は炭と化し、後続はパニック状態で我先にと逃げ惑う。わずか一時間で統制を完全に失い撤退を余儀なくされた。

 

「やった、初戦は勝利だ!」

 

 ユーリが歓喜の声を上げ、地面に拳を突き上げる。その手は魔力の過剰な解放で痙攣していた。だが、ノヴァの表情は険しいままだった。彼の騎士鎧の肩当には、微かに魔力刃で焼かれた痕が残っている。

 

「油断するな。これは序章に過ぎない」

 

 ノヴァの言葉の重みは、まさしく二日後の現実によって証明された。第二隘路、第三隘路と、帝国軍は波状攻撃の戦術に切り替え、さらに大規模な攻勢をかけてきた。ノヴァたちは、地形の利と、付与魔法具、複合魔法の連携で辛うじて敵を退け続けたが、二日間、仮眠すら取れない連続戦闘は、彼らの心身を深く蝕んでいた。


 ズザァッ、とユーリが乾いた土の上で膝をつく。彼の頬は煤で汚れ、青ざめている。魔力の残滓を絞り出し、氷の防壁を辛うじて展開したレオンハルトも、氷のように冷たい汗を流し、息を切らしている。

 

「くそっ、また来やがった……!まるで尽きることのない亡者の群れだ……」

 

 ユーリは地面に膝をついたまま、レオンハルトも氷の防壁を張りながら、息を切らしている。その瞳には、疲弊と焦燥の色が濃い。


「ノヴァ、このままでは、魔力と体力が持たないぞ……」

 

「わかっている。だが、ここで引けば峡谷を突破される」

 

 ノヴァは奥歯を噛みしめた。彼の視界は、目の前の敵と、遠方の本隊の動きを捉えようと必死に働いている。その時、後方の道から、鎧の金属質な軋みと共に、新たな隊列が現れた。

 

「ノヴァ団長!辺境伯様からの応援だ!」

 

 その声と、新しい旗印に、騎士団の兵士たちから堰き止められていた安堵の吐息が漏れる。

 

「助かる!これで一時的に戦線を立て直せる!」

 

 しかし、その安堵も束の間だった。峡谷の背後から、新たな軍勢が現れる。

 

「まさか……あれは、クライン公爵家の旗印!?」

 

 レオンハルトが驚愕の声を上げた。グレン率いる一万二千の反乱軍が、まるで帝国軍と連携するかのように、ノヴァたちの背後に迫っていた。

 

「全軍、一時撤退!陣形を立て直す!」

 

 辺境伯エルネストの号令が峡谷に響き渡る。挟撃を回避せんと、星辰魔導騎士団と辺境伯軍は、素早く防衛線を張り直した。

 

「クソッ、グレンの野郎、本当に帝国に加担する気か!」

 

 ユーリが叫ぶ。だが、ノヴァは首を横に振った。

 

「いや、何かがおかしい。グレンの軍勢は、攻撃態勢を取っていない」

 

 その言葉通り、グレン率いる反乱軍は、攻撃を仕掛けることなく、そのまま帝国軍と合流していった。帝国軍は全軍を野営地へと引き戻し、ノヴァたちは束の間の休息を得ることになった。

 

「一体、何を企んでいるんだ……」

 

 ノヴァが呟く。その頃、帝国軍の陣営では――。

 

「我々はクライン公爵家の遺児、グレン・フォン・クラインだ。帝国軍に協力するため、参陣した」

 

 グレンは帝国軍前衛指揮官の前に跪き、財宝の入った箱を差し出した。

 

「ほう、王国の反逆者が我らに味方すると?」

 

「その通りだ。我が軍一万二千、必ずや王国軍を打ち破ってみせる」

 

 前衛指揮官は、箱の中の宝石を一瞥し、不敵に笑った。

 

「面白い。だが、まずは総指揮官に報告せねばならん。ついて来い」

 

 グレンは帝国軍本陣へと案内され、総指揮官に謁見した。

 

「よく来た、クライン公爵家の若君。貴公の軍勢、後方で休むがよい。我が軍が王国を叩き潰す」

 

「……承知した」

 

 グレンは深々と頭を下げ、自軍の野営地へと戻った。そして、腹心の騎士たちを集めると、地図を広げた。

 

「聞け。これより我が軍を三部隊に分ける。目標は、帝国軍の補給線だ」

 

「補給線……ですか?」

 

「そうだ。帝国軍は兵站を軽視している。補給地を叩けば、彼らは退却せざるを得ない」

 

 グレンの瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「各部隊は任務完了後、直ちに王国側へ逃げ込め。いいな」

 

「グレン様……まさか」

 

「俺は、父の罪を償う。王国を守ることで、な」

 

 その夜、グレン率いる公爵軍は三部隊に分かれ、闇に紛れて帝国軍の補給地を急襲した。襲撃は成功し、補給物資の大半が炎に包まれる。だが、グレンの率いる本隊は他の部隊の退却を援護するため、退却が遅れ帝国軍に包囲されてしまった。

 

「グレン様、他の部隊の退却を確認。我が隊は退却が間に合いません!」

 

