『元聖女』は『元天才魔術師』の秘密を知る 1
意識を失ったライオネルを、ファティアは必死にベッドへと寝かせた。家主であり、苦しんでいるライオネルをそのまま床で寝かせておくことなんて出来なかった。
「どうしよう……どうしたら……」
医術の心得なんてあるはずもなく、都合よく聖女の力が復活するなんてこともなかった。
聖女の力を使うときはお腹がかあっと熱くなる感覚があるのだが、どれだけ意識してもその感覚は訪れない。
淡い光の粒の代わりにライオネルを纏っている黒い闇のような粒は姿を消すことなく、嫌な感じはするものの、成すすべはなかった。
「ん……んぅ」
「ライオネルさん……っ!?」
約一時間が経った頃、ライオネルは苦痛に顔を歪めて意識を取り戻した。
ずっと傍にいたファティアは「大丈夫ですか!?」と声をかけるものの、返ってくるのは唸り声ばかりだ。
相当苦しいようで、手足をバタバタとさせている。
「少し待っていてください……!」
今出来ることと言ったら、悶え苦しむライオネルの汗を拭いてあげることくらいだ。
せめてそれくらいは、とライオネルには申し訳ないがタオルを探すべく部屋を物色しようとしたそのとき。
「ファ、ティ……ア」
「はい……っ、何ですかライオネルさん! 私は何をしたら良いですか……っ」
少しだけ苦しみがマシになったのか、名前を呼ばれたファティアはライオネルの顔を覗き込む。
「大丈夫、だから、ここに居て」
「居ます……! ここに居ますから……!」
ファティアはベッドサイドに膝をついて、咄嗟にライオネルの右手をギュッと掴む。体調が悪いときは人肌が恋しいだろうと思ったからである。
少しだけ微笑んでから、再び話せないくらいに悶え苦しむライオネルの手を、ファティアはずっと握り続けた。
◆◆◆
「ん………………」
カーテンをしていなかったためか、眩しいほどの朝日が部屋に射し込む。
膝立ちのまま、腕を枕代わりにしてベッドにもたれ掛かるようにして眠っていたファティアは、その光で目覚めた。
落ちてくるまぶたに必死に抗って目を開く。
「あれ……? ……私……」
ファティアがライオネルに連れてこられて目を覚ましたのは夕方だった。それから比較的すぐにライオネルは倒れた。
朝日が差しているということは、およそ半日は時が過ぎたらしい。
ファティアが眠ったのはライオネルが倒れてから四、五時間経った頃だろうか。
時折意識を失いながらも、悶え苦しむライオネルの痛みが落ち着き、眠りについたのがちょうどその頃だった。
「ん……眩しい…………」
「……! ライオネルさん、大丈夫ですか……?」
寝転んだまま顔だけを横に向けたライオネルの顔色は元の綺麗な肌色に戻っていて青みはない。
汗で前髪が張り付いていて、寝起きだからか少し声が掠れているのも色っぽい……とファティアは思ったものの、口に出すことはなかった。
「もう朝……?」
「はい。おはようございます。お加減はいかがですか……?」
「うん。平気…………あっ」
「え?」
何かを思い出したように声を上げるライオネルの視線は、繋がれた手を射抜いている。
ファティアは慌ててその手を離した。
「すみません……! その、心配で……」
「ずっと握っててくれたの?」
「……はい。それくらいしか、出来なくて」
「もしかして、俺がここに居てって言ったから?」
「はい。勝手にタオルやお水なんかも準備させてもらおうかと思ったんですけど、私なんかでも傍に居たら多少気が紛れるのかと」
「そういうこと…………」
ライオネルとしては、勝手に家を出て居なくならないでという意味だったのだが、うまく伝わらなかったらしい。
結果としてファティアが家に留まっているので、わざわざそれを言うことはしなかったが。
「痛みも無くなったし、起きるよ」
「あ、はい」
ゆっくりとした動きで上半身を起こすライオネル。
目線が高くなったのでファティアを見下ろせば、膝を床につけるような体勢に目を細めた。
「もしかしてずっとその体勢だったの」
「はい」
「…………そっか」
傍にいるため、手を握るために、ファティアが何時間もの間膝立ちの体勢でいたことは想像に容易い。
ライオネルは急いでベッドから降りると「ごめんね」とだけ言ってファティアの両脇の下に手を入れた。
「へっ!?」
何事かと驚くファティアをとりあえず無視して、ライオネルはそのままファティアを持ち上げると、数歩先にある黒いソファに優しく下ろす。
顔を真っ赤にしてパクパクと口を開いて閉じてを繰り返すファティアの前にライオネルは腰を折って、ずいと顔を近付けた。
「膝、痛いよね。ごめん」
「い、いえ! 謝らないでください……!」
「…………。ファティアは良い子だ。ありがとう」
「…………!」
ぽん、と優しく頭の上に手を置かれたファティアは、じんわりと胸が温かくなるのを実感する。
孤児院の子どもたちに感謝されて以来、ありがとうと感謝されたことなんて久しくなかったファティアは、咄嗟のことで止められなかった。
「あ……………っ」
「…………!」
──つぅ、と一筋涙が溢れ、顎を伝う。
その美しい涙にライオネルは一瞬見惚れながらも、ハッとしてファティアの頭から手を離すとしゃがみ込んだ。
「……どうした? どこか痛い? それとも俺に触られるの嫌だった?」
「こ、これは目にゴミが入って……! 大丈夫、ですので」
「………………本当に? 何か理由があるんじゃないの」
「ゴミですよ……すみません、ご心配をおかけして」
今まで何度も涙を堪えてきたというのに、ライオネルの前だと気が緩んでしまうのだろうか。
心配かけさせまいと嘘をついたファティアに対して、ライオネルは「そう」というと引き下がる。
感謝されたことで涙が出てきたなんて言ったら、どんな生活をしてきたのだと心配をかけてしまうだろうと思っていたので、ファティアには有り難かった。
「っ、そういえば!」
涙を手で雑に拭ったファティアは、気まずい空気に耐えられず話を切り替える。
「昨日みたいに体調を崩すことってよくあるんですか……? 慣れてるって言ってましたけど……」
昨日のライオネルは尋常ではない痛がり方だった。
時折痛みで意識を失うなんて、折檻を受けたことがあるファティアにだって想像がつかない。
ファティアの質問にライオネルは少し考えるような素振りを見せてから、形の良い唇をゆっくり動かした。
「半年ぐらい前からかな。俺『呪い』にかかってるんだ」
「『呪い』!?」
さらりと言ってのけるライオネルに、ファティアは驚きでソファからずり落ちた。
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