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ヴィーラ

 他の男の手を取る女…ヴィーラを見て、頭と心臓が潰れそうになる。だが、それを止めるような度胸はない。

「行こうか」

「はい」

 消えていく2人を、追いかけることもできず、ただ、剣を握りしめて立ちつくす。気配が消えた途端、膝と涙腺から力が抜けていく。剣によりかかり、何とか声を殺しながら泣いた。

「何してんの?」

「うわっ!だ、だれだ…」

 黄金の髪と瞳をした、美しい女。不機嫌そうな顔で、じっとこちらを見ている。

「エル。人間に分かりやすいようにいうなら、その剣の精ってところかな」

「この、剣の…」

「そう。私が見えるってことは、あなたが今回の持ち主。だから、早くあの子を助けに行かないと」

「どうして」

「もうそろそろ、その剣は寿命なの。でも、この王国を守るために、聖剣(わたし)はまだまだ生きなきゃならない。そのために」

「王国なら、もう……」

「あんた何にも反省してないんだね」

 女は、俺を完全に軽蔑していた。そして、その言い草は、明らかに…俺の『過去』を知っている。

「え?」

「王族が死のうが、いなくなろうが、国民はここで生きてる。その限り、国は存在してるんだよ」

「それは、そちらの言う通りだ。だが、なぜ、彼女を助けに行くという話になる」

「あの子を、殺すためだよ」

「何を、言っている?助けて、殺す?」

「聖剣に大切なのは、たくさんの人が、信じてくれること。すごい力を持った、霊験灼(れいげんあらた)かなモノだと認識している人が、どのくらいいるかで、力が全く変わってくる」

 しかし、俺がかつて生きていた頃から、国民は聖剣に対する信仰心を失っていった。それは、長いこと平和な時代だったせい。魔物の脅威が身近でなくなってしまったために、聖剣の効果というものも、感じにくくなっていく。

それに気づいたヴィーラは、まず、ミィアに目をつける。自分の知る中で、最も真っ当な精神を持つ彼女に、俺の子ども…つまり、王子産み育てさせようとしていた。自分や他の人間にはともかく、ミィアには誠実だった俺も、彼女と結婚することで、もう少し善良になると感じていたらしい。

その結果として、俺とミィアの子どもが善良な王子に成長した頃、邪悪な魔物として王国に姿を現し、聖剣で倒されることによって、聖剣の力を取り戻そうと画策していたらしい。

だから、あえて、本来の目的は隠し『個人的なワガママ』のためとミィアの優しさを刺激するような嘘をつき、協力させた。思惑通り、ミィアのついた嘘を信じた俺はヴィーラに腹を立て『蝕の森』へと追放する。そこで、大量の魔物を取り込むことで、ヴィーラは強力な魔物へと変貌を遂げた。髪と瞳の色が変わっているのも、そのせいだと。

人間を襲ってはいないというルールを作って、自分の計画が成就する日を待っていたヴィーラだったが、その思惑通りにはならず。俺は…相変わらずで、ミィアに愛想をつかされた挙句、殺してしまった。それを知らないヴィーラは、魔物としての力を蓄えながら、俺とミィアの子どもを待ち続けている…今もまだ。どんどんと体が強大な魔物になっていくに従い、記憶や人間性を失ってしまい、まもなく全てを忘れ、ただのバケモノになってしまう。

「そんな…」

「自分の名前も忘れてしまっているけど、それでも、ニンゲンを襲ってはいけないというルールも、聖剣がどんな存在であるかも、まだ忘れてはいない。その間に、彼女を殺してあげて」

「助けるために、殺すのか」

「そう。それができるのは…ううん、きっと、彼女がそうしてほしいのは、あなただけだから」

「なんで、俺なんだ…俺は、彼女を殺そうとまでしたのに……」

「あなたが選んだのが、ミィアだったから」

「え?」

「ヴィーラの父親は、彼女を冷遇していた。女の子なのに、魔物や戦いに興味を示す彼女を笑い、着飾ることばかりに関心を寄せる妹のシェーラを溺愛してた。だから、ヴィーラがあなたの婚約者であることが許せなかった。外国から高級な魔法薬…特定の人物に嫌悪をもつようになる薬を手に入れ、あなたに飲ませた。いずれ、シェーラと恋に落ちるように。でも、企みは…あなたがミィアに恋したことで、パァになった」

 とびきりの美人だが、父親からの偏愛が原因で性格は歪みきっており、ミィアのことも影で笑っていたが…要領がよく、その本性を親にさえ悟らせていなかったというシェーラ。ではなく、真面目で誠実で素直なミィアに惚れたことで、ヴィーラは俺の人間性を信用したらしい。ミィアのような女性とともにあれば、もっとまともになる素質がある、と。

「そんな、こと…」

 彼女の真意を知れば知るほど、己の過去が憎らしくなる。辛くて、情けなくて、涙が止まらない。

「彼女の唯一で、1番大きな誤算は、あなたが彼女に恋をしていたこと」

「え?」

「もう、覚えていないでしょうけど、あなたは子どもの頃…彼女に恋してたのよ。だから、彼女が婚約者だった」

 そう言われると、不意に、幼い頃を思い出す。なぜだか、女子とばかり遊ばされた時期があった。そうだ、それで…父に「誰が1番好きか?」と訊ねられて、彼女の名前を答えた気がする。だが、あれは…まだ子どもで、はしゃぐことが好きだった俺からすれば、他の子よりも活動的だったヴィーラは、一緒にいて楽しかったにすぎない。

そうだ、その後からだ……彼女も、他の令嬢と同じように大人しくなってしまう。けれども、幼い頃は、よく笑う女の子だった、それこそ、ミィアのように。

「はじまりは、彼女の父親が盛った薬か」

「そう。あれは、特定の人物に対して悪感情を抱かせることができる。その効果は、対象となっている人物に対して好意を持っていると、より強くなる。あなたが、彼女をあそこまで追い込んで、死地に追いやった後も嘲笑って、それを楽しめてしまったのは、あなたの彼女への感情がまるきり反転してしまったから」

「俺が、ヴィーラを…」

「でも、例え、その薬のせいだとしても、あなたのやったことは、異常。どんなに憎んでも、やってはいけないことはある。ミィアの反応は、正しい」

「ああ」

「だから、あなたが終わらせるの、彼女が始めたことを。あなたのしたことと一緒に」

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