第99話 王都解放 星辰の矢じり
いつもお読みいただきありがとうございます。今回は、王都奪還作戦の要となる星辰大聖堂の攻防戦です。信仰と忠誠が交錯し、そしてレオンハルトが己の信念を剣に宿す重要な局面となります。物語はいよいよ最終局面へ突入します。ぜひお楽しみください。
レオンハルト率いる第三遊撃隊は、王都の精神的中心である星辰大聖堂の前に立っていた。純白のローブを纏った高位神官たちと、彼らに絶対の忠誠を誓う聖堂騎士団が鉄壁の陣形を敷き道を塞ぐ。
隊員の一人の逡巡に、レオンハルトは毅然と答えた。
「神官たちはクライン公爵に利用されている。星辰信仰の真の秩序は、私利私欲のためには使われない!彼らを解放するのだ!」
剣を抜き放ち、静かに告げる。
「我々の剣は、信仰そのものを守るために振るう。ためらうな!」
レオンハルトは王龍剣術・聖光流の剣風を放ち、雷光連斬を繰り出した。気力を爆発させた斬撃が聖堂騎士団の盾を弾き砕き、隊列を押し崩す。
「怯むな!神官長様をお守りしろ!」
団長が叫ぶ。だが、レオンハルトの剣筋は止まらない。水霊剣術の刺突を織り交ぜた滑らかな動きで敵を翻弄する。
「貴様たちの忠誠は理解できる!だが、その忠誠の対象を誤っている!」
団長の剣が掠め、レオンハルトの左腕に浅い傷が走った。血が滲むが、彼は痛みを無視して前進する。
「退くな、まだ動ける!」
気力で踏み込み、団長を一撃で沈めると、高位神官のもとへ肉薄した。聖堂の奥から、神官長と思しき老人が現れる。光の魔力が渦巻き、術式が形成されていく。
「レオンハルト卿よ。星辰大聖堂を血で汚すか!」
「嘘をつけ!導きの星は調和を説く!貴殿が従うのは闇だ!」
老神官の広範囲魔法を瞬時に解析し、レオンハルトは気力を集中させた。土の精霊が顕現し、防御と速度を極限まで高める。
「聖光流――千本刺突!」
無数の刺突が術式の核を貫き、光の陣が霧散した。
「ば、馬鹿な……!」
絶望する老神官を前に、レオンハルトは叫ぶ。
「今だ!神官たちを拘束せよ!」
第三遊撃隊が一斉に突入し、星辰大聖堂の制圧は完了した。血に濡れた腕を押さえながら、レオンハルトは通信クリスタルを取り出し報告を始めた。報告を受けたアルフレッドは全部隊へと通信する。
「全部隊へ!すべての主要箇所は制圧できた。残るは王宮内の敵本陣のみ。繰り返す残るは王宮内の敵本陣のみ。全部隊予定通り終結せよ。以上」
王宮の正門前に部隊が合流したのは、夜明け前の薄明の時刻だった。
「各隊、損害報告を」
ノヴァの問いかけに、各隊長が簡潔に応じる。
「第一遊撃隊、団員三名が軽傷。指揮所内部でクライン公爵家の作戦文書を押収」
ギュンター卿は、血に染まった羊皮紙の束を掲げた。
「第三遊撃隊、自分と団員一名の計二名が軽傷。星辰大聖堂の高位神官らは、クライン公爵の脅迫に屈して従っていたと証言。現在は我らへの協力を申し出ている」
レオンハルトの報告に、ノヴァは思わずレオンハルトの怪我の様子を見るが命に関わるほどではなく深く安堵の息を漏らした。信仰の府が敵に回らなかったことは、この戦いの正統性を示す重要な証拠となる。
「第二遊撃隊は、負傷者なし。魔法省の研究記録から、クライン公爵が闇魔法を研究させていた証拠を確保した。これは王国法廷での決定的な証拠になる」
セレスティアが、魔力で封印された黒い書物を示す。その表紙には見るだけで不吉な予感を抱かせる紋章が刻まれていた。
「よし。では最終作戦を開始する」
ノヴァは王宮の重厚な扉を見上げた。その向こうには、クライン公爵と彼の親衛隊が立て篭もっているはずだ。
「敵は追い詰められている。だが、それゆえに最も危険な状況でもある。クライン公爵は、闇の魔法を後援してきた貴族だ。闇にかかわる秘術を使う可能性がある」
「秘術、だってか?」
ユーリが眉をひそめる。
「ああ。闇の力は未知数だ。過去の接触でも異世界の魔物をこの世に召喚していたこともある。それにあの黒いクリスタル。もし彼が禁忌の儀式で無理やりその力を引き出していたとしたら……」
ノヴァの言葉が終わらぬうちに、王宮の扉が内側から爆発的に吹き飛んだ。轟音と共に、金色の魔力の奔流が吹き荒れる。その中心に立っていたのは、全身を黄金の鱗に覆われた異形の姿をしたクライン公爵だった。
「ついに来たか、我に逆らう愚か者どもめ!」
クライン公爵の声は、もはや人のものではなかった。竜の咆哮のような重低音が、大気を震わせる。
「予想通り、か。やはり闇の力を無理やり取り込んだのですね、クライン公爵」
ノヴァは冷静に分析する。しかし、その目には強い警戒の色が浮かんでいた。
「この力があれば、貴様ら虫けらなど一瞬で灰にできる!王国は私のものだ!」
クライン公爵が手を振るうと、闇の炎の奔流が王宮の入り口付近全体を飲み込もうとする。
「全員、後退!」
ノヴァが叫ぶと同時に、セレスティアが前に躍り出た。
「させませんわ!火属性の制御なら、私の方が上ですわよ!」
彼女は両手を前に突き出し、紅蓮の障壁を展開する。闇の炎と紅蓮の炎がぶつかり合い、激しい魔力の衝突が空間を歪ませた。
