拠点探し
ーーガサ…ッ…ギギィィ
がさがさの藁のベッドは、リクの体重を受け止めきれないのか、軋む音が鳴り止まない。
本を閉じてリクは長く息を吐いた。
「……読んだ。全部……いや、たぶん三割も分かってないけど!ね!理性さん!!」
「私の理性はどこ!家出中!?反抗期!パッシブだよね!!あなた!!」
ーー……シーン……
外から見た時は分からなかったが、やはりここの屋根も崩れていた。
屋根の隙間からぼんやり空を見上げる。
ちぎれた雲の向こうに茜空、柔らかな夕陽が世界に差し込んでいた。
布ローブをきゅっと身体に巻き直し、まだ乾ききっていない服を横目に立ち上がる。
ーーギシ…ギギィィ…ガサ…ッ
「……ん~…やっぱここは住めないかなぁ…」
壁の割れ目から吹き込む風が、リクの髪をくしゃりと撫でた。
ーーヒュゥゥゥ……
一旦外に出てみる事にする。
風がまだ冷たく肌を刺す、だが雨雲はもう遠く、空気は澄んでいる。
「さて、ここで一夜過ごすにしても…風はどうにかしないと」
ーーザッ…ザザッ
リクは草を踏みしめながら、建物の外周を歩き始めた。崩れた石壁の角を回ると、日陰になった隅に倒れた木製の家具や布の残骸が積まれているのが見えた。
「お……これ。使える?」
ーーゴソ…ゴソ…
壊れた家具を持ち上げる。湿気と時間にやられたのか、妙な重みと好ましくない匂いがしたが、一夜の風除けにはなりそうだった。
ーードスンッガシャンッガシャッバンッ
リクは割れた窓枠の内側に本棚を置いたり、瓦礫や家具を積み上げ壁にしたりして、なるべく風を防いでみた。それでもまだ風はまだ入ってくる、が直撃は避けられる。
「これで少しはマシだろ……あとは、火……だよな」
目を凝らして周囲を見渡すと、瓦礫の陰に乾いた木の枝や紙くずがちらほらとある。最悪本を燃やすつもりでいたから助かった。
ーーカサッカサッ…パキパキ
細かい紙片を集め、枝の束を作る。手持ちの道具も何もないリクは、石同士をぶつけて火花を散らせるという漫画的手法を思いついたが…
「……そんな簡単に火ってつくかな……」
ーーカチッ、カチッ…
思いつきで石を叩き合わせるが、当然火はつかない。
「いや、だよね?……マッチみたいなもがあれば…」
辺りを見回して、瓦礫の中にあった金属片と小石を手に取る。
「……これで!!やるしかっ!!」
ーーカッ、チッ…カッ!
何度も石と金属を擦る。目を細め、歯を食いしばり、集中する。茜空は群青になり夜が迫る。手が痛む。
ーーチッ……パチッ!
「……!」
かすかに火花が紙くずに飛ぶ。小さな火種で紙が赤く黒く、染みるように広がり、溶けていく。風で消える前に、とリクは新しく紙くずをそっと寄せ優しく息を吹く
ーーパチ…パチッ…
やがて、儚い火と、か細い煙が立ち昇る。
「……きたっ! お願い……このまま!」
ーーボッ
炎が上がった。
「やった……!」
リクはそっと乾いた枝を追加する。炎が少しずつ力強くなっていくのをリクはじっと見守る。
ーーパチパチ…パチ…
その音と灯りは異世界にきて初めてリクを安心させてくれた。少しだけ。
「……よし。とりあえず一晩は。ここで過ごせる」
火を囲み、リクは膝を抱えるようにして座った。火の温かさと布ローブで少しは寒さは耐えられる。遠くで風が鳴く。
ーーヒュウウウ……
「今日を越えれば、きっと……なんとかなる」
そう小さく呟きながら、リクは壁の隙間から再び空を見る。黒しかない見えない空を──それをリクは空とは思いたくなった。灯りの揺れに合わせて瞼が閉じていく。心が闇に呑まれていく。孤独でひとりぼっちの夜。
ーーカタン…パチ…パチ…
火の残り香と、冷たく湿った朝の空気。
リクは薄く目を開けた。壁の隙間から空が挨拶してくる。
「……んぅ」
布のローブと、火の残り香がまだ体をかすかに温めてくれてはいるが、夜露と朝の冷え込みで体の芯は冷えきっていた。
ーーブルルッ……
「……さぶぅ……」
身体を丸めて起き上がる。焚き火の跡は白い灰だけを残していて、熱はもう、そこにはなかった。炭が残ればと思っていたが残らなかった。
「やっぱ……ちゃんとした、屋根と壁があるところ、探さないと……」
リクは小さく息を吐いた。布ローブを脱ぎ乾いた服を手に取り、硬くなった布地に無理やり体を通しつつ、モンスターに変異してないか身体をチェックする。
ーーズズ…ギュッ…
「とりあえず、モンスター化は…大丈夫か。…よし!!…あの丘の目指して歩くか」
