『聖女』と『天才魔術師』は真実を知る 3
「どうして、私のお母さんのことをアシェル殿下が……?」
ただの平民だった母と、メルキア王国、次期国王のアシェル。
どうしたって繋がらないはずなのに、何故アシェルから母の名前が出てくるのか、ファティアには皆目検討が付かなかった。
「実は、初めてファティア嬢に会った時に、どこかで見た顔のような気がしてね」
「私が、ですか……?」
「そう。気になり始めるとどうにも気持ち悪くなってね。申し訳ないと思いながらも色々と調べていたら、城内のとある倉庫に、君によく似た似顔絵を見つけたんだ」
「似顔絵?」
世界には自分とそっくりな顔をしている人間がいるという話を聞いたことはあるが、それがどう母の話に繋がるのだろう。
ファティアが小首を傾げると、アシェルは言葉を続けた。
「その似顔絵が描かれた女性の名は──ケイナー」
「……! ケイナーは、母の名前です!」
「念の為に似顔絵を持ってきたから、確認してくれ」
アシェルは懐から古びた紙を取り出す。紙の傷み具合からして、十年以上は経っているだろうか。
ファティアはテーブルの上に置かれたその似顔絵を、じっと見つめた。
「間違いありません……! かなり若いけれど、これは私のお母さんです……っ」
「……やはりね。あまりにもファティア嬢と瓜二つだし、彼女──ケイナーさんの力を考えたら、確実にそうだろうなって」
「力……って、まさか──」
アシェルの言わんとしていることを察したのか、ライオネルがそう口にする。
アシェルはコクリと頷いて、似顔絵とファティアを順々に指さした。
「ファティア嬢、君の母上はね、聖女だったんだよ」
「えっ」
「それも、隣国ラリーシュのね」
「……!?」
ラリーシュ王国。その名前には聞き覚えがある。
(確か……以前、ライオネルさんと街に出かけた時に、魔道具店の店主さんがそこの出身だって……。確か、魔道具がとても栄えているのよね)
ラリーシュ王国については多少知識があるものの、突然母が他国の聖女だなんて言われて理解できるはずもない。
不安げに翡翠色の瞳をキョロキョロとさせるファティアに、アシェルはこう続ける。
「順番に説明するよ。まず、この似顔絵がこの国に送られてきたのが、約二十年前──」
つまり、ファティアが産まれる約三年前、突然メルキア王国に、隣国ラリーシュからケイナーの似顔絵が送られてきた。
その似顔絵と共に書簡も送られてきたのだが、当時の文書保管係のミスにより、もうこの世にはないらしい。
しかし、当時まだ二、三才だったアシェルは、その書簡の内容について国王と宰相たちが話している内容を断片的に覚えていた。
似顔絵に関しても、その時にちらっと見えたものがずっと頭の奥深くに残っており、アシェルはファティアを見た時に既視感を覚えたのだという。
「ラリーシュ王国の聖女ケイナーが逃亡したというような内容が、その書簡には書かれていたんだ」
「逃亡……!?」
「ああ。逃亡理由は、ラリーシュ王国の上層部によって情報が漏れないようにされていたため当時分からず、もちろん今も分からない」
「……逃亡って……いや、その前に、お母さんが聖女だなんて……っ」
しかし、母が聖女だとすれば、このペンダント──魔道具を持っていたことには納得がいく。
もし母が、ファティアと同じで魔力が漏れ出してしまうような体質だったとしたら。そのせいで、聖女の力が発動できなかったとしたら──。
魔道具が栄えているラリーシュなら、そんな母の魔力を吸収するような魔道具を開発することは十分あり得る。
(でも……どうして?)
何故、母はなにも言ってくれなかったのだろう。
当時ファティアがまだ幼かったからだろうか。
それとも、母が聖女であることを──いや、そろそろ聖女という存在そのものを、敢えてファティアに教えるつもりはなかったのだろうか。
(──それなら、どうして……)
ファティアは疑問を胸に、拳をギュッと握り締めた。
「……けど、逃亡する理由ならいくつか思い付くよね。ラリーシュ王国の上層部──例えば王族やそれに連なる貴族たちに、聖女の力を使えと無理強いされてて嫌だったからとか、平和の象徴として王族と結婚することを強いられたとか」
「…………。確かに、ライオネルさんの言う通り、逃亡の理由なら何かしらありそうですけど……」
ファティアもつい一ヶ月ほど前に、レオンの強硬手段にはえらい目に遭った。
あの時ライオネルが来てくれなかったらどうなっていただろう。考えただけで、ゾッと悪寒がする。
だから、逃げるという選択肢を取ったことに、それほど不思議はないのだが、未だに胸の奥につっかえる疑問に答えは出なくて──。
(……お母さんはどうして、このペンダントを私に……)
娘にも聖女の素質が備わっているかもしれないと母は考えたのだろうか。
その場合、自分と同じ体質ならば、このペンダントがファティアには必要だろうと考えてくれたのだろうか。
(けれど、お母さんは聖女だったから、なんらかの理由で母国を逃亡しなくちゃいけない状況に追い込まれたのに)
家族と別れ逃亡を決意したことも、知らない土地で暮らすのも、女手一つでファティアを育てるのも、決して楽な道ではなかっただろう。
そうなる原因を辿れば、母が聖女の力を有していたからに他ならない。
というのに、何故ファティアに、聖女の力が扱えるようになる魔道具を託したのだろう。
(分からない……。ただ、このペンダントをくれた時、お母さんは確か……)
ファティアがペンダントを託されたのは、雨が降っていた日。
もう息をするのもやっとの母は、ファティアの手を必死に握り締めながらこう言った。
『貴方には苦難が訪れるかもしれないけれど、このペンダントがきっと貴方を守ってくれるわ』
『私の最愛のファティア──』
『ファティア……幸せになってね。お母さんの最期のお願いよ』
笑顔でそう話した母のことを思い出し、同時に、当時の自分のことを思い出したファティアはハッとした。
(……ああ、お母さんは、もしかして……)
「ファティア」
「…………」
「ファティア……!」
「あっ、すみませんライオネルさん、少し考え事を……していました」
控えめな笑みを浮かべるファティアに、ライオネルは不安げな表情を見せる。
しかし、突然扉がノックされたことによって、全員の意識は入り口へと移った。
「お話し中のところ、大変申し訳ありません……。殿下、国王陛下が今後のことで話があると」
「……ああ、分かった。直ぐに向かうと伝えてくれ」
アシェルの側近らしき人物が扉を閉めると、アシェルはファティアとライオネルに向き直った。
その表情は、申し訳ないと言わんばかりのものだ。
「わざわざ来てもらったのにすまない。兄上──レオンのこともあって、まだ城内はバタバタしていてね」
「いえ、構いませんよ。ファティア、このあたりで俺たちはお暇しようか?」
「は、はい!」
ライオネルと同時に立ち上がったファティアに、アシェルが声をかけた。
「ファティア嬢の母上のことだから話しておいたほうがいいと判断したが、余計な世話だったのならすまない」
「い、いえ! 驚きましたけど、知れてよかったです。ありがとうございます……! ではアシェル殿下、リーシェル様、失礼しますね」
それからファティアはライオネルと共に帰路に就くため、二人で馬へと跨ったのだった。




