『元聖女』は『元天才魔術師』の秘密を知る 2
孤児院にいた頃、風邪を引くと『呪い』だと言われていたけれど、あれは一種の脅し文句のようなものだと理解していたファティアだったが、まさかライオネルの口から『呪い』の言葉を聞くことになるとは夢にも思わなかった。
ライオネルの言う『呪い』がどういうものなのか皆目見当もつかないファティアは、ソファからずり落ちたまま詳細を聞こうとすると、ライオネルから待てがかかったのだった。
「長くなるから、先にご飯にしない? あ、その前に風呂のほうが良いか」
「それなら私が先に朝食の準備を……」
「だめ。先にファティアが入りな。昨日濡れてたし、温まらないと風邪ぶり返すよ」
「……では、お言葉に甘えて」
お世話になると決めた以上、風邪を引いては迷惑をかけてしまう。
ここは素直に甘えておこうと、ファティアはトランクから着替えを取り出してお風呂場へと向かった。
お風呂を済ませ、交代でライオネルが入る。しれっとお風呂に入ったものの、母と暮らしていたころも貧しかったので水浴びしかしたことがなく、孤児院でも経験をしたことがなかった。
唯一ザヤード子爵に引き取られてから、治癒魔法が使えた五日間だけはお風呂に入るという経験をしたファティアだったが、今日のお風呂はあの時よりも気持ちが良かった。
肌寒い季節というのももちろんだが、ライオネルの優しさが身に沁みたからだろう。
「ライオネルさん、ご飯出来ました」
先にお風呂を頂いたので、代わりにライオネルがお風呂に入っている間、朝食の準備をしていたファティア。
事前に家のものは好きに使うよう言われていたので、ファティアは数少ない食材で朝食をこしらえた。
料理をしないと言っていたわりにはフライパンや鍋の用意があったので助かったものだ。
調理器具がないとそのまま食べるという選択肢が濃厚だったから。
「凄い……ちゃんとご飯だ……」
「チーズトーストに焼いたハムを添えて、玉ねぎとベーコンのコンソメスープです。ぱぱっと作ったので簡単なものですみません」
「全然。全然全然そんなことない」
(全然って三回も言った…………)
テーブルの上にある朝食を見るライオネルの瞳はキラキラと光っているように見える。まるでご馳走を前にした子供のようだ。
「可愛い…………」
「え?」
「え!? 私口に出してました!?」
「うん。俺よりファティアのほうが可愛いよ」
「……!?」
思わぬ変化球にファティアは狼狽して目を白黒とさせた。
母と孤児院の子どもたち以外に可愛いなんて言われたことがなかったから。
社交辞令だと言うことは分かっていても、ライオネルのような整った顔立ちの男性に可愛いと言われて、心臓がドクリと跳ねないわけがなかった。
「あ、ファティアちょっとおいで」
「? はい」
飲み物も準備しなくては、とキッチンの奥に行こうとしたときだった。
ライオネルにちょいちょい、と手招きをされたファティアはぱたぱたとライオネルの元へ小走りで向かう。
「どうしました?」
「まだ髪の毛濡れてるから、乾かしてあげる」
そう言って自身よりも二十センチ以上低いファティアの頭に手をかざしたライオネル。
その瞬間、ぶわんと温かい風がファティアのセミロングの髪を揺らし、ものの数秒で乾いたのだった。
ファティアは自身のライトグレーの髪の毛先を摘みながら、感嘆の声を漏らす。
「凄いです……! 今のも魔法ですか?」
「うん。風と火の魔法を同時に使ったんだ」
「魔法も……ライオネルさんも凄いです……!!」
「ふぁ〜」やら「ほぉ〜」やら、声を漏らしながら未だに驚いて感動しているファティアに、ライオネルはクスッと笑みを零した。
「……? 何かおかしなことでも?」
「……いや、幼い頃から魔法が使える人が周りに多かったから、新鮮な反応だなって思っただけだよ」
「なる、ほど……そうでしたか」
「うん。さ、冷める前に食べようか」
孤児院で院長や来客に紅茶のもてなしをしていたファティアは、そのあたりも完璧だったので、手慣れた手付きで紅茶を入れる。
二人で揃っていただきますと言ってから食べ始め、再び目をキラキラと光らせたのはライオネルだった。
「美味い。家でこんなに美味しいの食べられるなんて思わなかった」
「それは良かったです……! 住まわせて頂いている間は食事のことはお任せください!」
「うん。よろしく。おかわりある?」
「はい……!」
ライオネルの前にある皿を見れば、もう綺麗サッパリすっからかんだった。
文字通りぺろりだったらしい。ファティアは嬉しい……と頬を綻ばせながら、余分に作っていたトーストやスープを追加していく。
追加の朝食も凄い勢いで食べていくライオネルは、見たところかなり食べるらしい。
改めてライオネルを観察すればそれなりにガタイが良いので不思議ではないのだが。
男性の平均よりも十センチ以上は上背があり、肩幅もしっかりしている。筋肉隆々ではないが、着替えた黒いワイシャツの上からでも胸板はやや厚いように思う。
騎士とは違い、魔術師は比較的ひょろい体格のイメージがあったが、人それぞれなんだなと思いながら、ファティアはライオネルの食べっぷりに喜びを感じつつ、自分も口と手を動かした。
「……それで、ライオネルさん、『呪い』って一体……」
ご馳走様でしたと言いながら満足そうにしているライオネルに、ファティアはそう問いかける。
「次のご飯楽しみ」と言ってくれるライオネルに、昼食は何を作ろうかと思案する前に、『呪い』についての話を聞いておかなければと思ったのだった。
「あーうん。『呪い』ね。どこから話せば良いかな」
食後のブラックコーヒーもごくごくと飲み干したライオネルは、椅子にもたれかかるようにして座り直す。
当初は「うーん」と悩んでいたが、悩むのに疲れたのか「まあ良いや」と言ってから口を開いた。
「魔導具って知ってる?」
「聞いたことはありますが詳細は……」
「魔導具っていうのはね、魔術師が魔法を使うときの補助として使用することが多いんだ。例えば魔法の威力を上げたり、魔力の消費を抑えたりね。その他にも色々あるけど、まあ一旦置いておいて」
「なるほど」
「で、魔導具の中には『呪詛魔導具』っていうのもあって。これはその魔導具を使った者に何かしらの『呪い』をかけるんだけど」
「…………!」
他人事のようにさらっと言ってのけるが、この話の流れで行くと、ライオネルがその呪詛魔導具を使用したということで間違いない。
ファティアはごくん、と固唾を呑んだ。
「詳細は割愛するけど、俺は意図せずその呪詛魔導具を使って『呪い』にかかったってこと。半年くらい前だったかな。これはさっきも言ったか」
「……じゃあ、ライオネルさんは半年くらい前から『呪い』の影響で昨日みたいに苦しんでいるってことですか……?」
楽しい話ではないから空気が重たくなることくらいは予想していたライオネルだったが、自分のことのように辛そうな顔をするファティアに、眉尻を下げる。
「常にってわけじゃないから大丈夫だよ。どういうときに呪いが発動するかはもう分かってるし。それに一つ、良い報告がある」
「良い報告…………?」
少しだけ表情に穏やかな色が差したファティアに、ライオネルはこくりと頷いた。
「昨日は今までで一番痛みもマシだったし、痛みが出る時間も短かったんだよね。多分ファティアの漏れ出してる魔力が関係してると思うんだけど」
読了ありがとうございました。
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