恐れられた教頭 (4/6)
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理科の利根崎先生と話を終えた後、加野が用務員の山辺を職員室の応接間につれてくる。
「用務員の山辺さんですね。」
「はい。・・・わ、わたくしに・・・な、何の用でしょうか?」灰色の帽子と作業着姿でやや細身の弱々しい印象を受ける用務員の山辺孝充。怯えた様子がさらにその印象を強くする。
「私は刑事の飯島と申しまして、教頭先生の件についてお話をお聞きしたいのですが。」
「ええ!教頭先生の・・・」
「3時間目が始まった時、あなたはどこにいましたか?」
「3時間目?・・・3時間目はたしか、中庭の掃除をしておりましたが。」
「職員室には立ち寄られませんでしたか?」
「いえ、3時間目は職員室には立ち寄っていませんが・・・」
「立ち寄っていない?3時間目が始まった頃に少しでも立ち寄っていませんか?」
「いやあ、・・・立ち寄っていません。私が職員室に入ったのは4時間目が始まったときです。」
「4時間目?」
「はい。本当はお昼前に給湯室を掃除しておくつもりでしたが、教頭先生がいらっしゃいましたので、控えさせていただきました。」
「3時間目の初めにあなたを職員室で見たという証言があるのですが。」
「ええ?そ、そんなバカな。私は4時間目に職員室に入りました。本当です!」
「それを証明できる人は?」
「えっと、・・・福浦先生なら証言してくれると思います。保健・体育の福浦先生と職員室に入って、バッチリ目が合いました。」
「そうですか。4時間目に入られたというのはわかりましたが、3時間目には職員室に入っていませんか?」
「いえ、その、はい!・・・あの、3時間目には入っていないんです。4時間目です。」
「国語の富村先生をご存知だと思いますが、3時間目にお会いしませんでしたか?」
「いいえ、ですから、3時間目には入っていないんです。」
「では4時間目には?」
「わかりません。」
「わからない?」
「4時間目に職員室に入った時、複数の先生がおられました。誰誰がいたとまではわからないです。でも福浦先生にはお会いしました。」
「そうですか。わかりました。ところで山辺さん、教頭先生に何か嫌なことをされたことはありますか?」
「いえ、特にありません。」
「掃除が汚いとか、汚い格好しているとか言われたことはありませんか?」
「ん、まあ、もっときれいに掃除するように言われたことはありますが・・汚い格好をしていると言われたことはないです。」
「ないですか?」
「ありません。私よりもあなたの服装の方が汚いですよ?」
そう言われて自分の服と用務員さんの服装を見比べる飯島。
「・・・そうですか。わかりました。ほかに何か嫌味なことを言われたとかないですか?例えば容姿が醜いとか。」
「刑事さん!それはいくら何でも酷すぎませんか?」
「ああ、いやいや。例えばの話です。」
「・・・容姿といえば、以前に『君は背が低いから、いつも一番前に立っていたんだろう?』と言われたことがあります。」
「ああそうですか。教頭先生は大きいんですか?」
「いいえ。2㎝しか変わらないんですよ?富村先生だって利根崎先生だって大した変わりませんよ。私が猫背だから低く見えるだけです。」
「わかりました。最後に、用務員さんはパンダに似ているって言われたことはありますか?」
「パンダ?」
「ええ、そうです。パンダです。」
「・・・いや、言われたことはないですけど。」
「そうですか。実は、用務員さんがパンダっぽく見えたという証言がありまして。」
「ああそうですか。それは私がぽっちゃりしているということでしょうか。」
「ええ、そんな風には見えないんですけどねえ。」
「私はパンダっぽいと言われたことはありません。パンダっぽいのはどちらかと言えば富村先生の方じゃないですか。」
「ああ、そうでしたか。あくまで証言の確認をしたまでで。どうも有難うございました。」
次に加野は体育教師の福浦克俊を応接間に連れてくる。
「こんにちは、福浦先生ですか?」
「はい、福浦です。」日焼けした、がっちりした体格の福浦先生はまっすぐに飯島を見ながら応接間の椅子へと座る。
「教頭先生のことについてなのですが、先生は3時間目が授業で、4時間目は職員室にいたと聞いているのですが、間違いないですか?」
「はい、そうですね。間違いありません。」
「4時間目に職員室にいたとき、用務員さんを見かけましたでしょうか。」
「え?用務員さん?山辺さんなら、4時間目に職員室に入って来られましたよ?」
「そのとき、用務員さんの様子はどうでした?」
「”どう”って・・・確か給湯室に行こうとしていたんですけど、教頭先生の姿が小窓越しに見えたので、そのまま職員室から出ていきましたよ?」
「教頭先生の後姿はそんなに特徴的ですか?」
「ええ、あのボリューム感のあるかつ・・・髪型を見れば、すぐにわかるでしょう。」
「だから山辺さんもすぐに分かったということですか。間違いありませんか?」
「ええ、間違いありません。私の筋肉に誓います。」
「筋肉?ああ、そうですか。何か変わった様子はありましたか?」
「変わった様子?山辺さんのこと?」
「はい。」
「特に変わった様子はありませんが・・・」
「パンダっぽかったですか?」
「は?いえ、別にそんなことはないですけど。」
「先生はちょうど給湯室がハッキリと見える席に座っていらっしゃいますが、誰か4時間目に出入りする人はいませんでしたか?」
「いないですね。」
「そうですか。なぜいないのでしょう。」
「なぜっていうのは?」
「だって給湯室は先生方全員の休憩の場所である訳でしょう?」
「それは・・・教頭先生が休憩されているので、誰も邪魔をしないようにしたのでしょう。」
「そうですか?給湯室はご座敷もあるわけじゃないですか。煙草休憩したい先生は他におられないのですか?」
「ええ、まあ・・・」
「いつもそうなのですか?」
「ええ、そうですね。」
「なぜなのでしょう。」
「それは・・・たまたまなんじゃないですかね。」
「おっしゃってください。本当のことを。事件を解明するには、直接関係しない手がかりも重要になるんです。」
「ええ、そうですね。教頭先生はとても威厳のある方なので、一緒にいると心が休まらないんじゃないですか?休憩しようとしているのに、休憩出来ないというか。」
「ああ、そうですか。教頭先生は皆さんに恐れられていたと?」
「ええ、なんというか・・・」
「福浦先生は何か教頭先生に嫌なことをされたことはありませんか?」
「ええっと、あったかなあ。」
「筋肉馬鹿と言われたとか。」
「刑事さん!それはないでしょう!」
「ああ、すいませんでした。例えばの話です。」
「プロテイン馬鹿としか言われていません。」
「ああ、言われているんですね。」
「脳みそが筋肉で出来ているんじゃないかって言われたこともあります。」
「ああ、結構言われているんですね。わかりました。有難うございます。」