「セレスティア、通常の魔法では闇に飲み込まれてしまう!」
ノヴァはすぐに紅蓮の炎に気の融合を開始する。
「気と炎の魔力を統合し、闇の暴走を封じる!」
ノヴァの気をセレスティアの炎に融合すると、クライン公爵の闇の炎が急速に勢いを失っていく。
「何だと!?貴様、闇の炎を抑えるだと!?」
クライン公爵が驚愕の声を上げる。本来この世界にはないはずの闇の魔力は通常の魔力では対抗できない。しかし人の生命を根源とする”気”にはそれを補う力がある。
「ギュンター卿、レオンハルト!今です!」
ノヴァの号令と共に、二人の剣士が左右から斬りかかる。ギュンターの『天地雷鳴剣』とレオンハルトの『聖光流・閃光絶命剣』が、同時にクライン公爵に迫った。
「甘い!」
しかし、クライン公爵は闇の炎に覆われた腕で、ふたつの必殺の剣撃を防ぎきった。金属音が響き、火花が散る。
「この身体は、もはや人のそれではない!貴様らの剣など、通用せぬわ!」
クライン公爵が咆哮すると、その背中から巨大な黒翼が展開した。彼は完全に人間性を失いつつあり、黒竜に変貌しつつある。
「まずい……このままでは、彼は完全に魔人になってしまう。そうなれば、制御不能になり、王都全体が破壊される!」
ノヴァは焦りを隠せない。完全に闇の魔力に染まれば止めることは極めて困難だ。そこでギュンターが叫ぶ。
「ノヴァ、一度ユーリと交代しろ!ユーリ、精霊憑依だ。化け物を一時でいい、食い止めろ!」
ユーリが剣聖の指示に反応し駆け込んでくる。
「うおー!精霊憑依・風雷の型!」
ユーリの拳に風と雷の力が宿る。稲妻を帯びた拳が公爵の顔面を打ち抜き、一時的に痙攣させて動きを止める。
「師匠!持って5分が限界だぜ!」
「ノヴァよ。剣の浄化の力と精霊魔法を組み込み、我が奥義『天地雷鳴剣』を打て!」
ギュンター卿はノヴァに突然の難題を突き付ける。
「『天地雷鳴剣』!しかし私は一度も発現させたことがありません」
ノヴァが反対の声を上げる。
「他に方法がない。すでにお前は奥義を繰り出す技量を有しているはずだ!ユーリが対応しているうちに感覚をつかめ」
「俺に任せろ。ノヴァ!……だが早くお願いするぜ?」
ユーリはおどけたように返事をする。二人の幼いころからの長い付き合いが、互いの背中を相手に任すほどの信頼感をもたらす。
「レオンハルト、ギュンター卿、そしてセレスティア。三人は敵の注意を引き続けてください。セシリアとカイル。君達は僕の魔力を増幅する補助魔法を頼む」
「了解したよ!」
「わかりました。任せてください!」
二人は覚悟を決めた顔でノヴァに返事をする。作戦が決まると、最後の総攻撃を開始した。ユーリは風の精霊の力を借りて、光の速度に近い速さで正面から激しい連続攻撃を仕掛け、ギュンターとレオンハルトがその隙に剣戟を食らわせ、クライン公爵の注意を分散させる。その隙にノヴァは公爵の背後に回り込んだ。
「今だ、ノヴァ!」
「『天地雷鳴剣』!」
ノヴァは奥義に浄化の力を籠め、さらにセシリアとカイルの補助魔法が上乗せされる。その力は絶大で、ギュンター卿の奥義が通じなかった鱗に覆われたクライン公爵の心臓部へと正確に突き刺さった。公爵の巨体が硬直し、黄金の輝きが急速に失われていく。
「ぐああああああ!」
断末魔の叫びと共にクライン公爵の竜化した身体が崩れ落ちた。黄金の鱗が砕け散りその時ノヴァはガラスの割れるような感覚を覚え、何かの縛りが解放されたことを感じた。元の人間の姿が現れる。その身体はすでに生命の光を失っていた。静寂が王宮前を支配した。長い戦いが、ついに終わったのだ。
「勝った……のか?」
誰かが呟いた声が、やがて歓声へと変わっていく。星辰の矢じりの兵士たちが、勝利の雄叫びを上げ始めた。しかし、ノヴァは複雑な表情で、クライン公爵の遺体を見下ろしていた。
「これで……本当に終わったのだろうか」
彼の心には、まだ何か釈然としないものが残っていた。クライン公爵の反乱の真の目的は何だったのか。なぜ彼は、ここまでして権力を求めたのか。その答えは公爵と共に永遠に失われてしまった。
「ノヴァ」
ギュンターが彼の肩に手を置く。
「考え込むのは後だ。まずは王都の民に平和が戻ったことを知らせねばならん」
その言葉に、ノヴァは我に返った。そうだ、まだやるべきことは山ほどある。王都の治安回復、負傷者の手当て、そして王家への報告……。東の空が白み始めていた。長い夜が明け、新しい一日が始まろうとしている。星辰の矢じりの戦いは終わった。だが、王国の再建という、さらに困難な戦いが、これから始まるのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。星辰大聖堂の制圧に成功し、物語はついにクライン公爵との最終決戦へと進みます。仲間たちの信頼と覚悟が交わる場面でもあり、物語全体の転換点の一つとなりました。執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。