昨日遠くに見えた丘の稜線。この場所にきてほとんど散策はしてない為。目指す場所も特にない。目に付いた丘。少しでも高台なら何か見えるかもと、丘を目指す理由はそれだけ。
旅支度に布ローブを羽織り、錆びた包丁を腰に携えフライパンを左手に持ち蔦で巻いた本を襷掛けし右手に物干し竿みたいな丈夫な木の棒を持った。
「少しはグレードアップしたろッ!」
くるっと一回転し。虚しさだけが心に残った
ーーザッ……ザッ……
瓦礫を踏み越えて外へ出る。
朝露を含んだ草が足元でしなる。空は雲ひとつなく晴れ渡り、太陽がじわじわと世界を染めていく。
「……今日も、ちゃんと生き抜いてやるっ!」
小さく呟くリクの足は、迷いなく力強く丘を目指して進む。
ーーザク…ザク…パキ…
小枝を踏む音、鳥の鳴き声、風が枝を揺らす音が混じり合い、自然の心地よい音に包まれる。
足場の悪い斜面を登りながら……。
少しだけ誰が背中を押してくれるような─そんな気がした。気がするだけだ……。
ーーザッ…ザッ…ガサッ
「……ん?」
斜面の途中、崩れかけた木製の看板が目に入る。苔に覆われて文字は読みづらいが、かろうじて文字が見て取れた。
《ハイレン村》
「村が…ある…ありゅぅ…」
胸が高鳴る。きっと人は居ない。でも期待するといわれても無理がある、居るかもしれない。頬を赤く染め、口元は緩み泣きべそになってる自分がわかる。
ーーザッザッザッ…
頂上まで一気に駆け上がると、視界がぱっと開けた。
眼下には、かつて家々が並んでいたであろう区画が、石垣と崩れた屋根の影として広がっていて、草の海に沈みつつあった。
近くで水の音が聞こえる。
「………」
人は居ない。人。生物の。命の気配がしない。
すでに半分以上が自然に侵食されている村を見下ろし。誰に聞かす訳でも無く口からこぼれる
「別に悲しくは無い。大丈夫。」
しばらく村を眺めていると発見があった。自然に侵食されてる村は風情があったし、良ければここで生活してみたいと思えたし、いくつか形を留めている建物を見つけた。
「……あそこ、いこう……」
一際大きな、瓦屋根が見える家
ーーゴク…
唾を飲み込んで、リクはゆっくりと斜面を下った。慎重に、足を滑らせないように。
ーーズルッ!
「うおっ……!」
とっさに草をつかんで踏みとどまる。土と草の匂いが鼻をつく。
「ふぅ……焦るな焦るな…」
ーーザッ…ザッ…
雑草を踏みしめ、足元に気を配りながら進む。
人の気配はない。進めば進むほどに草の背が高くなる。
ーーバサァ…バサァ
背丈ほどになった草をかき分けて進んで、ようやくお目当ての建物にたどり着いた。
見た目は……魔女の館。
二階建て。悪くない。
注意深く外壁からチェックを始める。
レンガと木材で作られた外壁は苔や蔦に侵食されてはいるが、崩れてもないし、崩れそうにもない。
窓も……割れてない。
ーーバサァ……バサァ……
家の周辺で小屋と井戸も見つけチェックする。小屋は使い物にならいほどボロボロだった。
井戸の石組みは苔でびっしりだが、石組み自体にぐらつきも崩れた箇所もない。井戸の中は……後で確認する。
ーーギィィィィィ………
家の扉を観音開きで引き開けると、ほこりの匂いと静寂が広がり、薄暗い空間が現れた。
ーーコツコツ…
中に入ると床は石造りで中央に暖炉があり、部屋を仕切る壁はなく、だだっ広い空間が広がっていた。
隅っこに木製のベンチとテーブルがいくつか積み重ねられ、そこで朽ち果てるのを待っていた。
2階に上がる階段は暖炉の後ろにあり階段の手前には1つドアがある。
ドアを開けると丸い窓が4つあるだけで、なにもない細長い空間があるだけだった。
階段を上がると3部屋あり、大きい部屋が1つ。小さい部屋が2つあり、どの部屋にも家具はなかった。2階の床は木材で作られていて所々腐ってはいたが。これくらいなら自分でも直せると思えた。
「……ここなら……」
ーーコツ…コツ…
リクは、階段を降りながら静かにその場に腰を下ろした。
「拠点……に、しよう。ここを」
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《ステータス》
名前:浅葱リク
種族:異世界人
瘴気:06(±0)
魔素:00(±0)
魔力:00(±)
《スキル》
理性
《装備》
錆びた包丁
フライパン
布ローブ
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読んでくださりありがとうございます!またよろしくお願いします!!