最終話 『聖女』と『天才魔術師』の幸福
「……ファティア、お母さんのこと、大丈夫?」
──舗装されている、緑に囲まれた道。
タンタンタンタンタン。
馬が並足で進む中、後方に座るライオネルの問いかけに、ファティアは首を縦に振った。
「母が聖女だったことや、逃亡してこの国に来たことなんかはとても驚きましたが、なんとか」
「聖女は数十年に一人しか現れないと言われているけど、まさかファティアのお母さんもだったとはね……」
「……はい。でも、一つ分かったことがあるんです」
「分かったこと?」
それからファティアは、母が魔道具であるペンダントをファティアに託したのが何故なのか、疑問に感じたことを話した。
ライオネルは少し考える素振をしてから、確かにと呟く。
「……このペンダントさえなければ、おそらくファティアは聖女の力が覚醒することもなく、色々な困難に巻き込まれることはなかったわけだしね。ファティアのお母さんだって、娘のファティアが自分と同じ聖女で、魔力が漏れ出してしまうような体質であることを一切想像していなかったとは考えづらい」
「……はい。それでもお母さんが私にペンダントを託したのは……。ただ、私に生きてほしかったからなのかなって」
「え?」
「私、お母さんが亡くなる時──」
母の最期の言葉をきっかけに、ファティアは母が逝く直前にどんな言葉を言ったのか、はっきりと思い出していた。
──『死なないで』『一人にしないで』『置いて行かないで』『お母さんがいないなら、生きたくない』
そう、何度も口にしたこと。
まだ幼かったファティアには、死にゆく母を安心させるような言葉をどうしても言えなくて、寂しさや、悲しみや、不安や、叶わぬ願いをただただ口にすることしかできなかった。
「お母さん、そんな私のことをとても心配したと思います。もしかしたら、私がお母さんの後を追って死ぬんじゃないかって、そう思ったかもしれません」
「…………」
ファティアはそっと目を伏せて、首元のペンダントを見つめた。
「だから、母は……母が肌身離さず着けていたこのペンダントを、『きっと貴方を守ってくれる』と言って私に託したんだと思うんです。……少なくとも私はそう言われた時、このペンダントを大切にして、生きなきゃって思いました」
「そんなことが……」
「それと、これも私の想像ですけど……」
母は何かしらの理由で母国を逃亡して、ここメルキア王国にやって来た。
しかし、追手が来るかもしれず、聖女の捜索が行われているかもしれない状況で、聖女の力は使えなかったのだろう。
「自分は誰かを助けられる力を持っているのに、娘との貧しくても穏やかな生活を優先するために、能力を隠し続ける。……そのことに母は、罪悪感を覚えていたのかもしれません」
「…………」
おそらく、母が自分に治癒魔法を施さなかったのもそのためだろう。
自分が聖女として表舞台に立っていれば救えた命があるかもしれないと思ったら、今更自分のために聖女の力を使う気にはならなかったのかもしれないと、ファティアは思った。
「だから、もし私が聖女の力を有していたらその時は……この力で、人々を救ってほしいとも願っていたのかなって、そう思うんです。ペンダントと一緒に、母の願いも託されていたのかなって」
「……なるほど。ファティアのお母さんなら、あり得るかもしれないね」
大勢の人の病気や怪我を治し、『呪い』をも浄化できる聖女の力。
ライオネルの苦痛を和らげてあげたい、『呪い』を解いてあげたい。
そのために聖女の力を復活させたいと願ったファティアには、その能力があるのに使えなかった母の気持ちを完全に理解するのは難しい。
けれど、奇跡のような力だからこそ、相当な苦悩だったはずだ。
「お母さんはきっと沢山悩んで、苦しんで、そして私にこのペンダントを託すことを決めた……。結果として、このペンダントは私に悲しみや苦しみももたらしたけれど、それ以上に誰かを助けられる嬉しさや、必要とされる喜び……それに、ライオネルさんと、出会わせてくれた」
「ファティア……」
「私は今、大好きな人の側にいられてとっても幸せだよって……ありがとうって……。私はお母さんに伝えたいです」
振り向いてライオネルの顔を見ながら、ファティアはパッと花が咲いたような笑顔を見せる。
ライオネルはゆっくりと手綱を引いて馬を停止させると、そっとファティアを抱き締めた。
「……ファティア、俺と出会ってくれて、本当にありがとう。絶対に幸せにする。……ううん、一緒に幸せになろう」
「はい……!」
ファティアが返事をすると、ライオネルは「あ……」と呟いてから、おもむろに西の空を指さした。
「ファティア見て、あれ……」
「虹……っ! ライオネルさん、とっても綺麗ですね……!」
「うん。綺麗だね」
人生でこんなにもくっきりとしたきれいな虹を見るのは初めてだ。
しかも、ライオネルと一緒に見られるなんて……。
(こういうのを、幸せって言うんだろうな)
ファティアがそんなことを考えていると、ライオネルが耳元で囁いた。
「ファティア、一緒に虹を見てさ、綺麗だねって言い合えるの、最高に幸せだと思わない?」
「……! それ、私も今、思ってました……!」
「あはは。俺たち同じこと考えてるね」
二人はそれから、空にかかる七色の美しさに酔いしれ、どちらからともなくそっと唇を重ねた。
〜完〜
最後までお付き合いくださりありがとうございます!
この話で本編は最終話となります。皆様の応援のおかげで、ここまで書き切ることができました!
また時間ができましたら後日譚などの形で皆様に読んでいただけたらと思いますので、ブクマはそのままでお願いいたします!
完結まで応援してくださった皆様、ぜひご祝儀のお星さま(評価)をいただけますと幸いです(´;ω;`)♡
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました……!
本日、7/22『棄てられた元聖女』書籍二巻の発売となります!ぜひこちらもよろしくお願いします……!