「……ならば、俺が殿を務める。全兵士、直ちに退却しろ!」

 

「しかし、それでは!」

 

「命令だ!」

 

 グレンが叫ぶ。だが、彼の部下たちは、剣を抜いた。

 

「我々は、グレン様と共に戦います」

 

「お前たち……」

 

「グレン様は、我々を見捨てなかった。ならば、我々もグレン様を見捨てません」

 

 老騎士バルトロメウが、静かに言った。グレンの目に、涙が滲む。

 

「……バカな奴らだ。だが、礼を言おう」

 

 彼らは、迫り来る帝国軍に、剣を向けた。一方、峡谷では――。

 

「ノヴァ団長!公爵軍がこちらに攻撃を……いえ、逃走してきます!」

 

「何だと!?」

 

 ノヴァが立ち上がる。

 

「逃げ延びた兵士から報告です!グレンが帝国の補給線を襲撃、しかしグレンの部隊は退却が遅れ包囲されたと!」

 

「やはりか……本当は、王国を守るために動いていたのか」

 

「ノヴァ、救援に向かうぞ!」

 

 ユーリが叫ぶ。だが、辺境伯が首を横に振った。

 

「ならん。敵地に深入りすれば、我が軍も危うい」

 

「ですが、辺境伯様!」

 

「グレンを見捨てることなどできません!彼は、父の罪を償うために戦っているんです!」

 

 ノヴァが食い下がる。辺境伯は、深くため息をついた。

 

「……わかった。だが、救援は最小限の部隊で行う。ノヴァ、お前たちだけで向かえ」

 

「ありがとうございます!」

 

 ノヴァ、ユーリ、レオンハルト、カイル、セシリア、セレスティアの六人は、付与魔法具を装備し、夜の闇へと飛び出した。夜の闇を切り裂き、ノヴァたちは光学迷彩付与布を纏い、帝国軍の包囲網へと疾走した。

 

「グレンの位置は、北東の丘だ。急げ!」

 

 ノヴァが叫ぶ。付与魔法具による速度向上で、彼らは風のように戦場を駆け抜けた。丘の上では、グレンとその部下たちが、帝国軍相手に必死の防戦を続けていた。

 

「グレン様、もう限界です……!」

 

「諦めるな!まだ、俺たちには剣がある!」

 

 グレンが叫んだその時、閃光が夜空を切り裂いた。

 

「『閃光絶命剣』!」

 

 ノヴァの一閃が、帝国兵の隊列を一瞬で切り崩す。

 

「ノヴァ……!?」

 

「グレン、お前を見捨てるわけにはいかない!」

 

 ユーリが雷の拳で敵を薙ぎ払い、セレスティアの炎が包囲網を焼き尽くす。カイルはグレンの部下たちを治癒し、レオンハルトとセシリアが防御結界を展開した。

 

「お前たち、なぜ……」

 

「お前は父の罪を償うために戦った。ならば、俺たちはお前を救う!」

 

 ノヴァが手を差し伸べる。グレンは、その手を掴んだ。

 

「……すまない。そして、ありがとう」

 

「礼はあとだ。撤退するぞ!」

 

 星辰魔導騎士団とグレンの部隊は、帝国軍の追撃を振り切り、峡谷へと帰還した。夜明けが近づく頃、帝国軍の陣営では――。

 

「補給線が断たれた!?」

 

「はい、クライン公爵家の裏切りにより、兵站が壊滅しました」

 

 帝国軍総指揮官は、悔しげに拳を握りしめた。

 

「……撤退だ。全軍、一時ノルレア自由都市へ帰還する」

 

 補給を失った帝国軍は、やむなく撤退を開始した。峡谷に、勝利の歓声が響き渡る。

 

「やった、勝ったぞ!」

 

「グレン様のおかげだ!」

 

 兵士たちが喜びに沸く中、ノヴァはグレンに近づいた。

 

「グレン、お前の決断が、王国を救った」

 

「いや、お前たちが俺を救ってくれたんだ。ノヴァ、俺は……これからどうすればいい」

 

「まずは、国王陛下に謝罪することだ。そして、お前の忠誠を証明すればいい」

 

 グレンは、深く頷いた。

 

「わかった。俺は、父の罪を償い続ける。それが、俺の使命だ」

 

 朝日が峡谷を照らし、長い戦いは終わりを告げた。だが、ノヴァの心には、新たな決意が芽生えていた。

 

「これで、帝国の侵攻は止まった。だが、まだ戦いは終わっていない」

 

「ああ、次は王都の再建だな」

 

 ユーリが肩を叩く。ノヴァは、遠く王都の方角を見つめた。

 

「この国を、必ず守り抜く。それが、俺たちの使命だ」

 

 星辰魔導騎士団の新たな戦いが、今、始まろうとしていた。

防衛線の激闘と、その裏で進んでいたグレンの命懸けの決断が、ついに交差しました。裏切りと見えた行動が王国を救い、ノヴァたちは新たな覚悟を胸に刻みます。しかし、これは終わりではなく、新たな戦いの始まりでもあります。今後の展開も、ぜひ見届けてください。

執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。

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